女を演じる男と、女を演じる男を演じる人工知能

The Imitation Game

2016.08.30

Updated by Ryo Shimizu on 8月 30, 2016, 09:58 am JST

 ネットの世界には、むかしから女性を演じる男性が居ることはよく知られています。
 そういう人をネットオカマ、略して「ネカマ」と呼びます。

 何故彼らは敢えて女性を演じるのか。
 それを知るために、一度筆者も好奇心からネカマをやってみたことがあります。
 まあ筆者が学生の頃の話ですからもう時効でしょう。

 するとなんということでしょう。
 少し女性のふりをするだけで猛烈に色々な人達から全方位でアプローチされるようになったのです。
 あまりにも猛烈だったので対応するのに疲れてしまい、すぐにやめました。

 当時のネットというのは今のように常時接続が当たり前ではない時代です。
 ネットに棲息していたのも圧倒的に男性が多く、女性は少数派でした。

 だからこそ、まるで狼の群れに迷い込んだ羊のように、女性と思われるともう猛烈なアプローチの嵐に辟易するのです。

 そこで学んだことは、全く同じ環境であっても、女性と男性とでは見える世界が全く異なる、ということです。

 しかし、ネカマ、つまり女性のふりをして振る舞うというのは言うほど簡単ではありません。
 基盤が脆弱だと、すぐに嘘がバレてしまいます。

 そこで、まず演じるキャラクターの詳細なプロフィールを作る必要があります。
 ただ、詳細なプロフィールを作るのがとても面倒だったので、当時付き合っていた彼女のプロフィールをディティールだけ変えてほぼそのまま使うことにしました。当然、彼氏も居る設定です。

 ところが難しいのは言葉です。
 たとえば当時のネットといえば、掲示板とチャットくらいしかなかったわけですが、掲示板だろうがチャットだろうが、女性っぽく見える言葉遣いというのは浮くのです。というか、「いかにも」なしゃべり方をすると却って女性に見えないのです。オカマに見えるのです。

 分かりづらいかもしれないので実例で示しましょう。
 たとえばあるチャットルームに居たとして、そこで誰かが入ってきたとします。

 「こんにちは」

 「コ・ン・ニ・チ・ワ・ー (ノ∇≦*) キャハッッッッ♪」

 テンション高すぎです。
 当時、こんなに顔文字を駆使するためにはIMEに専用の辞書を入れないといけません。
 そんなヤツはマニアに決まっているのです。

 つまり、女性らしく見せるためには、むしろ冷静でなければならないのです。
 正しい返し方はこうです。

 「こんにちは」

 「こんこん」

 まあこれが「正しい」かどうかはわかりませんが、「こんこん」の「こん」は当然、「こんにちは」の略です。これを繰り返して二回言うことで親しみをもたせてるわけです。

 この短いやり取りから、前者はやや初心者か礼儀正しい真面目な人、後者は遊び慣れてるリラックスした人、フレンドリーな人という印象を受けます。

 しかし、これだけでは性別の情報を伝えられません。どうやって「女性」だと思ってもらえるか。
 実は文体だけで女性っぽさをアピールするとすぐにオカマっぽい言葉になります。

 頭のなかに具体的な実際の女性を思い浮かべて、その人がどんな風に喋るか想像してみてください。ドラマやアニメではなく、実在の女性です。

 すると、驚くほど文体が男性と差がないことに気がつくと思います。

 漫画のように「○○だわ」とか「○○よね」というしゃべり方をする女性は現実にはほとんど居ないのです。居たとしても、そういう文体を使う場面はそう多くありません。つまり、チャットのような短期決戦に於いて、女性だとすぐに伝わるような文体を使うことは非常に不自然なのです。

 筆者の場合は、頭に思い浮かべたのが現実の彼女だったため、常にタメ口でした。そこでチャットでも同じように発言してみることにします。

 「こんにちは」

 「こんこん」

 「こんな時間にチャットしてるなんて、お暇なんですか?」

 「んー、なんとなく」

 「よく来てるんですか?僕、初めてなんですよね」

 「わたしも先週始めたばっかりです」

 はい、ここでひとつミスディレクションのポイント。唯一使っていい女言葉は「わたし」なんですね。これが「私」だと男女イーブン、「わたし」だと女性寄り、「あたし」だと男性寄り(江戸っ子的な)に鳴ります。

