紙の本が死なない理由
Why paper books never die
2015.04.23
Updated by Mayumi Tanimoto on April 23, 2015, 08:00 am JST
Why paper books never die
2015.04.23
Updated by Mayumi Tanimoto on April 23, 2015, 08:00 am JST
先週はロンドンで毎年恒例のLondon Book Faireに行ってまいりました。このフェアは書籍業界の世界最大のイベントの一つであり、世界各国から数万人の業界関係者、作家、本好きが集まります。
ここ数年このイベントで最も注目を集めるのは電子書籍なのですが、その一方で、「紙の本に何ができるのか?」という議論も盛り上がりました。本の話となると、どうしても、どうやったら電子書籍を売ることができるか、
メディアミックスをどうするか、という話になりがちなわけですが、あえて「紙の本だと何ができるか?」というのを話し合うところが、非常にイギリスらしいなあという感じがします。
さて、このイベント、書籍業界以外の人もやってきます。今年の目玉イベントの一つは、クイーンのギタリストであるブライアン・メイ氏によるプレゼンでした。
ところがこのプレゼン、なぜか冊子にも載っていないしウェブサイトにも載っておりません。主催者からは前日に告知のメールがこっそりと配布され、プレスセンターには他の広告や、受付の人の殴り書きのメモとぐちゃぐちゃになって、メイ氏のチラシが放置してある(いくつか床に落下)という状態です。(こういうところがとてもイギリスらしいですね)
メイ氏のファンであればサイトやフェイスブックをチェックしていて知っているという感じで、プロモーションしたいのか、したくないのか、なんだかよくわからない、という状態でした。つまり、「発見できる知能がある人、興味がある人だけきてくれまいか」、という、メイ氏の「遠回りなメッセージ」が伝わってきますね。
さて、メイ氏がなんでプレゼンをやるかというと、何年も前から、ロンドンで19世紀にはやっていた立体写真を復活するLondon Stereoscopic Companyという会社(そのゆるさ的には「活動」と呼んだ方が良いかもです。。。)をやっており、同社が立体写真の本を出版しているからです。
[youtube http://www.youtube.com/watch?v=4utAqCVZk8s&w=560&h=315]
書籍にはこんな写真が載っています。このような写真二枚を、下のスコープを通してみると立体になるという仕組みです。学研の科学雑誌とか、お菓子のおまけについてきた立体写真と原理は同じなのですが、その原理が、ビクトリア時代、つまり日本の江戸時代に発見されていて、それが一般向けの書籍として売られていた、というのがなんとも興味深いですね。
メイ氏は同様の講義を博物館などでも行っています。ミュージシャンというよりも、大学の教授という雰囲気です。
人がまばらです。会場外のブックフェア参加者も誰も気がついていません。とてもイギリス的です。ここだと有名人がいても誰も見もしないのです。(例えば、カムデンに行くとボーイ・ジョージがいたりしますが誰も見てません)そして来場者は、メイ氏が超有名人だからと怯むことがなく「この本はいくらか」「教育にはどう使うのだ」と結構ぶっきらぼうに質問していました。ちなみにイギリスのイベント会場というのは、こういう風に、昔風というか、歴史的な建物を使います。壁や天井は木です。時々ミシミシします。そういうところで、アプリについて話し合ったり、人工知能について話し合うのです。
London Stereoscopic Companyの出している立体写真本は、一冊7000円ほどで、限定版は値段が張りますが、表紙も中身も超豪華本で、博物館が出している画集のような感じです。
電子書籍が注目を集める中で、なぜこういう本を出し、また買う人がいるというのも面白いのですが、イギリスでは、最近こういう豪華本が密かに人気です。一冊5000円から3万円ほどで、皮表紙だったり、18世紀の書籍を汚れまで再現したりと、様々なものがあります。
こういう本をオフィス(ただし大部屋ではなく個室のオフィスや個人事務所)やコーヒーテーブルに置いておくと、お客さんが友達が手に取り、メガネをかけて立体写真を見て「あらキレイじゃない」と会話になります。これは電子書籍やタブレット上のアプリでは無理ですね。つまり、紙の本でなければできない「コミュニケーションのきっかけを生み出している」というわけです。長年観客と音楽でコミュニケーションしてきたメイ氏らしい発想ですね。
だから紙の本は死なないのです。
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登録はこちらNTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。