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インド カレー 調理 イメージ

4)インドカレーとしての「ぶり大根」

2019.04.09

Updated by Toshimasa TANABE on April 9, 2019, 11:18 am JST

師匠のメヘラ・ハリオム氏は、定期的にインド料理教室を開催しているが、2019年3月上旬のレッスンのお題は「ぶり大根」だった。文字通り「ぶり」と「大根」を使ったインドカレーである。素材は和であっても、スパイシーな紛れもないインドカレーができ上がるのであった。

南インドのカレーでは、魚を使うことも珍しくはないが、北インドは海から遠いうえに暑いということもあり、特に海の魚はあまり流通していない。その地の食文化として、日常的に魚を食べるわけではなく、ぶりはインドにはない魚だという。

大根やカブはインドカレーでもお馴染みの食材で、鶏肉と組み合わせたり単独でサブジ(ドライなカレー)にしたりするが、ぶりと大根のカレーとなると、日本の食材を生かしたハリオム氏オリジナルのカレーと言えるだろう。

ぶりは、刺身用のサクをぶりしゃぶよりは厚切り、くらいにスライスして使う。照り焼きなどに使う切り身を使う場合は、食べやすい大きさに切った方が良いだろう。和食のアラ煮のように濃厚な汁でしっかり煮込んで骨の際をほじくり出して食べるのではなく、ぶりの身の「煮え端」の美味さを味わうのが狙いだ。

大根は、ちょっと厚めのいちょう切り。厚さは、好みもあるだろうし、どのくらい大根に味を沁みこませて柔らかくするかにもよるだろう。時間をかけられるなら、厚めに切ってぶりを入れる前にちょっと時間をかけて煮込むと、カレーの味が沁みこんでいながら大根本来の甘みがとても良く分かる、という「おでん」のような味わいに仕上げられる。一方、薄く切る場合は、シャキっとした歯ごたえにカレーの味わい、という感じになる。

作り方は、ざっとこんな感じだ(分量などを含む詳細レシピは別途紹介の予定)。

・マスタードオイルを熱してオイル自体の辛味をある程度飛ばす
・火を弱めてホールスパイス(後述)を加えて香りを出す
・ニンニクのスライスを加えて火を通す
・ショウガのスライスを投入
・大根を投入
・玉ねぎ(大き目のみじん切り)を投入
・パウダースパイス(後述)と塩を加えて全体が馴染むように炒める
・粗みじんに切ったトマトを投入
・水を加えて大根に火が入るまで煮込む
・大根が好みの加減になったら、ぶり(事前にレモン汁を全体に馴染ませておく)を加える
・ぶりに火が通ったら完成

ホールスパイスは、クミンシード、マスタードシード、カロンジ、フェヌグリーク、カレーリーフなど。魚の味わいを殺さないようにあまり強くないスパイスの組み合わせにしている。マスタードオイルを使うことと、魚を使う南インドを意識してマスタードシードが入っているのが特徴だ。

パウダースパイスは、パプリカ、ターメリック、カイエンペッパーという基本の3種類である。今回はマスタードオイルの辛味があるので、カイエンペッパーの量は控えめだった。また、ガラムマサラは、今回は使わない。

ショウガやニンニクは、みじん切りやすりおろしではなくスライスにしていたのもポイントだろう。特にショウガを後入れにして、その風味を最後まで残すのが、でき上がりの味わいに影響する。

もう一つのポイントは、大きめ(1センチ角程度)のみじん切りにした玉ねぎの投入タイミングだろうか。きつね色になるまで炒めたりしないのである。玉ねぎが透き通ってきたらトマトと水を加える。でき上がりの状態で玉ねぎが煮融けていなくて、食感と甘みを感じられるようにするためだ。今回の場合、玉ねぎをスライスにしても良さそうだが、さらっとしたカレーの中でメインの食材であるぶりや大根が、玉ねぎの繊維が絡まることなく明確に感じられる方が良いように思う。

トマトを使ったインドカレーのベースソースは、トマトと玉ねぎの旨み、甘み、酸味が基本的な要素となるが、今回のぶり大根では、ぶりから出る出汁と身の味わい、大根の甘みなどを生かすために、トマトと玉ねぎは分量も少なめで、縁の下の力持ち的な役割になっている。

レッスン後の試食で感じたのは「これはライス、というより“ご飯”に抜群に合うインドカレーではないか!?」であった。特にぶりの存在感と、それを生かすスパイス使いの妙を実感することができた。

実は、この日のレッスンは、このぶり大根とともに「アルムリ」がもう一つのお題だった。アルはジャガイモ、ムリは大根の意味で、大根とジャガイモのカレーだ。敢えてそうしたのだろうが、ぶり大根とアルムリで使うスパイスがまったく同じだったのである。

同じスパイス、ほぼ同じ調理工程で作った、ぶりと大根、ジャガイモと大根という二つのカレーを食べ比べてみると、素材を一つ入れ替えるだけで「同じスパイスなのにこうも味が違うのか」ということがとても良く分かる。

また、今回のレッスンを受けていて感じたのは、「これならイワシでもイケるのではないか?」だった。和食のイワシの生姜煮、あるいは梅煮などはもちろんのこと、イタリアンでもイワシのトマト煮はポピュラーなメニューだ。ショウガとスパイスの効いたサラッとしたカレーソースにイワシ、というのは悪くない気がする。生臭さをどう抑えるか、という点がポイントだろうか。今回は、とてもフレッシュなぶりだったけれど、加熱する前にレモン汁を全体に馴染ませていた。

イワシの他には、サワラ、カジキ、アンコウ、フグあたりのあまり生臭くなくてそこそこ身がしっかりした魚なら、インドカレーにしても悪くないのではないかと感じた。いずれにしても、魚は最後に投入して「煮え端」を味わう、だろう。大根はカブにしても良いと思う。

インドカレーでは、大根やカブは先にも触れたように鶏肉と組み合わせることもよくある。その場合、スパイス使いは違ってくるだろうが、鶏肉の部位(胸肉、モモ肉、手羽元など)に応じた加熱時間の調整をすることで、それぞれの肉質を生かした「鶏大根」にすることができる、ということも今回のレッスンの学びの一つだった(鶏肉については今後の記事で別途詳しく触れる予定)。

次回は、今回ちょっと触れた「玉ねぎの切り方や炒め方」について、ハリオム氏のブログの内容を中心にセオリーを考えてみたい。玉ねぎは、茶色くなるまで根気よく炒める必要は必ずしもないのである。


※本連載は、横浜市都筑区のインド家庭料理「ラニ」のオーナーシェフであるメヘラ・ハリオム氏と、同氏を師と仰ぐ田邊(富士山麓のcafe TRAILでカレーを提供中)の共著という形で、インドカレーのセオリーについて考え、それを分かりやすく提示する試みです。もちろん、いくつか代表的なカレーのレシピも掲載していきますが、いわゆるレシピそのものを紹介すること自体は目的ではありません。このレシピはなぜこうなっているのかを理解することで、レシピを見なくても、自分にとって美味しいインドカレーが作れるようになることを目指しています。また、各種スパイスについての解説は、食材やスパイス同士の組み合わせや相性を中心とし、スパイスの歴史や特性などについては、他に優れた本がたくさんあるので、それらにお任せするというスタンスです。


※この連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。