北朝鮮で売れる安価なスマートフォンPyongyang2404を試す
Try Pyongyang2404, entry-level smartphone which is selling well in DPRK
2016.05.25
Updated by Kazuteru Tamura on May 25, 2016, 13:45 pm JST
Try Pyongyang2404, entry-level smartphone which is selling well in DPRK
2016.05.25
Updated by Kazuteru Tamura on May 25, 2016, 13:45 pm JST
朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)ではこれまでに紹介した通り、首都の平壌を中心にスマートフォン利用者が急増し(参考記事:北朝鮮もスマートフォン時代に – スマホシフトが加速する理由)、スマートフォン向けサービスの多様化も進む(参考記事:核技術の学習、オンラインショッピング…多様化する北朝鮮のスマホ向けサービス)。北朝鮮でスマートフォン利用者が急増する要因のひとつは手頃な価格のスマートフォンが増えたことで、筆者は北朝鮮でスマートフォン利用者の急増に貢献した安価なスマートフォンを試してみた。
北朝鮮のスマートフォンやフィーチャーフォンには一部の例外はあるが、基本的に「Pyongyang (평양)」、「Arirang (아리랑)」、「Ryugyong (류경)」のように北朝鮮に関する朝鮮語由来の独自ブランド名が与えられている。
フィーチャーフォンのブランドとして最も多いのがPyongyangシリーズで、他にRyugyongシリーズも流通する。スマートフォンのブランドとしては、導入当初にRyugyongシリーズが存在したが、スマートフォン利用者が急増した2014年以降はPyongyangシリーズとArirangシリーズが一般的に流通していると考えて差し支えない。
Arirangシリーズはフィーチャーフォンに存在せず、スマートフォンの上位機種に位置づけられる。詳細な価格は機種ごとに異なるが、Arirangシリーズは大まかに4万北朝鮮ウォン前後、Pyongyangシリーズは価格の幅が広いものの1万北朝鮮ウォン台前半で買える機種が登場した。
Pyongyangシリーズのスマートフォンやフィーチャーフォンには朝鮮語で평양とロゴが入る。
▼左からPyongyang2404、Pyongyang T6。
▼Arirangシリーズのスマートフォン。左からArirang AS1201、Arirang AP121。
筆者は訪朝時にPyongyangシリーズのスマートフォン「Pyongyang2404 (평양2404)」を購入して実際に利用した。以前に筆者はArirangシリーズのスマートフォン「Arirang AS1201 (아리랑 AS1201)」も北朝鮮で購入した経験がある。
Pyongyang2404はArirang AS1201と同様にサービスブランドを「koryolink(高麗リンク)」として展開する北朝鮮の携帯電話事業者「CHEO Technology JV Company (逓オ技術合弁会社:以下、CHEO Technology)」の旗艦店「koryolink Sales & Customer Service Center」で購入した。CHEO TechnologyのSIMカードやチャージカードと合わせて購入したが、(SIMカード代とチャージカード代を除く)Pyongyang2404本体は12,950北朝鮮ウォンと安価で買えた 。Arirang AS1201の38,010北朝鮮ウォンと比べてほぼ3分の1、北朝鮮では最安クラスの格安スマートフォンとなる。保証期間は購入から15ヶ月だ。
▼Pyongyang2404の前面。上下が特徴的なデザインだ。
▼Pyongyang2404の背面。滑りにくいラバー調の触感に仕上げられている。
Pyongyang2404のハードウェアは中国の中興通訊(ZTE)が開発や製造を担当し、筐体はZTE V808をベースとして一部を変更している。
まずハードウェアの仕様を紹介する。チップセットは台湾の聯発科技(MediaTek)が開発したMediaTek MT6572を搭載し、CPUはデュアルコアで動作周波数が最大1.3GHzである。ディスプレイは静電容量方式のタッチパネルに対応した約4.0インチの液晶で、解像度はWVGA(480×800)となる。カメラは背面に約300万画素CMOSイメージセンサを搭載し、カメラ用のフォトライトや前面のカメラは非搭載。通信方式はW-CDMA方式に対応し、SIMカードはシングルSIMでサイズはMini SIM (2FF)となる。Bluetooth 3.0に対応するが、無線LANやGPSには非対応。システムメモリの容量は512MB、内蔵ストレージの容量は4GBである。外部メモリに対応し、microSDカードスロットを備える。電池パックは脱着可能なリチウムイオン電池で、容量は1400mAhである。
OSには米国のGoogleが開発を主導するAndroidを採用し、Androidバージョンは4.2.2 (Jelly Bean)だ。Googleの各種サービスは使えず、北朝鮮国内で開発された複数のアプリをプリインストールする。北朝鮮で開発されたアプリは主に学習やゲームのアプリだ。(参考記事:核技術の学習、オンラインショッピング…多様化する北朝鮮のスマホ向けサービス)
イントラネットを楽しめるブラウザのアプリもプリインストールしており、初期状態ではブックマークに朝鮮労働党の機関紙である労働新聞の電子版が登録されている。システム言語は朝鮮語、英語、簡体字中国語(以下、中国語)に対応する。プリインストールの文字入力システムはシステム言語と同じ3言語を入力できる。
標準セットには本体、リアカバー(本体装着済み)、電池パック(本体装着済み)、4GBのmicroSDHCカード(本体装着済み)、使用説明書、修理担保証、USBケーブル、ACアダプタを含む。microSDHCカードは台湾の威剛科技(ADATA Technology)製だ。
▼Pyongyang2404の端末情報。モデル番号は평양2404と朝鮮語で表示される。
▼Pyongyang2404にプリインストールされているゲームアプリのひとつ。平壌のゲームセンターでは戦闘系ゲームが賑わっていたが、スマートフォン向けアプリでも戦闘系ゲームは好まれるようである。
▼リアカバーと電池パックを取り外したPyongyang2404。
▼Pyongyang2404の本体および本体装着済みの同梱品を除いた同梱品。
北朝鮮のスマートフォンには北朝鮮ならではの特徴があり、安価なPyongyang2404も例外ではない。世界で出回るほとんどのスマートフォンは無線LANやGPSに対応するが、北朝鮮のスマートフォンは非対応となる。北朝鮮では駐朝外国公館、国際機関、報道機関などを除いて原則として無線LANを使えず、またGPSは北朝鮮国内への持ち込み規制の対象であり、これらの機能を省いている。
SIMカードに関しては北朝鮮の携帯電話事業者(CHEO TechnologyおよびサービスブランドをKANGSONG NET(強盛網)として展開するKorea Posts and Telecommunications Corporation (朝鮮逓信会社))のSIMカードのみ使える。北朝鮮国民向けのSIMカードは原則として国際電話を禁じており、外国との接触が制限されている。このような背景から国境付近で外国の携帯電話事業者のSIMカードを挿入して外国と通話するような使い方を防ぐ狙いがあると思われる。
北朝鮮では原則として歴代最高指導者の氏名は太字で表記する必要があり、スマートフォンにもこれが反映されている。北朝鮮が制定した文字コードには歴代最高指導者の氏名に含まれる文字が太字で収録されており、朝鮮語で歴代最高指導者の氏名を入力すると太字になる。
また、システム言語に韓国語ではなく朝鮮語が含まれることも北朝鮮ならではと言える。北朝鮮の公用語である朝鮮語と南朝鮮(韓国)の公用語である韓国語の間には表現などで差異があり、韓国語に対応するスマートフォンは世界でも多いが、朝鮮語はそうではない。北朝鮮で正規販売するのであれば朝鮮語への対応は当然と思うかもしれないが、世界では販売国の公用語をシステム言語に含まないスマートフォンを正規販売する事例もある。
北朝鮮に関連した壁紙や北朝鮮の音楽をプリインストールすることも特徴的である。Arirang AS1201は壁紙と音楽をプリインストールするが、Pyongyang2404は壁紙のみプリインストールする。壁紙の種類はArirang AS1201の方が充実し、Pyongyang2404は物足りなさがあるが、それでも壁紙から北朝鮮らしさを感じられる。
北朝鮮ではkoryolinkを朝鮮語呼称である고려망と呼ぶことが増えている。고려망は漢字にあてると高麗網となる。CHEO Technologyのネットワークに接続すると、Arirang AS1201ではネットワーク名がkoryolinkと表示されたが、Pyongyang2404ではシステム言語の設定に関係なく朝鮮語で고려망と表示し、고려망の呼称が浸透しつつあることが見て取れた。北朝鮮ならではの特徴は実際に利用することで発見できたことが多く、またローカライズには手を抜いていないこともよく分かる。
▼歴代最高指導者の氏名を入力すると太字になる。
