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適用範囲が広がるAI、ユーザー企業にもAIの知識がある人材を--AppierチーフAIサイエンティスト

2019.04.09

Updated by Naohisa Iwamoto on April 9, 2019, 13:00 pm JST

マーケティングなどの分野を中心に企業の課題解決に向けたAI搭載プラットフォームを提供する台湾Appier。同社でチーフAIサイエンティストを務めるミン・スン氏に、AIの人気の理由や、AI人材の確保について尋ねた。

ミン・スン氏は、2018年7月にAppierに入社。Appier入社前は台湾国立清華大学で電子工学部の准教授を務め、さらに以前にはフェイフェイ・リー氏のもとでImageNetプロジェクトに関わるといった経歴を持つ、コンピュータービジョン、ディープラーニング(深層学習)、強化学習、自然言語処理などの専門家である。

AI活況の3つのブレークスルー

スン氏は「現在、AIが非常に注目されている。AIを活用して、データ分析、解析、将来の予測、今後のアクションの推測など、ビジネスの目的に対する最適化が図れるためだ。ここまで到達するには、3つのブレークスルーがあった」と語る。1つは「深層学習の進化」、2つ目は「深層強化学習」、3つめは深層学習を使った「言語の理解」だという。

「深層学習によって、膨大な量のデータ使った世界の観測ができるようになった。人間の脳に代わって人口脳を使えるようになり、応用は視覚認識からはじまり様々な領域に広がっていった」(スン氏)。Appierには、ユーザーの行動に関する大量なデータがあり、ディープラーニングによってユーザーの行動予測などが可能になった。一方で、ディープラーニングでは大量のデータが必要になるが、そのデータを用意することは容易ではない。スン氏は「Appierでは少ないデータ、少ない例から学習できることも重要だと考えている。そこでは経験から学習する必要がある。大量のデータから学習した「経験」を基にして、少ないデータで学習できる「転移学習」の手法が用いられる。マーケティングで言えば、ファネルの上位の閲覧やクリックといったインプレッションのデータは大量にあるが、ファネル下位の購買やリピート顧客のデータは少ない。転移学習で、過去の経験に基づいた学習をさせることで、ハイレベルな概念から購入をより良く予想することができる」と説明する。

2番目の「深層強化学習」は、囲碁AIの「アルファ碁」で用いられた手法。アルファ碁ではプレーヤー担当と批評担当の2つのディープニューラルネットがあり、一緒に勝率を高めるような手を考えていく。「Appierでは、深層強化学習を使ってマーケティングの意思決定を最適化しようと考えた。碁ではゴールは勝利でアクションは石を打つことだが、マーケティングでは例えばゴールはアプリのインストール数を最大化することでアクションは予算の振り分けだったりする。アルファ碁と同様に、マーケティングの場合でも人間が取るべきアクションを深層強化学習で提案することができる」(スン氏)。

「言語の理解」は、深層学習で人間が使う言語を理解しようという試みだ。スン氏は「この2年間で100以上の言語のデータをWikipediaなどから取り込めるようになった。深層学習で、単語間の類似性の学習やフレーズ・文章に対する理解ができる。Appierでは言語を理解するモデルを使って、ユーザーのデジタルフットプリントからインサイトを得られるようにした」と語る。どのサイトを見ているかだけでなく、そこに含まれる「アクティビティ」「セブ」「ダイビング」「ホエールウォッチング」などのキーワードを理解し、ユーザーがフィリピン旅行でスポーツに関心があるといった情報をマーケターに渡すことができるというわけだ。「深層学習を使って自動的に言語モデルを構築し、ユーザーに対する理解を深められる」(スン氏)。

2種類のAI人材を適材適所に

深層学習を中心としたAIの進化により、様々な領域で実際にAIは実際に活用できるようになってきた。そこで課題となるのは、AI人材の育成である。スン氏は、企業のチーフAIサイエンティストと大学の元准教授の双方の視点から、こう語る。

「大学の視点からは、学生のような若い人をどのように訓練していくかが重要だ。プログラミングや数学を知っている学生に、まず深層学習の適切なツールや研究論文を示す。そのうえで2~3年かけてAI関連のプロジェクトを複数経験させることで、優れたAI人材が育成できる」(スン氏)。将来の機械学習や深層学習のサイエンティストになるためのモチベーションを高めることも必要であり、AppierのようなAI企業が優秀な人材にポジションを示し若い才能にチャンスを提供していくことの重要性もアピールした。

一方で、企業側、特にユーザー企業から見ると、AIを活用する人すべてが機械学習や深層学習のエキスパートである必要はないという。「これからはユーザーとして多くの人がAIソリューションの成功に貢献できるようになる。例えばマーケティング領域の知識とツールの使い方がわかって、生産性を上げるといった目的を見極められる人材を育成できればいい。将来的には、マーケティング以外の業界でもAIを活用できる知識を持つ人材に育つ可能性がある」(スン氏)。

企業が自身で機械学習や深層学習のチームを自社内に構築するケースでは、リクルートからトレーニング、チーム形成など、数年の時間がかかることもありうる。スン氏は、「場合によっては、数年かかったら遅すぎるかもしれない。そういう場合には、Appierのようなプロバイダーから既存ツールの提供を受けて、早く結果を出していくことも必要だろう。しかし、そうした方法を採るにしても、企業にはAIを理解できる人を持つことを推奨している。実際のソリューションの構築はしなくても、課題に対してどのようにソリューションを使っていくかをサービスプロバイダーと一緒に決定できるだけの知識は必要になる」と、スキルや役割は異なっても適材適所にAI人材を配置できるようにすることが、今後のAI活用に重要だと語った。

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岩元 直久(いわもと・なおひさ)

日経BP社でネットワーク、モバイル、デジタル関連の各種メディアの記者・編集者を経て独立。WirelessWire News編集委員を務めるとともに、フリーランスライターとして雑誌や書籍、Webサイトに幅広く執筆している。