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このままではもぐら叩きのBSデジタル干渉問題、悪いのは誰?

2012.02.24

Updated by Asako Itagaki on February 24, 2012, 19:40 pm JST

2月20日、BSデジタル放送新チャンネルの試験電波発射がはじまり、そして高速が売りだったはずの新しいモバイル通信サービスがダウンした(関連記事:BS新チャンネルの試験電波によりソフトバンクの1.5GHz帯に影響発生)。何が起っているのか、なぜそんなことになったのか、考えてみた。

何が干渉しているのか

今回問題になっているBSデジタル21チャンネル、23チャンネルの試験電波の周波数は、それぞれ12.09758GHz~12.12458GHzと12.13594GHz~12.16294GHz。だが、この電波が直接、ソフトバンクの1.5GHz帯に干渉しているわけではない。

衛星放送受信時には、アンテナで受信した電波を同軸ケーブルで受信機等に伝送するが、そのまま高い周波数の電波を同軸ケーブルで伝送すると信号損失が大きくなりすぎて効率が悪い。そのため、受信アンテナ部で低い周波数に変換(ダウンコンバート)して同軸ケーブルに出力して伝送することになっている。この変換部をLNB(Low Noise Block)と呼ぶ。LNBは局発周波数と呼ばれる変換用周波数(通常は固定されており変更不可能)を持っている。BS放送用のLNBの場合は局発周波数が10.678GHzとなっており、受信周波数から局発周波数を引いたBS-IF周波数に変換した信号を、同軸ケーブルに出力する(IF出力)。

このIF出力の周波数が、BSデジタル21チャンネルでは1419.58MHz~1446.58MHz、23チャンネルでは1457.94MHz~1484.94MHz。一方、ソフトバンクの1.5GHz帯は、上りが1427.9MHz~1437.9MHz、下りが1475.9MHz~1485.9MHzとなっている。上りはBS21チャンネルのIF出力にすっぽり入っており、下りもBS23チャンネルのIF出力とほとんど重なっている。

▼BSデジタル21チャンネル、23チャンネルのIF出力とSBMの1.5GHz帯の周波数
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同軸ケーブルは伝送する信号が外に漏れないように仕組みになっており、正しく設置されていればIF出力が漏洩することはない。しかし、ケーブルの接続部分に接栓を使用せず機器を接続したり、直接ケーブル同士をつなぐ「手びねり接続」がされていたり、ケーブル自体が劣化してシールドが十分でない場合には、そこからIF出力が漏洩してしまい、干渉が発生する。

トンネル内などで携帯電話を使用できるようにするために使う「漏洩同軸ケーブル」は、同軸ケーブルのシールドの一部にスロットをあけ、そこから電波を漏洩させることで、信号線をアンテナとしても利用する技術だが、それと同じことが意図せずして起ってしまっているのだ。

ちなみに、ソフトバンクに割り当てられた右隣の10MHzはKDDIの3.9Gに割り当てられている。KDDIでは2012年12月のサービス開始に向けて基地局の整備を進めており、このままでは12月からはじまるauのLTEサービスにも干渉が発生する可能性があると思われる。さらにその右隣の15MHzはドコモが割り当てられており、このまま抜本的な対策がされない場合は、結局3社とも影響を受けることになる。

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2009年から2010年にかけて行われた対策

今回発生した事象は、2008年にBSデジタル放送新チャンネルの試験電波を発射した際にも確認されており、当時使用されていた1.5GHz帯のPDC基地局に通信障害が発生したため、試験をただちに停止したという経緯がある。総務省と関係事業者は「一部の形態のBS放送受信システムの電波干渉問題に関する連絡会」(以下「連絡会」)を設置して対策を検討した。

連絡会では、2008年12月に「BS放送受信システムから携帯電話への干渉を防止するために[PDF]」を発表して、BS放送受信システムの施工事業者に工事の際の留意点を周知した。内容は「ブースターの利得を必要以上に上げず、適正に調整すること」「ケーブルの接続にはコネクタを使用した正規の方法で行うこと」「定期的に点検を行い、老朽化したケーブルや部品を適切に交換すること」「屋外設置機器にはF型接線(コネクタ)タイプの使用をお願い」といったものである。

