WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

先日お伝えしたGoogle L.A. でのAdiabatic Quantum Computing 2016の記事の反響に驚いている。量子コンピュータへの潜在的な興味とGoogleの魅せる時代の転換点のリアリティへの期待感の表れであろう。今回は、本家本元量子アニーリングのマシンを作ったD-wave Systemsの動きについて紹介しよう。

実は去る5月の末にカナダ大使館、British Columbia州、東京工業大学の共催により、カナダと日本の科学技術の交流会として、「Quantum Computing via Quantum Annealing(量子アニーリングを介した量子計算)」というタイトルのシンポジウムが開かれた。

▼2日目のプログラムの様子(クリックして拡大)
2nd day program

2日間開催されたうち、初日は国際的な交流を中心とした会合であり、上の写真にあるように2日目については、学術的な内容に踏み込んだ交流を目標とした会合であった。初日の挨拶でBritish Columbia州の首相Christy Clark氏がこのシンポジウムに対する期待、カナダと日本の交流が発展していくことへの強い期待感を表明したことに鮮烈な印象を受けた。

▼ Christy Clark氏による挨拶
Christy Clark氏による挨拶

日本側からは内閣府直轄のCSTI(総合科学技術。イノベーション会議:Council for Science, Technology and Innovation)から久間和生議員が日本の科学技術政策や支援の様子を紹介しながら、このシンポジウムがカナダと日本の交流に終わることなく、実を伴った共同研究や新しい連携の形にまで発展することを期待するというコメントを寄せた。双方からの強い期待を感じる瞬間であった。

その会合の中で幾つか最新の研究成果の紹介があったが、その中で特に注目が集まったものの内容を紹介しよう。

ボルツマン機械学習の「サンプリング」を量子アニーリングで高速化

ひとつは、「ボルツマン機械学習」と呼ばれる機械学習の中でも計算時間がかかり厄介な方法を、量子アニーリングを行うD-waveマシンで実行するというものである。

機械学習では、データがどのような法則で出現しているかという背後にある関係性を様々な計算方法を通して見つけ出す。

深層学習(Deep learning)では、複雑なニューラルネットワーク(脳の構造を模した数理的な関係)でデータを表そうとする。データを表すためにはニューラルネットワークに含まれるパラメータの微調整を繰り返す必要があり、大規模なコンピュータ資源を利用して最適化するように設計されている。

ボルツマン機械学習は、深層学習の雛形であり簡素な形をしたニューラルネットワークを利用する。しかしデータはそのネットワークの構造から忠実に出現するものではなく、確率的な変化を伴い、変形して出現していると仮定する。その確率的な機構を明らかにする人工的なモデルを構築し、そのモデルに含まれるパラメータの微調整を繰り返すことで最適なものを探求する。その過程で、モデルから試しにデータを出力させる「サンプリング」を行い、実際のデータと適合しているか(再現性)を確認する。

このサンプリングを正確に効率的に行うことがなかなかに難しい。その難しさから、ボルツマン機械学習は提案当初のコンピュータの処理能力の都合を考えると現実的ではないとされ、大きな話題とはならなかった。しかし次第に計算をさぼってでもなんとか答えを出そうとする近似的な手法や計算処理技術そのものの改善から、だんだんと実行可能になった。

そこで、「計算ができて、ギリギリ実際のデータの複雑度合いを表現しうるもの」を作ろうということで、より簡素な形のネットワークで、計算の容易さを担保して、積層化することで複雑なデータの形に対応しようとして、今日の深層学習のベースとなる形が提案され、爆発的ブームを迎える。つまり実は、ボルツマン機械学習の発展が、深層学習のブームを引き起こしたのだ。

これまで、ボルツマン機械学習の計算の効率化は、主にソフトウェア的な路線、アルゴリズムの改良によるものであった。ところがD-waveのアプローチは、自社の量子アニーリングマシンを用いた計算により、ハードウェアから力づくで進めようというものだ。

