MWC2012での大きな流れは、スマートフォンやタブレットなどの新製品ではなく、やはりNFC(Near Field Communication)だろう。NFCは、ソニーとNXP Semiconductorが共同で進めてきた近距離ワイヤレス通信規格で、ソニーが開発してきたFelicaを含む規格である。MWC2012では、NXPとフェリカネットワークス社(ソニーの子会社)がFelica(NFC-F規格)に準拠した日本国内のインフラとの互換性を持ったNXPのNFC無線コントローラファミリを開発するために協業することを発表した。
スマホやタブレットはどこのメーカーでも作れるようになり、中国ZTEやHuaweiなどのメーカーからも展示されるようになった。むしろ、MWCでは中国の存在感が目立つようになった。基調講演では、欧米以外の企業として中国のChina MobileとZTE、台湾のHTCが話しており、日本のNTTドコモの山田隆持社長の講演はキャンセルになり、日本の存在感が全くと言っていいほどなかった。
初日の基調講演で、主催者GSMAの会長であり、Telecom Italia GroupのCEOでもあるFranco Bernabe氏(図1)は、これから発展すべき3つのモバイル関係の内の一つをNFCと述べている。E-コマースはNFCが強力なソリューションとなり、強固なセキュリティを保証するものだ、と述べた。残りの二つは、LTEによりモバイルインターネットの拡がりと、モバイル通信サービスをテーマとして挙げている。
▼図1 GSMA会長兼Telecom Italia Group CEOのFranco Bernabe氏
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NFCは近距離ワイヤレス通信の規格で、通信距離が数cmという「タッチ」を基本とする。これに対して、RFIDは数mの規格もあり、必ずしも「タッチ」を前提としていない。NFCは、13.56MHzを基本として、「RF回路からアナログ回路、デジタル・プロトコル、アプリケーションのファイルアクセスの一部まで取り込まれているフェリカカードから通信部分だけを切り出したもの。通信部分だけを切り出して規格化しておけば、カードだけではなく携帯電話など応用が広がる」(NFC Forum田川晃一会長(参考資料*))。この規格化が終了したのが2010年で2011年からチップが半導体メーカーから出てくるようになった。
FelicaとNFCとの最も大きな違いは、Felicaが専用機なのに対して、NFCはFelica規格も包含する汎用機と位置付けてよい。特に通信部分のRF回路は共通化されており、ハードウエア的にはセキュア回路SAM(Secure Application Module)を付加することで成り立っている(図2)。
これまでの日本では専用機で読みとり、読みとられる、といった応用に限られていた上に、コスト的にも下がる要素は少なかった。これに対して、NFCは3つの機能がある。読みとられるカード、読み取り/書き込みのリーダ/ライタ機能、そしてピアツーピアである。応用ががぜん増えていく可能性を持っている。例えば、これまでのおサイフケータイはパッシブなタグのような読みとられる搭載しかなかったが、リーダ/ライタ機能によりスマホが読み取り/書き込み機になる。携帯端末にはUSIMカードを通してデータをやり取りするため、図3のようにUSIMカードに入る。
▼図2 NFCハードは、通信チップとSAMチップを基本とする
▼図3 NFCを組み込んだUSIMカード SKテレコムが展示
* 「NFCフォーラムのChairmanである田川晃一氏インタビュー――なぜ、今、NFCなのか! グローバルなビジネス・チャンスを持つNFCの可能性を語る」p.24-27、インターフェース2012年4月号、CQ出版社発行
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通信部分を標準化しているNFCチップの開発に力を入れてきたのがオランダのNXP Semiconductor (旧Philips Semiconductor)社だ。NXPがブースにおいてデモしたのは、スマホをリーダ/ライタとして使う用途が多い。ケータイをかざすことでゲーム的に遊べたり、映画のポスターにかざすとYouTubeのサンプル映像につながったりする応用から始まり、Google Walletの決済ができるという応用もあった。
無人カフェのデモでは、メニュー表に各飲料別にタグを貼り付けておき、それをスマホで読みとり、厨房にいる店員に発注するというシステムを見せた。何秒で注文が届くかを競い合うなど、ゲーム感覚の遊びの要素があり、米国で営業を始めたところもあるという。図4はNXPのブースではないが、韓国の通信キャリヤSKテレコムのブースで見かけたNFC利用の無人カフェである。
▼図4 NFCを用いたカフェ
NXPは未来の交通システムにもNFCの応用としてバイクを展示した。バイクやクルマが緊急事態になったときに手助けするエマージングコールシステムである。故障したり、体の具合が悪くなったりした時などに助けてもらう。ATOP(Automatic Telematics Onboard Unit Platform)と呼ばれるこのシステムは次世代ETCを目指しており、システムの中にGPSと3G、NFCがそれぞれ入っている。GPSは高速道路の出発から通過までの位置を知らせ、NFCで支払いとクルマのカギそのものの役割を果たす。情報は3Gネットワークから外部へ知らせる。システムを認証している最中だとしている。
フェリカが先行するNFC先進国の日本ではどこから実用化がされるか。NXPジャパンNFC製品マーケティングマネジャーの巴祥平氏は、まず決済系だろうと見る。NTTドコモやKDDI、ソフトバンクなどのキャリヤはすでに準備中だとしている。次が広告用のポスターやゲームだとする。
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MWCでは韓国のキャリヤKTがAT&Tのネットワークを利用したNFC埋め込みポスターを展示した。ゲーム応用では、俗称「がちゃがちゃ」のカードが10億枚発行されているが、その中に埋め込み、ゲームをすることができるというもの。ICカードだと、ゲームのレベルを上げていくような応用が可能だとしている。
▼図5 韓国KTが展示したNFC付きの音楽ビデオ購入ポスター
似たような応用として、NTTドコモのブースでは、コンサートチケット購入に利用できるというデモを見せた。例えば日本人アーティストのコンサートを海外からでも購入できるようにする。ポスターなどに埋め込んであるNFCチップを読みとり、そのURL情報からチケットをダウンロードし購入する。コンサート会場に入る時はスマホを読み取り機にタッチする。NFCは認証としても使えるため、チケットの横流しやオークション、ダフ屋などの入り込む余地のないようなセキュアにできる。販売業者は購入者全員をデータベース化できる。NFCのメリットは従来のQRコードと比べてセキュリティレベルが高いことだ。
▼図6 コンサートチケット購入に利用 NTTドコモのブースにて
NXPの巴氏によると、さらに将来は車載や家電系、ヘルスケアなどの分野になるだろう、と見る。今回のMWCでは、ピアツーピアの応用は出ていない。この応用は、例えばカメラからフォトフレームや友達のカメラなどに直接データを送ったり、クルマのBluetoothハンズフリーシステムへつなげたりする場合に使う。NFCとWi-FiやBluetoothとのハンドオーバー技術の確立が必要となる。NFCは設定や認証に使い、実際のデータ転送にはWi-FiやBluetoothを使う。このピアツーピア技術は現在、実証実験している最中であり、来年のMWCには登場するだろう。
文・津田 建二(国際技術ジャーナリスト兼セミコンポータル編集長)
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登録はこちら現在、英文・和文のフリー国際技術ジャーナリスト兼セミコンポータル編集長兼newsandchips.com編集長。半導体・エレクトロニクス産業を30年以上取材。日経マグロウヒル(現日経BP社)時代からの少ない現役生き残り。Reed Business Informationでは米国の編集者らとの太いパイプを築き、欧米アジアの編集記者との付き合いは長い。著書「メガトレンド半導体 2014-2023」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」など。