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東京オリンピックを守るために ISDEF Japan 2018 (1)大規模イベントとインテリジェンス

東京オリンピックを守るために ISDEF Japan 2018 (1)大規模イベントとインテリジェンス

2018.09.06

Updated by Hitoshi Arai on September 6, 2018, 11:51 am JST

2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、開催期間中に累計で1564万人の来場者があると予測されている(「【まとめ】東京オリンピックが与える経済効果を予想している数値データ」)。これは、現状の東京の昼間人口にほぼ匹敵する数値であり、オリンピック・パラリンピックの期間は東京の人口が倍増することを意味する。

このような大規模イベントを運営する主催者側にとっては、人々の安全をいかに守るかという「セキュリティ」は大きな関心事である。HLS(ホームランド・セキュリティ)、大規模イベント保護、カウンターテロリズムの分野で最新技術と優れたノウハウを持つイスラエルの企業と政府は、これをビジネスチャンスと捉え、ISDEF(Israel Defense & HLS Expo)を川崎市で開催した。

このイベントは、以前紹介したCyberTechのようにイスラエルや各国で定期的に開催されてきたものではない。隔年で秋にテルアビブで開催されてきているHLSという名前のイベントがあるが、この分野のイベントとしては規模は大きいものの、あくまでイスラエル国内のイベントであった。

ISDEFは、グローバルで開催することを目的としている。2017年にはモスクワで開催され、今回の日本は、イスラエル国外開催の2回目となる。通常、この種のイベントは東京ビッグサイトや東京国際フォーラムといったメジャーな会場が選ばれることが多いが、今回は川崎市の「とどろきアリーナ」で開催された。

とどろきアリーナは、JR東日本と東急の2社5路線が乗り入れる武蔵小杉駅からさらにバスに乗る、という展示会場としては交通の便が良くない場所にあり、しかも本来はスポーツ施設である。しかし、「東京オリンピックを守る」というコンセプトを打ち出すために、敢えてこのスポーツイベント会場が選ばれたようだ。

本イベントについては、TVニュースやWebニュースでも報道されたようだが、当日は市民団体数十名がとどろきアリーナ前に集まり、「武器の見本市反対」「金になればどんな商売をしてもよいのか」などの声を上げていた。

展示会に参加した企業は、事前配布資料によれば、イスラエルから33社、日本8社、英国2社、エストニア、イタリア、カナダ各1社の合計46社だが、当日数えたら合計53となっていた。また、会場の一部のスペースでは展示参加企業やゲストによる講演が行われた。参加希望者は事前登録が必要であり、主催者側が許可した者だけが参加することができる。

このように展示社数や参加者数が決して多いとはいえないイベントではあるが、興味本位ではなく本当に技術や製品を求めている人々が集まったということでもあり、主催者・参加者の双方にとって意味のあるイベントとなっていたと感じられた。

講演と展示から、特に興味深かったものを何回かに分けて紹介する。

新旧二つのアプローチで大規模イベントを守る

初日にオープニング・セレモニーが開催された後、イスラエルのIDEAL-HLS Group創業者であるHaim Tomer氏による"Actionable Intelligence for Mass-Events"というテーマの講演が行われた。

この企業は、モサド出身者3名(警備責任者、技術責任者、情報収集分析とテロ対策責任者、それぞれ将軍クラス)により創設された情報収集分析とそれに基づく対策に関するトップレベルの専門家集団である。

実際に、ロンドン・オリンピックでのインテリジェンス収集と対策ソリューションの提供もしたという。Tomer氏によれば、この種の大規模イベントでは新旧二つのチャレンジがある、という。

▼写真1 古典的なチャレンジ
写真1 古典的なチャレンジ

▼写真2 新たなチャレンジ
写真2 新たなチャレンジ

写真1に示されているように、古典的なチャレンジは、

Global Village
Information Flood
Web & Cellular
Complex Source Index
The Flow

の5点である。

最初のGlobal Villageは、オリンピックでは様々な言語/文化の人が世界中から集まる、という課題である。重要なのは言語の相違だけではなく、各国での法環境が異なることを理解する必要があるという点だ。日本人は「他者も同じ」と考えがちな場合もあるが、「違いに気が付かない」ことが根本的なリスクとなる。

