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アメリカのノマドの不都合な真実 

2013.03.31

Updated by Mayumi Tanimoto on March 31, 2013, 04:38 am JST

このブログでも以前フリーランサー(個人事業主)について紹介しています。日本では最近フリーランサーが「ノマドワーカー」という風に呼ばれたりして、注目を浴びています。従来のフリーランサーの様に「雇われずに働く」という他に、フリーランサーであっても、誰かに雇われてる会社員であっても、モバイル機器やネットを活用して「場所にとらわれずに自由に働く」といういう意味もあります。

フリーランサーという働き方は、大昔からあるわけですが、技術や通信サービス、デバイスの発達により、「場所にとらわれずに自由に働く」という働き方が、以前よりも簡単になって来たのは新しい感じですね。

しかしながら、フリーランサーのおかれている立場というのは簡単な物ではありません。私が3月9日に出版したノマドと社畜という本の中では、イギリスの実態を紹介しています。

イギリスと同じくノマド先進国であるアメリカは日本よりも早く労働が自由化され、多くの仕事がフリーランサーに外注されています。例えば、法律事務所でさえ弁護士をフリーランサーで雇い人件費を削ります。アメリカには現在200万人近いフリーランサーがいますが、その生活は決して楽な物ではありません。

20年前に弁護士である自分自身が法律事務所でオファー受けたポジションがフリーランサーだったことにショックを受けたSara Horowitz 氏はFreelancers Unionというフリーランサー向けの組合を立ち上げます。

この組合は現在アメリカ最大のフリーランサー向け組合で20万人の会員がおり、近いうちに会員数は100万人を突破すると言われています。アメリカの自動車労働者組合の組合員数は38万人なので、既存の産業の組合に匹敵する規模になっているわけです。

Sara Horowitz 氏が語るフリーランサーの実態は決して楽な物ではありません。

まず、組合員の多くはフリーランサーとして働くことは望んでおらず、仕方なくフリーランサーになった人々であることです。ごく一部の組合員は柔軟な勤務形態や、フリーランサーの自由度を好みますが、多くは正社員として雇用されることを望んでいます

正社員になることを希望する組合員が少なくない理由には、多くの組合員の賃金が決して高くないこととも関係あるでしょう。組合の調査によると、58%の年収は$50,000(一ドル98円で490万円ほど)、さらに29 %の年収は$25,000(230万円ほど)です。つまり、500万円以上稼げている人は、たった13%というわけです。

さらに、組合員のほとんどは大卒の30−40代ですが、12%はフードスタンプ(生活保護を現金ではなく食料品などの引換券で渡す)の受給経験がありました。

Sara Horowitz 氏は「今の経済状況だと、多くの中流は労働者階級やワーキングプアに転落しています。フリーランサーは最初に転落する人達なんです」と語っています。

ちなみに、この組合が力を入れている活動の一つは健康保険の提供です。この組合が提供する保険のプランは月$225 から $603 (2万2千円から6万円ほど)です。ニューヨーク州で個人で民間の保険に加入するよりも40%ほど安くなっています。

アメリカでは医療費はヨーロッパの様に無料ではありませんので、一旦会社を辞めてしまうと、自分で民間の健康保険に入ります。保険料は高額で、既往症があったりすると入ることも大変です。

それがどれだけ大変なことか、というのは、アメリカでアップルに勤務されていた松井博 さんの企業が「帝国化」する アップル、マクドナルド、エクソン~新しい統治者たちの素顔 という本を読むと良くわかります。

松井さんがアップルを退職し、家族4人分の民間の健康保険に入ろうとした所、選べるプランの選択肢は決して多くはないのに、なんと月に10万円もの保険料を払うことになります。ちょっとした胸の痛みを検査した際には60万円もの請求が届き、健康保険に入っていなかったお友達が盲腸で3日間入院した際には240万円もの治療費が請求されました。

つまり、ノマド先進国のアメリカでは、保険料を払うことができない貧しいフリーランサーは「死ね」ということなのです。まさに弱肉強食というわけです。

イギリスを始めとするヨーロッパの場合は、健康保険は国が税金から費用を拠出し、健康保険料はその人の収入によって決まるので、無職の人や売り上げが少ないフリーランサーの場合は無料です。治療も無料のことが多いので、とりあえず生きて行くことが可能です。

また、この組合は、組合員を守るための政治活動にも力を入れています。その成果の一つはFreelancer Payment Protection Actのニューヨーク州における法制度化です。アメリカでもフリーランサーがクライアントから費用を支払ってもらえなかったり、支払いが遅延することがありましたが、それを防ぐためのです。

日本でもノマドがブームになっており、フリーランサーになりたい人が増えている様ですが、この様な組合が必要になってくるでしょう。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。