▼Pyongyang2404にプリインストールしている壁紙の一部。左から平壌にある人民劇場、平壌凱旋門、北朝鮮を流れる大同江の夜を彩る噴水のライトアップ。
▼Pyongyang2404はネットワーク名を고려망と朝鮮語で表示する。
中興通訊とその関連会社が米国政府の輸出管理規則に違反したことが問題となったが、米国政府は北朝鮮を含めた制裁国などに対する禁輸措置を実施している。特に北朝鮮に対しては規制が厳しく、輸出管理規則により完全な禁輸措置を実施し、北朝鮮を仕向地とした米国企業製品の供給や輸出および再輸出は基本的に禁止だ。
そのため、北朝鮮向けスマートフォンに米国企業製の部品は採用できない。実際には完全に米国企業製の部品を排除することは困難と思われるが、それでもチップセットを筆頭に主要部品は米国製を避けており、Pyongyang2404は聯発科技のチップセットを採用する。
北朝鮮向けスマートフォンの多くは中国企業がハードウェアを開発し、当然ながら中国企業は北朝鮮国外でも事業を手掛ける。違反が発覚すれば米国企業から部品調達が困難となり、北朝鮮国外の事業に影響が生じる可能性が高く、それを防ぐためにも部品の採用などに配慮が見られる。聯発科技のチップセットを採用したスマートフォンが北朝鮮向けのベースとなることが多いが、過去にベースは米国企業であるQualcommのチップセットを採用し、北朝鮮向けにはわざわざ聯発科技製に変更した事例もある。
OSに採用するAndroidは米国のGoogleが開発を主導するが、輸出管理規則では公に入手可能なソフトウェアなどは規制の対象外と明示しており、無料で公開しているオープンソースのプラットフォームであるAndroidは対象外に該当すると考えられる。
Arirang AS1201はPyongyang2404と比べてディスプレイが大きく、カメラが高性能で、プリインストールのコンテンツも充実している。ほかに、両機種はシステム言語こそ共通だが、プリインストールの文字入力システムはPyongyang2404が3言語のみ、一方でArirang AS1201は朝鮮語、英語、中国語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、そして日本語に対応する。Arirang AS1201の後継「Arirang AP121 (아리랑 AP121)」はシステム言語にも朝鮮語、英語、中国語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、日本語を含む。本体とは関係ないが、Pyongyang2404は化粧箱もコスト削減しており、Arirang AS1201のそれと比べると安っぽさは否めない。
Pyongyang2404は安価ゆえにあらゆる面でコスト削減が見られ、Arirang AS1201と比べれば操作性や娯楽要素に劣ることは確かだが、筆者は両機種とも利用した上でPyongyang2404でも実用的に利用できると感じた。
イントラネットはブラウザを使うため高性能は求められず、ゲームアプリもライトなものが多いため性能が低くてもそれなりに動く。北朝鮮ではアプリを追加するサービスも登場し、必要に応じてアプリを追加して補完できる。北朝鮮での利用であれば朝鮮語と英語を使えれば多くの人々にとっては十分で、持ち歩くわけでもない化粧箱は安っぽくてもよい。北朝鮮ではスマートフォン向けサービスの多様化が進行しているとはいえ、スマートフォンで利用できることは決して多くはなく、実は上位機種でなければ使えないことはほとんどない。
北朝鮮では安価なスマートフォンの登場によってフィーチャーフォンと大差ない価格でスマートフォンを買えるようになり、しかも安価でも十分に楽しめるため、スマートフォンを選択する消費者が増えることは当然と考えられる。実際にPyongyang2404を利用することで、北朝鮮でスマートフォン利用者が急増する理由を実感できたのだ。
▼平壌駅をArirang AS1201で撮影した。夜でも綺麗に撮影できる。
▼平壌高麗ホテルのロビーをPyongyang2404で撮影した。写真にはノイズが目立つが、カメラとして使えなくはない。
▼Pyongyang2404の化粧箱。
▼Pyongyang2404の起動画面。朝鮮語で평양とロゴが表示される。
▼筆者がPyongyang2404を操作した様子。動作やプリインストールのアプリなどを確認できる。
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登録はこちら滋賀県守山市生まれ。国内外の移動体通信及び端末に関する最新情報を収集し、記事を執筆する。端末や電波を求めて海外にも足を運ぶ。国内外のプレスカンファレンスに参加実績があり、旅行で北朝鮮を訪れた際には日本人初となる現地のスマートフォンを購入。各種SNSにて情報を発信中。