WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

ドラマー 音楽 イメージ

スティーヴ・ガッドというドラマーの話 ウイスキーと酒場の寓話(13)

2019.12.25

Updated by Toshimasa TANABE on December 25, 2019, 16:49 pm JST

酒といえば音楽、でもあるので、今回は音楽の話を少し。最近、東京のジャズクラブで「Steve Gadd Band」を観た。リーダーのスティーヴ・ガッドは、1945年生まれ。円熟は感じたが、衰えは全く感じさせない素晴らしい演奏だった。何度も生で観ているが、繊細なドラミングに今までで一番感銘を受けた。

最近のアルバムの曲に加えて、1990年代前半の「ガッド・ギャング」の頃の曲も演奏したが、新しいアレンジでとても良かった。ボブ・ディランの「Watching the River Flow」やクルセイダーズのウィルトン・フェルダー作の「Way back home」などである。

ガッドを初めて生で観たのは、1980年夏の「Stuff」での来日公演だった。そのときの強烈な印象(いきなり両手にスティックを2本ずつ持って、左手と左足でハイハットを切りながら、右手はリフに合わせてタムでオカズを入れるという、ロックしか知らない若造には驚愕のドラミングで完全にノックアウトされた)から、来日したらなるべくライブを観に行くようにしていた。ガッド・ギャング、「マンハッタン・ジャズ・クインテット」や渡辺貞夫のバック、佐藤允彦とエディ・ゴメスとのピアノトリオなどで何度も生で観た。パワーや手数では若い頃のドラミングも捨てがたいが、繊細さという意味では今回が最高だった。

超一流のセッション・ドラマーとして引く手あまただったガッドは、参加しているアルバムが星の数ほどある。持っているアルバムをいくつか挙げると、ニューヨークのフュージョン黎明期の「White Elephant」(1972年)に始まって、Stuffのすべてのアルバム、ガッド・ギャングのすべてのアルバム、マンハッタン・ジャズ・クインテット、チック・コリア、佐藤允彦、トム・スコット、デヴィッド・サンボーン、グローバー・ワシントン Jr、カーラ・ブレイ、クインシー・ジョーンズ、ボブ・ジェームス、スティーリー・ダン、エリック・クラプトン、アル・ディメオラ、ドクター・ジョン、ダイアン・シューア、サリナ・ジョーンズ、マンハッタン・トランスファー、Stuffやガッド・ギャングの盟友リチャード・ティーのソロアルバム、などでガッドのドラムを聴いてきた。

例えば、スティーリー・ダンではアルバム「Aja」のタイトル曲でのガッドのドラミングが鬼気迫る。ウエイン・ショーターのサックスソロに被せて、ガッドがドラムソロ的に叩くのだが、途中でスティックが当たった音がする。ガッド本人も認めているが、これはミスだったのだ。しかし、あまりにジャストタイミングなので採用になったのだという。

スティーリー・ダンには、「A Decade of Steely Dan」というベストアルバムがあるが、不思議なことにガッドが参加した曲が入っていない。レコード会社の関係でそうなったのか、などと邪推しているが、上述のAjaをはじめとして、スティーリー・ダンでガッドが叩いている曲は何曲もあるだけに、なかなか考えさせられるベスト盤ではある。

ヴォーカリストのサリナ・ジョーンズが、ちょうど同じ時期に来日していたStuffと日本で録音したアルバム「My Love」は、「唄伴」のお手本のようなドラミングに唸らされる。名手揃いのStuffなので、ギターもピアノも全てが唄伴の最高クラスである。マンハッタン・トランスファーの「Mecca For Moderns」に入っている「Confirmation」での弾むようなドラミングも忘れられない。というように、ガッドの聴くべきドラミングの例は挙げていくとキリがない。

そういうわけで、ガッドがクレジットされていたら迷わず買う、という感じさえあったくらいで、1970年代から2019年暮れに至るまで、かれこれ40年以上にわたって聴き続けているのが、スティーヴ・ガッドのドラムなのだ。2019年は、グラミー賞を獲ったSteve Gadd Bandのアルバム、デヴィッド・マシューズとエディ・ゴメスとのピアノトリオの2枚を買った。ちなみに最近だと、Steve Gadd Bandの「70 Strong」というアルバムが気に入っている。

ドラマーとしてのスティーヴ・ガッドについて、これ以上に的確な表現はない、という文章が、ピアニストの佐藤允彦さんの1985年のアルバム「As If」の佐藤さん自身によるライナーノーツにある(写真)。

M_Sato_about_Gadd

初めてこれを読んだとき、「ほんそれ!」(当時はこんな言葉はないが)だった。ジャック・デジョネット(佐藤さんの編曲によるアート・ファーマーの「処女航海」でのデジョネットのドラミングは素晴らしい)も好きだけれど、この文章は本当に言い得て妙だと思った。

このアルバムのベースはエディ・ゴメス、ドラムがスティーヴ・ガッドで、ピアニストのビル・エヴァンスに捧げた作品である。佐藤さんは、ゴメスとは何度も共演していたが、ガッドとは初めてだったという。全曲、ほぼワンテイクというのも驚かされるが、緊張感溢れる素晴らしいアルバムだ。この後、この3人は、スタジオ録音をもう1枚出し、さらに六本木ピットインでのライブアルバムを出したのだから(全部持っているがどれも素晴らしい)、3人とも手応えとお互いへのリスペクトがあったのだろうと想像する。

個人的には「人類史上最高のバンドはStuff」だと思っている。活動期間は1970年代半ばから1980年くらいまでと短く、正式リリースのアルバムは5枚だけだが、Stuffとそのメンバーを起点にして、その後に聴く音楽が広がり続けて今に至っている。その最高のバンドの最高のパフォーマンスが、私が最初にガッドを生で観た1980年夏の来日公演での演奏ではないだろうか。私は札幌厚生年金会館で観たが、全国でほぼ同じ構成ではなかったかと思われる。アルバムでは、5枚目の「Live in New York」が一番近い内容だ。

実は、そのときの様子は、東京の中野サンプラザでの演奏がNHK-FMの「FMライブスペシャル」として、1時間の枠に編集されて放送された。当時、それをラジカセでカセットテープに「エアチェック」してあったが、カセットテープが限界に近付いたので、現在はMP-3に変換して保存してあり、CDに焼いてオーディオシステムでも聴けるようにしてある。若い頃からずっと聴き続けていて、何百回聴いたか分からないくらいなのだが、まったく飽きることがない。特に最後の曲「Love the one you're with → ガッドのドラムソロ → Ain't no mountain high enough → Stuff's theme」のメドレーは本当に凄い。エンディングまで一気に聴かせる約17分は、ライブとは思えない完成度だ。

リズムが洒落ているギター(Stuff's themeでのカッティングが神がかっているコーネル・デュプリー)とメロディックなギター(名手エリック・ゲイル)、唯一無二の突出したピアノ(自然に泣けてくるリチャード・ティー)、キレまくっているドラム(ガッド)、ピアノとドラムのシンクロ、がっちり支える司令塔のベース(ゴードン・エドワーズ)、人類史上最高のバンドの数あるライブの中でも、1980年の中野は最高だ。これが録音されて放送されたことはとても幸運なことだし、この音源(デジタル化したので劣化しなくなった)は宝物だ。

NHKの倉庫には、捨てていなければテープがあるはずだ。Stuffのメンバーは、ガッドとベースでリーダーだったゴードン・エドワーズが健在だ(Stuffはクリス・パーカーというもう一人のドラマーとのツインドラムだったのだが、1980年の来日のときはドラムはガッドだけだった)。なんとか権利関係をクリアして、CD化することはできないものだろうか?

Stuffが注目を浴びたのは、ファースト・アルバムの「Stuff」もさることながら、1976年のモントルー・ジャズ・フェスティバルでのライブだった。これは、ビデオ収録されていて、長い間ブート映像しかなかったのが、2007年暮れにDVDが待望の正式リリースとなった。

これこそが人間の手で紡ぎ出す本物の音楽、と感じられる内容だ。さすがに映像で観ると、みんな若いなぁ、などとともに、どうやって弾いているか、どう叩いているのか、といった発見もたくさんあって、映像の力というものを再認識させられるDVDでもある。観客の表情からも、凄いものを観た、と感じていることが伝わってくる。

なお、このとき、Stuffでは最年少のガッドは、ホテルの部屋が確保されておらず、かなりむくれていたらしい(関係者から聞いた話)。今からすれば、考えられない話である。

ガッドといえば、盟友リチャード・ティー(1993年に惜しくも49歳で亡くなった)との「Take the A train」も忘れてはいけない。デューク・エリントン楽団のピアニスト兼作編曲者であったビリー・ストレイホーンの作品でジャズのスタンダードでもあるのだが、これをピアノとドラムのデュオで演奏しているのだ(YouTubeなどにもたくさんアップされている)。

最初のバージョンは、リチャード・ティーのファースト・ソロアルバム「Strokin'」に収録された。その後、ガッドとティーがライブで演奏しながらブラッシュアップを続け、ティーの晩年のソロアルバム「Real Time」で再演された。二つのバージョンを聴き比べると、この二人の絆とともに長く一緒にやってきたことの蓄積、ブルース、R&B、ゴスペルなどを見事に身体化していることなどが感じられる。焼き直しではない、素晴らしい再演なのだ。仕事、というものはこうありたい、と思うのである。


※カレーの連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
Amazonで購入する

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。