Information Floodは、大規模イベントでは情報過多の状態になるため、その中からどうやって必要な情報を抽出するか、という課題である。Web & Cellularは、ネット環境である。害のない膨大な情報の中に有害な情報が隠れており、それを探し出さねばならない。そのためには、それなりの経験とスキルを必要とする。

Complex Source Indexとは、情報源である。多様化している情報ソースから目的とするものを選び出すためには、情報にインデックスをつけなければならない。インデックスの付け方を間違えると、見つけるべきものが見つからなくなる。最後のThe Flowは、情報の流れの中で必要なものをを最適なタイミングで取得・活用するにはどうするか、という点である。タイミングを逃してはせっかくの情報も意味がなくなる。

写真2の新たなチャレンジとは、

Cyber-Attacks
Deep/Dark Net
Modern Terror
Drones
Anarchists

である。

これらの5点については、今回の展示でも様々なソリューションが見られたが、Tomer氏自身は、この新旧を比較したときに、新よりも旧のほうがより重要だと語っていた。新たなチャレンジは、中味は複雑であるにせよ、比較的技術的ソリューションが存在するものもある。一方、古典的なチャレンジの方は、技術的対策というより、時間のかかる経験の蓄積・ノウハウに基づく要素が大きいのである。

新たなチャレンジの中で一点言及するとすれば、最後のAnarchistsかもしれない。その言葉から想像される過激な活動家ではなく、今回のイベントの会場入り口で声を上げていたような市民グループだとしても、大規模イベントの場で自己主張を始めたときに、一定の混乱を引き起こすリスクがあるという。そのようなリスク回避のためにも、インテリジェンス対策は重要なのだ。

インテリジェンスを活用するサイクルとは?

Tomer氏は、写真3のチャートでインテリジェンスを活用するサイクルを説明した。オリンピックのような大規模イベントを安全に運用するためには、インテリジェンスの収集、解析、プロファイリング、脅威の特定、(誰が、何時、どこで、の3Wを明確にした)早期の警告、予測というサイクルを上手く回す必要がある。このインテリジェンス・サイクルの各フェーズでの「仕事のやりかた(modus operandi)」やソリューションの具体的な解説もあった。効果的に「警告」を発するための、重み付けの考え方も紹介された。

▼写真3 インテリジェンス・サイクル
写真3 インテリジェンス・サイクル

展示会場でも、インテリジェンス・サービスを提供する Kela Group、Magen、IntSightといった企業の展示があった。それぞれが独自の手法で Clear Web / Deep Web / Dark Web の中から顧客である企業などに影響する脅威情報を調査・分析するサービス、ツールを提供している。講師のTomer氏がいう、膨大な情報にインデックスをつけ、その中からターゲットとするものを見つけ出すサービスである。

これらのツール、サービスを上手く使いこなす事ができれば、自分たちに関する脅威を把握し、インシデント発生前に必要となる対策を講じることが可能となる。

日本も第二次世界大戦以前は、軍と国が諜報活動に力を入れていたという。しかし、敗戦後は、武力の放棄とともにインテリジェンス(諜報)能力も手放してきたという歴史がある。しかしインテリジェンスは、必ずしも戦争/武力行使のために必要なわけではなく、平和時の外交活動にとっても鍵となるものだ。国際社会での中国、北朝鮮、米国などのしたたかな動きは、インテリジェンス活動が背景にあることを理解する必要がある。

戦後70年という長い期間を平和に暮らしてきた今の日本は、残念ながらインテリジェンス能力は高いとはいえないだろう。一方、本イベントの主催者であるイスラエルは、建国以来70年間、常に政治的、あるいは宗教的な紛争・対立に直面してきた。その中で磨いてきたインテリジェンス能力は第一級だ。

オリンピックをビジネスチャンスとして見ている彼らだが、我々にはできないことができる、無いものを持っているのであれば、その力を上手く利用するのも一つの解である、といえるだろう。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu