シンガポール共和国

シンガポール政府が周波数オークションで新規参入を優遇、プラチナバンドを奪われる既存事業者は猛反発

Government of Singapore 4th telco - It pushes MyRepublic

2016.03.22

Updated by Kazuteru Tamura on 3月 22, 2016, 14:31 pm JST

シンガポール共和国(以下、シンガポール)の政府機関のひとつで電気通信事業などを管轄するInfocomm Development Authority of Singapore(シンガポール情報通信開発庁:以下、IDA)は2016年に実施する周波数オークションの概要を公表し、シンガポールの携帯電話業界を揺るがしている。今回は周波数オークションやそれに関する各社の動向を紹介する。

新規参入事業者に900MHz帯と2.3GHz帯で計60MHz幅を割安提供

IDAは2016年に実施する周波数オークションの概要を公表した。予告通りに新規参入を狙う企業の優遇が決定的となり、既存の携帯電話事業者からは異議も出ている。

IDAは2016年に実施する周波数オークションを2016 Spectrum Auctionと呼んでおり、以下2016年周波数オークションと表記する。2016年周波数オークションには既存の携帯電話事業者としてSingapore Telecommunications(Singtel)の子会社であるSingtel Mobile Singapore(以下、STM)、M1、StarHubの子会社であるStarHub Mobile(以下、SHM)の3社、新規参入を狙う企業としてMyRepublicとConsistelの子会社であるOMGTELの2社が参加する可能性がある。

まず、2016年周波数オークションで対象の周波数、周波数範囲、帯域幅、有効期間を表1に示した。

表1
2016年周波数オークションで対象の周波数、周波数範囲、帯域幅、有効期間

2016年周波数オークションでは上下含めて合計235MHz幅を開放する。700MHz帯と900MHz帯はFDD-LTE方式、2.3GHz帯と2.5GHz帯はTD-LTE方式での使用を想定し、700MHz帯はAPT700 FDDとも呼ばれるBand 28、900MHz帯はBand 8、2.3GHz帯はBand 40、2.5GHz帯はBand 38またはBand 41に該当する。

IDAは携帯電話業界の競争促進を目的として新規参入を促しており、これまで周波数オークションを実施するたびに新規参入を受け付けたが、新規参入は実現していない。2016年周波数オークションでは新規参入を実現すべく、新規参入用に周波数を確保するだけでなく、最低落札額を割安に設定した。新規参入企業の経済的負担を軽減し、新規参入意欲を高める狙いがある。

具体的には、第1段階としてIDAが新規参入検討企業の事前審査を行い、通過した企業のみが参加できる第1段階のオークションを実施する。その後、第1段階で新規参入が決定した企業と、既存の携帯電話事業者が参加できる第2段階のオークションを行う。

第1段階と第2段階で対象の周波数、入札ロット、ロットあたりの最低入札額を表2と表3に示した。新規参入企業により第1段階で周波数が落札された場合、第2段階ではその周波数は対象外となる。

表2:第1段階で対象となる周波数と入札ロット
20160322tamura-z2

表3:第2段階で対象となる周波数と入札ロット
20160322tamura-z3
※カッコ内は第1段階で周波数が落札された場合

第1段階は900MHz帯の10MHz幅×2と2.3GHz帯の40MHz幅がセットで最低落札額は3,500万シンガポールドルとなる。第2段階の最低落札額を基準とすると、900MHz帯の10MHz幅×2と2.3GHz帯の40MHz幅は合計6,400万シンガポールドルとなり、第1段階は割安な設定と言える。

▼STMの本社に併設されているSTMの販売店。
STMの本社に併設されているSTMの販売店。

▼PARAGONにあるM1の販売店。
PARAGONにあるM1の販売店。

▼Plaza SingapuraにあるSHMの販売店。
Plaza SingapuraにあるSHMの販売店。

▼100 AMにあるMyRepublicの取扱店。MyRepublicのロゴが掲げられている。
100 AMにあるMyRepublicの取扱店。MyRepublicのロゴが掲げられている。

既存の携帯電話事業者が反発

既存の携帯電話事業者はIDAによる新規参入の優遇に反対している。有利な条件で周波数を獲得した新規参入者による過剰な値下げを原因とした価格競争により収益性の低下が危惧されること、また新規参入用に周波数を確保することで、既存携帯電話事業者に割り当てる周波数が減ることが主な理由である。

シンガポールの携帯電話事業者は3社ともキャリアアグリゲーション(CA)やVoLTEを早期に導入しており、世界的に見ても新技術の研究開発や導入に積極的である。2014年末の時点で3社ともキャリアアグリゲーションで通信速度は下り最大300Mbpsとし、当時は商用環境で世界最速としていた。さらなる高速化に向けた新技術の研究開発には周波数や莫大な研究開発費が必要であり、新規参入の優遇は発展の障壁になると主張している。

▼STMは下り最大300Mbpsを大々的に宣伝していた。
STMは下り最大300Mbpsを大々的に宣伝していた。

すでに始まっている価格競争

シンガポールではすでに価格競争が始まっている。MyRepublicは2016年3月9日に新規参入後の料金プランを公開しており、その料金プランを表4に示した。なお、2GB Dataはデータ通信容量が2GBを超過すると1GBごとに8シンガポールドルの超過料金が追加で発生する。

表4
20160322tamura-z4
備考欄について
※1:すべての顧客に適用可能
※2:2015年9月30日から2016年9月30日にMyRepublicの高速インターネットサービスに加入して契約を継続中の顧客に適用
※3:2015年9月30日より前にMyRepublicの高速インターネットサービスに加入して契約を継続中の顧客に適用(無料期間は12ヶ月間)。

MyRepublicはスタートアップらしく既存の携帯電話事業者にないサービスを実現すると意気込み、それが安さを重視した2GB Dataと無制限を重視したUnlimited Dataである。

MyRepublicが2016年3月に料金プランを公開することは以前より予想されていた。そのためか既存の携帯電話事業者は「従来比で月額料金が低価格なプランの新設」「月額料金は据え置きでデータ通信容量を増やしたプラン」「少額の追加でデータ通信容量を追加できるオプション」など、MyRepublicへの対抗と思われる施策を相次いで発表した。だが、月額料金にオプション料金を加えるとデータ通信容量20GB未満で月額100シンガポールドルを超えてしまうなど、MyRepublicに比べると高い設定となっている。

発表されたプランのうち最安プランはM1が提供するmySIM+ 15で月額料金は15シンガポールドル、データ通信容量は最低利用期間なしで500MB、最低利用期間が12ヶ月の契約で1GBである。MyRepublicの料金プランはデータ通信のみなので、データ通信に加えて音声通話やSMSなども含む既存の携帯電話事業者の料金プランと単純な比較はできないが、それでも2GB Dataの月額料金8シンガポールドルは破格の安さと言える。

MyRepublicは既存の携帯電話事業者が提供していない無制限のデータ通信を提供するだけではなく、無制限でも割安感を出している。なお、MyRepublicは料金プランをシンプルにするため選択肢を少なくしているが、最終決定ではなく顧客の 意見を反映して変更する可能性があることも示唆している。

MyRepublicの担当者によれば、オンライン動画配信サービスなどの普及により、データ通信が無制限に使えることは重要なので、Unlimited Dataを主軸とする考えとしている。新規参入に向けて公開したロゴにはUnlimited Dataの文字を入れており、このことからもUnlimited Dataを主軸にする方針が見て取れる。料金プランの公開に伴って申し込みの予約を開始しており、新規参入に成功すれば予約者を優先して手続きを進める計画である。

▼アイコンで大半が隠れているが、新規参入に向けたロゴにはUnlimited Dataの文字が入る。
アイコンで大半が隠れているが、新規参入に向けたロゴにはUnlimited Dataの文字が入る。

“プラチナバンド”がもう一つの争点に

既存3社が反発を強めるもう一つの理由が、すでに3社が保有している900MHz帯のライセンス(2017年3月末まで)を延長することなく2016年周波数オークションにかけ、その一部を新規参入用に確保したことにある。

900MHz帯は到達性や回折性に優れており、電波が遠くまで届きやすく、障害物を回り込みやすい。また、900MHz帯を携帯電話用に使用する国や地域は世界的に多く、価値が高い周波数と認識されている。日本ではソフトバンクが900MHz帯をプラチナバンドと呼称し、積極的に宣伝したことはよく知られているだろう。

高層ビルが建ち並ぶ繁華街やその地下部、また熱帯雨林のエリア整備まで900MHz帯を活用できるため、シンガポールの各社も900MHz帯は価値が高いと認識している。既存の携帯電話事業者が保有する900MHz帯に関して表5に示した。

