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スマートフォン・クラウド・LTEがもたらすネットワークの変化

2010.07.13

Updated by WirelessWire News編集部 on July 13, 2010, 18:00 pm JST

生き残りをかけて戦うキャリアが、ベンダーに求める役割とは

スマートフォンの普及やiPadのような新情報端末の登場、クラウドの進展−−。2010年には、ワイヤレスネットワークに変化を要求する事象が次々と起こっている。年末には次世代通信規格であるLTE(long term evolution)によるサービスも始まる予定だ。大きな変革の波が来ているのだ。

ワイヤレスネットワークのサービスを提供する通信事業者(キャリア)や、エコシステムを支えるメーカー/ベンダーも、変革の渦の中にいることは間違いない。それでは、キャリアやメーカー/ベンダーはこれらの変革にどう対処したらいいのだろうか。今後のビジネスにどのような視点を持てばいいのだろうか。

外資系ベンダーの日本法人社長として、国内市場の動向を「外」と「内」の両面から見ているノキア シーメンス ネットワークス株式会社の小津泰史社長に、そのポイントをうかがった。

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小津 泰史(おづ・やすし)氏
ノキア シーメンス ネットワークス 代表取締役社長 アジア太平洋地区 リーダーシップチームメンバー
1959年6月生まれ。北海道大学工学部電子工学科を卒業し、三菱電機に入社。米国勤務などを経験し、通信システム開発に従事。 2006年ノキア・ジャパンに入社。2007年、ノキア シーメンス ネットワークス設立にともない、代表取締役に就任。同社アジア太平洋地区リーダーシップチームメンバーも兼務し、現在に至る。

【お知らせ】
来る7月16日、東京ビッグサイトにて開催されるWireless Japan コンファレンスにおいて、小津 泰史氏の基調講演が行われます。
コース:<WC1>モバイル/ワイヤレス新市場の創造に向けて
タイトル:「世界をつなぐパワーを、あなたに」
受講料:無料(Web事前登録制)
詳細は、Wireless Japan公式サイト内のコンファレンス情報をご参照ください。
スマートフォン・クラウド・LTEがもたらすネットワークの変化
  1. 生き残りをかけて戦うキャリアが、ベンダーに求める役割とは
  2. これからの情報入手経路はスマートフォンに一本化される
  3. スマートフォンが発する「制御信号」対応のために、ネットワークの標準を見直す必要がある
  4. モバイルクラウドが実現すると、ベンダーへの要求仕様が一変する
  5. データARPUが増えてもそれ以上にトラフィックは急増する
  6. 生き残りの鍵は、キャリアだけが握る「加入者情報」を強みにしたサービス開発
  7. LTEへの移行は、W-CDMAとのダブルレイヤー方式で進む
  8. トラフィックの急増を救えるのは通信技術の"合わせ技"
  9. 日本だけがガラパゴスなのではない

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これからの情報入手経路はスマートフォンに一本化される

201007131800-2.jpg──ワイヤレスネットワークを巡る環境は大きく変化しています。その1つがスマートフォンの普及でしょう。スマートフォンはネットワークに対してどのような影響を与えていますか。

小津:スマートフォンにはいろいろな定義があると思いますが、ここでは私は2つの視点からお話します。

第一にスマートフォンは、いろいろなことができる情報端末であるということです。これまで人はさまざまな経路で"情報"を入手してきました。音声ならば電話で、文字ならば古くは手紙で、今は電子メールやSNSでしょう。映像は映画館で見ていたものが、テレビ時代になってDVDのようなパッケージが生まれ、今はデータをダウンロードできるようになった。見る装置もテレビからパソコンに変わり、モバイルツールへと移り変わっています。こうして見ると、元々は別々だった情報源や入手経路が、今ではモバイルの情報端末に集約されてきていることが分かるでしょう。

