original image: © vitanovski - Fotolia.com
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何度かここで「量子」アニーリングや「量子」計算、「量子」コンピュータの話題を取り上げてきた.様々なレベルや観点から興味を引く話題であると考えて引き出してきた.
ここでいう「量子」とはなんだろうか?
ミクロな世界の住民たちのことを、「量子」という.
これが一応通常言われている説明である.
しかしより正確には、量子力学と呼ばれる日々触れる常識とはやや異なる法則に従って運動するものを「量子」と呼ぶ.
別に小さい必要はないのだ.
ただミクロな世界の住人たちは、この法則に直ちに従っており、発見もそのミクロな世界の観察によるものだから、「ミクロ」=「量子」と思われるわけだ.
この「量子」たちの振る舞いはおおよそ我々の常識からはかけ離れていて面白い.
例としてよく挙げられるのは、干渉をするということだ.
レーザーを細いスリットの穴を通すと、広がった光に変化する.これは回折と呼ばれる現象だ.
ではその回折した光を、更にふたつのスリットに通すことを考えてみよう.そのスリットの形状や場所によって、通ることが許された光がフィルターを通したように残りそうなものである.
驚いたことにふたつの光は干渉を起こすことによって、予想とは全く模様を発生させる.
この現象は光に顕著な性質であるが、「量子」たちも同様にこの干渉を引き起こす.
例えばミクロな世界の住人代表、電子である.
電気製品を動かす源として働いている電子たち.この電子も同様にスリットを通して、干渉を起こすことが確認されている.
電子というと理科の教科書的な説明では、単なる玉のように扱われている.
それだったらスリットを通ったものだけが真っすぐ進むのだから変な模様には見えないはずだ.しかし電子が従うのは「量子」の法則.我々の常識とは異なるというわけだ.
先ほどの光の回折現象のようにふたつのスリットのどちらも通る可能性がある場合に、干渉を起こすという不思議な性質が現れる.
しかし更に不思議なことに、その電子がふたつのスリットのどちらを通ったのかを区別するための装置を別途用意すると、この量子としての性質は途端に失われる.
電子は覗かれると、私は「量子」ではない、としらばっくれるのだ.
覗きは駄目よ.というわけだ.
ふたつのスリットのどちらを通っているか、そっとしておいてほしいというわけだ.
この光に代表される複数の可能性を残したままにしておけるものを「量子」というわけだ.
もちろん僕らが目に見えているスケールでの世界は、そんなことはおきない.
目の前にある物体が、他のところにも実は共存している、だなんてそんなことはなかった.しかし「量子」については、複数の場所に存在しているかのような振る舞いをする.
しかし、目の前にしては駄目.見ては駄目だから.途中段階でどんなところを通ったのかわからないようにしておく秘密主義者.
さて、このような不思議な性質を有した「量子」を巧みに操作することによって、計算を行うというのが「量子」コンピュータの発想である.
上記の「量子」の性質を担保するためには、計算途中を覗き見ることはできないのだ.
まるで夢心地に居るご主人様の手元で働く妖精のようである.
逆にこの特異な性質のために、途中を見てから、この場合はこう、あの場合はこうしてくれという指示を送ることが難しいとも言える.
もちろんある程度予想がつく操作については、事前に作り込むことによって用意することができる.
しかし多数の要素が絡み合った計算のときに、もしもこうだったらこうしてくださいという指令が送れる方が効率的である.
現在有力視されている「量子」コンピュータの形式のひとつが「量子」アニーリングである.
これは何度か登場している最適化問題を解くための方法である.
「量子」たちにあらゆる可能性を探索させて、最終的にどの候補が最適なものか、と絞り上げてくれるという方法である.
このあらゆる可能性を探索させるというところが、「量子」ならではの性質である.
もしもこのあらゆる可能性について全てを検討することができれば最適解は見つけ出せる.しかしその可能性が無限に多く有る場合、人間の数え上げはもちろんのこと、現状のコンピュータによる数え上げ技術では到底追いつかない.
そのため全件探索が効率よく行えて、なおかつ最適解を絞り上げてくれる「量子」計算は、これまでの計算スキームを大きく変えることになると期待されているのだ.
さて問題は、どんな問題なのか?というのを「量子」に教える部分である.
ちゃんと「量子」にこういう問題だよ、というのを設計してやらなければならない.
後でこういう問題なんだよ、とか言うことは許されていないのだ.
なぜならば、覗き禁止だから.がんばって計算した途中結果を見て、ヒントを与えることすらできないのだ.
それでも健気にがんばって、最適解に行き着いてくれる場合は良いが、
解きたい問題によっては、「量子」のがんばりだけでは解けない問題や、今の所の人類の知恵では、「量子」に説明ができないというものもたくさんある.
この問題を巧く翻訳して「量子」に教えてやるための研究が必要なのではないか、と個人的には強く感じている.
逆にこれまでの計算機は、途中結果に応じてヒントを与えたりすることが可能である.もしかしたらこの手の問題では、「量子」にやらせるよりもすぐに言うことを聞いてくれる、これまでの計算の担い手に任せてもよいかもしれない.
新しいテクノロジーが登場するたびに、既存の方法が捨てられて行く場面を人類は多く見てきた.しかしこと「量子」が絡む問題については、その常識を変えるために、浸透するまでに時間がかかるだろう.または「量子」によるテクノロジーと、これまでの常識に従ったテクノロジーの両者が共存する未来に収まるのだろうか.
この途中を見ては行けないという制限、と「量子」の力、どちらが勝つだろうか.
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登録はこちら1982年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て2016年10月から東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授。非常に複雑な多数の要素間の関係や集団としての性質を明らかにする統計力学と呼ばれる学問体系を切り口として、機械学習を始めとする現代のキーテクノロジーを独自の表現で理解して、広く社会に普及させることを目指している。大量の情報から本質的な部分を抽出する、または少数の情報から満足のいく精度で背後にある構造を明らかにすることができる「スパースモデリング」や、次世代コンピュータとして期待される量子コンピュータ、とりわけ「量子アニーリング」形式に関する研究活動を展開している。平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。近著に「機械学習入門-ボルツマン機械学習から深層学習まで-」、「量子コンピュータが人工知能を加速する」(共著)がある。