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豊かなイノベーションを支えるイスラエルの教育とは?

2017.12.18

Updated by Hitoshi Arai on 12月 18, 2017, 19:22 pm JST

なぜ、イスラエルで魅力的なイノベーションが次々に生まれるのだろうか? 困難に負けずに努力する文化、シリコンバレーのようなエコシステム、軍の寄与など、多くの理由が挙げられているが、そこに「教育」が果たす役割はないのだろうか?

ノーベル財団の公式サイトの「Nobel Prize Facts」によれば、2017年までのノーベル賞受賞者の合計は923名になる。公式リストはないが、Wikipediaの「ユダヤ人のノーベル賞受賞者」によれば、ユダヤ人の受賞者は全6分野の受賞合計で196名!なんと受賞者の21%を占める。ユダヤ人は世界の人口の0.2%以下でしかないにも関わらず、である。ちなみに受賞の内訳は、文学賞15、化学賞35、生理学・医学賞54、物理学賞54、平和賞9、経済学賞29である。

在日イスラエル大使館経済部上席商務官Assaf Marco氏
在日イスラエル大使館経済部上席商務官Assaf Marco氏

やはり、なにか独特の教育を子供の頃からしているのではないか、そんな疑問とともに、在日イスラエル大使館経済部上席商務官Assaf Marco氏にイスラエルの教育システムや大学、学生の生活などについて1時間ほど話を伺った。

その結果分かったことは、イスラエルの教育システムは日本とほとんど同じ、ということである。すべての子供は、3歳から幼稚園に行き、小学校に6年、中学校に3年、高等学校に3年学ぶ。こちらとしては、小学校低学年からコンピュータサイエンスを学ぶとか、兵役に直結した特別なプログラムがある、というような“いかにも”という回答を期待したのだが、残念ながら期待は裏切られた。

ごく普通にMinistry of Educationが定めた学習内容を学ぶ、ということで、教育システムという意味では特に変わったことはなかった。また、子供たちは自分の家が属する地域の学校に行くようだ。この点も学区制の日本と全く同じである。

ただし、小中学校が義務教育の日本と異なり、イスラエルでは3歳から18歳までが Free and Mandatory Education by law であり、幼稚園も高校も義務教育である。公立であれば授業料は無償というところも似ているが、幼稚園も無償であり、さらにこの3歳からという無償化の基準を0歳からにすべく法律改正を準備しているようだ。

この、義務教育期間の授業料無償の目的は、子供自身の教育のため、というよりもむしろ「子供の両親がフルタイムで十分働けるように経済的な支援をする」ことにある。能力のある若者(特に女性)が子供の心配をせずに働けるのだとすれば、経済発展にも大きな意義があるだろう。

ちなみに幼児の場合、保育園のような仕組みはあまりポピュラーではないらしく、Nanny(乳母)を雇うそうだ。決して安価ではなく、リタイアした老人の良いアルバイトである、とのことで、ニーズとシーズが一致している。現在はこの費用については、銀行が若い両親にお金を貸すそうである。法改正によって、これについても国の補助が得られるのであれば、若い両親は助かるに違いない。

人口が860万人という規模の国だからできることなのかもしれないが、国を発展させること、国を強くすることが至上命題の国なので、子供を生むこと・育てること自体がとても大切にされる。一家庭に子供の数が3人、4人、は当たり前だ。そういった皆の意識が背景にあってでき上がっている仕組みのように感じた。

では、本当に日本と何の差もないのだろうか? 実は、Assaf氏の話しの中で気付いたことが3点あった。

1点目は民族の「多様性」である。イスラエルは常に移民(海外に暮らすユダヤ人の帰国)を受け入れている。近年では、ロシアやエチオピアから大量の移民を受け入れたそうで、彼等の文化や言語も入ってくる。また、アラブ人が多く住む地域もある。このようなエリアでは、日常の生活はアラビア語やロシア語が使われる。

しかし、学校の授業はヘブライ語で行われるので、移民は義務としてヘブライ語を学ばねばならない。また、英語も義務として学ぶ。つまり、文化や言語という意味では、イスラエルという国は「メルティングポット」であり、学校の中も同様である。彼らは子供の頃から「ダイバーシティ」に自然と接している。これは、日本と大きく異なる点である。

2点目は「兵役」である。高校を卒業すると、男子は3年、女子は2年の兵役につく。この時に「試験」があるそうだ。単に兵役と言っても、エリート部隊、コマンド部隊に従軍するためには、それなりの資質が求められる。試験にパスして適性を認められなければ、コンバットユニットやサポーティングユニットに従事することになる(無論それが悪いということではなく、最初からコンバットユニットを希望する学生も多いらしい)。サイバーセキュリティの分野で有名な8200部隊もエリートである。

イスラエルでは、履歴書に「兵役時にどのユニットにいたか」を書く欄があるようだ。ここに、エリート部隊に所属していた、と書けるのであれば、大学卒業後は引く手あまたで一生仕事には困らない。意欲のある若者にとっては、試験にパスしエリート部隊に行くことは、「目標」や「プライド」でもあるのだろう。

ただし試験といっても、日本の受験のように知識を詰め込むものではない。Assaf氏によれば、Physical Shape, Psycho Technical Test, Interviewに加えて学校の成績を見るそうだ。つまり、単にある科目の勉強がよくできる、というだけではなく、心身のバランスを鍛えることが重要なようだ。この点も、歴史の丸暗記のような日本の受験勉強に努力する高校生、とはかなり異なるのではないだろうか。

また、軍の中の研究開発機関では、豊かなリソースを元に多くの技術開発をする。そこで働いた者は、その成果・技術を持って起業することが奨励されている。Assaf氏は技術のSpill Overと言っていたが、これもエリート部隊を目指すインセンティブの一つと考えられる。

3点目は「兵役後」である。ほとんど100%の若者が、兵役を終えると1年間世界旅行をして、その後に大学進学するそうだ。「ディアスポラ」の歴史の中で、ユダヤ人は世界中に離散している。どの国を旅しても、彼等を迎え情報提供等で支えてくれるユダヤ人がいるようだ。そういった背景があった上での、大学進学前の1年間の世界旅行の意味は大きいように感じた。

大学という高等教育機関で専門を学ぶ前に、自らの目で世界の異文化、様々な現実を見ておく、というのは何を学ぶ上でも有益だろう。2ないし3年の実戦的訓練を受け、かつ1年間世界を見て回ることで、自分が何をしたいのか、何ができるのか、という目的意識が明確になって大学に進むのではないだろうか? とすれば、モラトリアムで4年間を過ごす日本の大学生とは大きく異なってくる。

新しい発明や発見は、往々にして異質な才能のぶつかり合いから生まれる、と言われる。小学校、中学校、高等学校、大学という教育のシステムは同じだが、その過程で、若者たちに「多様性を育む環境や経験」を与えるイスラエルという場自体にイノベーションを起こす秘密があるように感じた。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu