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【T-QARDの挑戦】東北大学と東京工業大学の間で連携協定が結ばれる

Tohoku Unversity and Tokyo Tech signed research partnership agreement

2018.09.07

Updated by Masayuki Ohzeki on September 7, 2018, 10:00 am JST

東北大学では2017年10月より量子アニーリング研究開発センター(T-QARD:Tohoku university Quantum Annealing and Research Development)を立ち上げ、国内における量子アニーリング研究の応用研究開発を支援する体制を築いてきた。

その一つの結実ともなるのが2018年7月18日に結ばれた「東北大学と東京工業大学の連携協定」である。

東北大学のプレスリリース、東京工業大学のプレスリリースがそれぞれ紹介するように「量子アニーリング」と呼ばれる量子力学を利用した技術、またそれを実装した装置を用いた研究を行うこと、そのための人材育成を拡充すること、人的交流を含む研究活動の連携が行われること、となった。

二つの指定国立大学法人が手を取り合って研究活動を進めるという意味でも重要な研究活動が始まった。

量子アニーリングと呼ばれる技術は、東京工業大学の西森秀稔教授が当時の大学院生・門脇正史氏と共に1998年に提案したもので、「組合せ最適化問題」を解く汎用的解法として提案された。

汎用的解法であるため、様々な形の問題を同様の手法で取り扱えるという意味で、応用がしやすい方法となる。ただし、解くためには時間がかかるというデメリットも同時に持ち合わせる。

提案当初は理論的に正しく解を得ることができるのか、どういうメカニズムで正しい解答に行き着くのか、量子力学を利用することにより、他の多様な物理的現象との関係性について議論が繰り広げられた。

理論的な提案に基づく多くの手法は、そのまま埋もれていってしまうものである。しかし状況が一変する事件が起こる。

2011年、カナダにあるベンチャー企業D-Wave Systems社がその量子アニーリングを実装したマシンの開発に成功、商用販売を開始した。

続いて2013年NASAとGoogleらが共同でD-Wave Systemsが開発したマシンを設置して利用を開始したあたりから、一般の人々にも徐々に名が知られることとなった。2015年には契約期間延長を行い7年、つまり2020年まで利用を続け、研究開発を推進していくことが報じられた。ロスアラモス国立研究所も続いて導入を決めた。

その辺りから量子アニーリングと呼ばれる技術が実社会への応用・普及へと繋がる歩みを始めた。

2017年にはVolks Wagenが交通量の最適化において、量子アニーリングを適用した研究成果が発表されて、自動車、流通やモビリティ・サービスに関係する企業の関心が高まっていった。

日本においても株式会社デンソーが、量子アニーリングに関する研究開発を東北大学・早稲田大学と共に進めている。

またいち早くリクルートコミュニケーションズが量子アニーリングの可能性について研究開発を推進して、世界に比肩する研究成果を発表している。

 

東北大学では、そうした研究の盛り上がりを受け、またJST START事業(プロジェクト支援型)「量子アニーリングで加速する最適化技術の実用化」の支援の下、2017年10月より量子アニーリング研究開発センター(Tohoku university Quantum Research and Development: T-QARD)を立ち上げた。幅広く様々な分野における量子アニーリングの応用開発を目的とした研究活動を展開した。

いち早く成果として上がった例は、「津波等災害避難時における量子アニーリングの活用」である。

(左)避難時の経路選択。(右)D-Waveマシンによる最適化された経路選択

左の図が従来のポリシーで避難をした場合である。赤い線が右上の方に見られるが交通量が多くなってしまっていることを示している。

それに対して右の図は、量子アニーリングを用いて「20μs」で算出した最適化避難経路の選択を行なった例である。

20台と少ない車についての組合せ最適化問題を解いているに過ぎないため、実用的にはどうなのか、と見る向きもあるだろう。現在ではさらに多くの車を同時に扱い、また大規模な問題を分割することで順次量子アニーリングを実行する、などの方法で現実的な状況に対応ができるように改良が加えられている。

こうした地域独自の活用例もさることながら、企業との共同研究における研究成果についても公開していく準備が整いつつある。

2018年9月に開催されるQubits North Americaでは、そのいくつかの応用事例が報告される。

こうした東北大学の取り組みに呼応して、量子アニーリングの生みの親である東京工業大学の西森秀稔教授率いる量子コンピューティング研究ユニットと連携し、彼らが理論的に提案・性能評価を行なった新規手法に基づき、応用研究に即座に取り入れることを目指している。

 

さて、量子アニーリングの話をもう少しだけしておこう。

汎用的解法として提案がされたため、時間のかかる方法と先ほど申し上げた通りだ。

しかし一方で「20μs」で最適な避難経路の選択を行なったという話もあった。意外と早いのではないか?そう思った読者もいるかもしれない。

これはD-Wave Systems社が開発した量子アニーリングを実行するマシンの能力の限界と関係する。

量子力学の性質を利用して、「0」と「1」の重ね合わせ状態を利用するというのが量子アニーリングの実装の鍵となる。

量子アニーリングでは、組合せ最適化問題を扱うために「0」と「1」を利用した問題の定式化、プログラムを行う必要がある。通常の数値はそのまま扱えず、うまくこの「0」と「1」による記述に翻訳をしてやる必要があり、そこは専門的知識が生きる舞台となる。とはいえ、その理解には難しい数学が必要となるわけではないため、学生を始め比較的初心者の参入を妨げないのだ。

次はこの「0」と「1」のどちらが良いのか、最適な選択をさせる必要があるが、それを自然現象に任せて解くのが量子アニーリングだ。

その際に「0」と「1」の両者の可能性を取り上げてもらうために重ね合わせ状態を用意して、最終的にどちらが良いのか、選択させるという方法となる。

それが理屈だが、しかし実際にやって見るとそんなにうまくいかない。

量子アニーリングを実行するマシンにそれをさせて見ると、重ね合わせの状態を維持することのできるシンデレラタイムは非常に短い時間であり、その時間の範囲内で組合せ最適化問題を解くメカニズムが機能しないということになる。

そのため数十μsの範囲で終える必要がある。

その短い時間の間に、組合せ最適化問題の解答が正しく得られているのか、というと問題によってうまくいかないことがある。

むしろほとんどの場合では、うまくいかない。

それで諦めるのか。使えないマシンだな、として切り捨てるのは勝手だ。それはそれで正しい。

しかし、この短い時間でとりあえずの解答が得られて、その解答を利用して、さらなる計算処理を経て有効な結果とすることができる。しかも一つの出力結果を出すのに数十μsであれば1000回ほど連続で解き直しをさせて、様々な解のパターンを出力させることができるため、組合せ最適化問題への活用以外にも機械学習や確率的サンプリングなど他の活路を見出すこともできる。

使って見ると非常によくできたシステムであることも実感できる。

これは量子アニーリングそのものよりも、それを実装したD-Wave Systems社のエンジニアのパワーと哲学に対する感動であり、使ったものにしかわからない。

その使ったものにしかわからない、本当の実力を本連載では紹介したい。

しばらく日の空いた連載であったが、「T-QARDの挑戦」として再始動する。しばらくお付き合いいただきたい。

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大関 真之(おおぜき・まさゆき)

1982年東京生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て2016年10月から東北大学大学院情報科学研究科応用情報科学専攻准教授。非常に複雑な多数の要素間の関係や集団としての性質を明らかにする統計力学と呼ばれる学問体系を切り口として、機械学習を始めとする現代のキーテクノロジーを独自の表現で理解して、広く社会に普及させることを目指している。大量の情報から本質的な部分を抽出する、または少数の情報から満足のいく精度で背後にある構造を明らかにすることができる「スパースモデリング」や、次世代コンピュータとして期待される量子コンピュータ、とりわけ「量子アニーリング」形式に関する研究活動を展開している。平成28年度文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。近著に「機械学習入門-ボルツマン機械学習から深層学習まで-」、「量子コンピュータが人工知能を加速する」(共著)がある。

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