一般社団法人創生する未来のエフェクチュエーション実践事例 - 起業家を成功に導く「エフェクチュエーション」とは何か(後編)
2020.01.05
Updated by Takeo Inoue on January 5, 2020, 08:00 am JST
2020.01.05
Updated by Takeo Inoue on January 5, 2020, 08:00 am JST
日本でも注目を浴び始めた経営理論「エフェクチュエーション」。前編では「エフェクチュエーションとは何か」という点を中心に説明した。後編は具体的なアプローチとして、一般社団法人創生する未来の事例を題材として、エフェクチュエーションの効果とその5原則の現実への展開について考察してみたい。
伊嶋謙二氏は、中小企業を対象とするIT調査会社・株式会社ノークリサーチと、地域から日本の未来の創生を目指す一般社団法人創生する未来の代表を務めている。
ノークリサーチは1998年の創業以来、ローカルニッチな市場に影響を与える存在として「ファンの数は少なくとも強く愛される存在になる」という基本スタンスのもと、ハードおよびソフトベンダー向けの調査業務やコンサルティングを実施してきた。
創生する未来は、「すべての地域の(中堅・中小企業の)事業活動を支援する団体」として2017年に設立。地域支援の専門メディア「創生する未来」と地域事業コンサルティングという2つの事業コアを持つ。メディア「創生する未来」としては、「IoT/RPA、働き方改革で創る、地域社会の未来のためのセミナー」や、2年連続開催の「あきた寺子屋」、「仙北インパクトチャレンジ」などさまざまなイベントの参加・企画を行い、レポートしている。また「創生する未来"人"」と題して100名のすごい地域コーディネーターを紹介するシリーズもある。地域事業コンサルティングの立場からは、今年だけでも秋田を拠点に東北ITbookや秋田RPA協会の立ち上げに関与しており、この展開の中で伊嶋氏の行う「人と人をつなげるアプローチ」は、エフェクチュエーションの理論を地でいくものと捉えることができる。以下にその具体例を紹介しよう。
創生する未来のWebサイトは当初、地方創生の活動を発信するメディア・マーケティングを目的としてつくられた。そこでいくつかのイベントやセミナーを開催した結果、活動を通じて多くの仲間が集まった。そこで秋田を支援するために東北ITbookという事業体の設立に動いたというのがその経緯だ。
東北ITbookの親会社であるITbookは恩田 饒氏が代表を務める独立系ITコンサルティングの大手企業で、自社でもIT製品やソリューションを多く持っていた。地方のニッチな企業を元気にしたいという想いもあり、ノークリサーチの代表でもある伊嶋氏と思惑が一致し、東北ITbookの設立へと至った形だ。秋田RPA協会もこの東北ITbookを通じて誕生した。
創生する未来と東北ITbookの最新の活動としては、秋田県仙北市のあきた芸術村に拠点「Semboku Complex」をつくり「ワーケーション事業」をスタートさせたことが挙げられる。ワーケーションとは「ワーク」(仕事)+「バケーション」(休暇)を組み合わせた造語で、休暇中に旅先などで仕事をする新しい働き方として和歌山県白浜町などで導入されているものだ。
あきた芸術村は、都会の喧騒から離れた空気の澄んだロケーションにあり、ワーケーションに適したポテンシャルを秘めている。秋田の郷土料理や、世界大会で連続優勝を果たすほど評価される「田沢湖ビール」に舌鼓を打てば、一層のリフレッシュも可能だろう。あきた芸術村がある仙北市には「みちのくの小京都」と呼ばれる角館や、日本で最も水深の深い田沢湖、白濁の湯で有名な乳頭温泉郷などもあり、観光も十分に楽しめる。
また、あきた芸術村の運営母体は、わらび座という日本屈指の劇団だ。わらび座は一般企業向けに「シアターエデュケーション」という研修も行っている。これは、専属の劇団員から演技指導を受けてコミュニケーション力を学びながら仕事に役立てようというユニークな研修だ。営業マンは顧客と接する際には、誰もが営業マンという「自分の役柄」を演じている。そこで劇団員の演技のノウハウが大いに役立つという発想だ。
すでにこのワーケーションに関しては、NECやアステリアなどの企業がトライアルを実施している。
では伊嶋氏の活動が、「前編」で紹介したエフェクチュエーション5つの原則とどのように関連しているのか、1つずつ照らし合わせて検証しよう。読者のみなさんも、知らぬうちに同じようなアプローチをしているかもしれない。ご自身にも当てはめて考えていただければ幸いだ。
伊嶋氏にとっての手持ちの駒(リソース)はマーケティング活動に当たるという。これは同氏が、ノークリサーチを設立する以前に勤めていた矢野経済研究所時代から蓄積してきたものでもあるという。
ひと口にマーケティングと言っても、その手法は様々だ。
たとえば、料理好きの営業マンが自分の得意な手料理をふるまうイベントを開催し、年の瀬や新年の挨拶まわりの代わりに得意先を招待するというのもその一つだろう。挨拶回りとお得意先のおもてなしを一挙に済ませられるだけでなく、貴重な情報を得たり強固な人間関係を結ぶきっかけにもなり得る。創生する未来”人”で紹介したサイボウズの中村龍太氏も、パエリアに適したお米を農家に作ってもらいパエリアワークショップを主催しているそうだが、これも同様の狙いがあるかもしれない。
