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9)「サグ」とは何か?

2019.05.18

Updated by Toshimasa TANABE on May 18, 2019, 21:09 pm JST

インド料理屋に行くと「サグカレー」という名称を目にすることが多いと思う。一般には、ホウレンソウを使った緑色のカレーのことをサグと呼んでいる場合が多い。店にもよると思うが、サグチキン(鶏)、サグマトン(羊)、サグパニール(カッテージチーズ)などが提供されているだろう。

実は、インドで「サグ」というと「菜の花」のことを指すのだという。ホウレンソウは「パラク」という。従って、サグカレーは厳密には菜の花のカレーであり、春先が旬のカレーなのである。菜の花のほろ苦さとスパイスが春を感じさせてくれる、とても美味しいカレーである。花の部分を別途湯がいておいて、菜の花をペースト状にした緑のカレーの中に花だけがはっきりと形を留めている、という感じに仕上げると本格だ。

師匠のメヘラ・ハリオム氏のブログにもこの辺りのことが書かれている(「サグ」)。ちょっと引用する(太字の部分)。

ほうれん草のカレーで最もポピュラーはものは以下の3品目。

・パラクマタル(ほうれん草とグリーンピースのカレー)
・パラクパニール(ほうれん草とチーズのカレー)
・アルパラク(ほうれん草とじゃがいものカレー)

ほうれん草カレーはベジタリアンのカレーというイメージで、あまり肉との組み合わせは一般的ではありません。少なくとも北インドのレストランのメニューにはほうれん草(パラク)+肉はないと思います。

一方、サグ(菜の花・からし菜)の場合はチキン・マトンとの組み合わせはアリですね。

菜の花は年中ある訳ではないので、今回は菜の花やホウレンソウを使った緑のカレーベースを「サグカレー」と総称するということで話を進める。前回のトマトを使った赤いカレーベースとともに、インドカレーの基本となるものであり、これを覚えておくとその応用範囲はとても広い。

サグベースにもトマトを使うが、トマトのカレーベースとの違いは、トマトの量が少ない、使うスパイスが違う、全体が緑色に仕上がる、などである。スパイスについては、ホウレンソウや菜の花には、独特のえぐ味、あるいは渋味と表現できるような味わいがあるので、それと喧嘩せずその味わいを生かすスパイス使い、ということになる。

以下は、ハリオム氏が自身のWebサイトで公開しているホウレンソウを使ったカレーのレシピである。

ハリオム氏のブログのチキンサグ
「シェフごはん」に掲載のチキンサグ
「シェフごはん」に掲載のシンプルなサグカレー

サグカレーについてのハリオム氏のコメントも引用しておく。

たっぷりのほうれん草で作る、北インドの代表的な人気のカレー。
ほうれん草の茹で湯に重曹、砂糖、塩を入れると、鮮やかな緑色が持続します。
サグカレーは2、3日目が美味しいので、初日はチーズ入り、2日目はチキン入りと
具材を変えて楽しみます。

レシピによって多少スパイス使いが違ったりしているが、これは同じサグベースでもどのスパイスを生かすかによって、少し異なった味わいになる、ということを示している。ひとくちにサグと言っても、バリエーションがあるのだ。最終的にどのスパイスを使う(手に入りにくいものもあるかもしれない)、あるいはどういった仕上げにするかについては、各々の好みを大事にすれば良いと思う。

これらを参考にしつつ、ポイントを押さえていこう。ホウレンソウが入るカレーは、茹でたホウレンソウを具材の一つとして細かく刻んで入れる場合もあるが、今回はサグベースということでミキサーでペースト状にすることを前提に話を進める。

材料は、

・ホウレンソウ
・ホールスパイス
・パウダースパイス
・青唐辛子
・ニンニク
・ショウガ
・トマト
・玉ねぎ
・ホウレンソウを茹でるときの重曹、砂糖、塩
・カレーの味付けのための塩
・牛乳、あるいは生クリーム
・サラダ油

くらいである。
ホールスパイスについては、前述のレシピによって異なっている。

・ベイリーフ
・グリーンカルダモン
・ブラックカルダモン
・シナモンスティック

の場合と、

・フェヌグリーク
・ベイリーフ

の場合があるが、前者はブラックカルダモンやシナモンスティックなど、香りが華やかで強いものが入っているので、後者に比べると少しスパイス感が濃厚でちょっと爽やかな味わいになるはずだ。後者のほうは、ホウレンソウそのものの味わいがよく分かるカレーベースになるだろう。

ベイリーフ、グリーンカルダモン、ブラックカルダモン、シナモンスティックはすべて甘味を出すスパイスであり、インドではほうれん草カレーには甘味のホールスパイスがベストマッチとされているという。定番のスパイスであり法則みたいなものだろう。その意味では、フェヌグリークとベイリーフだけを使うレシピよりも、一般的な組み合わせと言えるだろう。

