WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

第2回 通信事業者の「テクニカルサポート自動化」の実例

第2回 通信事業者の「テクニカルサポート自動化」の実例

AI for Network Operations

2018.11.13

Updated by Takashi Kokubo on November 13, 2018, 16:49 pm JST

連載の第1回「通信の自動化とは何か」では、どういった目的で通信事業者が運用の自動化やAI導入を目指すのか、「効率化」「品質の平準化」「高度化」の三つを挙げて簡単に説明しました。第1回目の掲載直後に、たまたまNTTドコモの料金値下げ予定の発表がありましたが、料金値下げを起因とする売上の減少に対して少しでも利益を増やすため、日本の通信業界においてもさらなるコスト削減、すなわち「効率化」を目的とする自動化への期待がますます強くなることが予想されます。

さて、今回はTupl(トゥプル)が商用ソリューションとして実現している自動化の実例を紹介します。読者の皆さんが必ずしも通信業界に在籍しているわけではないので、この自社事例から少しでも通信事業者の運用業務やその自動化の具体的イメージをつかんでもらえればと思っています。なお、今年2月にTuplが米国の移動体通信事業者であるT-MobileにAI技術を導入したというニュースリリースを発表しておりますが、本事例はその中で実現されている運用自動化になります。

Tuplニュースリリース(2018/2/14):T-Mobile USがTuplのAI技術を導入

まず、自動化の対象となっている運用業務は「お客様問合せに対するテクニカルサポート」になります。この業務と関連する運用フローを簡単に以下に図で示します。
従来は、お客様問合せをコールセンターの一次受付窓口のオペレータが受けた際、即座に回答することが難しい技術的な問合せについてはテクニカルサポート部隊に調査依頼が出され、テレコムエンジニアが時間をかけて問合せの原因を調査していました。そして後日、テクニカルサポート部隊のフィードバックに応じてお客様に回答するという運用になっていました(左側のフロー)。

第2回 通信事業者の「テクニカルサポート自動化」の実例

このテクニカルサポート部隊の調査業務を自動化するのが、Tuplが提案しているACCR(Automatic Customer Complaint Resolution - お客様苦情の自動解決)ソリューションになります。右側にソリューション導入後のフローを示しますが、一次受付オペレータがお客様問合せをシステムに入力すると、テクニカルサポート部隊に代わって、ACCRソリューションが自動的にお客様問合せの原因を調査し、その原因に応じてお客様へどのように回答すべきかを一次受付オペレータに対して返信します。この「お客様問合せの原因分析」の部分で実際にAIが活用されています。

ただし、皆さんもご存じの通りAIは100%完璧に人間と同じレベルの分析を実現できるわけではありません。現状はACCRソリューションが受け取ったお客様問合せのうち、ソリューション単独で原因分析とお客様への回答案の作成が行われているものは、問合せの8〜9割になります。なお、人手を全く必要としないこのような自動化はClosed-loop Automationと呼ばれます。

一方、ソリューションだけでは分析・自動化しきれない1〜2割のより複雑な問合せについては、これまでと同様にテレコムエンジニアによるマニュアルの分析作業が必要となっています。つまり、自動化を導入するからといって、対象業務が100%全てClosed-loop Automation化されるわけではありません。引き続きエンジニアが必要となる(別の言い方をするとエンジニアはより高度な業務に集中できる)という点は自動化・AI導入の現実として覚えておいていただければと思います。

次に、この「テクニカルサポート業務の自動化」による効果について整理したいと思います。すぐに思いつくのは、最初にも記載した「効率化」の実現です。9割近くの業務が自動化されることで、テクニカルサポート部隊の人数を大きく減らすことが可能となります。実際にある通信事業者のケースではチーム規模が2割程度まで小さくなったと聞いています。

さらに興味深いこととして、「高度化」に位置付けられる二つの効果も表れています。一つはシステム化による処理スピードの「高速化」によって、お客様へより早く回答できるようになったという点です。従来は回答に数日かかるのも当たり前だったのですが、今では基本的に数時間でお客様へ回答できるようになりました。

もう一つの効果は、回答の「品質の向上」です。実はソリューション導入前は、多くの問合せに対して原因不明という状況が発生していました。人間がマニュアル作業でいくつものデータを確認するため、どうしても見落としなどにより最終的な原因の判断が難しいケースが多々発生していました。そのような場合、お客様へは謝罪するしかなく、お客様の不満は解消されないままとなります。その作業がシステムとして正確かつ網羅的に分析・判断されることで、原因不明の割合を大きく下げることができました。

当初は「効率化」を主目的として導入されたソリューションではありますが、この二つの「高度化」の効果は間違いなくお客様満足度を向上させるものであり、通信事業者からは収益貢献へも寄与するソリューションとして評価されています。

最後に、自動化を実現するためのACCRソリューションの処理手順を簡単に記載します。

1. 一次受付オペレータからお客様の問合せを受信
2. 問合せしたお客様の過去の通信状況から実際の問題発生時間・場所を推定
3. その推定時間のお客様の通信と関連した情報を横断的に収集
4. 収集した情報をAIが判断するための特徴量に変換
5. AIが原因を分析
6. テンプレートに基づいてお客様回答案を作成し、一次受付オペレータに通知

このうち、2番目、3番目が通信ならではの処理と考えています。お客様がコールセンターに問合せするタイミングは問題が発生した後であることがほとんどのため、「何時何分」に「どこで」問題に直面したかを通信履歴などから推定する必要があります(2番目)。その上で、以下に示すイメージのように、多岐に分散したデータソースからお客様の通信と関連する情報を収集・整理することになります(3番目)。

第2回 通信事業者の「テクニカルサポート自動化」の実例

コールセンターとAIの組み合わせは、チャットボット・音声認識によるコミュニケーション・インタフェース向上をはじめとして、他業界においても多くの事例を見つけることができると思います。ただ、私が確認した限りでは、問合せ原因を調査するために上記のような多くのデータソースを横断的に分析するというケースは見当たりません。今後も触れていくつもりですが、この「多くのデータソースから情報収集する必要がある」というのは、通信事業者の運用自動化で大切なポイントになります。

今回は通信事業者の運用自動化の事例として、TuplのソリューションACCRによる「テクニカルサポート業務の自動化」について説明しました。この事例に関しては、今回触れなかったものの自動化の参考となる要素がまだありますので、今後のテーマに応じて改めて深堀りしたいと思います。

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

小久保 卓(こくぼ・たかし)

TUPL ジャパン・カントリー・マネージャー。NTTドコモにてネットワーク装置開発や経営企画に従事後、2009年に外資通信機器ベンダーであるノキアシーメンスネットワークス(現ノキアソリューションズ&ネットワークス)へ転職。ノキアでは日本の事業戦略統括やフィンランド本社での事業分析責任者を歴任。2017年2月より現職。2001年京都大学情報学研究科社会情報学専攻修了。