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KITから見る白山麓の様子

日本の里山を救うモデルを作る - あえて里山に新キャンパスを作った金沢工大が目指す〈産官学民〉連携の地方創生とは

2018.08.03

Updated by SAGOJO on August 3, 2018, 11:21 am UTC Sponsored by 金沢工業大学

石川県の山奥で、クリエイティビティを大爆発させながら実験を行う秘密基地のような実験場が誕生する。

私の名前はアニャポポ。青森、シドニー、ロンドン経由で、現在、東京に潜伏しながらイラストレーター、デザイナー、ライターとしても活動する宇宙人アーティストである。

新しい創造力が山奥にどんなかたちで生まれるのか。アーティスト・デザイナーとしても気になる情報を入手したので、この度、東京からはるばる片道2時間半、新幹線に乗り、金沢駅から車で1時間程の山の中に新しくオープンした金沢工業大学白山麓キャンパス「KIT Innovation Hub(地方創生研究所イノベーションハブ)」へ行ってきた。

KIT Innovation Hub(地方創生研究所イノベーションハブ)外観の様子

ここは、大学 × 地域 × 企業 × 自治体が手を取り合って、AI、IoT、ビッグデータ、ロボット技術、エネルギーマネジメント等の先端技術を駆使して、一緒にイノベーションを生み出そうとする場所ということだ。

なぜ、こんな一見、不便な山奥に作ったのか!? こんなところまで、どんな人々が実験しにやって来るのか。オープニングイベントに忍び込み、現地のキーマンや参加者に、根掘り葉掘り、お話を伺ってきた。

石川県・白山麓にオープンした実験基地 - 金沢工業大学「KIT Innovation Hub(地方創生研究所イノベーションハブ)」

2018年5月29日(火)、白山麓キャンパスオープニングイベントとして開催された「KIT地方創生イノベーションシンポジウム」。この金沢工業大学(*以降、KIT)のユニークな取り組みに興味を持った企業、教育関係者が全国各地より集まり、250席以上用意された会場は一瞬にして埋め尽くされた。無論、カラフルな服を着て忍び混んでしまったのは、私だけである。

シンポジウムでは、既にKITと先進的な取り組みをスタートしている企業による活動報告や、今後のプランやアイディアについての発表が行われた。害獣を追い払うロボットの研究、長年の感覚でやっている農業のノウハウをテクノロジーの力で継承する方法の研究、靴の中敷にセンサーをつけることでその人の健康状態の情報を入手する研究などが始まっている。

金沢工業大学 大澤 敏 学長からは「実証研究を繰り返すことで、イノベーションが進む。未来に向かった未来を作るイノベーションを生み出したい。」との言葉があった。

▼キャンパス内にある古民家を再利用してつくられた温泉施設(一般利用可)を建設した五井建築研究所による発表
五井建築研究所による発表の様子

▼提供:金沢大学
金沢工業大学地方創生研究所の取り組み図

学生とも、自治体ともつながる教育現場ならではの実証実験 - IoTでキャンパス建設現場の環境改善(NTTドコモ・仲田正一さん)

KIT白山麓キャンパスでは既に、企業と大学が連携し、実証実験から事業化可能なモデルをつくる取り組みが始まっている。どんな実証実験に取り組んでいるのか、NTTドコモのIoTビジネス部仲田正一部長にお話を伺うことができた。

NTTドコモが行った実験では、IoTを使って建設現場の環境を良くすることを目的に、キャンパスに設置されているNTTドコモのLoRa*基地局を活用し、この白山麓キャンパス建設時の作業員に特殊なバンドを装着して作業してもらった。

そのバンドは、作業員の心拍数やカロリーを測ることができるだけではなく、“ ビーコン ” とい言う位置情報を発信する装置が組み込まれており、LoRa*の無線通信技術で、作業員の動きを把握することができる。現場の人と物の動きのデータを取得することで、建設現場の生産性と安全性を高めようという試みだ。