伊嶋氏の場合は、趣味のテニスを通じたコミュニケーションを図っているという。競合関係であっても志が一緒で1つの目標に向かって進めるメンバーを集め、「呉越同舟会」や「ITACHIBA会議」といったグループやイベントを企画し、実行している。同氏を中心として見れば、これらの活動が「手中の鳥」を増やすことに繋がる。
伊嶋氏は、損失に関して常にローコストオペレーションを心掛けていると話す。コトがうまく進むまでは、過大な投資はせずに、各自が持つスキルや才能を出し合いながら、新しいものを作り上げていけるようにと考えているという。
ポイントは、パートナーに対して極端な投資を強要することをせず、投資に対して過大なレバレッジも期待せず、最初からいきなりKPIを定めないこと。次の段階のことは考えず、面白いことに共感する仲間と少しずつ進める。経験を蓄積して1段階コトが進めばその時点でまた別の人脈と繋がりができるもの。その段階で次の施策を考えればいいという。
事業にコミットする意思を持つすべての関与者と交渉し、関係性を持ちながらパートナーシップを作り上げていくことが「クレイジーキルト」の原則だ。以下の表が、伊嶋氏による東北(秋田)の地方創生事業での人間関係図になる。
この関係図は、これまでの歴々の活動の中で伊嶋氏が一つずつ築いてきたものなので、関係性には新・旧があると同時に、それぞれが一方向ではなく多方向に繋がりを持っている。
たとえば、創生する未来の監事であり東北ITbookの社外取締役を務める播磨 崇氏(上図・中央)は、富士通の常務や富士通エフサス(FSAS)などの関連会社の社長を務めるIT業界の名士であるが、伊嶋氏がノークリサーチの代表として経済産業省の委員活動を行っていた頃からの関係だ。
東北ITbookの岩本高佳氏(上図・右中央)は、その播磨氏の元企業の顧問先役員。秋田県産業労働部デジタルイノベーション戦略室長である羽川彦禄氏(上図・上部中央)と伊嶋氏は、秋田県が主催する「秋田産業サポータークラブ」で知り合ったのだが、偶然にも羽川氏は播磨氏の富士通時代の部下という関係でもあったという。
秋田県仙北市長の門脇光浩氏(上図・右上)と伊嶋氏との出会いは、地方版IoT推進ラボとして同市が認定された当時のこと。ドローン事業の視察の場がキッカケだ。その後、伊嶋氏は4回にわたって産官学のIoT/AI関連イベントを同市で開いた。その中で仙北市と包括提携関係にある「あきた芸術村」(わらび座)の山川龍巳氏(上図・右上)とも知り合い、その関係で「仙北インパクトチャレンジ」も共催した。
このように、パートナーシップを築き上げた人々と、その関係の中で都度一つ一つの事業を編んでいく。このことが前述した東北ITbookと秋田RPA協会の設立へと繋がったという。
負の要素をうまく転換することが「レモネード」の原則だ。伊嶋氏はこう話す。
「秋田というと田舎や過疎といったマイナスイメージを抱くこともあるかもしれません。本来は、さまざまなリソース(観光、自然、文化)もありポテンシャルは高い土地だと考えていますが、田舎というイメージを逆手にとってワーケーション事業の発想になりました。首都圏に比べて仕事も少ないので、首都圏のITベンダーをノークリサーチや創生する未来などを通じて誘引して、地方の企業をITで元気にできるという考えです。」
田舎ゆえに集中してビジネスに取り組めてリラックスもできる(=ワーケーション)という発想の転換は、「レモネード」の原則に沿ったものと言えるだろう。
飛行中のパイロットが、時々刻々と変化する状況に応じて臨機応変に対応するように、起業家も不確実な状況において現在をコントロールしながら、未来を舵取りしていく必要がある。「未来は予測不可能なもの」という前提で、自分から関係性をつくり、周りを変えて未来をデザインしていく。周囲の誰かと新たな関係を結べたら、その都度、軌道修正しながら事業を進めていくことが「飛行機の中のパイロット」の原則である。
創生する未来やノークリサーチとして、伊嶋氏がパートナーを変えながら数々のイベントを興してきたこと、また東北ITbookや秋田RPA協会の設立へ至った経緯も、「飛行機の中のパイロット」の原則に沿っているように見える。
以上、伊嶋氏のこれまでの活動を例にエフェクチュエーションとは何かを見てきたが、これは決して特異なことではない。読者の中にも、知らず知らず、エフェクチュエーションの原則に沿って事業を進めてきた方は少なくないだろう。エフェクチュエーションの5原則に引きつけ照らし合わせることで、ご自身の手法がよりクリアになって、戦略的に用いることができるようになれば幸いだ。
(執筆:井上猛雄 編集:杉田研人 企画・制作:SAGOJO)
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登録はこちら東京電機大学工学部卒業。産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、株式会社アスキー入社。週刊アスキー編集部、副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにIT、ネットワーク、エンタープライズ、ロボット分野を中心に、Webや雑誌で記事を執筆。主な著書は「災害とロボット」(オーム社)、「キカイはどこまで人の代わりができるか?」(SBクリエイティブ)などがある。