このような、情報の一元入手を実現する情報端末が、「スマートフォン」なのです。情報の出入口がスマートフォンに集約されるということは、スマートフォンを通り抜ける情報量が多くなることにつながります。要するに、スマートフォンが普及するとネットワークのトラフィックが増大するのです。

第二に、スマートフォンと従来の携帯電話では、ネットワークに与える負荷が違うことが挙げられます。ここではユーザーデータを乗せたいわゆる"パケット"のことではなく、ユーザーには見えないネットワークを制御する信号のことを考えます。従来の携帯電話は、待ち受け状態では制御信号 を発信しません。待ち受け状態でボタン操作をしていても、ネットワークにつなぐ必要がないときは黙っています。

ところがスマートフォンは、挙動が異なります。極端な言い方をすると、画面にタッチしただけでネットワークとのやり取りをスタートしてしまうのです。ユーザーがネットワークにつなぐアプリケーションを使うかどうかとは別に、端末を操作しただけで信号が発信されるのです。これはネットワークの設計からすると非常に大きな負荷になります。ネットワークの設計がスマートフォンの挙動に対応していないと、信号の負荷が許容範囲を超えてサービス全体に影響を及ぼすことも起こり得るのです。

スマートフォン・クラウド・LTEがもたらすネットワークの変化
  1. 生き残りをかけて戦うキャリアが、ベンダーに求める役割とは
  2. これからの情報入手経路はスマートフォンに一本化される
  3. スマートフォンが発する「制御信号」対応のために、ネットワークの標準を見直す必要がある
  4. モバイルクラウドが実現すると、ベンダーへの要求仕様が一変する
  5. データARPUが増えてもそれ以上にトラフィックは急増する
  6. 生き残りの鍵は、キャリアだけが握る「加入者情報」を強みにしたサービス開発
  7. LTEへの移行は、W-CDMAとのダブルレイヤー方式で進む
  8. トラフィックの急増を救えるのは通信技術の"合わせ技"
  9. 日本だけがガラパゴスなのではない

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スマートフォンが発する「制御信号」対応のために、ネットワークの標準を見直す必要がある

──スマートフォン時代になると、ネットワーク設計の考え方から変えなければさまざまなトラフィック増に対応できなくなるということでしょうか。

小津:そうですね。スマートフォンが多く使われるようになると、ユーザーデータのトラフィックは確実に増えるでしょう。スマートフォン時代に私たちは一層、手の中にある端末ですべての情報を入手したいと思うようになります。ユーザーは意識しないままに、ワイヤレスネットワークを流れるトラフィックは急増します。今までよりもキャパシティの大きなネットワークが要求されるようになるのです。

もう1つの、スマートフォンが発する「制御信号」の増加は、ことによるとデータトラフィックの増加よりもネットワークに与える影響が大きいかもしれません。GSMやW-CDMAなど現行のネットワークシステムを3GPPが作ったときは、まだ"「もしもし」「はいはい」"が中心の時代でした。ところがデータ通信が主流になり、スマートフォンのような新しいネットワーク端末が登場してきた。発信する制御信号の増加といった問題は、標準を作ったときには考えられていなかったものです。

このままではネットワークが持たないだけではなく、端末にも過剰な負荷がかかることになります。1つの例を挙げましょう。皆さんご存じの通り、従来の携帯電話であれば数日間充電無しで使えるのに比べ、スマートフォンは普通に使っていると、まる1日もたないこともあるぐらい電池を使います。これは、スマートフォンが制御信号を発するたびにネットワークとやりとりをするため、電力を消費しているからです。

ノキアシーメンスネットワークスでは、スマートフォンが発する制御信号に対してそのやり取りを最適化するソリューションを提供しています 。実験した結果、スマートフォンをこのネットワークにつなぐと、現行の標準に準拠したネットワークにつないだ場合よりも30%も電池の持続時間が長くなったのです。スマートフォンが出す制御信号に対して、ネットワーク側が的確な受け答えをして手助けしてあげるんですね。そうすると、制御信号のやり取りを減らすことができて、結果的に電池の持ちを良くすることにもつながるのです。