フェヌグリークは苦味と酸味を出すスパイスで、薬効もある体にとても良いスパイスだ。カスリメティの種なので、後述するパウダースパイスのカスリメティとで「親子丼」的な意味合いもある。ヒンディ語でフェヌグリークのことはメティダナ(メティの種)と呼ぶ。フェヌグリークを植えるとメティになり、メティの葉を細かく粉砕したものがカスリメティだ。これについては、ハリオム氏のブログの「チキンサグ・ナン」のエントリに詳しい。

パウダースパイスに関しては、

・パプリカパウダー
・ガラムマサラ
・カスリメティ
・カイエンペッパー

を使うレシピと、

・ガラムマサラ
・カスリメティ

だけを使うレシピがあるが、どちらにも「カスリメティ」が入っていることがポイントだ。カスリメティの爽やかな香りは、ホウレンソウのカレーによく合うし、ホウレンソウの味わいを引き立てる。カスリメティは、ほうれん草カレーには不可欠なのだ。ハリオム氏によれば、ホウレンソウとカスリメティは、ナスとアジョワン、じゃがいもとクミンくらいの「定番」の組み合わせであり、「ほうれん草カレーにカスリメティが入ってないとインド人は怒ります」だそうだ。

カイエンペッパーは、青唐辛子が入っている場合は使わなくても良い。さらに辛くしたい場合に入れると良いだろう。青唐辛子のほうが辛味が爽やかではある。パプリカパウダーは、独特の甘みでホウレンソウの味わいを引き立てる面がある一方で、色あいがバッティングするので、入れるとしてもトマトのカレーベースよりはぐっと少な目になっている。

ターメリックが入らないのもポイントだろう。ターメリックを使わないのは、ほうれん草の色が悪くなるから、というのが最大の理由だ。ハリオム氏は、青菜類を使う時はターメリックを使わないという。独特のほろ苦さがホウレンソウなどの味わいを微妙に損なうということもあるだろう。

サグカレーを作るには、まずホウレンソウを茹でるわけだが、鮮やかな緑色に仕上げるために必要なのが「重曹」だ。塩、砂糖とともに重曹を入れたお湯でホウレンソウを茹でる。茹でる際には、ホウレンソウの部位によって火が通る時間が異なるので、全体を葉の部分、中間の部分、茎から根元までの部分くらいに三等分して、固いところから順にお湯に投入していく。ホウレンソウが茹で上がったら、ミキサーでペースト状にしておく。

鍋にサラダ油を敷いてホールスパイスを熱して香りを出したら、玉ねぎ、ニンニクショウガ・ペースト、トマトでサグベースの基礎を作る。ここまでは、トマトのカレーベースと同様だ。つまり、玉ねぎとトマト(トマトのカレーベースの約半分)の旨みをベースにしつつ、トマトではなくホウレンソウで全体を支配するように仕上げるのがサグベースなのだ。

ここに、ペースト状にしておいたホウレンソウとパウダースパイスを投入し、最後に生クリームか牛乳を加えて少しマイルドにし、ガラムマサラを適量振り入れる。これでサグベースの完成だ。塩気を調整することで、そのまま食べても良いし、少し塩気をキツくしておいて、メインとなる食材と合わせてから水や牛乳などで少し緩めても良い。

サグベースの応用にはいろいろあるが、代表的なのは冒頭でも挙げたサグチキン、サグマトン、サグパニールあたりだろう。炒めておいたナスを入れた「サグベイガン」(ベイガンはナスのこと)やジャガイモを入れた「アルパラク」(アルはジャガイモ)も美味しい。

なぜかアルパラクでありアルサグとは呼ばないのだが、ハリオム氏によれば、メニューをアルパラクにしたのは「ほうれん草はパラクなんだよっ」と主張したかったというよりは、「アルサグ」より「アルパラク」の方が言いやすい(語呂がいい)からなのだという。インドではアルサグとアルパラクを使い分けているのだそうだ。

ハリオム氏がブログで紹介している中では、「蕪を入れたホウレンソウのカレー」なども美味しい。蕪は、その味わいと食感、さらにカレーの風味の沁み込み方がインドカレーと好相性なので、別途記事にする予定である。

なお、菜の花で作る場合であっても、基本的な作り方はホウレンソウの場合と大きく変わることはない。ただし、菜の花ならではのほろ苦さが際立った仕上がりとなる。


※本連載は、横浜市都筑区のインド家庭料理「ラニ」のオーナーシェフであるメヘラ・ハリオム氏と、同氏を師と仰ぐ田邊(富士山麓のcafe TRAILでカレーを提供中)の共著という形で、インドカレーのセオリーについて考え、それを分かりやすく提示する試みです。もちろん、いくつか代表的なカレーのレシピも掲載していきますが、いわゆるレシピそのものを紹介すること自体は目的ではありません。このレシピはなぜこうなっているのかを理解することで、レシピを見なくても、自分にとって美味しいインドカレーが作れるようになることを目指しています。また、各種スパイスについての解説は、食材やスパイス同士の組み合わせや相性を中心とし、スパイスの歴史や特性などについては、他に優れた本がたくさんあるので、それらにお任せするというスタンスです。


※この連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。