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ウーバーがわざわざAI研究所を設立する理由は何か

2016.12.07

Updated by Hayashi Sakawa on 12月 7, 2016, 06:25 am JST

ライドシェアリング最大手のウーバー(Uber)が、ジオメトリック・インテリジェンス(Geometric Intelligence;以下、GI)というニューヨークのAI関連ベンチャーを買収し、同社を母体とする研究部門「Uber AI Labs」を社内に新設すると米国時間5日に発表。このニュースが比較的多くの媒体で採り上げられていた。

ウーバーがすでに自動運転技術の研究開発を進めていることは既報の通りで、今年夏にはグーグル自動運転車プロジェクトの中核メンバーが立ち上げたオットー(Otto)を買収し、アンソニー・レバンドウスキィ(Anthony Levandowski)というオットーの共同創業者を関連の取り組みの責任者に据えている。またカーネギーメロン大学の研究者を大勢引き抜いて作ったピッツバーグの研究部門では、すでにUberのサービスを使った公道での走行実験も進めている。そんなウーバーが、AI関連の基礎研究に重点を置いたラボを別に設けることにした動機は何か。そのあたりについて知る手がかりとなりそうな情報を今回はいくつか紹介する。

実に興味深いGIの中核メンバーと出資者の顔ぶれ

GIの共同創業者で、CEOを務めるゲイリー・マーカス(Gary Marcus)は心理学と脳科学の研究者(ニューヨーク大学教授、「心を生みだす遺伝子」「脳はあり合わせの材料から生まれた」などの著書あり)。いっぽう、SCO(Chief Science Officer)のズービン・ガーラマニ(Zoubin Ghahramani)のほうはケンブリッジ大学教授で機械学習分野の世界的権威の一人とGIのWebページにはある。二人ともそれぞれの分野で名前の通った人物らしく、YouTubeではいくつも動画が見つかる。なお、ガーラマニはポスドク時代にジョフリー・ヒントン(トロント大学)の研究室に在籍していたこともあるそうだ。

それとは別に、同社に出資している個人投資家の顔ぶれも実に面白い。アダム・ダンジェロ(Quora、フェイスブック元CTO)、ドリュー・ヒューストン(Dropbox)、ジェレミー・ストップルマン(イェルプ)といった成功した若手の起業家連中に加えて、スティーブ・ブランク(シリアル起業家)やエスター・ダイソンといった業界の大ベテラン、それにジョー・モンタナ(引退したアメフトのスターQB)が共同パートナーのVCなどもGIに出資している。

なお、買収金額や条件などは明らかにされていないが、GIは総勢15名ということで、セバスティアン・スランのいう通り相場(一人当たり1000万ドル)を使って推定すると、高くても1億5000万ドルくらいだろうか。

ディープラーニング+αのアプローチを模索か

「GIがこれまでに申請した特許は一件だけ。研究論文や製品を公表したことはない」(WIRED)。「(GI共同創業者の)マーカスはGIがどんな技術を開発しているかについて具体的なことはあまり明らかにしておらず、また同社は研究の成果に関する論文も公表していない」(Technology Review)。・・・今回のニュースを伝えた記事の中には、こうした伝え方のものが目立ち、GIが具体的にどんな目的に役立つ技術を開発しようとしているのかなどをずばり説明したものはあまり見つからない。

ただし、今年初めに公開されていた下記の日本語記事(元記事はTechnology Reviewのもの)には、GIの手がける研究の内容の感じがつかめる情報も出ている。

「より人間に近いAI」を目指して。ゲイリー・マーカスの挑戦(前編)
「より人間に近いAI」を目指して。ゲイリー・マーカスの挑戦(後編)

この「後編」の中には、下記の一節がある。

「脳は、ある種のタスクにディープラーニング・システムのようなものを用いる一方、世界の仕組みに関する規則を蓄積し操ることで、ほんのわずかな事例から有効な結論を導き出すことを可能にしているというのだ。」

GIの研究内容について「自動運転関連が今後の取り組みの中心になる」とするマーカスのコメントが引用されているのはWSJ記事。またTechnology Reviewの記事には「十分なデータが揃っていない状況が常に存在し続ける」とする同氏のコメントが引用されている。さらにWIRED記事には「言語や自動運転車といった領域では、ディープラーニングに必要とされる膨大なデータが決して揃わないという問題がある」「GIが研究中の技術では、ディープラーニングのような力技のやり方をする場合に比べて半分程度のデータ量で特定のタスクを学習することが可能」というマーカスのコメントも出ている。

