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家で飲まざるをえない状況で ウイスキーと酒場の寓話(23)

2020.04.29

Updated by Toshimasa TANABE on April 29, 2020, 10:52 am JST

家で飲む、あるいはZoomなどのビデオ会議システムを使ってオンラインで飲む、というときの問題は、「自宅では、酒がすぐに無くなってしまう」に尽きるのではないだろうか。どんな格好をするか、背景はどうするか、などはそれに比べたら些末な問題である。

田舎ならクルマでないと酒を買いに行けないし、徒歩圏内に酒を買えるところがあったとしても、何らか妥協をせざるを得ないことは多いだろう。もちろん、十分な買い置きをしていない、ということもその原因の一つではあるが、例えばビールや白ワインの買い置きがあったとして、それらを全部、飲み頃の温度に冷やしておくのか、と考えると冷蔵庫にそんなキャパは無いのが普通だ。

これが飲食店だと延々とオーダーし続けられるわけで(在庫がある限りではあれど)、本当に有難いことなのだ。今さらながら「店があるのは有難い」ということに気付かされるのである。店で飲む方が、もろもろ身軽(財布だけ持って身一つで行けば良い)で、酒にまつわるすべてを「クラウド化」しているような感覚であり、実はコストパフォーマンスが良いともいえるのだ。

以前、紹介した池波正太郎さんのように「まず、ホテルのバーに行って、カクテルを2杯飲む。マティニかマンハッタン。それから、酒2合くらいで軽く飯を食べて、最後にどこかでブランデーでも1杯飲んで帰る」(晩飯はまず「バー」からはじめよう)などというのは、店があるからこそなのである。

バーの風景

これまでも、自宅で独りで飲むのは常態だったので、店が営業を自粛しているという状況でも、とりあえず酒の「量」は増えることはあっても減ることはないのではあるが、酒の「種類」はどうしても減る。ワインを1本買って来たら、とりあえず空くまではその1本ばかりになるし、ウイスキーに至っては3日くらいは同じ銘柄を飲み続けなければならない。

出来心で普段飲まない銘柄を買ってきたら今ひとつだった、などということもある。店だと1杯だけ飲んでダメなら別の銘柄にすれば良いが、自宅だと1本を独りでなんとかしなければならない。今ひとつなものは、早く次に行きたいので一生懸命に飲んでさっさと無くしてしまおうとするし、美味い酒や気に入っている銘柄はするすると飲めてしまうので、いずれにしても酒はすぐに無くなるのではあるが、量や種類を考慮した理想的な在庫を抱えている訳にもいかないのが自宅での酒なのだ。

酒を長期間にわたって棚やいわゆるサイドボードなどに並べておく、というのはあまり良い趣味とはいえない。ワインの熟成は別として、ウイスキーなどは封を切ったら劣化する一方である。フレッシュで気が抜けないうちに飲み切らねばならない。きちんとしたバーだと、ウイスキーの栓にテープを巻いて密封している(この「密」は避けてはいけない)。だから、下からグラスを押し付けると1ショット出てくるような「ショットメジャー」に酒瓶を逆さに立てているような店では、安い酒しか飲まないことにしている。高い酒はそうそう出なくて回転が悪いので、「下部直腸」みたいなショットメジャーの先端で外気に触れて気が抜けていることがあるからだ。

下記、2013年に某所に書いたことであるが、今となってはしみじみする。

「飲みに行く」という感覚がなくなって久しい。晩飯に酒は不可欠だし、晩飯は毎日食う。たいてい独りで食うし、自宅では食わない。「今日は飲みに行くぞ!」などとちょっと高揚できる事自体が、実はかなり幸せな事なのだと思う。概ね健康で毎日それなりに飲めるというのは、それはまた別の幸せである。

 

失われたものたちに想いを馳せる

手元に「味のしにせ 名代のうまいもの」(読売新聞 暮らしの案内編)という本がある。昭和36年(1961年)11月に出た本で、当時すでに「しにせ」だった店がたくさん紹介されている。昭和36年に360円で発売されたこの本を昭和の終わりくらいに、東京・神保町の古本屋で1200円で購入した。

