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木 オーク 手 イメージ

ウイスキー・ビジネスの真髄は「森」である ウイスキーと酒場の寓話(1)

2019.10.09

Updated by Toshimasa TANABE on October 9, 2019, 10:55 am UTC

「グレンモーレンジィ」というシングルモルト・ウイスキーがある。シングルモルトとは思えないバランスの取れた味わいで、私にとってはウイスキーの「メートル原器」ともいえる存在の酒である。

このグレンモーレンジィ社は、北米の山々に広大な森林を所有している。そこで伐採されたホワイトオークは、いったんテネシー・ウイスキーの「ジャックダニエル」に預けられて樽にされ、4年くらいジャックダニエルを寝かせるのに使われる。

テネシー・ウイスキー(テネシー州産)やバーボン・ウイスキー(ケンタッキー州産)などのアメリカン・ウイスキーには、原材料にある程度のコーンを使うことと並んで「バージンウッド(未使用)のホワイトオークで3年以上寝かせなければならない」というレギュレーションがある。

ジャックダニエルで使い終わったバージンウッドの樽は、その後はスコットランドに運ばれてグレンモーレンジィを寝かせるベーシックな樽となる。

グレンモーレンジィの蒸留所では、蒸留した原酒をこの樽で10年寝かせて最もベーシックな「グレンモーレンジィ・オリジナル」を作る。このとき、ジャックダニエルから来たばかりの1回目の樽と、既に1回使った2回目の樽に原酒を仕込み、世代が異なる2種類の樽の原酒を混ぜて仕上げるという。

さらにその後の2、3年、シェリー樽、ポート樽、ソーテルヌワイン樽などでフィニッシュさせて、「ラサンタ」「キンタルバン」「ネクタドール」といったウッドフィニッシュのバリエーションを作る。

つまり、北米の森あってのグレンモーレンジィ、ジャックダニエルあってのグレンモーレンジィ、なのである。現在は森がないスコットランドでたくさんのウイスキーが作られているのは、この「北米の森 → アメリカン・ウイスキーをバージンウッドで仕込む → 1回使った樽をスコットランドに」というサイクルがあるからなのだ。アメリカン・ウイスキーはバージンウッドでないといけない、などというレギュレーションはとても大英帝国的なモノを感じさせる。

そういうわけで、いま自宅の机の上に意図せずグレンモーレンジィとジャックダニエルが並んでいて、しみじみしている。

グレンモーレンジとジャックダニエル

ちなみに、樽に使うホワイトオークは、北斜面の陽当たりが悪いところの木の方が成長が遅いので木目が詰んでいて、陽当たりの良いところで早く育った木目の粗い木よりも、美味いウイスキーを作ることができる。かなり前の一時期、「グレンモーレンジィ・アルチザンカスク」というバージョンがあったのだが、これは、北斜面の木で作った高品質の樽だけで仕込んだウイスキーで、とても緊張感のある美味い酒だった。

5、6年前のことになるが、サントリーが約1兆6500億円(サントリーHDの年間売上高に近い金額に相当)でバーボンの「ジム・ビーム」を作っているビーム社を買収する、というニュースを聞いたとき、最初に感じたのは「あー、樽の確保だな」であった。以下、推測の域を出ないのではあるが、、、。

ウイスキーを中国やインドをはじめとする世界中の新しい市場に売っていくためには、大資本になってプレゼンスを上げる、ビーム社の既存のブランド力と販路を活用するなど、買収によってできるようになることはいくつもあるとは思う。しかしそれ以前に、北米の森林資源に依存する樽材(ホワイトオーク)を確保しなければ、そもそもウイスキーをたくさん生産することができない。だから、ビーム社買収の最大の目的は樽だったのではないか、と思ったのである。

ウイスキーは、熟成させることが前提なので、ビジネスとしては10年単位で先を見ているだろう。今年、蒸留して樽に詰めたものは、短くて数年後、長ければ20年以上も熟成させてから市場に出す。この間の直接は売り上げにつながらない貯蔵コストもさることながら、樽がなければ熟成させることもできない。これだけは、天然の木材以外の素材で代替することは不可能だ。ウイスキーのビジネスを広げていくためには、まずは樽を確保しなければならないのだ。

そうはいっても、サントリーにしてもニッカにしても、連続テレビ小説一発でいろいろと品薄になってしまうのだから、今はまだ我慢の時なのかもしれない。キリンの富士御殿場蒸留所で作っているウイスキー「富士山麓」も、生産が追い付かなくなって一時的に出荷を停止している。ビールなどとは違って「時間」と「樽」という要素があるウイスキーの商売は、なかなか難しいものだと思う。


インドカレーの連載が一段落したので、テーマを変更して再開しました。
酒そのものだけではなく、酒場(あるいは飲食店)での振る舞いなどに
ついて、ぼちぼちと書いてみたいと思います。
中島らもさんの名言に
「酒に対する過剰な賛美もうんちくもストイシズムも『酒飲み道』も、
すべてこれ求快の卑しさを糊塗するためのミスティフィカシオンにすぎない。」
というものがあります(「愛をひっかけるための釘」の一節)。
まさにこの連載は「ミスティフィカシオン」そのものではなかろうか、
とも思いつつ。


※カレーの連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。