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「データ」からスタートしたイスラエルのディジタルヘルス

2018.08.08

Updated by Hitoshi Arai on August 8, 2018, 11:51 am UTC

7月31日に、沖電気工業株式会社と一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)の共催で、「イスラエル ディジタルヘルスケアイノベーション最前線セミナー」というイベントが開催された。

6月28日の記事「『イスラエル×デジタルヘルス』スタートアップ10社がイベントに登場」でもディジタルヘルスの具体的事例を紹介したが、今回はイスラエルのディジタルヘルス分野のエコシステムを作り上げたキーパーソンを招いていた。

急激な高齢化など課題先進国である日本が、ヘルスケア分野でディジタル技術を応用し新たな産業を興したい、そのために先進的取り組みをしているイスラエルからキーパーソンに来てもらい、個別技術ではなく「エコシステムの全体像」を紹介してもらい共創の可能性を探る、という狙いである。

図らずも、日本側、イスラエル側のプレゼンテーションやパネルディスカッションでの議論を通して「日本の取り組みの課題」が明確に見えてしまったので、その点を中心に報告する。

参加者は、日本側は

一般社団法人Japan Innovation Network(JIN) 専務理事 西口尚宏氏

沖電気工業株式会社 執行役員 Chief Innovation Officer 横田俊之氏

経済産業省 ヘルスケア産業課課長 西川和見氏

沖電気工業株式会社 経営基盤本部イノベーション推進部長 大武元康氏

イスラエル側は、

イスラエル大使館経済部 経済公使 Noa Asher氏

イスラエル政府保健省 Chief Information Officer(CIO) Shira Lev-Ami氏

Center for Digital Innovation(CDI)創設者&CEO Boaz Gur-Lavie氏

Sheba Innovation Center所長 Nathalie Bloch氏

aMoon 創設者&マネージングパートナー Yair Schindel氏

であった。

データを収集し、共有するための基盤を作る

まず、イスラエルがディジタルヘルスについてどのような取り組みをしてきたかについてShira Lev-Ami氏が詳細に解説した。一言でいえば「データを収集し、共有してきた」という何年にもわたる地道な努力である。

▼データ・オリエンテッドなアプローチ
データ・オリエンテッドなアプローチ

対応可能な地域の病院から患者のデータを収集・蓄積することから始めて、それを全国に横展開し病院間で共有するようにした。現在では、患者がどの病院に行っても自分のカルテ、データを元に診療を受けることができるようになった。無論、プライバシーやセキュリティーは考慮している。

さらに、該当データを研究機関とも共有することで、新しい技術やビジネスも生まれるようになったという。この戦略を作り、具体的に実行してきたのがShira Lev-Ami氏本人である。Shira氏主導で、政府としてやってきたことは、

・データへのアクス環境の整備とデータ保護
・ヘルスケア・サービス事業者にとっての障壁の除去
・上記を支えるインフラの整備

の3点である。とても示唆に富むメッセージだったが、中でも「ヘルスケア・サービス事業者にとっての障壁の除去」が重要である。それは、ヘルスケアサービスを提供したり、新たな技術・サービス開発をする人たちのために、

・データアクセスや活用をする人たちへインセンティブを与える仕組み
・規制緩和
・長期間データを収集できる場所・仕組み

を作り推進したという点だ。こういう環境を整えることで、新たな挑戦者・参入者への障壁を取り除き、思う存分チャレンジできる環境を用意したのだ。

その結果、例えばBoaz氏が紹介した「Center for Digital Innovation(CDI)」では、高齢者の「QOL(Quality of Life)」を改善することを目的にした様々な取り組みを行っている。CDIのラボの中に現実の「家」があり、高齢者に実際にそこで生活をしてもらう。そこで様々なデータ(例えば転倒など)を取得しデータ化する。

そのデータを活用して、家族やケアサービスを提供する企業やコミュニティが利用できるプラットフォームを開発・提供している。

▼ケアサービスのためのプラットフォームを開発
ケアサービスのためのプラットフォームを開発

Nathalie氏の「Sheba Medical Center」(イスラエル最大の病院) でも、イノベーションセンターを作った。一つの建物の中にフロアごとに異なる4カテゴリーの組織が集まり、コラボレーションをしている。その4カテゴリーは、

1階)病院内部の医者を中心とする研究チーム。
2階)外部の企業。医療に限らずFintechの企業等も参加し、そのプラットフォームを医療に応用することを研究する。
3階)GoogleやDeloitte、Novartisなどの戦略パートナー。
4階)アカデミー。これも医療関係だけではなく、MBAプログラムからも参加がある。

これらのプレーヤーがフロアを縦断するようなコラボレーションをしている。例えば、医者はどうしても新しい技術には保守的になる。しかし、外部の企業や研究者との協力で、その課題を具体的に解決でき、新しい挑戦が可能になるという。

Nathalie氏が強調していたのは、「Design Thinking」という考え方だ。個々の技術課題をミクロに捉えるのではなく、よりマクロに戦略的に考えてプロジェクトを遂行するということであろう。異なるセグメントのプレーヤーが一つ屋根の下で共創にチャレンジするときのキーワードである。

▼すべてのプレーヤーが集まるイノベーションセンター
すべてのプレーヤーが集まるイノベーションセンター

そして、このような取り組みを支える投資家である。Yair氏が率いるaMoonはヘブライ語でTrustという意味だそうだが、ヘルスケア分野の専門家が集まり、多くのスタートアップを支援している。

イスラエル国民の中央年齢(上世代と下の世代の人口がちょうど同じになる年齢)は30.1歳である。日本とは程遠い社会なのだ。それでもイスラエルは、いずれ自らが日本のようになるときのために、また、世界が必ず直面するであろう問題に対するビジネスチャンスとして、何年も前からディジタルヘルスに取り組んでいるのである。

日本では「データ整備」を誰がどう進めるのか?

一方の日本側からの発表だが、経産省からは「高齢化を前向きにビジネスチャンスとして捉えよう」「薬や機器を提供する従来のモデルから、サービスを含めたソリューション提供のビジネスモデルへの転換を推進する」という方向性の提示があった。

沖電気は、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の実現を事業として進めるという戦略の下、歩行異常をセンシングして健康支援サービスを提供するという具体的な開発例をトリガーとして、様々な共創パートナーとの取り組みを進めるプロジェクトを紹介した。

JINは、先のCDIと組んだCDIジャパンという協業モデルを作った。イスラエルとの協力を実現するための枠組みである。

このように、どれも「新たな仕組み」を作るという宣言とそこへの参画要請であった。無論、新たな仕組みの下に挑戦することは悪いことではない。しかし、イスラエルのようなディジタル・ソリューションを実現するために必要な「データの取得、蓄積、プライバシー問題を乗り越えたデータの共用化」という地道な仕事は誰が進めるのだろうか? データの蓄積は基盤というべきものだけに、その点についての具体的アプローチが見えない点が気になった。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu