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氷

知的情報処理の最前線:D-wave Systemsが見せる時代の転換点

D-wave Systems comes to Japan

2016.05.17

Updated by Masayuki Ohzeki on May 17, 2016, 07:00 am JST

先日5月12日のことだが、世界初の商用量子コンピュータ「D-wave  One」から始まる一連の量子アニーリングマシンを開発したD-wave SystemsのUSA支社のPresidentであるRobert H. (Bo) Ewald氏、Directorの Murray Thom氏が東京工業大学に来校して、最新のD-wave 2Xのデモンストレーションや性能について、未来展望について講演を行った。

来場者は、ビジネス界隈の人もいれば研究者、エンジニアと多彩であり質疑応答共に盛り上がった。英語の講演とあって敷居が高いはずだが、熱気のある講演会となった。

 

量子アニーリングとは最適化問題と呼ばれるパズルのように解くのにある程度の時間のかかる難しいタスクを解く汎用的なアルゴリズムである。

Richard Feynmanが提唱した量子コンピュータの概要は、要するに自然をシミュレーションできれば最高のコンピュータが作れるというものであった。

量子アニーリングは、極低温で動作する自然現象のシュミレーターである。

どんな自然現象をシミュレーションするかといえば、無秩序な状態から秩序のある状態への遷移である。

時には急激な変化をもたらす相転移現象をも示す。

 

水蒸気から水、水から氷と、温度を下げることにより急激に物質の様子が様変わりする。この現象を相転移とよぶ。

水蒸気の正体が水分子がてんでんばらばらに運動する様であることを知っていれば、水が水分子がお互いの動きを牽制しつつ動いている様子、氷はお互いに結合を強めて固まっている様子を想像して、温度を下げることにより分子の動きが鈍くなり、そしてその様子を変えていることが理解できるだろう。

逆に温度をあげるということは、分子の動きを活発にしている。

この温度が非常に低い状況では、水分子にとっては動かないで済む楽な状態を選ぶということになる。

その楽な状態は、水にとっては自然な落ち着ける状態といえるわけで最適な状態というわけだ。

つまり温度を下げていくと自然界は、楽な状態にその姿を変えていく。

勝手に最適化問題を解いてくれるというわけだ。

リビングの椅子に座って、映画を眺めている時に自然にだらだらと楽な姿勢に崩れていく自分の様子を見てみたまえ。そう、それだ.それこそが最適化問題を解くということだ。

 

もし世界のルールを作ることができれば、そのルールに従って最適な状態を選ばせることが自然に任せるだけでできるというわけだ。

しかし腰を痛めるような、本当の意味で最適な状態ではないところに行き着いてしまうことがある。

そのときはもう一度腰をあげて座り直す.ただ冷やすだけでは本当の最適な状態には行けない。

水の場合には過冷却状態がその状況にある。

じっくりと最適な状態を選ぶようにしてやる必要がある。

量子アニーリングでは、超伝導量子ビットと呼ばれる素子内の電流の挙動により、いまどんな状態にあるのかを表現する。その電流の動きを制御することで自然をシミュレーションするのだ。

電流の動く向きでoと1の情報を表現するというわけだ。

その超伝導量子ビットを整然と並べることにより、他のビットの動きに応じて、他のビットも動くように設定をする。その動きの関係性を自由に操作することによって、どんなルールに従う世界を作り出すのかを指定する。

椅子の上に腰掛ける人間の場合、「腰をあげて」とあるが楽な状態へ移るのに必要な動かす力も必要だ。

その力を全体にかける制御部分も各超伝導量子ビットにつけることにより完成。

この制御部分をゆっくりと操作することで、本当に落ち着ける自然界の椅子に腰掛けるというわけだ。

いきなり腰掛けることはせず、いろんな腰のかけ方を試す。

周りからみたら何やっているの?と叱りたくなるようなくらいにデタラメに。

まさに無秩序なのだ.そこから具合の良い座り方を見つけて、だんだんと落ち着いていく様子は、秩序の形成である。

デタラメなところから、意味のある解、最適な座り方、自然界が選ぶ最適な状態を選んでくるというわけだ。

 

 

D-wave Systemsの見せるデモンストレーションには驚いた。

日本からカナダにあるD-wave 2Xマシンに無線LANを経由して、海底の光ファイバーを通じて通信を行い、

超伝導量子ビットの間の関係性や、制御部分をどうするかの指示。何回そのシミュレーションを行うかの命令。

メールのやりとりと同じ感覚で送付すると、すぐに返答が帰ってくる。

その返答には、君の椅子にはこう座ると良いという返事が書いてある。

その時間、人間には一瞬にしか感じられない。その間D-wave 2Xは100回、1000回と同じ椅子に座り直しており、

何度やってもこの結果だ、たまにこの結果だ、ということすらも教えてくれる。

 

本当に目の前に、時代の変革が来たことを示していた。

 

その量子コンピュータマシンを使って人は何をするのだろう。

世の中見渡してみると、最適な状態を知りたがっている。

人工知能のブレークスルーをもたらすであろう機械学習と呼ばれる技術は、今までに積み重ねたデータに矛盾しない最適な選択をすることで実現している。その選択に膨大な時間がかかり、最新の計算技術が投入されている。

もしもこの機械学習に量子コンピュータを導入したら?

すでにGoogleは車載カメラの画像から物体を認識する機械学習技術に量子アニーリングの利用をテストをしており、著しい改善を示している数値を出していた。

詳しい状況や詳細に触れていないものの従来の数値が8割の認識精度だったものを9割に引き上げた例をD-wave Systemsは挙げていた。

様々な角度からそのD-waveが作り出すマシンの性能や真否について議論がなされた時代は終わり、どうやってその新しい魔法を使い、世の中を驚かせてやろうかという時代に変わっている。

 

いままさに時代の転換点にいることを知ってほしい。

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大関 真之(おおぜき・まさゆき)

1982年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て2016年10月から東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授。非常に複雑な多数の要素間の関係や集団としての性質を明らかにする統計力学と呼ばれる学問体系を切り口として、機械学習を始めとする現代のキーテクノロジーを独自の表現で理解して、広く社会に普及させることを目指している。大量の情報から本質的な部分を抽出する、または少数の情報から満足のいく精度で背後にある構造を明らかにすることができる「スパースモデリング」や、次世代コンピュータとして期待される量子コンピュータ、とりわけ「量子アニーリング」形式に関する研究活動を展開している。平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。近著に「機械学習入門-ボルツマン機械学習から深層学習まで-」、「量子コンピュータが人工知能を加速する」(共著)がある。

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