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祝 ベアードビール創業20周年! ビールへの情熱に脱帽する ウイスキーと酒場の寓話(17)

2020.01.20

Updated by Toshimasa TANABE on January 20, 2020, 17:40 pm JST

2000年に沼津で創業した「ベアードビール」が、今年20周年を迎える(同社のヒストリー)。2008年夏に、その年にできた東京・中目黒の「タップルーム」(ベアード直営ビアレストランの名称)で衝撃を受けて以来、ビールに対する見方や姿勢を完全に変えてくれたのがベアードビールだ。社長のブライアン・ベアード氏と直接の面識はないが、その情熱と製品のクオリティはもとより、ビジネスの手腕も含めて尊敬している。ビール造りのフォロワーも多数登場しており、日本の「クラフトビール」の嚆矢といえる存在であろう。同社のWebサイトにもあるが、現在、関西初出店へ向けて、クラウドファンディングが実施されている。

拙著「インドカレーは自分でつくれ」(平凡社新書)にも書いたことだが、「これで人生が変わった!」という食の体験としては、共著者で師匠であるメヘラ・ハリオム氏のインドカレー、酒の師匠である横浜・日吉のバー「画亭瑠屋」のマスター長谷川一美氏のマティーニがまず挙げられるのだが、ビールに関しては間違いなくベアードビールである。いま一つの感もあった地ビールのブームが一段落した後にベアードビールと出会い、まさに「これか!」という感動を覚えた。英国の伝統的なビールとは違った、アメリカン・クラフトビールというものが一発で理解できた。

御殿場に引っ越したときに、地元(沼津は微妙に離れていはいるものの)なんだからベアードビールを置いてある店はないか、などと考えつつ、駅前の路地をほっつき歩いていたら、ベアードビール(樽生と瓶)が飲める本格ピザの店を発見した。「ほらあな」(リンク先は個人的に運営している英文サイト)というこの店との出会いも、その後の御殿場での生活や事業展開には大きな出来事だった。例えば、以前に「ホットドッグとFMラジオ」で書いたような話である。ベアードビールのロゴがなかったら、ほらあなには入っていなかったかもしれないわけで、ベアードビールがつないでくれたのだ。

中目黒タップルームを知ったのは、2008年発行のこのムック「もう1杯 極上のビールを飲もう! 首都圏版」(エンターブレイン)であった。当時、タップルームは、創業地の沼津(港に面している)と中目黒だけだったはずだ。その後、東京・原宿、横浜・馬車道、東京・吉祥寺などに出店、その間に本拠地を沼津から伊豆の修善寺に移転している。創業の地である沼津には、現在も「フィッシュマーケット・タップルーム」がある(リンク先は個人的に運営している英文サイト)。ここでビール造りを始めたということで、ベアードの聖地といえるのではないだろうか。

馬車道タップルームができたときは、横浜・綱島に住んでいたのだが、自宅から駅まで歩いて行っては、東急東横線の上り下りに関係なく先に来た電車に乗ると、中目黒も馬車道もほぼ同じ時間で到着するのだった。なお、中目黒にも馬車道にも、美味いジンギスカン屋があって、北海道育ちのビール好きとしては絶妙な場所でもあった。

その後、横浜・関内のベイスターズ通りに住んでいたことがあるのだが、そのときは馬車道タップルームまで徒歩5分だった(ジンギスカン屋は2分)。とはいえ、ジンギスカン屋にベアードビールはないので、ハシゴするわけである。どっちを先にするかは、なかなか悩ましいのであった。今でも、東京に出張するときは、中目黒か馬車道のタップルームに毎回ではないけれど寄るようにしている。

ベアードビールにはいろいろな銘柄があるが、一番気に入っているのが「スルガベイ インペリアル IPA」(写真)である。IPAはインディア・ペールエールを意味する。ホップの苦味が効いていて味わいは濃厚、アルコール度数が8%とちょっと高い。IPAとは、英国から喜望峰経由でインドに航海していた大英帝国の時代に、ホップをたくさん使って長い船旅でも傷まないように工夫したビール、というのが起源である。

駿河ベイ

スルガベイは、ベアードの中でも最も苦い部類である。「帝国IPA」も苦いが、甘さも共存する味わいだ。スルガベイはさらに苦くキレがあり、かつフルーティである。このフルーティさがベアード全銘柄に共通する独特の個性である。この個性的なフルーティな味わいで、目を瞑って飲んでもベアードであることがすぐにわかるし、その太い幹の上に定番だけではなく季節限定などの様々なバリエーションが広がっている。

「ライジングサン ペールエール」は、数あるベアードの中でも定番中の定番といえる存在だ。香りとバランスが素晴らしいビールだ。初めて中目黒タップルームに行ったときに最初にこれを飲んで「これか!?」と感じさせられ、その後、帝国IPAを経てスルガベイで止めを刺されたのであった。

