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「合わせ技」アプローチで最適化に挑むノキア シーメンス

2012.02.29

Updated by Tatsuya Kurosaka on February 29, 2012, 13:15 pm JST

▼NSNブース入口
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2012年のモバイルワールドコングレス(以下MWC)では、ほとんどすべての通信機器メーカーが、スマートフォンの爆発的な普及とLTEの台頭といった世代交代の時期が重なるという混沌を、いかにして乗り切るか、という提案に注力していた。

そうした中、ノキアシーメンスネットワーク(以下NSN)は、「エクスペリエンス・センター」と題し、例年と同様に大規模な展示ブースを設置した。

今回NSNブースは、コアネットワークの最適化と付加価値向上を提案する「カスタマー」、通信環境のモニタリング等でサードパーティと連携したソリューションを紹介する「エコシステム」、そして基地局やアンテナ技術の高度化を展示する「ネットワーク」の3つから構成されていた。

同社の展示に通底していたのは、様々な技術の複合でネットワーク・ソリューションの最適化を顧客と共に目指す、というコンセプトである。これは、モバイル・ネットワークの一大変革期において、様々なレイヤーやシーンの技術の複合と協調が、市場の変化への柔軟かつ効率的な対応に資するという、NSNならではの発想である。

一方で個々の製品の性能を磨き上げることで顧客に訴求する事業者も多い中、同社の「合わせ技」によるソリューションの提案は、無線通信技術のソフトウェア化が進む中で、ある意味でモダンなアプローチともいえる。

NSNの展示すべてを紹介することはできないが、ここでは筆者が気になった商品やソリューションをピックアップしてお伝えする。

カスタマー

まず「カスタマー」のコーナーで気になったのは、コアネットワークの仮想化を実現する"Liquid Core"というソリューションである。これは、コアネットワークの仮想化を実現するハードウェア(ATCA)とソフトウェアのパッケージにより、必要な容量を必要な場所に割り当てるというものである。

これにより、従来の静的なプランニングに基づく設備拡充に比べ、リソースをダイナミックに再配分できる。その結果、導入・運用コストの圧縮や設備稼働の効率化を進めることが可能となる。同社ではこうしたコアネットワークの仮想化技術とコアネットワークを含めたSON(Self Organizing Network)を組み合わせ、バックホールの最適化を顧客に提案している。

バックホールと基地局の協調による通信設備の効率化については、以前から様々な提案がなされてきた。また一方で、バックホールの運用はもちろん、基地局の構成についてもソフトウェア化が進展しており、両者の組み合わせによりリソースの動的な再配分は、いずれパッケージングされるだろうと見られてきた。今回の展示で、そうしたパラダイムがいよいよ商用段階に入っていることを示している。

▼NSNが掲げるSONのコンセプト
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また、アプリケーションを認識するRANによって、コンテンツのデータ圧縮等やネットワーク管理等を含めたデータ流通の最適化を目指すソリューションも注目される。具体的には、DPI(Deep Packet Inspection)(参考情報)をネットワーク側で実施し、流通するデータの形態に応じてデータ圧縮等やQoS運用を最適化し、ネットワークの負荷を下げるというものである。

これと類似のソリューションは、トラフィック爆発が拡大する現状のインフラに対して即効性のあるアプローチとして、すでに一部のオペレータは独自技術も含めて導入を進めているが、ベンダーからのアプローチとしてパッケージングされることで、今後はこうしたネットワーク運用が広く普及していくことだろう。

もちろん、DPIの実施やそれによるデータ圧縮については、プライバシーや著作権等の議論もあり、一筋縄ではない。ただ現実問題として、大規模データの流通を野放しにすることでネットワーク全体の運用に支障を来すとなれば本末転倒である。

これはかつてファイル交換のトラフィックが爆発した際に固定網でも起きた議論と、基本的には相似の構造を有する。その意味で、現にISPがファイル交換のトラフィックに規制をかけていることを踏まえると、こうした流れがモバイルの領域で広まるのは、むしろ自然な流れともいえる。

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エコシステム

「エコシステム」のコーナーでは、"Optimize + Monetize OTT (Over The Top)" と題したソリューションが展示されていた。そのタイトルだけではさっぱり分からないだろうが、平たく言えば映像コンテンツ流通の拡大を意識した、CDN(参考情報)ソリューションである。

トラフィック爆発に伴い電波が足りないことはすでに一般にもよく知られているが、一方でそれはバックホールのネットワーク負荷が増大することをも意味する。こうした状況を最適化すると共に、通信事業者としては如何にこれを事業機会とするかが、世界的に大きな課題となっている。いわゆる「ネット中立性」問題も、この事業課題を抽象化したものと考えることができるだろう。

このソリューションは、こうしたトラフィック爆発に伴うネットワーク負荷の事業化(マネタイズ)を目指す。具体的には、特定のコンテンツ事業者(動画配信サイトの運営者等)にCDNを介した良質なネットワークを通信事業者が供給し、その付加価値をコンテンツ事業者から回収する、というものである。

基地局ネットワークとCDNの組み合わせは、2011年のMWCでエリクソンがアカマイとの協業という形で発表し、話題をさらった。このソリューションは、技術構造的にはそれと近似しているが、(主に通信事業者から見た)ビジネスモデルの革新に明示的に踏み込んでいる。通信事業者からすれば注目のソリューションとなろう。

ただ、エリクソンのソリューションが登場した際にも指摘されたが、これは抜本的な解決というよりは、いわばCAPEXとOPEXのスワップであり、あくまで暫定的な改善策に近い。実際、このソリューションにより状況が改善した結果、ユーザがより一層動画をヘビーに使い始めるというパラドックスも懸念される。それでも、こうしたソリューションを導入しなければならないほど、ネットワークの状況やビジネスモデルは混迷を深めている。こうした商品がどこまで市場に受け入れられるか、引き続き注目したい。

また、LTE普及の顕在化と、オフロードを含めた物理層の多様化によって、IPネットワークの運用も改めて注目されている。物理層の上に論理的に構成されるIPネットワークは、本来は物理層の違いに応じて運用ポリシーの異なるネットワークが構成されているはずだが、これを(見かけ上は)一元的に取り扱わなければならない。NSNではこうしたIPネットワークの運用について、ciscoやJuniperといったレイヤー3スイッチの事業者と協業しているが、今回はそうしたネットワークの運用や品質管理をルック&フィールに実現するソリューションが提案されていた。

こうした領域は、従来は「レイヤーが違うから」と分断されがちであった。しかしオールIP化が進展していること、LTEはいよいよ規格レベルでIP通信を取り込んでいることなどから、これもごく間近にニーズが顕在化すると考えられる(あるいはすでにインシデントという形で表面化しはじめているといえるかもしれない)。

▼IPネットワークのマネジメントシステム
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ネットワーク

そして「ネットワーク」だが、ここもある意味でNSNらしい展示が多かった。まずコーナーに入ってすぐ目に飛び込んでくるのはSONの展示だが、前述の通りNSNのSONはコアネットワークを巻き込んだ自律化が進められている。

これは、すでにニーズが顕在化しているHetNet(ヘテロジーニアス・ネットワーク)の構成に際し、より少ない資源で柔軟にリソースを最適化することを可能とする技術であり、NSNの競争優位性を支える重要な要素である。今回の展示でも、その優位性を軸として、通信機器のデモンストレーションが行われていた。

たとえば小容量の小型基地局の開発や、そのパッケージを応用し、RF部とBB部を分離することで、複数に分散した小型基地局群がコアネットワーク側からは仮想的に一つの基地局として運用される(ベースバンドプーリング)、といったソリューションなどは、コアネットワークとの協調なくしては実現しにくいだろう。今回はそれらがさらに、LTE-Advancedに対応した形で実装されていた。

▼小型基地局
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こうした技術は、需要家の増加と多様化が同時に進む都市部と、需要家の規模やパターンはある程度定型的ながら、物理的に拡散する傾向にある地方部(ルーラル)で、結果として似たようなソリューションが求められる傾向にある。前者はピコセルの適用やビル等の建物内のフェムトセル等の多様性を、後者は分散環境下のリソース効率化を、それぞれコアネットワークとの協調で実現するということだ。

▼シーンごとのNSNのソリューション
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またそこから派生して、アンテナの裏側に複数のRRHユニットを搭載し、電気的にチルト(電波を発射する垂直の角度)を動的に制御できるアクティブ・アンテナもデモが行われた。これにより、需要の発生状況に応じた電波ビームの最適なフォーミングが可能になるほか、LTEで特に課題となる干渉問題の一助にもなる。

▼Flexiマルチラジオアンテナシステム
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▼アクティブ・アンテナのデモ。赤いLEDの部分からのみ電波が発射している。画面は鉛直軸で見た電界強度。
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▼アクティブ・アンテナ
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さらに、一つの基地局で様々なサービスを受け持つ「シングルRAN」のソリューションで、大容量化とTD-LTE対応が新たに紹介されていた。この技術も、ネットワークリソースを動的に割り当てようというものであり、一連のコンセプトと合致している。

▼TD-LTE対応のシングルRAN
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深層で起きていた技術革新の実現

このほかにも、NSNの最新技術が多く紹介されていたが、筆者の率直な感想を述べると、「すごい時代になったな」というものである。

たとえば今回の技術コンセプトをNSNでは"Liquid Radio"と称して市場にアピールしている。確かに「液状のラジオ」という名の通り、従来は静的な運用や管理、またそれに伴う設備投資が常識だった時代から、あたかも液体のようにリソースを柔軟に融通できる時代になったということだろう。しかし、3-4年前のMWCではまだそんな技術は登場していなかった。改めて振り返ってみれば、当時はまだ「LTEの基地局ができました!」というだけで大騒ぎしていたような記憶が残っている。

しかしその後、LTEの普及はもちろん、スマートフォンに起因するトラフィックの構造変化、そして経済環境が一層厳しさを増す中で、限られた経営資源をどうフルに使い切るか、という発想が台頭してきたのだろう。そして、計算機資源の向上によって生まれた「仮想化」のトレンドと合致し、現在に至ることになる。

ともすれば私たちは、新しい規格の登場やトラフィックの爆発といった現象面に目を奪われがちだ。しかしここ数年の技術革新は、もう少し深層で起きていたのだろう。それこそ、ソフトウェア無線やクラウド無線といったコンセプトは、今回のNSNの商品群のような形で実現しつつあるともいえる。

そしてこうしたトレンドが台頭するとなれば、通信機器業界の産業構造も、当然変化していくことになるだろう。また日本国内においても、こうした技術を導入することが通信事業者の競争優位に資するとなれば、国内通信産業の産業構造にも大きな影響を及ぼすことは間違いない。

改めて、すごい時代になったものである。

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クロサカタツヤ(くろさか・たつや)

株式会社企(くわだて)代表。慶應義塾大学・大学院(政策・メディア研究科)在学中からインターネットビジネスの企画設計を手がける。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティング、次世代技術推進、国内外の政策調査・推進プロジェクトに従事。2007年1月に独立し、戦略立案・事業設計を中心としたコンサルティングや、経営戦略・資本政策・ M&Aなどのアドバイス、また政府系プロジェクトの支援等を提供している。