*LoRaとは、センサ等のモノ同士がネットワークで結びつくIoT(Internet of Things モノのインターネット)の実現に欠かせない無線通信技術。

▼株式会社NTTドコモ IoTビジネス部ソリューション営業推進担当部長 仲田正一さん
株式会社NTTドコモ IoTビジネス部ソリューション営業推進担当部長 仲田正一さん

実際に、KIT白山麓キャンパスで実験を行った上で感じたことを伺ったところ、
「このような実験をやりたくても、民間の研究施設では莫大なお金がかかる。しかし、このKIT地方創生研究所のメリットは、教育の現場でもあることから、余分な出費も抑えられるだけでなく、提案した後に、そこから学生さんたちと繋がることができたり、自治体や他企業とも、関係がどんどん広がる。」と話されていた。

学生さんや、他企業、自治体や地域との連携していく過程では、どのようなマネタイズの仕組みにして事業化していくかが課題になるが、その際に間に入ってコーディネーター的役割をしてくれるKITの事務局の人たちがいることが、素晴らしいとも話されていた。

▼シンポジウムで「感覚でわかっていても、データにして見える化することで人々が実感する→コミュニケーションが始まる→議論が始まる」ことが重要と話す仲田さん
KITにて登壇する仲田正一さんの様子

ストーリーが仲間を巻き込み、組織を動かす - KIT Innovation Hub の仕掛け人・福田崇之さん

仲田さんの言う、コーディネーター的役割をしてくれるKITの事務局の人たち=この壮大なプロジェクトを実際に形にした仕掛け人たちとは、一体どんな人たちなのか? プロジェクトの中心となっている福田さんと林さんにお話を伺うことができた。

今回の一連の白山麓潜伏取材のあらゆる面倒をみてくださった恩人でもある、金沢工業大学産学連携局の福田崇之さん。運転も、お話も、ジェットコースターのような勢い。出会って3分以内に、人を自分の世界に引き込んでしまう、福田さんはそういうパワーを持った人だ。

金沢出身、東京の大企業で修行をしてから、KITを拠点に地元を盛り上げたいと大学職員になった。
大学職員と聞くと、入学案内を作ったり、学生の事務手続きをしているイメージが強い。しかしKITでは、全職員がアメリカの教育施設を視察し、教育カリュキュラムも、事務職員が教員と一緒になって考えるそうだ。

▼金沢工業大学 産学連携局 次長 福田崇之さん
金沢工業大学 産学連携局 次長 福田崇之さんへのインタビューの様子

山という何のしがらみもない場所に、共創教育の場を作る

生まれ育ったこの地域の美しい里山が抱える課題。福田さんを突き動かすのは、過疎化が進み、荒れ放題の状態を何とかしたいという思いと、この辺境の地だからこそ新たな世界を提案することができる!という思いだ。

アート、サイエンス、エンジニア、デザイン。企業、学生、研究者、役人。領域の垣根も立場の垣根も越えて、山という何のしがらみもない場所で、のびのび学び、研究をすることで、新たなインテグレーションを生み出して欲しいと語る福田さん。「世代、分野、文化の違いを越えた 共創教育研究の場を作る」というプロジェクトを形にしていくのはこれからだ。

具体的な未来予想図的ストーリーを制作し、メンバーと共有

あらゆる垣根を越えたプロジェクトを進めるためには、関わる人々とコアな部分について共通認識を持ち合わせる必要がある。そのために、福田さんたちは、メンバー間で、この白山麓キャンパスができあがったら、どんなことができて、どんな人がやってきて、ここで時間を過ごした人々がその後どうなっていくのかまで、一つのストーリー(物語)をつくり、それを関係する人々と共有することを大切にしたという。関係する人々は、そのストーリーを通して、里山でつくろうとしている世界観や、向かっている方向をより深く理解することができる。

オープニングイベントへの250人以上の来場者の中にも、その後、金沢市内で出会った人々にも、福田さんにこのプロジェクトに巻き込まれた人やKITに引っ張られるように遠方からやって来た人々が、たくさんいたのが印象的だった。

