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AO入試偏重は技術立国の自殺であり階層を固定する

2014.11.26

Updated by Mayumi Tanimoto on November 26, 2014, 05:36 am JST

2ちゃんねらーが揶揄するために作ったのかと思われた声に出して読みたい日本語「AO義塾」がバズっています。

声に出して読みたい日本語「AO義塾」は慶応大等のAO推薦入試専門塾であり、大変高い合格率を誇る事で有名です。そもそもこういう対策塾があった事も驚きですが、その合格率の高さは寡占状態のようにも見えます。

この塾に在籍する高校生の少なからぬ人々が、小4偽装疑惑で話題となったハイパー学生である慶応大学の青木大和さんが代表を務めていたNPO法人「僕らの一歩が日本を変える」にも在籍しているからか何なのか知りませんが、実家には安倍総理が訪問されることやご自身が総理のご自宅に訪問することもあり、安倍首相の奥様である昭恵夫人と非営利団体で活躍しておられるこの塾の塾長氏が、なぜかこの件で謝罪しております。

長渕剛に桜島の上で歌って爆発して欲しいわという感じのポエマー魂を発揮し、火の粉にウランを注ぎ込んでおり、AO推薦入試というのはポエムが得意な人を選抜する芸術性を重視する試験なのだなということを再認識した次第です。

青木大和と彼がご迷惑をおかけした全ての皆様へ

ところで、塾長氏は同塾のサイトにご自身の自己推薦書、と志望理由書を掲載しておられますが、ワタクシはAO入試を受けたことがないので、こういう風に書くのかと色々勉強になりました。

さて、このAO推薦入試というのは、ワタクシが学生だった頃に始まり、結構な時間が経っているわけですが、最近では私立大学の多くが導入しており、学校によっては入学者の多くがこの制度で入学してくるそうであります。

アメリカは面接や人物重視だ、詰め込みはいけない、もっと面白い人を入れよう、という鳴り物入りで導入された制度でありますが、どうもそれは途中で翻訳バイアスがかかり、今や何か違うものになっているというのが実情の様であります。

ワタクシはアメリカにいたので、この人物重視の選抜方法というのの本場を体験いたしました。

この制度は、応募者にとって有利なようでありますが、実は大変なお金と手間がかかるため、貧乏人はお呼びではない制度であります。学部も大学院も、海外短期留学やボランティアやスポーツで実績をあげたということが入学時にプラスになり、志望動機のかきっぷりが合否を左右します。

しかし、そういう活動は、家にお金があり、親の生活に余裕があり、アルバイトや学資ローンとは無縁の豊かな学生でなければ取り組む事が無理なのです。お金がなければボランティアに行くために交通費はありませんし、海外留学には大変な費用がかかります。部活にも費用がかかります。

家が貧しくアルバイトをしなければならない様な学生には、そんな贅沢は許されないのです。そういう学生には、当然のごとく、入学時に提出するエッセーを添削(=ゴーストライト)してくれる専門家に払うお金はないのです。

学費も払えないため、仕方なく軍隊に入って、学費を軍隊に肩代わりしてもらいます。そして、ある日戦地へ飛ばされて、手足を失ったり、脳挫傷をおって帰国しますが、そんな人にでる年金は雀の涙で、仕事もなく貧乏人ばかりのアメリカの片田舎で、親兄弟と泣きながら一生貧乏な暮らしをするのです。そして、焼きただれた顔を持った元兵士は、婚約者に去られ自殺するのです。

ワタクシの同級生や友達は、貧しいメキシコ移民の二世やフィリピン移民の一世ですが、家族を食べさせるために、イラクに飛ばされる危険を承知の上で軍隊に入り、軍事訓練の合間に授業を受けていたのです。軍事訓練の合間なので迷彩服で授業にやってきます。そんな同級生や友達達は、本当は平和主義者で、広島や長崎の事をよく知っており、その学校の金持ちの白人学生の様に「原爆は良い事だった」ということはありませんでした。

そんな良い心を持った彼らですが、実家にはお金がないので、ご立派な非営利活動を自慢して有名大学に入学する余裕はないのです。彼らが社会の上層部に這い上がれる可能性はありません。教育が階層を固定するのです。有名大学に入る事ができなければ、上層部の仕事や上層部の人脈に到達する事はできないのです。

アメリカンドリームは大昔に死んでしまいました。しかし移民に来てもらわなければ安いイチゴやジーンズを楽しめないので、アメリカという国は、全世界にアメリカンドリームはあるというウソで塗固めた映画やドラマを配り歩いているのです。

せっせと勉強は頑張れるけども、しゃべるが下手だったり、シャイだったり、体が弱い学生にも、この制度は不利なのです。そういう人は、馴れ合いやリーダーシップを発揮する事や、ご立派な非営利活動を自慢する事が苦手です。しかし数学や物理は得意かもしれないし、ものを作る事は得意かもしれません。

日本が戦争の焼け跡から立ち直ろうと頑張っていた時代に、日本を技術立国として引っ張って来たのは、ご立派な非営利活動や海外留学をひけらかし、しゃべりとプレゼンはうまい若者ではありませんでした。家は貧乏だが、勉強が好きで、せっせと真面目に働く地味な青年達でありました。

外国製品を入手し、それを分解し、外国語の仕様書を解読し、これより良いものを作ってやるぞと真夜中まで研究や実験に励む人でありました。また、コネも何もお金もないが、外国に飛び込んで一生懸命ものを売ってくる人々でありました。政治やマスコミとは無縁でありました。そんなものは仕事や技術には関係ないからです。

こういう人達は、自分を実力以上に見せようとする事や、口先だけで何とかしようという考え方とは無縁でした。我が国の教育機関というのは、そういう不器用で真面目な人々を世の中に送り出していたのです。そういう人達の力の根底にあったのは、地味で忍耐力を必要とする「詰め込み教育」でした。詰め込みがあったから新しいことを思いつき、高い技術力があったのです。

AO推薦入試の本場である、アメリカ、そして似た様な制度があるイギリスが今悩んでいるのは、自国内のエンジニア不足です。プレゼン重視、口先で何とかするという教育にあまりにも注力して来たために、根気や詰め込みが必要な科学技術系の勉強を避ける学生が少なくなく、エンジニアを外国から入れざる得ないのです。

何回か書きましたが、ロンドンのシティやIT会社に溢れているのは、インドやロシア、東欧の人々であります。選んでいるのではなく、単に能力がある人を採用したらそうなった、というだけです。そういう国ではAO推薦入試に有利な教育はしていないのです。AO推薦入試に有利な教育を受けて来たイギリスの若者は、高学歴なのにも関わらず仕事がないため喫茶店で働いています。

日本の大学には私立であっても多額の税金がつぎ込まれています。税金、つまりそれは皆さんが毎日毎日嫌みな上司にいびられた給料からひねり出す汗と涙の結晶であり、そういうものを使う大学は、日本国がより豊かになる様、世の中に還元する様な能力を持った人を優先的に受け入れ、社会に貢献して行く義務というものがあります。

ワタクシは個人的には口べただが技術が好きだったり、自分を実力以上に語らない、不器用で朴訥とした人が、楽しく働けて妥当な報酬を得られる世の中になるべきだと思っております。

誰もが口先三寸のリーダーになる必要はないのです。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。