モバイルクラウドを利用するためのインターフェイスとなるのが、スマートフォンやタブレットといったデバイスであり、そこで提供されるアプリやサービスだ。モバイルクラウドの進化によって、デバイスの形はどう変わるのか、そこでアプリやサービスはどのように提供されるのか、そして私達とデバイスの関係はどう変化していくのか。NTTドコモ スマートコミュニケーションサービス部 コンテンツ支援担当部長の山下 哲也氏にお話を伺った。
前編では主にスマートデバイスの意味とアプリ・サービスのあり方、後編ではデバイスの進化についてお送りする。
▼株式会社NTTドコモ スマートコミュニケーションサービス部
コンテンツ推進室 コンテンツ支援担当部長 山下 哲也(やました・てつや)氏
──山下さんにはデバイスやアプリがどう変わっていくかをおうかがいしたいということで、まずは「スマートフォン」というものをどう見ていらっしゃるか、というところからお聞かせ下さい。
山下氏:「スマートフォン」というと、ケータイとPCの垣根がなくなる、という見方もありますが、私はそれよりは、様々なデバイスの形が収斂しようとする一つの動きが、スマートフォンという形を生み出しているのだと思っています。
ケータイには、タッチスクリーン付きのもの、フルキーボード付きのもの、あるいはBlackberryのようなものなど、過去にはいろいろな形態・入力方法がありましたが、そもそもは「電話」でした。音声を使うにせよデータを使うにせよ、基本はコミュニケーションツールであり、昔からあったテレフォンというデバイスでした。
一方PCは、情報処理をするための「コンピューティングデバイス」として生まれています。それを持ち歩きたいからということで小型化が進み、ノートパソコンやネットブックのような、携帯性を重視したモバイル型のものがでてきました。
今、両者の境目がなくなってきたというよりは、むしろ、これまでのケータイのような、単一目的のコミュニケーションツールが、その役割を終えつつあるのだと思います。純粋な音声通信も、単純なデータ通信も、データの入出力には代わりはありません。これからは、生活の中での情報の入出力デバイス、処理デバイスが、「スマートデバイス」という形に収斂していくのだと思います。デジカメだって、「スマートデバイス」に収斂していってもいいと思うんですよ。
人間の生活習慣の中で使いやすいもの、ぜひ使いたいもの、使ってさらにもっと広がりを生み出すもの、というのは、どんどん成長していくでしょう。形状と用途の幅を広げながら、一つの「スマートデバイス」というカテゴリーになっていく。
それは言い換えると、「最も優れたコンピューティングデバイス」であり、かつパーソナルな形で広がってゆくものです。
──「パーソナルな形で広がる」というのは、例えばどんなイメージでしょう?
山下氏:20年前をふりかえると、大学の教室でいきなりノートPCを開いてかちゃかちゃやりながら、ケータイで電話をしている学生なんていませんでした。でも今の大学生なら、その辺でiPadの画面を見ながらスカイプでチャットするのは、別にどうということもない日常風景ですよね。つまり、日常生活の中で、コンピューティングデバイスが普通の生活習慣の中に溶け込んでしまう。
コンピューティングデバイスが溶け込むということはどういうことかというと、頭脳だけの記憶ではなく、肉体の記憶として、コンピューティングデバイスを使って生活することがあたりまえになるということです。私達は別に電脳の世界に生きているわけではないので、肉体の感覚として、実際に何かを使ってものを書いたり、考えたり、情報を咀嚼して誰かに伝えていますが、その(肉体感覚の)中にコンピューティングデバイスが自然に入り込みつつある。特に若い人は、既に特別なものではなく、あたりまえとして使っています。
これからいろんな形のコンピューティングデバイスが出てくると思います。今は丁度、過渡期ですね。私達みたいなレガシーな世代は相変わらずパソコンかタブレットか? などと言っていますが、今3-4才の、物心ついた時からタブレットを使っているような子供たちが10年後に学校で(今の)パソコンを使えと言われたら、「誰が触ったのかわからないキーボードなんて気持ち悪い」とか、「僕、手が小さいのになんでこんな使いにくいキーボードなの?」って怒りますよ、絶対。「マウスって何それ、画面触った方が早いよ」とか言いそうです。それぐらい感覚が違うでしょうね。
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──コンピューティングデバイスの上でのアプリケーションは、どうなっていくでしょうか。
山下氏:コンピューティングデバイスは、情報処理装置を意味しますが、その装置で、情報を入力して加工したり編集したり表示するためのものがアプリです。アプリを使うか、ブラウザを使うかという議論については、方法論の違いであって、情報やコードを最終的に0/1で処理するためのものであるという本質は変わりません。
iPhone・Androidアプリは儲からない、と言う声をよく耳にしますが、それは、アプリにプライスタグが付けられると思い込んでいるからではないでしょうか。インターネットが始まったころにも似たような議論があったように思うんですが、すぐに立ち消えてしまったのは、Webは「無料」という作法が確立された為だと思います。Mosaicで、世界中のページが無料で見ることが出来る、すごいって言っている時に、「新しいホームページ作ったから、月額100円で見て下さい」とか、映画みたいに「閲覧1回500円」とか、今だとあり得ないでしょう。
ところが普段、そういう無料のWebを使っているのに、なぜかアプリにした途端、プライスタグを付けるのが当たり前という話になる。同じことがWebでは無料でできるのに、それでは売れるわけがない。なぜ有料で売るんですか?と尋ねると「プログラミングにお金がかかっているから」などとおっしゃるのですが、Webだって運営するのは無料じゃありません。どうかすると、作成・更新・運用費用が嵩み、アプリ開発よりも高かったりします。にもかかわらず「アプリは儲からない」という声があがっているわけですが、うーん、それではWebは儲かっているんでしょうか? 直接の売上にならないといって、Webを止めることが出来るでしょうか? そうお聞きしたい。
基本、アプリもウェブも一つの道具、方法論にしか過ぎないと思うのです。まずは、物理的な形ある製品と同じ考えで、それ自体が付加価値を持っている、だから値段が付く、という発想から離れる必要があると思います。その上で、是々非々で、使う人が使いこなす際に、これはアプリでやった方がいいのか、ウェブでやった方がいいのかを適材適所で考えればいい。
──でも私達が例えば仕事で使うPCでは、有料のアプリを普通に使っていますよね?
山下氏:そうおっしゃるかもしれませんが、ぜひご自分のPC環境を見直してみて下さい。パソコンのOSがWindows 7、Vista、XP、最近はMacOSの方もいらっしゃるかもしれませんが、使っている有料のアプリはパワーポイントのようなプレゼンテーション系、スプレッドシート系、文章編集系ぐらいじゃないですか?もしかするとデザイナーの方などは、他にも専用のCADや画像編集ソフトをお使いかもしれませんが、たいていの方は使っているのはその3つくらいであとはどんどんWebに移っています。しかもそれらは、GoogleDocsがあれば全部無料でできます。昔みたいに、英語は英語辞書ソフト、なんて要らなくて、ウェブであれば無料の辞書や、文章チェックまでやってくれるものがあります。実は既にPCではWebが主流になっているんですね。
なぜそうできるかといえば、固定のPC環境で考えれば、接続が非常に安定していて、クラウドの向こう側とは常につながっているから、クラウド側にソリューションがあれば、手元にあるのはシンクライアントでいい。(PCの)アプリの重要性はどんどん薄れています。
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一方で、モバイル環境の難しいところは、接続が不安定なことです。3.11の震災では普段のアクセスの数十倍のトラフィックで、つながらなくなってしまいました。インターネット自体もトラフィックが増えれば接続が不安定になるものですが、モバイルの場合は加えて電波が不安定になる可能性があります。つながらないかもしれないという不安定さを考えると、オフライン動作のためにアプリでソリューションを提供するという重要性は、モバイル環境におけるスマートデバイスには必要だと思っています。
見た目はデジカメなのにケータイ、という端末があるのですが、これのシャッター速度管理アプリも露出計アプリも全部クラウドにあるので通信できないところでは写真が撮れません、では困りますよね。「ホテルの地下一階の宴会場で披露宴、いよいよクライマックスのウェディングケーキ入刀です」っていう時に「電波がないから撮れなかった」じゃお話にならないわけです。
▼見た目はデジカメなケータイ「docomo PRO series L-03C」
アプリとしてスタンドアローンで動ける必要性がモバイルには絶対あります。ただ、だからといって、全てのケースについてアプリにお金を払って下さいという話に結びつけるのは危険です。
──そうすると、アプリを作る人はどこでマネタイズを考えればいいんでしょう。
山下氏:マネタイズは情報の流れ、人の動き、物の流れ、付加価値の付け方というところに応じて、さまざまな形のお金の流れを作らないといけません。もちろん、その中の1つとして、アプリそのものでお金を取る、という発想もあってもいいと思います。例えば、とてもおもしろいゲームだからこれだけでお金を取る、というようなケースはありますから。
