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LTEの本質とは 〜キャパシティがもたらすイノベーション

2011.04.27

Updated by Asako Itagaki on April 27, 2011, 18:00 pm JST

LTEという新たなモバイルネットワークが普及することでアプリケーション、サービス、コミュニケーション、そして我々の生活はどのように変わるのか。NTTドコモ サービス&ソリューション開発部長として、同社の先進技術開発を統括する栄藤 稔氏にお話をうかがった。

(聞き手:WirelessWire News 編集長 板垣 朝子)

▼株式会社NTTドコモ サービス&ソリューション開発部長 栄藤 稔氏
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無線の進化の本質はキャパシティ

──本日はお忙しいところありがとうございます。LTEがもたらすアプリ・サービス・コミュニケーションに対する変化ということで、少し先を見通したお話を今日はうかがいたいと思っています。

栄藤氏:6月のはじめに、香港で開催されるIEEEのシンポジウムで、"IEEE Technology Time Machine"というタイトルのカンファレンスで話をするんです。2020年にテクノロジーがどうなっているかという大胆なテーマでして、何を話そうか今考えているところなんですが、将来を確実に予測する方法なんていうのはないわけです。そういうときによくやるのは、(よく似たものを見つけて)線を引いてみることです。

例えば、CPUのクロックスピードというのは、これまで2年間で2倍ずつ、上がってきたのですが、2005年に飽和したと言われています。一方で、半導体密度の方はムーアの法則に従ってずっと上がり続けているので、メモリーの方はどんどん延びています。ピークが飽和してしまったCPUではそのままでは対応できないので、マルチコア・アーキテクチャというのができてきたわけですね。

このことのインプリケーションというのが何かというと、たぶん、通信のピーク速度も、ずっと上がり続けてきたのが、どこかで上限にぶつかるはず、ということ。じゃあそれはどこなんだろう、と考えると、勝手なことを言うと怒られますが、おそらくあと一世代、4Gと、その次ぐらいまでは伸びるのだろうけれど、その後はちょっと分らないですねと。でも、その後もキャパシティは上がっていく。

これは私の持論なんですが、無線の進化の本質というのはキャパシティだと思うんです。どうしても無線のネットワーク品質を表現するとき、分りやすいからピーク速度が何Mbpsだ、何Gbpsだ、って言うけれど、それは車の馬力競争と一緒で、本質的なことではない。本来、大事なことは、キャパシティを上げるということなんです。

プラス、弊社の場合でいえば、全ての場所で、どこでもつながるということ。エリアとキャパシティが本質だということですね。

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クラウド型リポジトリはLTE時代における「NASサービス」

──では、LTEになってキャパシティが増えるということで、新たに台頭するサービスはどのようなものでしょうか。

栄藤氏:クラウド型ストレージサービスです。NAS(Network Attached Storage)を無線LANで使うと、各部屋にハードディスクを持たなくてもどこからでもアクセスできますが、LTEを使えば、モバイル環境からも離れたところにあるストレージにアクセスできる。その萌芽はもう見えていて、DropBox、Evernoteなどのクラウド型リポジトリが流行してきていますね。

▼LTEを通したクラウド型ストレージは、Wi-Fiを通したNASと同様に使えるようになる。(図版提供:NTTドコモ)
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ネットワークのキャパシティが上がると、常にイノベーションが起きてきました。例えば3Gのデータ通信サービスができたとき、私はiモーションという、3G回線で利用できる動画のダウンロードサービスを担当していました。ドコモのライバルのauは、LISMOという音楽配信サービスをはじめました。

やがてHSPAがはじまってどうなったかというと、音楽や動画の、アンリミテッドなダウンロードサービス、そしてデバイスの大画面化による、電子書籍サービスもはじまりました。ではHSPAの次、LTEでは何が来るかといえば、それはやはりクラウド型ストレージサービスや、より大きな動画の共有サービスになるのではないか、ということが見えています。ちょっと極端なことを言うと、(単体の)ビデオカメラはなくなるのではないかと。

──それは、ビデオを撮影したらそのままクラウドに上げてしまうから、ということですか?

栄藤氏:そうですね。他になくなりそうなものとしては、都会でのGPSを利用したロケーション情報サービス。基地局測位で代用できるので、キャパシティを上げて、店舗情報や時刻表を位置情報とリンクさせるという方向に動いていくでしょう。ビルの中や地下街でも、IMCS(インクス)という漏洩ケーブルを使った屋内基地局を使った測位で、フロア単位で位置を把握できます。

でも一番大きな変化は、ネットワーク上のストレージサービスです。

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──ネットワークが速くなる、キャパシティが上がることで、ユーザーの使い方そのものが変わるのではないでしょうか。

栄藤氏:私の例でいえば、Dropboxを50GB契約して、そこに自分で撮影した写真を全て置いています。だけど、自分で購入した音楽は、日本では著作権の問題があって置けない。少し話がそれますけど、まねきTV事件(※)などに代表されるように、日本のIT産業の発達を阻害しているのが日本の著作権の問題だと思います。それはもう法律家と裁判官の責任だと思います。そのせいで新しいサービスが展開できず、相当のビハインドになってしまっています。

※(編集部注)まねきTV事件:ソニー製ロケーションフリー(テレビ番組をIP信号としてインターネット経由で視聴できるようにする機器)をユーザーから預かってハウジングしていた「まねきTV」が、再送信権を侵害するとしてTV局から訴えられた訴訟。2011年1月、最高裁でまねきTV側の敗訴が確定した。※

話を戻すと、Dropbox上に置いておくと、意識しなくても全て同期がとれています。PCでも、携帯でも、関係なくどこからでも利用できる。コピーとか、ダビングといった概念がなくなっていくでしょう。

私のパーソナルなPCもクラウド下にあるWindows2008サーバーに置いていて、それをどこからでもリモートデスクトップで使っています。家にはシンクライアントしかありません。

──そうして常時ネットワークに接続されていることが前提になったサービスはすばらしいですが、一方で、料金の問題があると思います。ドコモの場合、3Gでは事実上定額制になっていたものが、Xiでは従量制を部分的に取り入れましたよね。

栄藤氏:「不公平感をなくすために、一部のヘビーユーザーの方には相応の負担をお願いする」ということで、段階制を採用しましたね。

──キャパシティが大きくなって魅力的なサービスが増えても、通信料が定額制じゃないと、料金が気になって使えないというのがあると思うのですが。

栄藤氏:料金システムについては、AT&Tが定額制料金でiPhoneを導入して、ネットワークのキャパシティが追いつかず、サービスをまともに提供できないような酷いことになりました。そして結局、フラットレートをやめて、段階的に料金を上げていくようにしました。結論から言えば、それは仕方がないことだと思います。解決する方法としては、ある程度使ったらお支払いをいただくか、そうでなければ、「パケットシェーピング」という形で、通信事業者がサービスに応じて、帯域をしぼる、というどちらかの方法しかない。

問題は、社会的コンセンサスとしてそれが許されるかどうかということになるかと思うのですが、後者の手段は、日本では許されていません。「通信の秘密」を定めた憲法第12条がありますから、通信事業者がパケットの中身を見ることはできません。世界ではそういう国はまれですが、今の日本ではできないんです。

先日の東日本大震災の時には、個人的には、そういうことができればという思いはありました。キャパシティがいっぱいになっているときに、メールのような重要で緊急度の高そうなトラフィックを確保して、動画のダウンロードのような、エンターテインメント系のものは優先順位を下げるといったことができればいいのにと。けれど、それは、今、我々にはできません。

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「リダイレクション」と「パイプ」の統合

──LTEによって、人と人のコミュニケーションの手段はどのように変わるでしょうか。

栄藤氏:当社がやるかどうかは別として、一般論としては、Webサービスとのインテグレーションは絶対に来るでしょう。Webサービスとして電話をする、あるいは他のサービスと連携して電話もできるというサービスは、たくさんでてくるでしょうし、広く普及するのは、あとはタイミングだけの問題だと思います。