味のしにせ

昭和36年にすでに老舗だったのだから、昭和の終わり頃にはもう廃業していた店もあったが、田舎から就職で首都圏に来た身としては、池波正太郎さんのエッセイやこういう本に出てくる店を訪れるのが、とても楽しいことだった。都会というのは田舎者にも寛容だ。これは非常に有難かった。田舎だと、よそ者には不寛容ということがあったりする。訪れた店の中には「さすがだな」というところもあれば、「あれ? こんなんで良いの?」というところもあったけれど、上野の蓮玉庵や浅草の駒形どぜう(渋谷にも支店がある)など、いまでもたまにではあるが食べに行くし、すべてが健在で素晴らしい。今回のような状況を経ても、健在であってほしいと切に願う。

実は、食べたものを「なんとなくイーティングプア、、、。 量も味のうちとたくさん食べるオジサンの失われてしまった日々の食。」というタイトルのブログに延々と残している(最近、更新頻度は落ちているが)。もちろん、蓮玉庵駒形どぜうも掲載している。このタイトルの「失われてしまった」は、3.11で失われたものを意識している。しかし今回、さらにたくさんのものが失われようとしている。

などと、またも自宅で飲みながらしみじみしていたら、150年続いた歌舞伎座御用達の「木挽町 辨松」(こびきちょう べんまつ)が、4月20日で廃業したことを知った(店のWebサイトでは3月末に告知していた)。毎日新聞の報道によれば、事業譲渡を模索していたが、この状況で破談になった、ということのようだ。辨松の弁当については、この「土井善晴さんのツイート」がすべてを表している。

辨松廃業の実際のところは分からないが、これをきっかけにモヤッと感じていたことが明確になった気がした。以下、ある人とメールでやり取りした内容の要約だが、自分自身が今現在、何を感じているかが端的に出ている。

おそらく、ウイルスは消えてなくなりはしないので、共存するライフスタイルを相当意識しなければならなくなると思います。それを踏まえて、どう生きていくか、その時にどんな点を判断のポイントにするのか、制約事項と思っていることは本当に制約なのか、などということを考えるべきでしょう。

非常に偉そうな物言いなのですが、仕事、事業、居住地、不動産、資産、家族、といった「これまでの常識では大事だったモノやコト」についての考え方を根本的に変えなくてはならない局面になったと思うのです。
それは例えば、

・実は嫌なんだけど我慢して続けている
・実は上手く行ってないんだけど止めるにに止められない
・実はこれが足かせになっていて好きなことや新しいことに踏み出せない
・持ち家だからこの場所から離れられない

などなどのもろもろをスッパリ「損切り」して出直すための、またとない機会、あるいは「最高の言い訳」にできるのではないでしょうか。

それじゃ食って行けない、という話はあるだろうが、こういう局面にアジャストできるかどうかが問われているのだ。もちろん自分も自信はない。だが、今回は3.11よりもはるかにそういうことが問われる、と感じている。

それにしても、世の中がこんな風になってしまったにもかかわらず、いまだに旧コンテクストでの「働き方改革」などといっている人や企業(相変わらずDMが来るが)を見るにつけ、モノを考えていないにも程があるし、完全に終わっていると感じられる。ちなみに「ワークライフバランス」だの「ライフハック」だのといった、一見気が利いているようで実は貧乏くさい、単なる金儲けのためのお題目は、今回、全部終わっただろう。

こういうときには、平時には見えなかったことが見えてくる。ダメかと思っていたが意外に良かった、あるいはダメだと思っていたがやはりダメだった、割とまともそうだったのに実はダメだった、粛々とやっていてやはり強靭だった、など人それぞれに気付くものがあるはずだ。

休業要請に応じないパチンコ店の名前を公表したら客が集まってきて長蛇の列、という話があったが、自分はパチンコ、アレンジボールの類はハタチ前にやめた。理由は「張り付いていなければならないのは勘弁」だった。結果、ギャンブルでは自分とは非同期に進む競馬だけを継続して今に至っている。だから、中央競馬が無観客でネット投票だけなのに、馬たちが三場(今なら、東京、京都、福島)すべてのレースで普段通りに走っていることは、とても有難いことなのだ。中央競馬は早くからネット投票の仕組みの整備に取り組んでいて、今回それがとても有効に機能している。もちろん、馬券は滅多に当たらず、1着3着、タテ目などの「醍醐味」を味わってばかりではあるのだが。


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出版社
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著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
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ISBN
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。