NTTPCコミュニケーションズ 代表取締役社長 前沢孝夫氏(前編):人はIoTツールが欲しいのではない、目的が達成できることが不可欠だ
日本のIoTを変える99人【File.013】
2016.06.02
Updated by 特集:日本のIoTを変える99人 on June 2, 2016, 10:06 am JST
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今を去ること30年前、商用パソコン通信サービス「NTTPCネットワーク」の提供を始めたNTTPCコミュニケーションズ。同社はその後、通信機器の取り扱いやインターネット接続プロバイダー事業を始め、サーバーホスティング、インターネットVPN、データセンター事業、モバイルサービスなど多様な通信ソリューションを提供するようになった。企業に各種のソリューションを提供する中で、「IoT」という名称のソリューションが話題に上るようになってきた。NTTPCコミュニケーションズ 代表取締役社長の前沢孝夫氏は、「ソフトウエアで定義可能」であることを示す「SDx」が、「IoT」の進む道に1つの方向性を与えていると語る。
IoTという言葉が非常に多く聞かれるようになってきました。こうした状況をもってして、IoTは新しい概念ではないかと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ネットワークソリューションを提供し続けてきたNTTPCコミュニケーションズの立場からは、IoTは新しい概念ではありません。モノをネットワークにつないで情報を取るというソリューションは、ずっと前からあるわけです。IoTという言葉のない時代から、今で言うIoTは始まっていました。ですから、「IoT」とひとくくりに表現することに、抵抗感があるのも事実です。
とは言え、現実にIoTソリューションへの要求は高まり、NTTPCコミュニケーションズでもIoTを名乗るソリューションを提供しています。そうした中で、IoTの現状をどのように捉えたらいいかを、NTTPCコミュニケーションズの社内でも議論をしているところです。
今のIoTを捉えるに当たって、キーワードになるのが「SDx」と、デジタル化、オープン化の潮流だと考えています。SDはソフトウエアデファインド(Software Defined)で「ソフトウエアで定義した」といった意味です。「x」には様々な言葉が入ります。
コンピューターや通信分野に詳しい人ならば、ソフトウエアで定義したネットワークの「SDN」や、コンピューティングの「SDC」、データセンターの「SDDC」など、様々なSDxを思い浮かべるでしょう。しかし、ソフトウエアで定義できるようになったのは、IT分野のそうしたものだけでしょうか。IoTについて考えるとき、SDxの潮流はもっと異なる意味を持っていると思います。
IoTデバイスを作ることを考えてみましょう。従来であれば、デバイスを作るには回路図を描きハードウエアの設計をして、プロトタイプを作り、基板や金型を起こして大量生産するといった手順が必要でした。ところが、時代はSDxへと変わりました。ハードウエアは汎用の開発ボードやセンサーが使えます。ハードウエアを動かすソフトウエアは、公開されたソースコードを管理するサービス「GitHub」などに多くのソースコードがありますから、適したコードを持ってきて手を入れれば済みます。
モノをネットワークに接続する従来型のソリューションとIoTの間の最も大きな違いは、ここにあると思います。デジタル化された汎用のハードウエアに対して、機能をオープンなソフトウエアによって定義できるSDxの存在の有無です。IoTはSDxとの組み合わせによって、目的の機能を備えたIoTデバイスのプロトタイプを作るPoC(Proof of Concept:概念実証)が格段に容易になりました。これは大きな変革です。今までであれば、専門家のいる企業でなければネットワークに接続するデバイスを作ることは難しかったわけですが、SDx時代には私たち個人でもIoTデバイスのPoCができる「市民開発」が可能になります。企業でも、多くの資源投下なしにリーンスタートが可能になります。
その背景には、「Raspberry Pi」や「Arduino」といったソフトウエアデファイナブルなハードウエアが、安く手に入るようになったこともあります。数千円のボードと、数百円のセンサー、オープンなソフトウエアでアイデアを実証するプロトタイピングが「誰でも」できるようになったのです。IoTでは、アイデアの実現のハードルが低くなるのです。
SDxによりIoTデバイスのプロトタイピングのハードルが下がることを説明してきました。それでは、IoTの本質についてもう少し考えてみましょう。