 でもこれではまだ確定しません。
 本当に女性だと伝えるためには、女性特有の単語が必要です。たとえば「彼氏」「ママ」「パパ」などです。偏見かもしれませんが、自分の両親を人前で「パパ」「ママ」と呼ぶのは男性には抵抗がありますが女性にはあまりありません。

 とはいえ女性を演じきるのは大変です。
 特に若い女性を演じようと思うと、今の筆者にはもう無理です。
 どんなものを見てどんな話をしているのか想像もつかないからです。

 ジャニーズやエグザイルが見分けられない時点で不可能です。

 かといって、妙齢の女性を演じるのが簡単かというと、そうでもありません。
 妙齢の女性はどんどん、男性と話し方が近づいていくからです。

 チャットで自分を女性と思ってもらうためには、あるタイミングを見計らって、自然なタイミングで、自分が女性であることをアピールする必要があります。このタイミングが不自然だと怪しいし、あまりに奥ゆかしいとすぐにタイミングを逸します。

 もっと難しいのは、海外のチャットです。
 想像できるでしょうか。

 たとえば英語ですが、英語の一人称には、男性女性年齢を表すヒントはひとつもないのです。単に「I」です。二人称は「You」だけ。まあちょっとひねくれて「U」とか使う場合もあります。「R U Ok?(Are You Ok?)」とか。でもこの言葉使いが男性的か女性的か筆者には判断できません。

 弊社のアメリカ人社員のエリックによると、英語にももちろん女性的な話し方や男性的な話し方はあるそうです。そしてオカマっぽいしゃべり方というのもあるそうなのですが、これを見極めるのは英語ネイティブでないと厳しいでしょう。

 もし仮に、これを人工知能が代替できるとしたら、その機械は知能を持っているといえるでしょうか。

 「ネカマ問題」を最初に考えたのは、コンピュータの原理の発明者の一人、アラン・チューリングです。

 チューリングは1950年に発表した論文「COMPUTING MACHINERY AND INTELLIGENCE(計算する機械と知性)」でチャットを介した男女を見分ける「イミテーションゲーム(模倣ゲーム)」について言及しています。

 これが俗にいうチューリングテストです。
 チューリングは「チェスでなかなかいい試合をする機械をつくるのは難しくない」と予言しています。なんということでしょう。コンピュータの発明時点で、既にチェスで人間が打ち負かされることが予言されているのです。

 このゲームでは、まず三人のプレイヤーが必要です。チャットで接続された部屋で、一人は、女性、一人は男性、この二人はともに「女性らしく」会話します。そして最後のプレイヤーが判定者となり、どちらが男性(ネカマ)でどちらが本物の女性かを当てるのです。

 もちろん、当たることもあれば外れることもあるでしょう。

 そしてあるとき、部屋の中にいる男性を計算機械(コンピュータ)に置き換えます。
 そうしたあとも、判定者は人間の男性が入っていたときと同じように惑わされるでしょうか。

 もし完璧に女性を演じきったとしたら、その計算機械には知能が備わっていると考えてもいいのではないでしょうか。
 先ほど指摘したように、チャットの情報だけで女性らしく振る舞うのは非常に高度な知性が必要です。
 通り一遍の(まさしく)機械的な反応ではすぐに見抜かれてしまいます。

 長らく筆者はこの説を信じてきました。なるほど、確かに人間らしく振る舞うためには人間の振る舞いを研究して理解しなければならないし、それは相当に難しいだろう、と。

 ところが昨今の深層学習の成果を見ていると、どうもそれがそんなに高度なAIを必要としないものではないかという予感もするのです。

 それが何を意味するかというと、どうやら人類の知性は我々自身が思い込んでいたほど複雑でも賢くもないという認めたくない事実です。

 この事実が次第に明らかになるにつれ、同時に拒否反応もでてくるでしょう。
 しかしこの流れはもはや止められないのかもしれません。

 我々は知性についての態度をあらためる必要があるのかもしれません。

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清水 亮(しみず・りょう)

ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長CEO。1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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