自治体が解決できない里山の課題を、大学ならではの強みを活かして解決 - KIT Innovation Hub の仕掛け人・林学さん

水戸黄門に助さんと格さんがいるように、福田さんには、思いを着実に形にしていく強力な相方、林さんがいる。インタビューをはじめる前から、「私は、裏担当ですから」と、宣言する林さん。福田さんが表舞台の磁石のような存在だとすれば、林さんは、それを強固なものにするために裏でがっちりバックアップする存在かもしれない。

▼金沢工業大学 産学連携局 連携推進部 連携推進課長 林 学さん
金沢工業大学 産学連携局 連携推進部 連携推進課長 林 学さんへのインタビューの様子

まず驚いたのは、林さんの元官僚というキャリアだ。3.11を機にキャリアチェンジを決断し、5年前にご家族と移り住んできたという。

福田さんと同じく、着任早々、「里山を持続可能な地域にする」という夢を実現させるミッションを与えられた林さんは、大学職員でありながら、里山のファシリテーターのような役割を担っている。地域の発展のため本当に必要とされているものを引き出して、それを大学で研究してもらう仕組みを作れるよう、自治体と地域と企業と研究を繋げるために日々、奔走中だ。

補助金頼り状態から「マネタイズ=事業化できる道」を模索

林さんが支援した、取り組みのひとつが、「白峰まちづくり発電所」という里山再生事業。日本の木材が売れなくなってからの里山の荒廃に危機感を感じ、里山の村の人たちの補助金頼りになっている状態から「自立」してほしいと、「マネタイズ=事業化できる道」を模索した。
結果、形にすることができたのが、村の人たちと山に作った、雪解け水を利用した発電所だ。林さんが提案して、村の人々と、北陸に支社のあるメーカー、白山市の電気屋さんと協力して作ったのだそう。現在は、地元のNPOが売電をして、年に100万円の収益をあげているという。

▼ 何でも大変わかりやすく、明快にご説明してくださる林さん
エネルギーマネジメントプロジェクトについて説明をする林学さん

里山の再生は、本来、大学ではなく、行政が解決すべきものかもしれない。しかし平成の大合併以降、合併した自治体では、人口の多い都市部の問題を優先的に対処せざるを得なくなった面がある。そのことも起因して、市役所をはじめとした自治体行政が、吸収された小さな村の人たちの信頼を得づらい状況が続いている。
近隣地域とはいえ、いや、近いからこそ歴史と文化の違いが大きく見えるのが地域かもしれない。1市2町5村が合併してできた白山市では、未だ、地域がまとまることは難しいままだという。

自治体にはない、地方大学ならではの強み

「大学が、そこまでやるの?」と思ってしまうが、自治体が解決できない課題に対して、地元の大学が入ることで解決することができないか、という試みが、白峰まちづくり発電所をはじめとするKITの里山再生事業だ。他にも、古い空き物件を抱える大家さんと協力し、KITで建築を学ぶ学生が、リノベーションを行っている事例などがある。地域を「学びの場」として、地元の人々との繋がりを大切にしている地方大学だからこそ、地域の抱える課題の隙間に入っていけるのかもしれない。

「仕事がない。高校がない。中学校も合併→人が減る。」という悩みは日本全国の地域で抱えている課題。林さんは、この白山麓で一つの成功モデルを作ることができれば、全国各地で同じ悩みを抱えている地域で、同じことができるのではないかと話してくれた。

温泉、ボルダリングジム、宿泊施設付き。里山だからできた「KIT Innovation Hub」のユニークな研究環境

最後になるが、東京からはるばる片道3時間半かけて辿り着いた、この度、里山にひょっこり誕生した、広大な白山麓キャンパスについてご紹介したい。

この白山麓キャンパスには、全寮制の国際高専の校舎と宿舎、「KIT Innovation Hub(地方創生研究所イノベーションハブ)」、「はくさん比咩の湯温泉」がある。今回、特に注目したいのが、今後の地方創生プロジェクトの活動拠点となる「KIT Innovation Hub」

施設内には、実証実験や研究開発活動を行うラボスペースや、研究成果の発表や連携先とのネットワーキングを行うコミュニケーションスペースなどが設けられてる他、目玉ポイントは、元々、バブル時代に建設された保養施設(旧:かんぽの郷)をリノベーションしたものであること。このため、設備の整った宿泊施設があり、滞在しながら研究に没頭することができるのである。

▼窓から見える、里山の絶景(夜は満天の星空が見えるそう...)
KIT Innovation Hubの宿泊施設

こんな緑に囲まれた環境の中での朝の目覚めは、想像するだけで、爽やかなフレッシュミントの香りが漂う勢いである。
宿泊施設だけではない、国際高専の学生と共同で使えるラウンジにも、緑が茂る山の風景が巨大パノラマで楽しめる窓がある。
都会のカフェのように、隣席の人々と肩肘がぶつかる心配をする必要もなければ、伸びをするには充分すぎるくらい高い天井もある。こんな空間であれば、何時間でも、創作活動に没頭できそうである。

▼まるでリビングのようにくつろげるラウンジ
KIT Innovation Hubのラウンジ

その他、研究に欠かせない健康面もしっかり配慮され、栄養バランスのとれた食事が提供される食堂、ボルダリングルーム、パソコン疲れも一瞬で吹っ飛びそうな天然温泉施設まである。

▼食堂は、海外からの研究者の滞在等、様々なニーズに対応するため、ハラルやヴィーガンメニューも対応している
KIT Innovation Hubの食堂

▼冬場の運動不足もこれで解消!ボルダリングルーム
KIT Innovation Hubのボルダリングルーム

キャンパス内にある、古民家を再生してつくられた「はくさん比咩の湯温泉」。滞在中毎晩入れると思うと、なんとも贅沢な研究環境。(この温泉施設は一般の方も利用可で、地域の方の憩いの場にもなっている。キャンパスを訪れる方は、ぜひ汗を流してみてほしい。)

▼白山地区産の杉を使用した木製源泉槽が実装されている。
KITキャンパス内の「はくさん比咩の湯温泉」

他の企業、KITの研究者のみならず、キャンパスを同じくする全寮制の国際高専の学生も施設を利用するため、ここでもまた垣根を越えた新たな交流が生まれるかもしれない。実は初年度、国際高専に入学したのはわずか12名。学生集めはやはり一筋縄にはいかなかったように見えるが、初年度集まった学生は、学校の新しいコンセプトと学習環境に魅力を感じて飛び込んできたメンバーで、ダイヤモンドの原石のように優秀な12名が揃ったとのこと。今後、この白山麓キャンパスで、それぞれが何を感じ、何を吸収して発展させていくのだろうか。

▼施設を歩き回っていたら、国際高専の学生さんの放課後タイムに遭遇。
KITキャンパス国際高専学生の皆さん

山の中で、充実した施設に滞在しながら、学生さんや、他企業、地域の人々と交流しながら、研究や創造に集中できるというのが「KIT Innovation Hub(KITイノベーションハブ)の魅力。都市の研究機関には真似できない、里山ならではの創造に適した環境が揃っている。
(※KITでは現在メンバーシップを募集中。メンバーシップになると、1社あたり年会費12万でこの施設を利用することができる。)

石川県、白山麓で始まった「日本の里山を救うモデルを作る」の第一歩。何もないところから考えたストーリーの最初の数ページが既に、現実のものとなっている。
しかし物語のつづきがどうなるのかは、誰にもわからない。不確実性の塊の中に飛び込んでいくようなこの壮大なプロジェクト、今後も随時、レポートしていく予定だ。

※次回、白峰地区で産学官民連携プロジェクトの一つとして行われた実証実験イベント「茶飲みん」をレポートします!

【参考URL】
金沢工業大学 地方創生研究所
https://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/IRRI/
金沢工業大学
http://www.kanazawa-it.ac.jp/index.html
国際高専
https://www.ict-kanazawa.ac.jp/

■「KIT Innovation Hub(地方創生研究所イノベーションハブ)」メンバーシッププログラム問い合わせ先
金沢工業大学 産学連携局 連携推進部 連携推進課
Tel: 076-294-6740 / Mail: isp@kanazawa-it.ac.jp

(取材・執筆:アニャポポ 編集:SAGOJO)

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