また、2009年2月には、連絡会の下に、対策作業を実施する関係者により「BS21、23チャンネルの放送開始に向けた一部の形態のBS放送受信システムの電波干渉問題対策実施協議会」(以下「対策実施協議会」)を設置。試験電波発射時の通信障害の状況から推計された500エリアを対象に、携帯電話基地局から半径500m以内の屋外に設置されているBS/CS放送受信設備からの電波漏洩状況を調査し、携帯電話の運用に支障を与えるレベルの世帯を探索し、機器やケーブルの換装を行った。

総務省が2010年4月19日付で発表した資料[PDF]によれば、調査の結果、対策対象となった世帯数は387エリア1445世帯。発生原因の9割は古いタイプの増幅器と分配器によるもので、電波が漏洩しやすい直付け端子に起因するものだった。他に、ケーブルの接続・延長の際に十分シールドされていないことも一因であり、また屋内設置の増幅器であっても直付け端子を使用している場合、電波が漏洩するケースも確認された。

同日の対策協議会による報告をもって、連絡会は、BS21チャンネル及び23チャンネルによる放送が開始された際の携帯電話の無線システム等の運用に支障を及ぼす状況が改善された旨を承認した。対策完了が承認されたことで、受付開始が延期されていたBS21チャンネル、23チャンネルの委託放送業務認定申請についても2010年6月から7月にかけて行われた。

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誰がコストを負担したのか

ところで、このときの対策協議会が行った調査・対策の費用は、放送衛星局の免許を所持している株式会社放送衛星システム(B-SAT)が負担している。

当時の報道によれば、さまざまな関係事業者の利害が衝突する連絡会では意見集約ができず、総務省自らが「解決期限は設けられない」と発言するような状況に陥っていたようだ。同社が提出した「一部の形態の BS 放送受信システムの電波干渉問題に関するご提案[PDF]」によれば、費用負担の理由として、「連絡会で再三、国による対策を要望してきたが、総務省の説明によれば困難であること」「このまま問題が解消せず21、23チャンネルの放送が開始されない場合、12中継器すべての使用を前提とした事業計画を見直し、委託放送事業者の負担を増やさざるをを得ないこと」「その場合BSデジタル放送の普及・発展と放送のデジタル化に大きな支障が生じること」を挙げ、「法的責任の所在を越えた大局的な経営判断として」必要な対策費用を分担するとしている。

また同時に「対策は透明性を確保するために協議会のような第三者機関が主体となること」「連絡会での検討では、対策は1年以内に完了できるとしており、その前提で21、23チャンネルの早期放送開始を前提に今後のスケジュールを明確化すること」「今回の費用負担については21、23チャンネルの利用者に負担いただくよう料金体系を見直すこと」を提案書内で申し添えている。

これを受けて総務省が連絡会の各社に対して対策実施の協力要請を出し、はじまった具体的な動きが、対策協議会の設置である(対策実施の協力について(要請)[PDF])。要請書の中で総務省は、「本件調査・対策は同社の任意の申し出によるものだが、総務省としては周波数資源の死蔵回避につながることから前向きに評価したい」としている。

言葉を選ばずに言えば、そもそも誰が責任を持って対策を行うべきかが明らかにされず、このままでは事業計画の変更を余儀なくされるB-SATがそれでは困ると費用負担を表明したのに総務省が乗って、とにかくBSデジタル21チャンネルと23チャンネルの放送開始ができる環境を作ったということだ。

誤解のないように記しておくが、筆者はB-SATの申し入れを批判しているわけではない。事業会社である以上、「誰の責任とすべきかを問う」よりも、「費用負担で困難が解決できるなら責任は後回しにしてまずは金で解決する」という経営判断がなされることは、状況次第ではあって当然だと思う。

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考慮すべきだった「もぐら叩き」の可能性

対策は完了したという前提で放送開始が認められたBS21チャンネル、23チャンネルだが、2012年3月の本放送開始を前にして試験電波を発射したところ、干渉は完全に解消していなかった。2010年に完了したとされていた対策が十分ではなかったということが判明したわけだ。

電波漏洩の原因は、一言でいえばBSデジタル放送受信設備の設置工事不良である。設置工事は住宅の新築や転居だけでなく、テレビの買い換えなどの時にも行われる場合がある。まして、昨年7月の地上波アナログ放送終了で、2010年から2011年にかけては、大量のテレビの買い換えが発生している。新しい地デジ対応テレビの多くはBSデジタル放送の受信チューナーを内蔵しているので、「これを機会にBSデジタルも見られるように」と、新たにアンテナを設置した家庭も多いと推測される。

たしかに設置工事事業者向けに周知事項は出されているが、「アンテナを接続するだけ」の作業であれば消費者が自分で工事を行うことは珍しくないのが実情だ。2010年3月の時点で対策が完了していたとしても、その後、新たに工事不良が発生する可能性は予見されて当然だろう。そして、原因を考えれば、いくら対策をしても、もぐら叩きのように後から後から工事不良が発生するのもまた明らかだ。

今回の事態の責任はまず第一に、もぐら叩きの電波漏洩の可能性を考慮せず「対策完了」とした総務省にあるのではないかと思う。

さらにそもそも論でいえば、衛星放送との干渉が予想される1.5GHz帯を通信用に割り当てることが適切だったのかという議論もあるかもしれない。2008年の試験放送時には、この帯域はPDC方式の携帯電話に使用されており、停波の予定も決まっている帯域だった。

総務省はこの1.5GHz帯をあらためて2009年6月に通信事業者に割り当てた。しかし1.5GHz帯は他国ではモバイル通信に利用されていない、日本独自の帯域であり、BS21チャンネルと23チャンネルは国際調整手続きを経て割り当てられた、国際標準の帯域である。新たに帯域の割り当てを行うにあたり、国際的な周波数利用との整合性を考慮し、ここの割り当ては避けるという選択肢もあったのではないか。

とはいえモバイル通信サービスにとって電波の逼迫は既に限界にきているのもまた事実で、既に割り当てが完了して利用者がいる周波数帯を今更返せというのは現実的ではない。1.5GHz帯とBS21チャンネル、23チャンネルを両立するなら、対策の主体と費用負担をうやむやなままにせず、障害発生時にはすぐに対策がとれるよう、2010年の対策終了から今までの間に、コスト負担のルールを明確化し、対策事業主体と業務フローを確立しておくべきだった。

現在はサービスを既に開始しているソフトバンクモバイルが「自社顧客への対応」として対策を全て負担しているが、最終的にどこに落ち着くのかが分からなくては、結局困るのは利用者だ。総務省の責任は重い。

【干渉認識から対策終了までの動き・総務省発表資料】
一部の形態のBS放送受信システムの電波干渉問題について(2008年5月30日) 干渉問題の認識と連絡会の設置
「BS放送受信システムから携帯電話への干渉を防止するために」(周知事項)について(2008年12月17日) 施工事業者への周知事項
一部の形態のBS放送受信システムの電波干渉問題について(2009年2月13日) 衛星放送システムからの費用負担申し入れと総務省の要請、対策協議会の設置
BS21チャンネル及び23チャンネルの放送開始に向けた一部の形態のBS放送受信システムの電波干渉問題(2010年4月19日)2010年3月末をもって対策が終了したことの承認
特別衛星放送に係る委託放送業務の認定申請受付結果(2010年7月27日) BSデジタル21チャンネル・23チャンネルの認定申請受付

【参照情報】
「解決期限は設けられない」,次期BS放送の電波干渉問題で総務省 (ITpro)
3.9世代移動通信システムの導入のための特定基地局の開設計画の認定(2009年6月10日・総務省)
W-CDMA (Wikipedia)
テレビ周波数チャンネル(Wikipedia)
BSデジタル追加チャンネルの放送によるモバイルデータ通信(ULTRA SPEED等)への影響について(ソフトバンクモバイル報道発表資料)

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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。