表5
既存の携帯電話事業者が保有する900MHz帯

これらの周波数帯はもともとGSM方式用として割り当てられたが、IDAは新方式への転用を承認し、すでに転用が始まっている。(なお、GSM方式用の周波数としては3社共通で1.8GHz帯も割り当てられており、こちらも有効期限は2017年3月31日までとなる。GSM方式用の周波数はすべて有効期限が2017年3月31日までとなるため、シンガポールの携帯電話事業者は2017年3月31日をもってGSM方式を終了する計画を共同で発表済みである)

既存の携帯電話事業者のうちSTMは2015年7月下旬に900MHz帯の5MHz幅×2をFDD-LTE方式に転用し、シンガポールで初めて900MHz帯をFDD-LTE方式で使用する携帯電話事業者となった。2016年3月末には900MHz帯によるFDD-LTE方式の提供エリアをシンガポール全土に拡大し、キャリアアグリゲーションを高度化した3コンポーネント・キャリア・キャリアアグリゲーション(3CC CA)で活用する計画である。このように900MHz帯の積極的な活用を発表しているが、同社が900MHz帯を2017年4月1日以降も継続して使用するためには、2016年周波数オークションでこれを勝ち取る必要がある。

第1段階で新規参入企業が決定すれば第2段階で対象となる900MHz帯は計40MHz幅となる。一方で、既存の携帯電話事業者が保有する900MHz帯は計60MHz幅だ。すなわち、第1段階で新規参入が決定すれば既存の携帯電話事業者のうち少なくとも1社は保有する900MHz帯の帯域幅が減少することが確定する。このような状況から、900MHz帯は落札額の高騰が確実と考えられる(ちなみに新規参入用に確保されているもう一つの周波数帯である2.3GHz帯はQMax CommunicationsがWiMAX方式で使用していたが、2011年12月に終了してからは未使用である)。

価値の高い900MHz帯を新規参入用に確保することで新規参入の促進にはなるが、既存の携帯電話事業者からの反発を大きくする理由にもなった。同じ条件で争って敗北するのであれば納得できるだろうが、第1段階では既存の携帯電話事業者はただの傍観者である。貴重な900MHz帯を先に奪われることになるため、反発は当然の反応と言える。

すなわち既存の携帯電話事業者全社が、保有する900MHz帯の帯域幅を減らさないためには、まずは新規参入の優遇を阻止するしかない。MyRepublicの新規参入は決定事項ではないにもかかわらず、前述の通りMyRepublicへの対抗と思われる料金プランやオプションを発表しているのには、MyRepublicが公開した料金プランの価値を下げて新規参入の必要性を低くする狙いがあると思われる。だがIDAの方針を変えることは難しいだろう。

▼左からSTM、M1、SHMのSIMカード。
左からSTM、M1、SHMのSIMカード。

▼シンガポール航空の子会社であるシルクエアーの機内で販売されているSTMのSIMカード。シルクエアーのデザインを採用する。
シンガポール航空の子会社であるシルクエアーの機内で販売されているSTMのSIMカード。シルクエアーのデザインを採用する。

17年ぶりの新規参入は実現するか

新規参入企業が第1段階のオークションで周波数を落札した場合、早ければ2017年4月1日にサービスを開始できる。シンガポールで最後に新規参入を果たした携帯電話事業者は2000年4月にサービスを開始したSHMであり、新規参入が決まればサービス開始日を基準として約17年ぶりの新規参入となる。

なお、新規参入企業にはエリア整備の条件が用意されており、2018年9月30日までにシンガポール全土の屋外を整備、2019年9月30日までにトンネルや建物内を整備、2021年9月30日までに地下部のMRT駅および駅間を整備することと定めている。

IDAが2016年周波数オークションの概要を公表する前から既存の携帯電話事業者は新規参入に反対していたが、それでもIDAは新規参入の優遇を決定しており、細かな変更はあっても新規参入を優遇する方針は固いと思われる。

また、MyRepublicはHeterogeneous Network(HetNet)のトライアルで新規参入を見据えてTD-LTE方式の運用や無制限のデータ通信を提供し、新規参入に向けた具体的な動きが見られる。IDAの方針や新規参入を狙う企業の動向より、筆者は2016年周波数オークションで新たな携帯電話事業者が誕生する可能性は高いと考えている。

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田村 和輝(たむら・かずてる)

滋賀県守山市生まれ。国内外の移動体通信及び端末に関する最新情報を収集し、記事を執筆する。端末や電波を求めて海外にも足を運ぶ。国内外のプレスカンファレンスに参加実績があり、旅行で北朝鮮を訪れた際には日本人初となる現地のスマートフォンを購入。各種SNSにて情報を発信中。

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