ノキアソリューションズ&ネットワークス シニア・テクノロジー・エキスパート 野地真樹氏

LTEを介した低遅延の車車間通信、ドイツのデモに見るコネクテッドカーの近未来図

2016.01.12

Updated by Naohisa Iwamoto on 1月 12, 2016, 07:33 am JST Sponsored by NOKIA

自動車の自動運転に向けては、自動車業界だけでなくICT業界も含めて様々な取り組みが進んでいる。ネットワークとつながる「コネクテッドカー」はその1つの流れだ。ノキアソリューションズ&ネットワークス(以下、ノキア)でシニア・テクノロジー・エキスパートを務める野地真樹氏に、通信機器ベンダーから見たコネクテッドカーの動向、モバイルネットワークの対応の方向性について尋ねた。

ノキアソリューションズ&ネットワークス シニア・テクノロジー・エキスパート 野地真樹氏

野地真樹(のぢ・まさき)氏
ノキアソリューションズ&ネットワークス シニア・テクノロジー・エキスパート。国内通信機器メーカーで移動通信システムのインフラ設計業務や、LTE基地局開発のプロジェクトを統括し、2011年のノキアシーメンスネットワークス(現ノキアソリューションズ&ネットワークス)に入社。ソリューションマネージャー、ストラテジーマネージャーを経て現職。最新技術やソリューションの紹介、5Gシステムの日本法人における検討推進などの業務に携わる。

2015年11月9日、ドイツの公道でLTEネットワークを活用したコネクテッドカーのデモが行われた。コンチネンタル、ドイツテレコム、フラウンホーファー研究所、ノキアネットワークスが共同で実施したもので、自動車専用道「アウトバーン」でLTE基地局―車両間のリアルタイム通信を行い、安全性の向上などに役立てることが狙いだ。

野地氏は「デモの内容は、クルマが車線変更をしようとしたときに、背後から近づいてくるようなクルマがあったら警告するものです。クルマの位置やスピードを確認しながら、クルマとクルマがネットワークを介して通信することで、危険回避できることを示しました」と説明する。日本でも、センサーを活用したシステムを使って、車線変更時の危険を知らせる機能を備えるクルマはすでに販売されている。ただし、今回のドイツでのデモは、クルマとの通信にLTEの商用ネットワークを利用することが特徴だ。単体のクルマの機能としてではなく、ネットワークを介した運転支援インフラの実証を行ったのだ。

▼ドイツのアウトバーンA9で行ったLTE基地局―車両間通信のデモ
ドイツのアウトバーンA9で行ったLTE基地局―車両間通信のデモ

現行のLTEネットワークでコネクテッドカー支援を実現

具体的には、4つの参加組織が役割分担をして、コネクテッドカーのデモを実現した。カーエレクトロニクスを手掛けるコンチネンタルは、クルマのオンボードユニットとのインターフェースや車載タブレットのアプリケーションを開発。フラウンホーファーは、オンボードユニットを担当し、自動車の位置情報や、ブレーキ、ウィンカーなどの状態をLTEネットワークに送り、処理できるようにする装置を開発した。ドイツテレコムはインフラとしてのLTEネットワークを提供、ノキアは既存のLTE基地局に「Liquid Applications」と呼ぶモバイルエッジコンピューティング機能を追加した。

「LTEの基地局にLiquid Applicationsのサーバーを組み込んでデータを処理することで、通信が中央のクラウドなどを往復する時間を短縮することができます。デモシステムでは、GPSと連動したクルマの位置情報はLTEの無線通信でインフラにアップロードされます。データを受け取った基地局にはLiquid Applicationsのサーバーがあり、そこでコネクテッドカーのアプリケーションによってデータが処理され、危険な状況であれば警告の情報をクルマに配信する仕組みです」(野地氏)。

▼LTE基地局に設置したLiquid Applications (LA)でエッジコンピューティングを実現し、低遅延のリアルタイム通信を可能にする構成を採る
LTE基地局に設置したLiquid Applications (LA)でエッジコンピューティングを実現し、低遅延のリアルタイム通信を可能にする構成を採る

今回のデモでは、Liquid Applicationsを活用することで基地局を経由した車車間のデータ通信をエンドツーエンドで20ミリ秒以下に抑えることができた。一般的にLTEネットワークから中央のクラウドを経由した場合、エンドツーエンドの送信には100ミリ秒以上かかる。クルマという「端末」に近いLTE基地局に、エッジコンピューティングを実現するLiquid Applicationsを搭載することで、遅延を格段に減らすことができたのだ。

野地氏は、デモの成果について「非常に低遅延が要求されるアプリケーションには、エッジコンピューティングが向いていることが改めて実証されました。コネクテッドカーで運転支援するITS(高度道路交通システム)を実現するには、事故やリスクの情報をできるだけ早く伝達する必要があり、低遅延のネットワークが求められます。標準化の議論が始まった5Gでは低遅延が要件に盛り込まれていますが、商用化は2020年以降を待たなければなりません。すでに先進国ならばかなりのカバレッジを持つLTEネットワークをITSに活用できれば、早期にドライバーをアシストする機能を提供できると考えています」と評価する。

クラウドの1つのユースケースに低遅延のコネクテッドカー

ドイツで実施したデモは、コネクテッドカー実現のインフラとしてLTEネットワークが利用できることを示す1つの事例になる。「ドイツ発でスタンダードを作っていきたい、実証することで世界をリードしたいという思いがあるようです」と野地氏は語る。実際、エッジコンピューティングのソリューションであるLiquid Applicationsを導入することで、LTEネットワークを利用して低遅延のアプリケーションに適した性能を実現することができた。

野地氏は、LTEをコネクテッドカーのインフラに使えると、ほかにもメリットがあると指摘する。「クルマとクルマが直接通信するタイプの車車間通信が実現しても、その通信距離には限りがありますし、大型トラックが間に入って通信できないこともあります。インフラを経由した車車間通信システムがあれば、こうした場面での通信を補完して安全を確保できます。また、アウトバーンなど移動速度が速い場合には、遠くの状況であってもすぐに自分に影響を及ぼす危険性があります。LTEのマクロ基地局はカバーエリアが広く、1つの基地局の配下の交通状況を広いエリアのクルマに通知できます。より早いタイミングで警告を出すことが可能になるわけです」

自動運転や自律運転は、一足飛びにすべてのクルマが機能を搭載することはあり得ない。段階的に普及していくことになる。野地氏は「ITSによる交通安全のサポートは、全部のクルマが対応しなくても、交通事故を減らすことにつながると考えています。一部のコネクテッドカーが安全に事故を回避できれば、後続の対応していないクルマも余裕を持ってブレーキを踏むことができるでしょう。コネクテッドカーへのLTEの活用は、段階的な普及を前倒しすることに役立ち、交通事故の減少につながります」と、今回のドイツのデモの意義を説明する。

今回のドイツのデモでは、基地局と一体化したモバイルエッジサーバーとしてLiquid Applicationsを採用し、車車間のインフラ経由の低遅延通信を実現した。これは、1つの構築例で、実際のアーキテクチャには様々なオプションが考えられる。「今回は基地局のみにアプリケーションを搭載しましたが、実際には自動車メーカーなどが提供する“オートクラウド”にもアプリケーションが配置される可能性があるでしょう。ただし、考え方としては低遅延が求められるアプリケーションは基地局のようなエッジで処理し、遅延に敏感でないものは中央に配置するといった形で、分散型のアーキテクチャが採用される可能性が高いと思います。要するに、コネクテッドカーのアプリケーションは、モバイルネットワークをクラウド化したアーキテクチャと親和性が高いのです」(野地氏)。

実際、ノキアでは、同社がモバイルネットワーク向けに設計したクラウドサーバーの「AirFrame」を利用して、基地局の一部の機能をクラウド化したアーキテクチャでエッジコンピューティングのLiquid Applicationsを実現するソリューションを提案している。低遅延で折り返しの処理を実現できるネットワークを、クラウドベースで実現できるというわけだ(関連記事:「クラウド」が変える2020年のモバイルネットワーク)。

エッジコンピューティングとコネクテッドカーの応用は多岐に

低遅延のアプリケーションの要求に応えるエッジコンピューティングは、目前の危機回避や、交通の危険情報を周囲のクルマに事前に通知するといった、交通の安全性の確保の用途での効能が高い。しかし、それ以外にもコネクテッドカーへの応用は考えられる。

▼コネクテッドカーへのエッジコンピューティングの応用例
コネクテッドカーへのエッジコンピューティングの応用例

例えば、インフォテイメント。ビデオや音楽のコンテンツをエッジサーバーに格納しておくことで、地域に応じたコンテンツを必要に応じてクルマに送ることができる。コアネットワークとの通信が不要で、ネットワークの負荷を減らすことにもつながる。

また、ローカルなコンテンツとしては地図の提供なども考えられる。自動運転が実現されるようになると、高精度でリッチな地図情報が求められる。レーンの移動や周囲の建物の状況など、最新の情報を配信するためにエッジサーバーが役立つ可能性は高い。

さらに、ビークルアナリティクスへの応用も考えられると野地氏は説明する。「クルマの状況をリアルタイムに解析して、クルマ向けのサービスを提供するだけでなく、都市計画やマネタイゼーションに関連するようなデータマイニングに使うことが考えられます。ビークルアナリティクスを中央のサーバーのみで実現すると、大量のデータをネットワークに垂れ流すことになり、ネットワークの負荷が高まります。エッジコンピューティングの仕組みを使えば、エッジでデータを一次処理して意味のあるデータに加工してから送ることができます。ネットワーク負荷を軽減できるだけでなく、アプリケーションに対する応答性を高めることにもつながります」

コネクテッドカーの応用を支えるモバイルネットワークには、超低遅延で折り返せる仕組みが必要なだけでなく、アプリケーションやコンテンツの配置を柔軟に設計できることが求められる。すなわち、アプリケーションと緻密に連携させることが可能なプラットフォームを提供する必要がある。LTEネットワークにLiquid Applicationsを導入したドイツでのデモは、そのための1つの現実解だ。

野地氏は「超低遅延を要求するようなコネクテッドカーをはじめとした新しいユースケースに対応するには、4Gの進化や5Gとの融合だけでなく、必要な機能を柔軟に配置できるモバイルネットワークのクラウド化も必要になってくるでしょう。遅延が1ミリ秒以下になる超低遅延が実現すれば、コネクテッドカーはもちろん、もっと高い追従性を要求されるような未知のアプリケーションが登場してくると考えられます。そうした未知のアプリケーションに対しても、プラットフォームが柔軟に連携できる必要があります。そのための技術として、モバイルネットワークのクラウド化がより重要になります」と語る。

ノキアでは、コネクテッドカーのトライアルを2016年以降も続けて実施していくという。コネクテッドカーという1つのアプリケーションが要求する性能・機能に対応するネットワークを構築する方法を検討することで、さらにユースケースを広げた新しいネットワークの姿の実証の幅を広げることにつなげたい考えだ。コネクテッドカーに適応する専用のモバイルネットワークを作るのではなく、5Gが想定する幅広いユースケースに対応できる柔軟性のあるネットワークを作る――。そうした今後の通信事業者のネットワーク構築の姿を見据えた活動の一歩が、ドイツのアウトバーンのデモには含まれていたようだ。

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岩元 直久(いわもと・なおひさ)

日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。

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