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【2】モバイルソーシャルアプリの理論的背景(1)ゲームニクス理論

2010.12.17

Updated by WirelessWire News編集部 on December 17, 2010, 17:30 pm JST

本稿は、山上俊彦氏の著書「仮想世界錬金術―モバイルソーシャルアプリに見る現代ディジタルコンテンツ革命」(2011年2月発売予定)より、著者および出版社の了承を得て一部を抜粋したものである。
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ゲームニクス理論

前にゲーム業界に衝撃が走るというようなことを煽りとして書いたが、実は、モバイルソーシャルアプリを支える技術的基盤をあらわす理論が日本のゲーム業界にはある。立命館大学のサイトウアキヒロ教授の提唱するゲームニクス理論である。サイトウ先生は世界に広がり、年間1 兆円を越える利益をたたきだす任天堂の成功の秘密はゲームニクス理論であるというのが持論である。こういうノウハウの塊みたいなものに理論という枠組みを与えて普遍的な思考の基本部品にしようとする人を私は大変尊敬するのであるが、モバイルソーシャルアプリの中身はまさにゲームニクスそのものである。

ゲームニクスとは「ゲーム」と「ニクス(エレクトロニクス、のニクス)」を組み合わせた、サイトウ教授による造語である。ゲームをゲームの面白さとゲームの遊びやすさに分け、ゲームの面白さを創り出すのがゲームデザイン、ゲームの遊びやすさを作るためのノウハウの集大成が「ゲームニクス」である。簡単にいうとゲームに夢中にさせるためのノウハウ、ということである。サイトウ教授はこのゲームに夢中にさせるためのノウハウが広くゲームを超えて産業界に利用可能であるとしてゲームニクス理論を提唱している。

サイトウ教授はいろいろ講演、著作をされているのでゲームニクス理論はご存知の読者も少なくないと思う。ドラクエには1500 もの道具や魔法や町がでてくるが、子供はそれを容易に覚えて、戦略までマスターする。複雑な仕組みを簡単に教えるにはどうしたらいいのかというノウハウがゲームニクスである。

また、ユーザが初心者か熟達者かを自動的に判定してユーザインタフェースやコマンドフローを調整したりするノウハウもある。ストレスをかけないためである。また、どうしても倒すことができない敵の前には地下に土管を掘る場所を見つけさせ、土管を掘ってそこにコインを置く、などの工夫をする。本来は弱くて逃げているのであるが、卑怯者と思わせない、逆に、うまくやっているという優越感を与えるわけである。このあと、だんだんレベルがあがって倒せるようになると土管を掘れなくし、強くなった段階で戦いに挑むように誘導する。

このゲームニクスの前提として、サイトウ教授はゲームの本質は「ストレス」を与え、それを上回る「快感」を与えることだと述べている。ゲームニクスはこのゲーム以外のことにはストレスを与えないための使いやすさと覚えやすさのノウハウである。しかし、このゲームの本質とモバイルソーシャルアプリの本質の見事なまでの整合性には感嘆を覚えざるを得ない。

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▼図2.1: ゲームニクス理論の四原則
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ゲームニクスについては詳細を述べないが、図2.1 にその四原則を示す。これだけだとよくわからないので実例を含めて図2.2 に示す。

▼図2.2: ゲームニクス理論の四原則の実例
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ゲームニクス理論の視点から見たモバイルソーシャルアプリを図2.3 に示す。

▼図2.3: ゲームニクス理論の視点から見たモバイルソーシャルアプリ
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これが実にうまくあたった結果、1 年で1000 億円も夢でないという高成長市場が日本に誕生しつつあるわけである。

サイトウ教授は、たとえゲームを買ったユーザでも、決してゲームに対して熱狂的なわけでもなんでもない、といっている。その受け身なユーザをゲームに向かわせ継続させるためにはいろいろなノウハウが必要である。たとえば、「継続率を上げるためには"繰り返す行為" が快適であるのが重要」というのがある。モバイルソーシャルアプリではほとんどの行為は単にENTER キーを押すだけである。

そこできれいなグラフィックがでたり、モーションがついたりする。そして、レベルアップする。簡単である。気持ちがいい。「目標に対して前に進んでいて、もう少しで"ツモれる" 、うまくなっているという感覚を適度なタイミングで与える」というノウハウがある。こういうのもモバイルソーシャルアプリでは随所にちりばめられている。

子供にDS などのゲーム機を与えてゲームをやらせた場合と、モバイルソーシャルアプリを与えた場合には、違いも見られる。ゲームニクス理論によって使いやすさを徹底的に向上したDS などのゲームだと、子供は徹底的にはまる。一方、モバイルソーシャルアプリだと飽きて別のおもちゃで遊びだす。なぜなら、モバイルソーシャルアプリはビジネスを組み込んだ体系だからである。ユーザに金を払わせるために、一定時間にできることを制限している。ゲーム機ビジネスの場合、ビジネスはゲームニクス理論の外にある。ゲームソフトを買った段階でビジネス的には収束しているからである。