スマートフォン時代には、ネットワークシステムの標準を変えることも考えなければなりません。ノキアシーメンスネットワークスは、ネットワーク側の新しい時代への対応策を3GPPの標準化の場で提案し続けています。ネットワーク側も変革していく視点が必要なのです。

スマートフォン・クラウド・LTEがもたらすネットワークの変化
  1. 生き残りをかけて戦うキャリアが、ベンダーに求める役割とは
  2. これからの情報入手経路はスマートフォンに一本化される
  3. スマートフォンが発する「制御信号」対応のために、ネットワークの標準を見直す必要がある
  4. モバイルクラウドが実現すると、ベンダーへの要求仕様が一変する
  5. データARPUが増えてもそれ以上にトラフィックは急増する
  6. 生き残りの鍵は、キャリアだけが握る「加入者情報」を強みにしたサービス開発
  7. LTEへの移行は、W-CDMAとのダブルレイヤー方式で進む
  8. トラフィックの急増を救えるのは通信技術の"合わせ技"
  9. 日本だけがガラパゴスなのではない

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モバイルクラウドが実現すると、ベンダーへの要求仕様が一変する

201007131800-3.jpg──端末の変化と共に、ワイヤレスネットワークの使い方も変わってきていると思います。クラウドの足回りにワイヤレスネットワークが使われるようになると、ネットワークはどんな対処を求められるのでしょうか。

小津:クラウドを利用するということは、「情報をセンターに格納して、いつでも参照できる」必要があるんですね。ユーザーは、ローカルに情報があるときと同じ条件で利用したいわけです。これには2つのポイントがあります。1つは、どこでもデータにアクセスできること。もう1つはスピード。要するに参照するために待つのはイヤなんです。

クラウド利用者にとってネットワークにつながることは必要条件です。無線の場合はサービスエリアのカバレッジが命ということです。そのためには基地局を増やす必要も出てきます。このときキャリアはどうするかというと、ベンダーに安くて小さな設備を要求するんです。安くて小さければ、同じコストやロケーションで基地局の数を増やせるからです。小さな基地局をたくさん作ることで、1つの基地局あたりのユーザーは減るので、ネットワーク全体のキャパシティが同じでも、1人のユーザーあたりのスピードは速くなります。

つまり、モバイルクラウドが一般的になったら、キャリアからベンダーへの要求仕様が変わります。これはクラウドに限ることではなく、キャリアが何か新しいことに対応しようとしていたら、それがネットワークやそれを構成する機器にどんな影響を及ぼすかを先読みしなければなりません。それがベンダーの腕の見せどころになるわけです。

スマートフォン・クラウド・LTEがもたらすネットワークの変化
  1. 生き残りをかけて戦うキャリアが、ベンダーに求める役割とは
  2. これからの情報入手経路はスマートフォンに一本化される
  3. スマートフォンが発する「制御信号」対応のために、ネットワークの標準を見直す必要がある
  4. モバイルクラウドが実現すると、ベンダーへの要求仕様が一変する
  5. データARPUが増えてもそれ以上にトラフィックは急増する
  6. 生き残りの鍵は、キャリアだけが握る「加入者情報」を強みにしたサービス開発
  7. LTEへの移行は、W-CDMAとのダブルレイヤー方式で進む
  8. トラフィックの急増を救えるのは通信技術の"合わせ技"
  9. 日本だけがガラパゴスなのではない

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データARPUが増えてもそれ以上にトラフィックは急増する

201007131800-4.jpg──端末の変化やクラウドなどの利用法の変化により、データ通信のトラフィックが増えることはわかりました。こうした動きは、キャリアにとっては収入が増えることになると考えていいのでしょうか。

小津:ユーザー1人当たりの平均収入をARPUと言いますが、データ通信におけるARPUはまだ上昇する余地を残していると思います。加入者全員がパケット定額制の料金プランを使うようになったら、そこでデータ通信のARPUは頭打ちになりますよね。でも、現状はまだそうはなっていない。キャリアはさまざまな方策でパケット定額制プランへの移行を促しています。利用が少ないときは月額390円とか980円で済むという2段階定額もその1つです。安いからと定額プランに入ると、安心して使ってしまい気が付いたときには上限に達してしまう(笑)。こうしたキャリア側の努力により、データ通信のARPUはまだ増えるのではないでしょうか。

ただし、ここには考えなければならないことがいくつかあります。例えばデータ通信では、どの国でも一部のヘビーユーザが、多くのトラフィックを専有しているという現実です。データ通信のARPUを増やす施策を講じると、それがヘビーユーザーのトラフィック増につながるリスクもあるのです。

要するに、全体のトラフィックはARPUの増加を大きく上回る可能性があり、1.2倍のARPUを得るためにトラフィックは10倍になるといったことが現実に起こり得ます。トラフィックは今後も増え続けます。その時に、トラフィックのバイト当たりの収入は確実に下がっていくのです。コスト効率のいいネットワーク作りを真剣に考えないと、収入の増加を上回るトラフィック増加に対応できないのです。

さらに、どんなアプリケーションが出てくるかによっても、このトラフィック増加の傾向は大きく変わります。そこが予測のつかないところです。例えば、すべての携帯電話がiPhoneになったとします。そのとき、良くできたシニア向けのGUIが登場して、「簡単な操作で会話できるテレビ電話」というアプリケーションが登場したらどうでしょう。これまでデータ通信などはしなかったシニア層が、孫の顔を見るためにこぞってアプリケーションを使って通信するようになると思います。こうなったらトラフィックの想定モデルは、利用される時間帯もエリアも総量も、今までとは全く変わります。新しいアプリケーションの登場によって、ネットワークの設計がこれまでの経験の延長線上から大きく離れてしまう可能性も考えなければならないのです。

スマートフォン・クラウド・LTEがもたらすネットワークの変化
  1. 生き残りをかけて戦うキャリアが、ベンダーに求める役割とは
  2. これからの情報入手経路はスマートフォンに一本化される
  3. スマートフォンが発する「制御信号」対応のために、ネットワークの標準を見直す必要がある
  4. モバイルクラウドが実現すると、ベンダーへの要求仕様が一変する
  5. データARPUが増えてもそれ以上にトラフィックは急増する
  6. 生き残りの鍵は、キャリアだけが握る「加入者情報」を強みにしたサービス開発
  7. LTEへの移行は、W-CDMAとのダブルレイヤー方式で進む
  8. トラフィックの急増を救えるのは通信技術の"合わせ技"
  9. 日本だけがガラパゴスなのではない

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生き残りの鍵は、キャリアだけが握る「加入者情報」を強みにしたサービス開発

201007131800-5.jpg──トラフィック増に見合う収入増加を得られないとなると、キャリアはどんなサービスを展開していけば、今後の生き残りが可能だと思われますか。

電話会社って一体どんなものなの?−−ということを考えなければなりません。グーグルやアップルと、NTTドコモやKDDIの間にどんな違いがあるのか、ということです。

最大にして唯一の違いは、電話会社は加入者情報を持っていることです。名前や住所はもちろん、銀行口座まで書かなければ契約できません。その上、携帯電話の使い方や、今どこにいるのかといったことまで、加入者の情報が集まってきます。これは電話会社にしかできないことでしょう。

こうした情報をうまく活用してサービスに転嫁することが、1つのキーファクターになりそうです。NTTドコモの「iコンシェル」はそのひとつの例で、加入者の登録情報やGPSの位置情報などを元に、交通や天気、暮らしの情報を提供するようなサービスです。このように加入者情報を使って能動的に情報を流すサービスは、今後の新しいアプリケーションになりそうです。こうしたサービスが増えるのであれば、ネットワーク側も対応を考えなければなりません。

──サービスの変化によって、ネットワークの作り方も変わるのですか。

小津:そうです。国内ではデータ通信はパケット定額制プランが主流ですよね。これは一部のヘビーユーザーがどんなに使っていたとしても、みんな同じ料金になります。ところが海外では、違った考え方が始まっています。例えば、プラチナユーザーからブロンズユーザーまでランクを分けるわけです。プラチナユーザーは追加の費用を払う代わりに、使えるデータ量に制限はなくデータは最優先に流してもらえます。一方、安い費用で利用できるブロンズユーザーはデータ量に制限があったり、トラフィックが混雑してくるとスループットが落ちたりします。

こうしたサービスを実現するには、ネットワーク側にそれぞれの端末を認識してトラフィックを調整する機能が必要になります。今後、iPadのような情報端末が増えたときに、データを無尽蔵に流すようなアプリが出てきてしまったら、当該のアプリの通信を抑えるなどの処置も必要になるかもしれません。端末ごとのパケットを認識してスループットを制御するような技術が要求されるわけです。ノキアシーメンスネットワークスでは、こうした要求に応えられるように技術を開発していますし、標準化組織への働きかけも行っています。

スマートフォン・クラウド・LTEがもたらすネットワークの変化
  1. 生き残りをかけて戦うキャリアが、ベンダーに求める役割とは
  2. これからの情報入手経路はスマートフォンに一本化される
  3. スマートフォンが発する「制御信号」対応のために、ネットワークの標準を見直す必要がある
  4. モバイルクラウドが実現すると、ベンダーへの要求仕様が一変する
  5. データARPUが増えてもそれ以上にトラフィックは急増する
  6. 生き残りの鍵は、キャリアだけが握る「加入者情報」を強みにしたサービス開発
  7. LTEへの移行は、W-CDMAとのダブルレイヤー方式で進む
  8. トラフィックの急増を救えるのは通信技術の"合わせ技"
  9. 日本だけがガラパゴスなのではない

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LTEへの移行は、W-CDMAとのダブルレイヤー方式で進む

──W-CDMAやWi-Fiに続く新しい方式が登場しています。2010年12月にはLTEのサービスも国内で始まります。ワイヤレスネットワークのインフラを支える技術として、何に注目したらいいと思いますか。

小津:国内で次世代の技術がどう普及するかを考えるとき、欧州におけるGSMからW-CDMAの移行の様子が参考になります。3GのW-CDMAは2GのGSMと親和性が高く、欧州ではGSMとW-CDMAのデュアル端末が主流になりました。GSMは欧州のみならず全世界で広く普及した方式で、スループットはW-CDMAほど出ませんが、どこでも使える状況にありました。こうした環境では、新しい方式のW-CDMAは「便利だけれど不可欠ではない」存在となります。欧州でW-CDMAが徐々に普及する経緯をたどったのには、W-CDMAが必須ではなく付加サービスだったからです。

国内を見てみると、欧州とは1世代違いますが、3GのW-CDMAが非常に広いエリアで提供されています。次世代の方式として筆頭に挙げられるLTEはW-CDMAの親和性が高く、端末はLTEとW-CDMAのデュアル端末になるでしょう。これは、欧州のGSMからW-CDMAへの移行と同じ状況です。W-CDMAというベースになるサービスのレイヤーに上に、LTEが付加レイヤーとして乗るダブルレイヤー構成になるのです。

LTEは、10数年前の技術であるW-CDMAよりも進んだ部分を持ちます。LTEの周波数利用効率はW-CDMAの3倍にもなります。フラットアーキテクチャにより、バックボーンにはIPネットワークがあれば良く、比較的簡単にネットワークを作れます。こうしたメリットがるので、これから新規の周波数で携帯電話事業に参入するならば、全面的にLTEを採用したらいいのではないでしょうか。それに対して、W-CDMAなどですでにサービスを提供しているキャリアは、先ほど説明したダブルレイヤー構成でLTEを導入するでしょう。

