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バーや寿司屋の価値は「シェア」にある ウイスキーと酒場の寓話(19)

2020.02.05

Updated by Toshimasa TANABE on February 5, 2020, 06:48 am JST

よくシェア・エコノミーなどといわれるが、良質なバーや寿司屋は、まさにそれである。バーテンダーや寿司職人の高度な技は当然のこととして、バーや寿司屋に代表されるような良質な飲食店の価値は、「高い品質のものや貴重なものを店に集まる人たちにシェアしてくれる」に尽きるのだ。高度な技も、これを実現するための一つの要素に過ぎない。

例えば、大間の本マグロであるとか、製造本数が非常に少ない、あるいは日本に入ってくる本数が少ないレアなウイスキーなどに顕著であるが、個人が入手しようとしても、実際にそれを現実的な価格で確保できるか、もし入手できたとしてそれを状態の良いうちに消費し切れるか、などが問題になる。マグロばかり食べているわけにはいかないし、ビールも燗酒も飲みたいのだ。

お金があったとしても、個人で楽しむのは現実的には難しいものが、世の中にはたくさんある。目の利いたバーや寿司屋があるからこそ、一人ひとりがいくばくかのお金を払うことでそれらを楽しむことができるのだ。

一方でバーや寿司屋を営んでいる側は、なんらかの収入があるお客さんに集まってもらい、その収入の一部を店に料金という形でシェアしてもらうことで、生活を成り立たせている。素材そのものだけではなく、技やサービス、空間といったものもその料金を構成している。そして、バーテンダーは食事をするときは寿司屋の客でもあり、寿司職人は仕事が終わっての一杯をバーで楽しんだりもする。

個人経営の店よりかなり感じ取りにくくなるとはいえ、全国チェーンの居酒屋やファストフード店、ファミリーレストランなどでさえ、こういった側面はある。シェアという意識よりも、消費者としてのモードが圧倒的に強くなるので、普段はほとんど意識していないのである。

つまりこのモデル、全ての仕事についていえることなのだ。自分の稼ぎのうちのいくばくかを各々が異なる領域で商売を営んでいるあまり遠くない関係の人たちとシェアすることで、その関係者全体にお金が回るのである。

一部の人が持ってくる案件にその他大勢がぶら下がっている、という状態(会社組織ではこの性格が強い場合が多い)よりも、はるかに柔軟でロバスト(強靭)なグループとなる可能性がある。

これを実現するためのポイントは、「適度なオープン性」だ。誰にでも門戸は開かれているけれど、ちょっとした敷居がある、といった感じである。バーや寿司屋の例に戻って考えてみよう。この店はいいな、また来たいな、と思うのはなぜだろうか?

それは、提供される商品やサービス、空間の居心地、店主の人柄などももちろんではあるが、「客層」というものが大きな役割を果たしている。基本、ジェントルな人が集まっている。偉そうにする声のデカいオジサンがいない、悪酔いする輩がいない、そんな客がいたとしても店主がそれとなく抑える、というようなことが行き届いているのだ。これができていない店は、たとえ提供されているものが高品質であったとしても、「あのオジサンの我が物顔は見たくないなぁ、、、」と足が遠のいてしまうのだ。

良質なバーや寿司屋というのは、誰でも店に入れるようにしてあっても、実際には店主が客を選んでいるのだ。いろいろな観点から店の趣旨に合う人、ポリシーに賛同してもらえる人だけを何回かかけて篩(ふるい)にかけていく。もちろん、一発でアウトな人もいる。その積み重ねが、快適な店という「場」につながる。「あの店は、店主が偉そうだから行かない」などという人は、実はその人が店の篩にかけられてしまった残念な人であることに気づいていない。気づいていないことこそが残念でもある。

これは、好き嫌いとは次元が違う話である。もっと言語化しにくい不文律のようなものなのだ。その「場」の「コード」ともいえるものだ。それが自分にとって快適であり、店も客も対等な立場で、その感覚を共有できている人たちが暗黙、あるいは無意識にお互いをリスペクトしている、という状態である。そして、その状態を感じ取れない人、無自覚な人は、何らかの違和感とともにそこから離れていくのである。

実は厄介者なんだが、本人がかなり鈍感なため「単なる客モード」のまま居続けるような人もいる。こういう人には、シェアの意識がない。もちろんシェアの対象となるのはお金だけではない。とはいえ、店側もそこは商売なので、そんな人であっても引き受けつつ、距離感を保って適当に付き合っていくのである。

ジェントルでお互いに信頼できる、お互いにリスペクトできる、誰でもジョインできるけれど身勝手なことは許されない、という「境界や規範はあいまいだけれど信頼感のあるネットワーク」は、生きていくうえでとても大事なものだ。そんなネットワークの存在を意識しながら、そんなに羽振りは良くはないかもしれないけれど、できる範囲で楽しく生きていけたら、これはとても有難いことでないだろうか。

理想的ともいえるバーや寿司屋とそこに集まるであろう人たちを例に、「シェア」ということについて考えてみたが、最近のシェア・エコノミーの典型とされているものは、ユーザー視点での表面的な安さや適用領域が限定される便利さばかりに目が向けられているように感じられる。これは、なかなかに「貧乏くさい」のではなかろうか。


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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。