今でも、ライジングサンとスルガベイのどちらで始めるか、というのは常に悩むところである。常識的にはライジングサンからなのだろうけれど、天候やその日の腹の空き具合、その前に何を飲んでいたかなどにも左右される。例えば、先にジンギスカンを食べていたらスルガベイ、暑い日の口開け(その日の1杯目)ならライジングサン、などである。自分で店をやっていたときには、国産のマスプロダクションのビールだけではなく、ベアードのスルガベイとライジングサンを常備していた。

駿河ベイとライジングサン

この2銘柄を無理矢理ウイスキーにマッピングすると、ライジングサンはグレンモーレンジ、スルガベイはアードベッグということになろうか。どちらも同じ人(Dr. ビル・ラムズデン)が蒸留所の責任者というウイスキーではないか(信頼できる「作り手」の酒を飲め ウイスキーと酒場の寓話(2))。ビールもウイスキーも、味わいには作っている人の個性が反映される、ということなのかもしれない。これはなかなかに納得できる話である。

ベアードビールは、季節に応じた限定醸造のビールも出してくる。例えば「テンプル・ガーデン柚子エール」。ちょっと軽めだけれど、柚子の香りがしっかりしていて爽やかに美味いビールだった。「カーペンターみかんエール」というのもある。カーペンター(大工)というのは、タップルーム全店の内装を手掛けている大工さんのことだそうだ。初夏の「クールブリーズピルス」、梅雨時の「レイニーシーズン・ブラックエール」なども忘れられない。どれも完成度が高く説得力があった。紛れもなくベアードではあるが、そこにテーマをはっきりさせた固有の主張が込められているのだ。

最近見つけて飲んでみたビールに「J-CRAFT 黄金IPA」がある。「これ、美味いな。ベアードのライジングサンとスルガベイの中間的な感じだな」などと思ったら、ベアードビールがOEM供給しているのだった。他社への供給は、新しい事業展開だと思われる。ラベルをよく見たら、ブライアン・ベアード氏のコメント付きだった。以下に引用する。

「柑橘系の香りを放つ5種類のホップを使用。J-CRAFTの中で、最強の苦みと爽やかなホップの香りが特徴。キレのあるドライな飲み口です。」

J-CRAFTは、ベアードで2銘柄、DHC(「御殿場高原ビール」を買収した)で2銘柄、宮崎ひでじビールで1銘柄というラインアップだという(三菱食品「J-CRAFT」)。

地ビール・バーなどに置いてある季刊のフリーマガジンに「Japan Beer Times」がある。タップルームにも置いてあるが、修善寺に大きなブルワリーを開設したタイミングでベアードビールが紹介されていた。このJapan Beer Timesという雑誌は、米国人が編集・発行していて、日本語と英語が併記されている。この雑誌のある号で米国カリフォルニア州の「シエラネバダブリューイング」が紹介されていた。写真はその号とシエラネバダブリューイングのコースターである。この醸造所の「ペールエール」と「トルピードIPA」という銘柄は美味い。記事中でブライアン・ベアード氏が、「ベアードは日本のシェラネバダになれるよう頑張る」というコメントを寄稿しているのが印象的だった。

シェラネヴァダ

雑誌の会社に勤めていたことがある者としては、これがフリーマガジンで成立しているということ自体が驚きである。ベアードビールもJapan Beer Timesも、創業から順風満帆だったわけではない。営業的に本当に大変な時期もあったという。しかし、日本の地で自分の信じる仕事を続けて、それを発展させているのだから、その情熱には本当に頭が下がる。「2010年創業の蒸留所からシングルモルトの新提案 ウイスキーと酒場の寓話(7)」で紹介した「WESTLAND」にも同じものを感じる。ここに挙げた三者は、ビール、ビールの雑誌、ウイスキー、というように酒が共通点ではあるが、これはたまたまなのである。酒に限ったことではなく、自分の好きなこと、好きなものに対する情熱と愛情を見習うべきなのだ。

飲食や醸造所に人材を輩出しているのも、ベアードビールの素晴らしいところだ。例えば、東京・西小山の「タヰヨウ酒場」の店主はベアードのスタッフだった人である。飲食店だけでなく、沼津をはじめとする全国いくつかの醸造所で技術者としてベアードでの醸造を経験した人が働いているという。ブライアン・ベアード氏の薫陶を受けた人たちが、タップルームや醸造所での経験をさらに伝え、広げているのだ。しかもベアードビール自身も事業を拡張しているわけで、これはなかなかできることではないだろう。

それにしても最近は「クラフト」という言葉をいろいろなところで見かけるようになった。こう濫用されると、ちょっとネガティブワード的な印象にもなってしまう。ベアードがネイティブにクラフトビールと名乗ったのは良かったが、その後、大手が悪乗りして使い始めたりで、何かを隠ぺいするためのワードになったように感じられる。例えば「クラフトジン」が典型的である。ジンにしては意味不明に高いのをごまかしていないか、などと勘ぐってしまう。ウイスキーであれば、クラフトウイスキーなどとわざわざいわないものである。


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出版社
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著者名
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。