そこで思い出されるのは、「そもそも量子アニーリングって何をするマシンだったっけ?」ということだ。

量子アニーリングの当初目標としていた計算は、最適化問題、即ち最も良い選択を自動的に効率的に行うというものだ。しかし蓋を開けてみると、量子アニーリングマシンは意外と正確に動作するようでいて、設定誤差があり、何度も計算してみると異なる結果が次々と出てくるという状況だ。

日本であれば、「これは失敗作だ」と判断して、表に出す前に何度も何度も精度良いものをつくり直すところであろう。そのうち世界の流れが変わってしまうかもしれない。いや今の日本では根をあげてしまい、やり直す根性もないかもしれない。

D-waveは、それをボルツマン機械学習に必要な、サンプリングに用いることを提案している。つまり設定誤差や正しく最適化問題の解を出せないとしても、非常に近い解をたくさん無数に出力するマシンとして利用しよう、自分たちが設定したパラメータから様々なデータを出力するサンプリングマシンとして利用しようというわけだ。

実際に実行されたD-waveマシンのデモンストレーションは、会場の人間を驚かせた。Webブラウザ上の操作により、カナダにあるD-wave Systems社内の量子アニーリングマシンに解きたい最適化問題を送信すると、瞬時に回答が返ってくる。

[D-waveマシンで最適化問題を解く様子]

これが驚いたことに1回解いて見せたものというのではなく、1000も同種の最適化問題を解いた後の結果を出力しているというのだから驚きだ。

実際にデモでは、この手の機械学習のデモでよく利用される手書き文字の生成(サンプリング)をD-waveマシンを利用して行った結果を紹介していた。

さらに「量子力学に従う動作をするマシンがあるならば」とデータそのものがどのように生成されたかを数学的にモデル化する部分に量子力学の要素を入れてしまうという試みも展開されていた。D-wave Systems社のMohammad Aminが示した結果は、量子揺らぎの効果を表す横磁場を追加したボルツマン分布を用いたボルツマン機械学習を実行して見せ、横磁場の効果がないボルツマン分布よりもより表現力がある証拠を積み上げていた。

「巡回セールスマン問題」だけではない、リアルな応用問題への拡充

D-waveは着実に彼らが作り上げたマシンをプロモートするべく、これまでの枠組みにとらわれず次から次へとアプリケーション先を開拓していっている。

最適化問題を解くマシンとしての側面も確実に裾野と顧客を広げていっている。最適化問題として最たる例としてあげられる巡回セールスマン問題に代表される流通の最適化だけでなく、リスクヘッジを同時に考慮した金融商品の購入に際して、最適な戦略を自動的に算出するシステムへの応用の例を挙げるなど、着実に現実的な問題に、そしてリアルタイムに瞬時に解いて欲しい問題へとその利用先を拡充している。

D-wave Systems社のDirectorであるColin P Williamsによると、次年度には現行の1000量子ビットを大きく超えて、2000量子ビットの量子アニーリングマシンが登場する予定であり、さらに現行機のチップの形状を大きく変更して、より広範囲の最適化問題や、データ構造に対応する機械学習の実行が可能となる。前回のGoogleがやはり作っていた「量子コンピュータ」にあるnonstoquasticな、本当の量子力学の世界への挑戦も準備しているとのことであった。

▼D-wave2Xチップ
D-wave2Xチップ

D-waveは、元祖量子アニーリングマシンを開発した雄としての威厳を以前保ち続けている。追う日本側ははたしてこのままで良いのだろうか?

次回は、日本での取り組みに焦点を当てていくとしよう。

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

大関 真之(おおぜき・まさゆき)

1982年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て2016年10月から東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授。非常に複雑な多数の要素間の関係や集団としての性質を明らかにする統計力学と呼ばれる学問体系を切り口として、機械学習を始めとする現代のキーテクノロジーを独自の表現で理解して、広く社会に普及させることを目指している。大量の情報から本質的な部分を抽出する、または少数の情報から満足のいく精度で背後にある構造を明らかにすることができる「スパースモデリング」や、次世代コンピュータとして期待される量子コンピュータ、とりわけ「量子アニーリング」形式に関する研究活動を展開している。平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。近著に「機械学習入門-ボルツマン機械学習から深層学習まで-」、「量子コンピュータが人工知能を加速する」(共著)がある。