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ヨルダン渓谷 キブツ イメージ

ディジタルノマドがキブツに短期滞在して働くプログラム「Gather」

2019.12.13

Updated by Hitoshi Arai on December 13, 2019, 10:30 am JST

フリーランサーやブロガーがカフェや図書館で働いたり、企業の社員が自宅をリモートオフィスとして働くなど、場所や時間にとらわれない「働き方」もポピュラーになってきた。特に都会で、エネルギーを消耗する「痛勤」から開放されたり、子育てと仕事を両立させるような自分に合った働き方を工夫できるなど、多くのメリットが注目されている。一方で、単独で働くことの孤独や不安、通信・印刷等の設備・環境の充実度、といった課題もあり、コラボレーション・スペースやシェアオフィスなどの場も増えてきている。

自身もノマドであったOmer Har-shai氏は、豊かな自然環境に恵まれたキブツの滞在を経験した後、ノマドワーカーのグループが1カ月キブツに滞在してリモートで働く、というプログラム「Gather」を立ち上げた。

本特集「イスラエルイノベーション」でも、1970年前後に1年間キブツに滞在した日本人数名を継続して取材しており、キブツがどのようなものであるかはいくつかの記事で紹介している。キブツとは、一言でいえば「農業を中心とした生活共同体」である。100名程度の規模の共同体もあれば、2000名を超える大規模な共同体もある。元々ヨーロッパやロシアで迫害されてきたユダヤ人がイスラエルの地に逃れ、共有財産、身分の平等などの社会主義的精神に基づいて、農業を中心とした生産活動をしながら共同生活を送ったコミュニティであり、イスラエル建国の基盤を作ってきた。今現在でも、イスラエル全土に約280の共同体があると言われている。1960年代半ばから世界からボランティアを受け入れており、1964年から2000年の間に累計930名の日本人がキブツ体験をしている。

Gatherは、このコミュニティがノマドワーカーに向いていると考えた。何も持参しなくても滞在生活に必要なものは揃っており、リモートワークのためのWi-Fi環境もある。そして、共同生活や自然環境・農業といった要素は、単独で働くノマドワーカーにとって不足している貴重な「付加価値」になる、と考えたのである。

最初のグループは25名で、北米、ヨーロッパ、オーストラリアからの数百名の応募者から選ばれた。彼らは、12月にKfar Blumというヨルダン渓谷にあるキブツに集合する。ここにはホテルもあり、川下りの写真と合わせ、トリップアドバイザーでも紹介されている(クファーブルム)。

2番目のグループは、2020年1月にティベリアス湖(ガリラヤ湖)より西にあるキブツTuvalに滞在する予定である。

▼二つのキブツの位置
二つのキブツの位置

Gatherは、従来のキブツ滞在とは少し異なるボランティア・プログラムを考えているようだ。あくまでも優先はノマドワークでこなす自分の仕事であり、農場でのボランティア作業は義務ではない。ただし、農場でのボランティア作業は、短期間で参加者間の強い絆を作り上げる価値がある、と彼らは指摘する。単独でPCと向き合いながら働くことが多いノマドワーカーにとって、体を動かすフィールドでの作業は貴重な体験となるはずである。

キブツの生活は基本は自然とともにあり、食事の時間も決まった規則正しいベーシックな生活である。また、キブツでは週末のパーティやレクリエーション、ハイキングなどのアクティビティも定常的に行われている。ディジタルノマドたちが、早朝に少し農場で働いて体を動かしてから、皆で一緒に食堂で食事をすることから一日を始め、週末には皆でハイキングに行く、という体験は、今までに無いバランスの取れた生活を彼らに提供し、仕事の生産性も向上すると期待される。

料金は月額2,000から3,000ドルで、宿泊だけではなく、共有のオフィス・スペースやプール、テニスコートなどのキブツ施設を使える。さらに、ハイキング、ヨガ、週末旅行などのアクティビティも含まれる。

今話題の「WeWork」は、大都市の立地条件の良い場所で、洗練された設備と「コミュニティ」へのアクセスを価値に謳うが、共用エリアのスペース利用で約80,000円/月程度の料金が最低でもかかる(渋谷スクランブルスクエアの例)。これは、立ち上げ期のスタートアップにとっては、多くの似たような挑戦者と接触することで刺激を得ることができるという面もあるし、営業活動にも便利な都心一等地のメリットは大きいだろう。一方で、ある程度事業が確立したフリーランスにとっては、自然豊かな環境というのは、ルーチン化した仕事を活性化し、自らもリフレッシュするという意味で異なる価値となるのかもしれない。食事、宿泊一切込み、で月額2,000から3,000ドルであれば、まあまあの費用であろう。

日本でも、各地域でコワーキング・スペースが生まれている。東京や大阪に拠点がある企業が、プロジェクトごと地方に拠点を移した事例もあり、似たようなニーズはあると思われるが、地方のコワーキング・スペースの大半は、都会同様にオフィス・スペースを安価に貸しているにすぎない。その地域に滞在するとなると、利用者は家を自分で探す必要がある。

一方で、自然や郷土の恵みを求めて移住する、というプログラムも各地域で盛んだが、その場合は、地域の良さを生かした新たな生き方を求める若者や第二の人生の場を求めるシニア世代が対象である。宿泊する機能・設備やレクリエーションまで含んだコミュニティに一定期間滞在して働くGatherのプログラムは、その中間にあるものではないだろうか。

Gatherが現時点で提携したのは二つのキブツだが、Har-shai氏は40のキブツに提案しており、概ね良い反応であるとのことである。元々キブツという共同体があるがゆえの発想だが、既存のモノを少し異なる視点から見て、新たな可能性を見つけているように感じる。

キャリアも私生活も妥協することなく大事にする世代の働き方と、自然とともにベーシックな生活を送るコミュニティという、異なる二つの世界を結び付けることで、新しい価値が生まれるかもしれない。ディジタルワーカーにアナログな自然体験を提供し、独立した単独プレーヤーにコミュニティ体験を提供する、という相互補完プログラムは、細分化・多様化してゆく社会をうまく回してゆくヒントかもしれない。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu