災害時に頼れる地域分散ネットワークシステム技術(前編)
2011.11.15
Updated by WirelessWire News編集部 on November 15, 2011, 17:30 pm JST
2011.11.15
Updated by WirelessWire News編集部 on November 15, 2011, 17:30 pm JST
現在の携帯電話システムは、ある人がある人に電話をかける際に、認証・課金サーバ、移動管理サーバなど、携帯キャリア内に設置された様々なサーバ類を経由して初めて回線が接続される。そのため、今回の震災において一番問題となったのは、被災地外の地域においても携帯電話の発呼がキャリア内の呼接続サーバに集中したために、キャリア側において最大70〜95%のアクセス制限を施す事態となった(総務省「平成23年版 情報通信白書」)。その結果、震災の直接的な被災がそれほど無かった地域においても「携帯電話がつながらない」「メールがすぐに届かない」等の問題が発生した。
また、被災地においては、基地局装置自体が被害を受けた他、携帯電話の基地局とコアネットワークを結ぶアクセス回線の断線などにより、基地局装置自体は動いていてもサービスを提供できない場所もあった。
これらの問題の多くは、既存の携帯電話システムが集中管理・集中制御のシステムとなっていることに起因するものであり、より分散管理・分散制御の重要性が顕になった。
我々の目指すネットワークシステムNerveNet(ナーブネット)は、基地局同士が無線もしくは有線で隣接する基地局との間のリンクを自動的・自律的に発見し、網の目状のネットワークを構築する。網の目状のトポロジを構成し、かつ宛先までの経路(パス)を複数予め用意しておくことにより、あるリンクに障害が発生し断絶したとしても、そこを迂回する経路に即座に切り替えることでネットワーク全体の接続性を維持することができる。NerveNetにおいては、移動管理や名前解決、認証といった機能を全ての基地局が分散で行う事により、ある特定のサーバに依存すること無く、アプリケーションは必要な通信を行うことができる。
▼図1.既存携帯アクセス網の被災対応とNerveNetが実現する災害時に使えるネットワーク(※画像をクリックして拡大)
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例えば、通常のネットワークシステムでは、通信相手の端末がどこに居るのかを移動管理サーバ(モバイルIPであればホームエージェント)が把握しており、そこへ宛先の端末の位置(ロケータ、モバイルIPであればケアオブアドレス)を問い合わせる。そのために、移動管理サーバのURIからIPアドレスを調べる必要があり、そのためにDNSサーバへ名前解決の要求を送信する必要がある。よって、全ての端末は予めDNSサーバのIPアドレスを知っている事が前提となる。また、もしDNSサーバが自身のサブネットワーク内に無い場合には、DNSサーバへの名前解決要求をデフォルトゲートウェイへ転送することとなる。そのため、端末はデフォルトゲートウェイのIPアドレスも事前に知っている事が前提となる。 更に、端末に対してゲートウェイ、DNSサーバのIPアドレス、端末自身のIPアドレスを割り当てるためにDHCPサーバも必要となり、認証を行う上ではRADIUSサーバ等も必要となるだろう。
これらのサーバ類が連携し、メンテナンスされ、正しく運用・動作して初めて端末は宛先端末に割り当てられたIPアドレスを知ることができ、通信を開始することができる。もし、どの一つのサーバでも障害が発生、もしくは故障した場合には、端末間の通信は行えない。
IPレイヤにおける自律分散経路制御プロトコルであるアドホックネットワークや、無線LANを用いたデータリンクレイヤにおけるメッシュネットワークの規格であるIEEE802.11sも災害時における自律分散なネットワーク構築技術として注目されている。しかし、アドホックネットワークやIEEE802.11sは自律分散による経路制御プロトコルのみを定義しており、実際にそれらを用いてネットワークサービスを端末へ提供するためには、端末の移動管理、名前解決、IPアドレスの自動割り当て、デフォルトゲートウェイの設定方法、認証など、全てを何らかの方法で解決・提供しないとアプリケーションが利用できる通信システムは構築できない。よって、現在のインターネットも完全な意味では分散システムにはなっておらず、ネットワークプロバイダ側が提供する各種サーバ類に依存した通信システムと言える。
NerveNetの基地局装置は、移動管理、名前解決、アドレス割り当て、デフォルトゲートウェイの全ての機能を持ち、それらの情報を基地局間で同期させる事で分散化を実現している。これは、基地局単体であってもローカルにアプリケーションに対してサービスを提供可能であり、かつ基地局を追加していくことで、自律的・自動的にサービスエリアを容易に拡張できる。さらに、たとえどこかが壊れても、動いている基地局のみでサービスを継続することができる。
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システムを設計する上で考慮すべきもうひとつの点が、情報の持つローカリティである。我々が携帯電話等のモバイル端末を使って情報をやり取りする際に、その情報の発信者と受信者の間の距離は、意外にも近い場合がほとんどではないだろうか。頻繁に連絡を取る相手のほとんどは、実際に合う機会も多い人であり、それらの人は大概通勤圏内に居ることが多い。また、待ち合わせ場所付近で電話をかけたり、旅行先などで近くのレストランや地域の情報を検索したりする場合は特に情報もしくは通話の発信者と受信者の距離は近いはずである。H21年の統計情報によると、携帯電話の同一都道府県内に終始する通信の比率は約81.2%であり、同一地域ブロック内で見ると92.3%にも及ぶという報告がなされている(総務省「通信量からみた我が国の通信利用状況(平成21年度)」)。
このように、発着信者間の距離が近い場合であっても、既存の携帯電話システムは発信者からキャリアネットワーク内の各種サーバ類を経由して折り返し、受信者へ到達する非常に長い通信経路を取ることとなる。また、インターネットで情報を探す場合には、検索システムや情報を載せている各種サーバ類は、情報の発信者・受信者の位置とは全く関係ない場所(場合によっては海外)にある場合がほとんどである。 我々は、情報の発信者と受信者の位置や、情報が持つローカリティに注目した、情報流通のためのプラットフォームが必要であると考える。NerveNetでは、情報が持つローカリティに注目し、情報の地産・地消をサポートするためのプラットフォームを提供する。
更に、NerveNetは既存のインターネットへのアクセス回線としても利用可能なアーキテクチャであるため、地域で利用できるWiFiアクセスポイントとして活用することで、近年増え続けている携帯電話やスマートフォンのデータトラフィックをオフロードすることができる。また同時に、インターネットと共存しつつ地域内の情報流通プラットフォームを活用することでローカルな情報をローカルに流通させる様々なアプリケーションを生活の一部として利用することで、平時より活用することができ、尚且つ災害時にも役立つ、安心・安全のための地域インフラストラクチャを実現できる。
▼図2.ローカルな情報流通支援網と様々なアプリケーションが提供する論理ドメイン及び外部アクセス網との併存(※画像をクリックして拡大)
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昨今「クラウド」と呼ばれる情報システムの研究開発が盛んに行われているが、これらもデータセンターを経由した情報の一元管理・一元処理がその主な利用法である。だが一方でモバイル端末が持つストレージの容量や性能も年々高まり続けており、必ずしもクラウドへ全てのデータを預ける必然性もなくなってきている。NerveNetでは、特定のグループ間でアプリケーション毎にデータベースを同期する事が可能なフレームワークを提供することで、複数の端末の間でアプリケーション毎にデータベースの同期を行うことができる。これは、プライベートなクラウドシステムをローカルに構築する事を支援するネットワークシステムと見ることもできる。
また、端末がデータベースを同期しながら移動することにより、「つながった時に、つながったネットワークの中で最新の情報に同期をかけていく」といった利用法も可能である。これまでは、送信元と受信先が必ず同時にネットワークで繋がった状態でないと通信が出来なかったが、NerveNetでは、受信者は必ずしもネットワークに同時につながっている必要は無く、遅延を許容した情報の流通・配信ネットワーク(Delay/Disruption Tolerant Network:DTN)を実現している。
2011年10月29日に小金井公園で行った平成23年度東京都・小平市・西東京市・武蔵野市・小金井市合同総合防災訓練にて、実際にデモとして公開した安否確認システムや広報発信アプリケーションは、NerveNetの提供する端末間のデータベース同期支援機能を用いて実現している。これらは、特定のサーバやクラウドシステムへアクセスをすること無く、端末のアプリケーションとNerveNet基地局の提供するアプリケーションデータベース同期機能のみで実現している。これらに関しては、「3.端末アプリケーション例」にて紹介する。
文・大和田 泰伯(独立行政法人 情報通信研究機構 光ネットワーク研究所 ネットワークアーキテクチャ研究室 専攻研究員)
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