ダブルレイヤー構成ならば、東名阪などのトラフィックが多いエリアでLTE導入を先行させ、高速なサービスを提供できるようになります。一方で、LTE端末はW-CDMAとのデュアル端末になりますから、国内どこでもW-CDMAの発展形であるHSDPAなどでデータ通信ができます。W-CDMAが欧州ではGSMに付加する形でじっくりと普及していったように、LTEは国内でW-CDMAからスムーズに移行していくと考えています。そうした意味で、次世代のワイヤレスネットワークを支える技術はLTEを中心として進展していくと思います。

スマートフォン・クラウド・LTEがもたらすネットワークの変化
  1. 生き残りをかけて戦うキャリアが、ベンダーに求める役割とは
  2. これからの情報入手経路はスマートフォンに一本化される
  3. スマートフォンが発する「制御信号」対応のために、ネットワークの標準を見直す必要がある
  4. モバイルクラウドが実現すると、ベンダーへの要求仕様が一変する
  5. データARPUが増えてもそれ以上にトラフィックは急増する
  6. 生き残りの鍵は、キャリアだけが握る「加入者情報」を強みにしたサービス開発
  7. LTEへの移行は、W-CDMAとのダブルレイヤー方式で進む
  8. トラフィックの急増を救えるのは通信技術の"合わせ技"
  9. 日本だけがガラパゴスなのではない

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トラフィックの急増を救えるのは通信技術の"合わせ技"

201007131800-6.jpg──モバイルのトラフィックは5年で数十倍になるといった問題提起もなされています。現行のネットワークにLTEを付加していくことで、こうしたトラフィックの急増に対応できるのですか。

小津:先ほど説明したように、次世代方式のLTEは周波数利用効率が高いのですが、それでもたかだかW-CDMAの3倍 に過ぎません。すべてをLTEにリプレースしても3倍 のトラフィック増加にしか対応できないのです。

数十倍といったトラフィックの増加には、1つの技術では対応できないと思います。複数の通信技術を適材適所で組み合わせて使う"合わせ技"しか対処の方法はないでしょう。広域サービスとしてはLTEで周波数利用効率を高め、家やホットスポットではWi-Fiを利用するといった方法です。iPhoneなどのスマートフォンではすでに外では3G、家ではWi-Fiのような使い方がなされています。

次に考えなければならないのが、どのテクノロジーを統合していくかです。GSMからW-CDMA、LTEという一連の技術は親和性が高いです。また、周波数分割(FD)のLTEと、時分割多重のTD-LTEも、ソフトウエア的には8割以上が共通といった具合です。しかし、Wi-FiやWiMAXはこれらの技術とは異質です。Wi-Fiは、すでに枯れた技術でチップも小さく安いので携帯電話に搭載できるようになっています。しかし、WiMAXとなるとLTEとのデュアル端末を作るのは大変ではないかと思います。何と何を組み合わせてトラフィックの増加に対応するかが、これから先のワイヤレスネットワークを考える際の1つの鍵となるわけです。

一方で、LTEの時代になるとフェムトセルが非常に作りやすくなります。LTEのバックボーンはIPネットワークなので、インターネット用の光ファイバーやADSL回線との親和性が高いのです。LTEはフェムトセルの概念を含めて標準化を進めていることもあります。Wi-Fiの代わりにフェムトセルを使ってトラフィック増加に対応するという方法もあるのです。