ただ、だからといって全てにプライスタグをつけても、商品価値は失われてしまいます。「アプリの海で全く見つけてもらえない」と言う開発者もいますが、それはそのアプリ自体が(それだけで)完結・孤立してしまっていて、その(アプリの)必要性が認知される広がりが不足している、ということはないでしょうか? これとは逆に、例えばリアルのサービスを提供している方々が、お客様に対して「このアプリを使ってサービスを使うともっと便利になりますよ」というものであれば、必ず見つけてもらえます。最近だと営団地下鉄さんが「東京メトロアプリ」を出されましたが、「乗り換えに便利だ」ということになれば、特に宣伝しなくても、便利だというバイラルが自然と生まれ、お客様も自分で探そうとされる筈です。
▼東京メトロアプリ(報道発表資料より)
必要とされるものを出す。その必要性の本質とはなんぞやということを突き詰めて考え、このアプリはどういう目的で作るのかを考える。その上で、お金をどこからストリームして回すのが自然か、という順序でマネタイズは考えてゆくべきだと思うのです。
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──アプリやサービスを提供する側としては、何に気をつければいいですか?
山下氏:トランザクションを考える時に、異常切断系が必ずあるということですね。シーケンスが必ず完了すると思わない方がいい。その場合、ホスト側で、切断が意図されたものか、そうでないのかを判別でません。メールやウェブの閲覧であれば構わないのですが、eコマースのように、データの受け渡しや意志決定のトランザクションの場合は困ります。通販事業者などは、経験的にフォールバックを考えていると思いますが、その他のアプリでも、そうしたトランザクションの中断に対する対応は十分に注意する必要があります。
通信が不安定な時のバックアップの方法や、確認をとる方法に十分留意する必要があります。LAN環境で開発していると、通信が不安定になることはあまりないので、正常系の試験だけやって安心していると、実環境のモバイルで異常終了したときとんでもないバグになることがあります。
もう一つは、キャッシュをどう使うかですね。リクエストを出してからレスポンスまでのタイムラグが、一度短いもの・早いことになれてしまうと、人間待つのには耐えられなくなります。待つ時間をストレスと感じるからです。モバイルのレスポンス速度は変動が激しくて、移動中や電波が弱い時には、切れないけれどもエラー訂正などで伝送時間が大幅に掛かるケースがあります。ウェブの場合、トップページの表示が遅いとお客様は(アクセスを)あきらめてしまいます。
ブラウザならキャッシュの活用、アプリなら起動時間の短さで、とにかく最初のレスポンスを早くすることがポイントです。
──マルチデバイスへの対応も重要ですよね。
山下氏:重要ですね。最近の例だと、東日本大震災の時にホンダとGoogleが協力して提供されたGoogle Crisis Responseの自動車通行実績情報マップってありましたよね。あれは、(車に乗っていて今現地にいるという人は)カーナビで見たい。パソコンで見たい人もいるかもしれないし、スマートフォンで見たいかもしれない。
▼Google Crisis Response 自動車通行実績情報マップ
アクセスされるデバイスはまちまちですが、送られる情報は共通で、地図情報と、その道を通れるか、ということです。なので、回線も、デバイスも、マルチであることを念頭においてやる必要があります。
なぜここを強調するかというと、デバイスのタイプによって処理能力が違うから。情報を入力するクラウドは無限大のコンピューティング能力があるが、出した情報を受け取る側の能力が低いと、せっかく解像度が高い地図情報や補足情報を出しても重くて見れないし、逆にデバイスに対して解像度が低すぎると、ごちゃごちゃして見えない。相手のデバイスタイプが何かを判断して、最適な方法で情報を出す工夫が必要です。
──クラウドになっていくことで、デバイスは何でもよくなるという意見もあります。
山下氏:何でもいいということは、クラウド側で対応しなくてはいけないダイバーシティがとほうもなく広くなるということです。いかにそこを柔軟に最適化して情報を出力してあげるかということですね。入力側はクラウドなので、送られてくる情報を受け止める深みはありますが、あまり処理能力のないデバイスに重い情報を出力しても沈んでしまう。そこをどう最適化していくかがこれからの課題だし、大変だと思います。
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登録はこちらWirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。