IoTというと、「モノのインターネット」というように、インターネットに接続する様々なモノが取り沙汰されます。実際、インターネットにつながった産業機器、自動車、監視カメラやセンサーノードなど、様々なIoTデバイスが登場しています。それでは、私たちは「インターネットにつながるモノ」が欲しいのでしょうか。
考えてみればわかることですが、私たちが欲しいのはインターネットにつながる「IoTデバイス」ではなく、そこから生まれる効用や効果でしょう。違う言い方をすると、シナリオやストーリーが必要なのです。しかし日本でIoTというと、多くの場合はIoTデバイスそのものに夢中になってしまう傾向があります。実はその先にあるシナリオやストーリーを考えなければならないのに、です。
セオドア・レビット氏のアナロジーで説明しましょう。私たちが穴を開ける工具の「ドリル」を購入することになったとします。もちろん、購入するにあたってドリルの性能や価格を検証することもあるでしょう。しかし、私たちが欲しいのは「ドリル」でしょうか。実際に私たちが欲しているのは、ドリルを使って開けた「穴」です。どのような穴が必要かはそれぞれのケースで異なりますが、求めているものは「穴」だということを忘れてはいけません。IoTでも、IoTデバイスという「ドリル」を開発して喜ぶのではなく、ソリューションとしてどのような「穴」が必要なのかを解明する必要があると思います。
日本では、IoTに限らず、どうも高性能な「ドリル」などの部品を作ることに一生懸命になっているような印象があります。もう少し、「穴」の方に目を向けて、いくつの「穴」を考えられるかに力を入れる必要があると思います。
NTTPCコミュニケーションズでは、いわゆるIoTに向けたサービスやソリューションを提供しています。IoTソリューションをワンストップで提供する「Field Cloud」、IoT通信をインターネット上でセキュアに実現するVPNサービス「IP-WARP」、リモートワークやIoT通信に向けたモバイルサービス「Master’sONEモバイル」、柔軟なカスタマイズができるハイブリッドクラウドサービス「カスタムクラウド」などが代表的なものです。ある意味では、IoTを実現するための「ドリル」の一種とも言えるかもしれません。
一方で、もっと「穴」の側から考えたソリューションの提供も進めています。いくつか例を挙げましょう。
1つが、住宅設備メーカーのTOTOと共同で開発しているインテリジェントトイレです。トイレにセンサーを取り付けて、排尿や排ガスの情報を収集し、検体検査や予防医療研究につなげようというものです。これまでは、検便などで潜血反応があると、腸の中にカメラを入れて検査をすることになりました。しかし、痔を患っていても潜血反応はあり、実際には必要性がない検査することで2500億円もの医療費の無駄が生じていると聞きます。そうした状況を、インテリジェントトイレのセンサーから得た情報で、身体の異変を的確に捉えるように変えられれば、本人の健康維持だけでなく、医療費の削減にも役に立つわけです。
トイレをインテリジェントトイレにするために使うのは、センサーとボードです。もちろん、センサーは高精度なものを採用しますが、基本的なハードウエア構成は汎用ボードとセンサーの市民開発と変わりません。健康を管理、維持し、医療費削減につなげるという大きな「穴」を開けることが、インテリジェントトイレというIoTデバイスの目的であり、そのためにハードウエアを実装するという考え方です。
もう1つ、猟友会などに導入されている鳥獣罠(わな)監視装置の「みまわり楽太郎」を紹介しましょう。イノシシなどの獣や鳥による農作物や住宅などへの被害は、地方によっては見過ごすことができません。現状では、罠を仕掛けて、猟友会の会員が捕獲のために見回るという人海戦術を採ることが一般的です。しかし、罠のメンテナンスや見回りには手間と時間がかかります。そこで、鳥獣を捕獲する罠にセンサーと携帯電話の通信機能を付けた監視装置を用いた「みまわり楽太郎」を開発しました。鳥獣が罠に入ると監視装置に電源が入り、メールで情報を通知します。猟友会の会員は、罠を見回ることなく鳥獣が捕獲できたことをリアルタイムで知ることができるのです。
監視装置は、罠が作動したことを検知するセンサーとFOMAの通信機能を備えるシンプルなもので、単3形乾電池4本で長時間動作するため電源の心配もありません。ハードウエアとしては特別なものではありませんが、鳥獣害に悩まされる地域にとっての「穴」が開けられるIoTデバイスだと考えています。
さらに、この「穴」はもっと展開することもできます。罠が作動したことがリアルタイムで検知できれば、新鮮な鳥獣が手に入ることになります。みまわり楽太郎は、ジビエの供給という新しいバリューチェーンの開拓にもつながるのです。構成力、発想力をもってシナリオやストーリーが作れるか、それが「穴」の解明に大きな影響を及ぼすと考えています。
(後編に続く)
構成:岩元直久
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