スマートフォン・クラウド・LTEがもたらすネットワークの変化
  1. 生き残りをかけて戦うキャリアが、ベンダーに求める役割とは
  2. これからの情報入手経路はスマートフォンに一本化される
  3. スマートフォンが発する「制御信号」対応のために、ネットワークの標準を見直す必要がある
  4. モバイルクラウドが実現すると、ベンダーへの要求仕様が一変する
  5. データARPUが増えてもそれ以上にトラフィックは急増する
  6. 生き残りの鍵は、キャリアだけが握る「加入者情報」を強みにしたサービス開発
  7. LTEへの移行は、W-CDMAとのダブルレイヤー方式で進む
  8. トラフィックの急増を救えるのは通信技術の"合わせ技"
  9. 日本だけがガラパゴスなのではない

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日本だけがガラパゴスなのではない

201007131800-7.jpg──グローバルなプレーヤーとして見たとき、日本市場には魅力はありますか。国内のプレーヤーが生き残る方策はあると思いますか。

小津:日本市場をガラパゴスと称することがありますが、私は"日本だけ"が特殊なのではないと思っています。言語や文化、さまざまな慣習はどこ国でもみんな違っています。それらを全部否定してグローバルスタンダードを押し付けるのは間違いではないでしょうか。

海外の企業が日本で製品を売ろうとするならば、日本に合わせる「カスタマイゼーション」が必要です。それができない外資はダメだと思います。ただし、カスタマイゼーションにはコストがかかり、我々の商品であればそのコストはキャリアに跳ね返ります。カスタマイゼーションは必要だけれど、そのコストを最小化することが必要になるのです。

コストを最小化する1つの方法は、基本的な部分はグローバルモデルとして大量に作ってコストを下げた上で、カスタマイゼーションする部分を上乗せしていくというものです。これをさらに進めて、カスタマイゼーションによって作られた優れた機能をグローバルスタンダードにして、次の製品に標準装備してしまう方式があります。こうすればカスタマイゼーションのコストは劇的に下がります。こうした方策を組み合わせれば、日本市場に対応していくことは可能なのです。

一方で、国内のプレーヤーが海外に進出するには難しい側面があります。海外では、サービスイメージを作って仕様を決め、開発して導入してメンテナンスをするまでのすべてをメーカーが担当しますが、日本では通信機器や端末メーカーはキャリアが提示した仕様に沿って製品を作り、納入するところまでを担当しています。つまり日本のメーカーは、コストの掛かる開発から製造部分だけを任され、それ以外のノウハウを持ち合わせていません。これでは国際競争力はなかなか得られないでしょう。守備範囲を広げていかないと、世界に打って出るのは難しいと思います。

次の時代には発想の転換が必要かもしれませんね。世界では電話が50億加入と言われています。日本では有線と無線を合わせて2億加入ぐらいで、加入数では5%以下しかない。ところが日本のキャリアの投資額は、全世界の10%にも上るのです。これは大きな市場です。日本のメーカーやベンダーは、海外勢に開かれないように国内市場を堅く守るというのも1つの生き残りの道でしょう。私が国内ベンダーの社長だったら、日本に特化して生き残る戦略を採りますね。でも、私はノキアシーメンスネットワークスの社長です。だから、大きなマーケットである日本市場にこれからも攻めて行きますよ。

スマートフォン・クラウド・LTEがもたらすネットワークの変化
  1. 生き残りをかけて戦うキャリアが、ベンダーに求める役割とは
  2. これからの情報入手経路はスマートフォンに一本化される
  3. スマートフォンが発する「制御信号」対応のために、ネットワークの標準を見直す必要がある
  4. モバイルクラウドが実現すると、ベンダーへの要求仕様が一変する
  5. データARPUが増えてもそれ以上にトラフィックは急増する
  6. 生き残りの鍵は、キャリアだけが握る「加入者情報」を強みにしたサービス開発
  7. LTEへの移行は、W-CDMAとのダブルレイヤー方式で進む
  8. トラフィックの急増を救えるのは通信技術の"合わせ技"
  9. 日本だけがガラパゴスなのではない

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