今から5年前、2006年に私が作成した図なのですが、2006年の時点で、「ソフトウェア・リリースサイクルの終焉」と言っています。で、その一つとして、「サーチエンジンによるVoIP水平統合サービスシステム」と予測しています。

▼栄藤氏が2006年に作成した「今後の技術イベント予測」。2009年頃にはサーチエンジンとVoIPの統合、2010年頃に位置ベースのコンテキストアウェアサービスなど、的確に予測されている。(図版提供:NTTドコモ)
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通信の基本機能は「リダイレクション」と「パイプ」の2つなんです。AさんがBさんと話したい、と思ったときに、AさんをBさんにつないであげるのがリダイレクション、信号を届けるのがパイプ。我々通信事業者は、それで、今までお金をいただいてきました。

でも、通信がWebサービスになると、サーチエンジンやSNSがリダイレクションの機能を代替し、VoIPのパイプ機能とインテグレートされる。これが、2009年ぐらいに出てくると予測しました。今から5年前にこの動きを予測していたというのは、ちょっと自慢ですね。

技術的課題として、もう一つ、エネルギー不足の問題があります。CPUのクロック数は、2005年で足踏みしていますが、それまではどんどん上がってきていました。でも、電池の方は、「鉛」「ニッカド」「リチウムイオン」の3種類しかないんです。たかだか2倍から3倍にしかなっていない。リチウムイオンよりもっと効率のいいものが出てくればいいのですが、今のところ、持ち歩いても安全なものはありません。つまり、電池の問題が全く解決できていないんです。

だとすると、モバイルデバイスは、今後ずっと、シンクライアントであり続けるしかない。全てのストレージと、全ての計算はバックエンドサーバーでやって行かざるを得ないという運命にあるわけです。

頭は全部クラウド上にあって、デバイスにはフロントエンドしかないんですから、タブレット系の端末で何GHzのCPUだからいいよね、なんていう話はナンセンスですよ。Androidのソフトウェアのアーキテクチャには、電池を使わないためのデザインパターンが全て入っています。非常に美しいですね。

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変わるメディアとワークスタイル

──LTEによってさまざまなサービスやアプリケーションが出てきますが、私達の生活はどのように変わるのでしょうか。

栄藤氏:まず、変わるのは、メディアのデリバリーです。HSPAが出た2006年の時点では、1ヶ月4000円ぐらいという料金設定で、どのくらいの容量の通信を3Gでサポートできるかという議論をしました。その時の試算が、だいたい600MBぐらいかなと。600MBで何が送れるかといえば、たとえばCDが1枚そのまま送れますね。雑誌もたぶん送れる。

やがては、雑誌メディアが、駅の売店で買うのではなく、そのままモバイル端末に入ってくるようになるでしょうという話をしたんです。これがもっと早くなれば、普通の雑誌メディアはなくなっていくでしょう。LTEは、雑誌にとどめをさすことになるかもしれません。

(10インチの液晶デバイスが出たことで)新聞も変わっていくんじゃないかと思います。イノベーションの予測って、こうしてリニアで読めるものと、プラス、どんなデバイスが出てくるかということと合わせて読まないといけないこともある。当面のデバイスは液晶ですが、液晶の10インチのタブレット+LTEの組み合わせで、メディアのデリバリーが変わっていきます。

▼無線通信の大容量化に伴い、伝送できるメディアが増えていく。(図版提供:NTTドコモ)
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──テレビはどうでしょう。

栄藤氏:たぶん、テレビの視聴も全部巻き取れるんじゃないでしょうか。ただ、実現するには、放送業界がどう変わるか、という問題もあります。米国を見ていれば分るんですが、あちらにはHulu、Google TV、Apple TV、Amazonがあるけれども、LTEのようなネットワークがない。一方で、日本にはLTEはある、けれどもコンテンツデリバリー系の事業者がいない。この2つが融合すると、大きく変わると思います。

どこでもテレビが見られて、どこでも雑誌が読める。コンピューターに接続して、意識的に同期をかけて、なんていう操作は不要で、クラウドベースで同期できる。メディア視聴体験は大きく変わるでしょう。

