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プライベート・ビッグデータの時代 〜IoTはIntelligence of Thingsになる〜

IoT should be acronym of "Intelligence of Things"

2016.02.18

Updated by Ryo Shimizu on February 18, 2016, 09:39 am UTC

 いわゆるIoTは、通常、Internet of Thingsの頭字語だとされます。

 しかし、これって、10年前はユビキタス、20年前はモバイル、30年前は超機能分散システムと呼ばれていたものと全く同じものを指します。

 手を変え品を変え、ではないですが、言葉だけが新しく刷新されて、そこに宿る精神は30年前からピクリとも変化しておらず、バズワードだけが新しくなっていきます。もっとも、ユビキタスという言葉が産まれたのも1980年代ですから、既に30年近く経っているのですが、それがバズワードになったのはつい10年くらい前です。

 とはいえ時代が進むにつれ、テクノロジーは着実に進歩してきているので、30年前の超機能分散システムと現代のIoTでは「できること」は格段に進歩しています。

 ところがどっこい、「できること」の進歩、つまりハードウェアの進歩は目覚ましいものの、「したいこと」の進歩、つまりソフトウェアの進歩は今ひとつです。それどころかむしろ退化してしまっているきらいすらあります。

 たとえば、超機能分散システムの時代には「窓のひとつひとつ、椅子のひとつひとつ、スニーカーの中にまで小型のコンピュータが埋め込まれ、それぞれが互いに通信し合いながら快適な住環境を実現する」というコンセプトがありました。これは東京大学の坂村健助教授(当時)が提唱したコンセプトで、そうしたコンセプトに基づいたOSを設計し、オープンアーキテクチャとして公開し、大変な話題を呼びました。このコンセプトに基づくOS群をTRON(The Realtime Operating system Nucleus)と呼び、TRONを使った家、TRONハウスなどが実験として作られたりもしました。

 しかしこの当時はまだ無線LANすら普及していなかった時代です。
 それどころか、インターネット自体がほとんど使われていませんでした。
 したがって、実際に全ての電子機器や家具にコンピュータを埋め込み、無線ネットワーク化するというのは当時は夢のまた夢だったわけです。

 
 それから30年が経過し、IoTの時代に突入すると、いよいよこうしたコンセプトが現実味を帯びてきました。

 しかしいざ現実にそれが可能になると、むしろ人間の器用さの進歩よりも、想像力の退化の方が問題になってきます。

 今、IoT製品と呼ばれるものを見回してみましょう。
 例えば、WiFiでPCやスマートフォンから制御可能なフィリップスの電球、Philips hue(ヒュー)は確かに夢のIoT製品と言えるでしょう。

 Withings Smart Body Analyzerは、体重を測定するとWiFiでクラウド上のサービスに測定データを送信し、ユーザーはブラウザ上で体重の変化を確認することができます。これは筆者も愛用していて、かれこれ三年ほど使っています。

 しかし、言ってしまえば、今のところIoTと呼ばれるものに「できること」と「したいこと」はこの程度なのです。

 これはあくまでも材料であって、重要なのは、その材料で「なにをするか」もっと言えば「なにをしたいと思うか」という、「目的の発見(finding purpose)」が必要です。もっと積極的に「目的の発明(invent the purpose)」さえ必要になるでしょう。

 ところが道具立てがこれだけ揃っても、肝心の目的はぼんやりしたままです。
 IoTという道具立てそのものよりも、「それでなにをするか」という目的の方が遥かに重要です。

 ハードウェアとソフトウェアの関係は、肉体と精神のようなものです。肉体(ハードウェア)だけあっても、精神(ソフトウェア)が伴わなければ、その人は生きているとは言いがたい存在です。

 思えばInternet of Thingsという言葉は、「できること」というよりも、「モノの特徴(属性)を示した言葉」に過ぎません。

 重要なのは、IoTデバイスと呼ばれる製品群を材料として、いかに「新しい目的」を実現するか。もっとひらたくいえば、IoTという世界が切り開く次世代のビジョンはどうあるべきかということが、本来は何よりも重要なはずなのです。

 ところがこの点に関して満足な回答を聞いたことがありません。
 今現在、IoTを掲げている企業は、ハードウェアベンダーとネットワークサービスプロバイダー、そしてごく少数の、小粒なベンチャー企業しかありません。

 例えば国内有数の家電ベンチャーであるCerevo社が先日発表した自走型プロジェクターやWiFi通信可能なスノーボードなどは確かに魅力的な製品です。

 しかしそれはやはり「点」であって、点と点をつなぐ線や、複数の線によって出現する面が見えてきません。

 IoT専門のMVNOであるソラコムも同様で、テクノロジー、道具立てはわかるものの、これによって実現する具体的な未来像が明らかではありません。

 さくらインターネットも今月に入ってからIoTプラットフォームの提供を表明しましたが、プレスリリースに挿入された図を見ても、いまいちどのような世界を実現するつもりなのかわかりません。

 我々エンジニア上がりのビジネスマンがこういう図を見せられた時、想定する可能性は2つしかありません。

 それは「意図的に本来のビジョンや戦略を隠蔽している」か、もしくは「実際になにも考えていない」かのどちらかです。

 筆者はIoTという言葉には、どうも何かが足りないのではないかという気がしてなりませんでした。

 今、インターネット接続機能のないPCを買う人がいないように、インターネット接続不可能なスマートフォンを買う人や、通信機能のないPDAを買う人がいないように、インターネットに接続されることは当然の前提となってきています。

 「モノのインターネット」というバズワードを掲げた時に、どうも間が抜けてる感じがするのはそのためです。

 もちろんできなかった時代よりはできるようになった時代の方ができることの「幅」は広がるのですが、あくまでそれは土地であり、問題はどのような建物を建てるかという思想です。

 そこで(PCやスマホ以外の)モノがインターネットに繋がることの意味を今一度考えてみると、本質的に重要なのはインターネットに接続可能なことではない、ということに気づきます。

 インターネットに接続するというのはひとつの手段です。
 では、その手段を何のために使うのか、といえば、それはモノを知性化するために使うのです。つまり、「Intelligence of Things(モノの知性)」こそが本質的にIoTのもたらす重要な効果なのです。

 どういうことか。

 例えば、体重計に乗って、そのデータがWiFi経由でインターネットに飛ばされます。
 それだけだと、体重という情報(Information)が送信されただけですから、大した意味を持ちません。

 しかし、インターネットの向こう側のサービス側で、時系列にし、年齢や身長や体脂肪率とあわせて可視化することで、初めてそれは知性情報(Intelligence)になるのです。

 これがスマートフォンやその他のWebサービスと連動すれば、「最近ちょっと体重が増えてきたから、少しヘルシー目のメニューにしてはどうですか」ということをユーザー本人にも気づかれずに提案することができます。

 また、深層学習と組み合わせてクラウド上で様々なデータを収集し、「あなたのこの食生活と体重の変化では、近い将来糖尿病になるので、次回の健康診断ではそこを重点的に調べましょう」などと警告したり、実際に健康診断を担当する検診センターにメモを送付したりという機能があれば、生存率はもっと上がるかもしれません。

 これまではデータだけ集めても、そのデータをどうするとなにができるかということがわかっていませんでした。

 つまり道具は揃ってきたものの、決定的な道具がIoTには欠けていたのです。

 しかし、これを仮に深層学習と組み合わせると、ようやくIoTの実用的な使い方が見えてきます。

 これまで、ビッグデータを扱うのは専らデータサイエンティストであり、その主な目的はマーケティングでした。

 これまではごく少数の、資金とデータに恵まれた人々しかビッグデータの恩恵に預かれなかったのです。それはビッグデータを分析するために、非常に高度な統計学の知識や経験が必要だったからです。
 

 ところが深層学習は、ビッグデータを直接サービス化することが可能になります。

 ユーザひとりひとりのライフログや体調、状況そのものといった、いわば今「ビッグデータ」と呼ばれていないレベルの細かいデータ。できればプライバシーとして守りたいビッグデータ、いわば「プライベートビッグデータ」をインターネットに接続された様々な「モノ」にょって収集します。それはたとえばスマートフォンはもちろん、家のライトや体重計や、腕時計やスニーカーやデジカメやテレビ、椅子、などなど、全ての身の回りのものです。

 もちろんいきなり全部を揃える必要はありません。
 最初はスマホのアプリから。たとえばAndroidスマートフォンのホームアプリをプライベートビッグデータ対応のものに変えるだけでも利用できます。

 こうして収集されたプライベートビッグデータは、厳重に管理され、復号できないようにトラップドア式のハッシュ暗号に変換され、これがクラウドに送信されます。今現在、インターネットの帯域というのは、圧倒的にダウンストリーム(下り回線)が使われているだけで、アップストリーム(上り回線)はがら空きです。SORACOMのSIMなどを使えば、アップストリームを格安で使うことが出来ます。

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 こうして集まったプライベートビッグデータを深層学習すると、どういう生活傾向の人がどういう病気になりやすいか、どういうトラブルを抱えているかを把握することができます。そして、ユーザーひとりひとりのライフスタイルや性格、利用状況にあわせた提案をAIの側からしていくことができます。しかもできるだけさり気なく。

 データが増えれば増えるほど精度が上がるので、ユーザは次第に身の回りのものを少しずつプライベートビッグデータ対応のものに置き換えていけば、より精度の高い提案が可能になります。

 今、人のライフスタイル情報の収集はカルチャーコンビニエンスクラブのTカードなどが全力でやっています。個人情報云々はともかくとしても、毎回どこかで買い物をするたびに「Tカードはお持ちですか?」と聞かれて面倒な思いをした人も少なくないはずです。

 しかし、スマートフォンとハッシュ化された(復元できない)データを使えばユーザーのプライバシーを完全に保ったまま、深層学習によってユーザー傾向を学習することができます。

 もちろん生データを使うより多少精度は落ちますが、人工知能が興味を持つのはあくまでも「なんらかの因果関係のある事象データ」と、「それがなにを意味するかの教師データ」だけなので、プライバシー上あまり問題がないデータ、たとえば振動センサーの情報や温度センサーの情報だけは生で収集したり、ときたまアンケートに答えてもらったり、どんなサービスに課金しているか、という課金決済情報だけは記録として残さなければならないので、そこと紐付けるだけでも、「ある生活傾向にあった人がその後、アレグラを買っている」などということがわかれば、「この人は花粉症かもしれない」ということがわかります。

 すると、そのユーザーがブラウザの新しいページを開いた瞬間に「花粉症 病院」とか「花粉症 薬」とか「アレグラ 効かない」などの検索キーワードを提案をすることができます。検索キーワードを入力したり考えたりすることなく、その人がその瞬間どんな情報を欲しているのかAI側が察して提案することができるのです。

 重要なのはここで広告などを入れないということです。広告を入れると提案情報の精度が下がり、サービスの全体品質が低下してしまいます。

 安易に広告を入れずに、別の手段でユーザから料金徴収をすべきです。

 たとえば、購入における課金代行とか、もっと卑近な例でいえばアフィリエイトくらいに留めるべきです。理想的なのはユーザーから直接、こうしたクラウドサービス全体に対する料金を聴衆することです。かつてNTTドコモがiモード利用料金として月額300円を徴収していたように。月額300円でも、3000万人以上の会員が居たので、月の収入は90億円にも登ります。一年間で1080億円です。これだけあれば立派なビジネスとして成立します。

 モノのインターネット、IoTは知性と組み合わせてモノの知性化、Intelligence of Thingsとなることで真価を発揮する。

 筆者はそう思うのです。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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