現状でディープラーニング技術の開発に必要なデータを確保できているのは、グーグルやフェイスブック、アマゾンなどごく一部の大企業に限られている。GIの技術がどの程度の完成度かといった情報はないが、そのアプローチや可能性---ディープラーニング技術にルールベースの学習機能などを加味することで、膨大なデータがなくともAIを開発できるというのは、ウーバーに限らず魅力的なものと考えられる。

それとは別に、GIが特定の判断や行動に至った理由を自ら説明できる機械学習システムの開発も狙っているというマーカスの発言も興味深い(Technology Review記事中)。自動運転車が信頼性を獲得する上でこうした説明機能が重要になるというのが同氏の考えのようだ。

後発組ウーバーの思惑

ウーバーがGIの技術をどう活用するかという点について、まず思い浮かぶ可能性は、後発である同社がデータ収集の遅れをGIの技術を使っていっきに取り戻そうと考えているといったもの。ウーバーには、グーグルのように長い時間をかけて走行データを集めている余裕もなければ、テスラのようにカメラ/センサー類を搭載した車体を一四半期に数万台といった単位で世の中に送り出すといった能力もまだない。今年春先からピッツバーグでデータを集めているものの、車輌の台数は限られ、ボルボに発注していた自動運転車も納品されたという話はまだ聞かない。ウーバーのサービスに使われている車輌すべてに必要な機材が搭載されれば、いずれ何十万台という車輌からデータが集まるとの可能性もあるにはあるが、それが実現するのがいつ頃になるかなどはまだわからない。そうした点を考え合わせると、限られた量のデータでも十分な能力を持つAIを開発できるという可能性は、自動運転車開発で後手に回るわけにはいかない同社にとってかなり重要なものとも考えられる。そのほか、WSJ記事などには、各車輌のルート最適化などもAI技術活用の用途として挙げられている。

さらに、「Uber AI Labs」をグーグルの「Google Brain」やフェイスブックの「Facebook AI Research(FAIR)」と同様の研究機関とする専門家の見方もWIREDでは紹介されている。Allen Institute for Artificial Intelligence(マイクロソフト共同創業者のポール・アレンがつくったAI研究機関)のオーレン・エチオーニ(Oren Etzioni、元ワシントン大学教授)CEOは、「ウーバーは、グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルのビッグ4に伍するために、自社をAI関連企業に作り変えるだろう」と述べている。同氏はオンライン書店としてスタートしたアマゾンがクラウド(AWS)を成功させたという例を引き合いに出しているので、ウーバーがこの先意外なビジネスを手がけるようになる可能性もある、ということかもしれない。

余談になるが、WIRED記事にはGIと同様の技術開発を狙っている企業として、ビカリオス(Vicarious)というやはり謎のベンチャーの名前も出ている。この会社については、ジョージ・ホッツ(最近、自分たちで開発した自動運転用ソフトウェアをオープンソースでリリースしていたComma.ai創業者)のかつての勤め先と記憶していたが、いまウェブサイトを見てみると、アドバイザー欄にフェイフェイ・リー(スタンフォード大、グーグル)の名前があったり、あるいはディリープ・ジョージ(Dileep George)という共同創業者(現CTO)が、以前ジェフ・ホーキンス(Jeff Hawkins、Palm Pilotの生みの親)らと一緒にヌメンタ(Numenta)というAIベンチャーを初めていたりといったことがわかって面白い。なお、昨年8月のBloomberg記事によると、ビカリオスにはジェフ・ベゾス(Amazon)、マーク・ザッカーバーグ(フェイスブック)、マーク・ベニオフ(セールスフォース)、アーロン・レヴィ(ボックス)といった起業家、それにサムスン、ウィプロ、ABBといった大手企業が投資しているそうだ。

【参照情報】
NYT: Uber Bets on Artificial Intelligence With Acquisition and New Lab - NYTimes
Wired: Uber Buys a Mysterious Startup to Make Itself an AI Company - WIRED
MIT Tech Review: Uber Launches an AI Lab - Technology Review
WSJ: Uber in Artificial-Intelligence Drive After Buying Startup - WSJ
Uber acquires Geometric Intelligence to create an AI lab - TechCrunch
Can This Man Make AI More Human? - Technology Review
Algorithms That Learn with Less Data Could Expand AI’s Power - Technology Review
IS “DEEP LEARNING” A REVOLUTION IN ARTIFICIAL INTELLIGENCE? - New Yorker

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坂和 敏

オンラインニュース編集者。慶應義塾大学文学部卒。大手流通企業で社会人生活をスタート、その後複数のネット系ベンチャーの創業などに関わった後、現在はオンラインニュース編集者。関心の対象は、日本の社会と産業、テクノロジーと経済・社会の変化、メディア(コンテンツ)ビジネス全般。

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