──他にどんなことが変わるでしょうか?例えば、今、東日本大震災の影響で、オフピークや在宅勤務の積極的な推進など、仕事の進め方そのものを見直そうという動きがはじまっています。

栄藤氏:アメーバ型の仕事の進め方は米国では既に普通にやっていますね。私は2002年から2005年までシリコンバレーにいたのですが、何かプロジェクトをやろうとなったら、都度有能なエキスパートが集まります。そして彼らはそれぞれ、結構な遠隔地にいたりする。やりとりは基本的に電話とADSLで進めていましたが、今の日本にはLTEがあります。

今、私自身は、ドコモの社内で、WebEXというCiscoのテレワーク用のツールをLTE上で試験的に使い始めています。画面の共有、VoIPによる音声会議、画像も送信できます。Androidのタブレットでも、iPadでも、自宅のPCでも参加できます。こういうものを皆が使っていくようになればいいと思っています。

テレワークが将来どうなるかは米国を見ていればわかります。慣行や法制度については、日本はアメリカの一周遅れぐらいで動いていますから、5年から10年ぐらい経てば、LTEと相まって、根付いていくのではないでしょうか。

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Wi-Fi Equivalentがもたらす世界

──今後、LTEを広く展開していく上で、モバイルネットワークのアーキテクチャが変わっていくということはあるのでしょうか。

栄藤氏:今、新しいモバイルネットワークのアーキテクチャとして使い始めているのが、Radio on Fiber(RoF)という技術です。先ほどの未来予想図では、2015年頃からはじまる、としていたのですが、予想より前倒しで既にはじまっています。

これはどういう技術かというと、電気信号を電波で伝えるのではなく、光の信号としてそのまま光ファイバーに送り込みます。アンプはそれぞれの基地局にあるのではなくて、バックヤードにあって、そのノードにすべての信号を集中させて、光で全部張り出していく。そうしてアンテナを増やしていきます。複数のアンテナ間の干渉についても、計算してアンテナ協調技術でキャパシティを上げることができます。

東北大震災の被災地でも、生き残った基地局から、RoFを使ってアンテナを伸ばして、エリアを確保するという手段で、復旧作業を行っています。こうしたシステムの進化はまだ続きますから、キャパシティはまだまだ上がっていきます。

Wi-Fi Equivalentっていう言い方をよくするのですが、今のHSPAでWebサイトの閲覧をすると、ユーザーの体感的には、Wi-Fiとほぼ同じなんです。でも、ストレージ型サービスを利用するとなると、少し「詰まる」感じがおそらく出てきます。これが、LTEだとなくなる。LTEのキャパシティを上げていくことで、モバイル環境でも移動中でも、途切れることなくあたかもWi-Fiにつながっているような感じになる。そうなったときに果たして何が出現するのか。

リアルタイムでゲームができるとか、ARとかっていうのは、LTEの本質じゃない。「全てのデータと計算資源がクラウド側にあって、いつでもどこでも、Wi-Fiと同じ環境で全てが使える。常時同期がとられていて、ダビングや同期を全く意識しなくてもいい」それが、私は、LTEの本質だと思います。

キラーアプリケーションの定義ってご存じですか?「それが現実に出るまでは、誰も知らない」。だから、ご自分で考えてみて下さい。私に今言えるのは、ここまでです。

──ヒントをいただいたので、じっくり考えてみたいと思います。ありがとうございました。

201104271800-6.jpg栄藤 稔氏(えとう・みのる)
株式会社NTTドコモ サービス&ソリューション開発部長。大阪大学サイバーメディアセンター招聘教授。25年間、マルチメディア通信およびモバイルネットワーク分野における研究開発業務に携わる。1985年、松下電器(現パナソニック)に入社、中央研究所にて動画像符号化、ATRではパターン認識研究を行う。2000年NTTドコモ入社、2002年〜2005年、ドコモUSA研究所(米国シリコンバレー)所長。現在は、データマイニング、メディア理解、スマートフォン、ホームICT、マシンコミュニケーション、情報検索に関する開発を統率。



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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。