もちろん、子供に無限にお金を与えられば、何日でもモバイルソーシャルアプリにはまって中毒になるかもしれない。残念ながら、うちの子はモバコインでものを買ったら、今後モバイルソーシャルアプリは禁止にするよ、と父に脅されているので、しかたなく、これ以上進まなくなったゲームを諦めて他のおもちゃで遊ぶのである。時間がたてばまた継続して遊べるのであるが、残念ながら子供の時間間隔ではそれは長すぎる。他のおもちゃで遊ぶことになる。また、思い出したときに、偶然、モバイルソーシャルアプリが遊べれば遊ぶ。モバイルソーシャルアプリの時間に関するゲームデザインは課金する大人向けなので、このタイミングがあうかどうかはまったくの偶然である。

モバイルソーシャルアプリはビジネスモデルを組み込んだゲームニクス理論を実践しているということなのかもしれない。

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例えば、怪盗ロワイヤルなど、最初のほうは、単にクリックするだけである。図2.4 に示す。

▼図2.4: エントリレベルのゲームデザイン
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これでレベル4 くらいまで簡単にいくのであるが、では、最初からレベル4 から始めればいいじゃないかと思うのであるが、ゲームニクス理論によればそうではない。この手続きによって次のものを教えている:

  • クリックするだけでどんどん進行する喜び
  • レベルがあがったときの喜び
  • アイテムを手にいれたときの喜び
  • アイテムを必要とするバトルでアイテムを使って勝利・征服する喜び

しかも、次のものも教えている:

  • レベルという概念
  • ポイントという概念
  • アイテムという概念
  • レベルやポイントやアイテムがどこに表示されるかのユーザインタフェース
  • 特定のアイテムが必要な関門の概念
  • アイテムを購入するという概念
  • ポイントが貯まるまで待つという概念

ついでに次を刷り込んでいる:

  • クリックすることによって仮想世界のものを買うという体験
  • その体験とレベルが上がる快感との連携

よくできている。さすが1000 万人ユーザが熱狂するゲームである。

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▼図2.5: はまるゲームのメカニズム
201012171730-5.jpg

快感というものは脳エンジニリングとでもいうべき観点からは図2.5 になる。フラストレーションを創り出し、そのフラストレーションと格闘することを快感に変えるエンジニアリングである。特にモバイルソーシャルアプリの場合、このフラストレーションと快感への転換について、ソーシャルを強化メカニズムに利用している。

ゲームニクス理論を使えば、どんな複雑な体系も、それをマスターすること自体を喜びに変えてしまう。だから、どんな複雑なシステムをどんな人でも、子供でもおばあさんでも、使えるようにできる、とのことである。

サイトウ教授はゲームニクスでゲームの成功をすべて説明しようとしているので、その点、すこしわかりにくくなっている部分がある。私の個人的理解によれば、この理論は夢中にする仕掛けと学習を快感にする仕掛けと遊びやすさを最大にする仕掛けに分けて考えたほうがいい。夢中にする仕掛けはさまざまなゲームへの依存性を強化する仕掛けのノウハウを包含するものである。学習を快感にする仕掛けの中には、標準的なユーザを設定した上で、学習に明確な構造を示し、与える順序を制御することによって、遊び方を学ぶこと自体を楽しくする仕組みのノウハウを包含する。

遊びやすさを最大にする仕掛けは、本来のゲームが与えるフラストレーション以外の部分におけるユーザの遊びにくいというフラストレーションを除去するノウハウを包含する。

実は夢中にする仕掛けさえあればユーザは遊びやすさが損なわれていても遊ぶことになる。しかし、遊びやすさが最大、サイトウ教授の言葉を借りるとゲームのストレス以外の部分のストレスをなくす、が実現されないと、そもそもユーザは夢中になる仕掛けにすらたどりつかないということになる。

夢中にする仕掛けは、主に第三法則と第四法則に、学習を快感にする仕掛けは、主に第二法則と第三法則に、遊びやすさを最大にする仕掛けは、主に第一法則から第三法則までによってカバーされている。

学習を快感にする、ということは、ゲームの世界においては、遊びやすさを最大にする、ということに包含される場合が多い。しかし、ゲームニクス理論をさまざまな分野に応用するうえでは、分離していたほうが、理論適用が容易になる。広義のゲームデザインは図2.6 のようになる。

▼図2.6: ゲームニクス理論を含む広義のゲームデザイン
201012171730-6.jpg

ゲームニクス理論は、ユーザインタフェースを設計する技法として考えることもできるし、夢中にするための仕掛けを与える技法として考えることもできるし、ユーザインタフェースを教える技法として考えることもできる。

文・山上俊彦(株式会社ACCESS CTO Office シニアスペシャリスト)

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