WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

居酒屋 板前 調理 イメージ

「庄や」の優れた企画力をどう使うべきか ウイスキーと酒場の寓話(18)

2020.01.31

Updated by Toshimasa TANABE on January 31, 2020, 19:07 pm JST

チェーン居酒屋で一番好きなのが「庄や」である。最寄り駅の駅前にもあるし、安定の無休営業もありがたい。酒は、全国の地酒がなかなかの目利きで揃っているし(よく飲むのは秋田の刈穂と高知の土佐鶴)、燗酒や300mlのボトルの冷酒も食中酒として好ましい。ビールは回転が良いのでフレッシュだし、ホッピーも黒ホッピーもある。ウイスキーは「竹鶴」がある。12月、1月は、シーヴァス・リーガルのミズナラが飲めた。

地酒

グランドメニューは4か月に1回改編されるのだが、それに加えて毎月変わる「地方特集メニュー」と「旬メニュー」が素晴らしい。この毎月変わるメニューは、旬の方はともかく、地方特集の「外した感のなさ」が驚きだ。中途半端な知識で企画すると「コレジャナイ感」や「本物を知らない感」が出るものだが、そういったことが年間を通じてまったくないのである。よほど、本社の企画部門のスタッフがしっかりしているのだろうと推察している。

かくいう私も、出張でよく行った地方や北海道方面以外だと知らないものも多数で、庄やで初めて食べて美味しかった、などという地方の名物料理がけっこうある(最近だと長野の山賊焼き)。若い頃に出張で行った先で食べた懐かしい味に再会することもある(瀬戸内のこいわし、鹿児島のきびなごなどなど)。いわゆるチェーン居酒屋のグランドメニューというのは、それだけだとメインストリームの酒肴に留まるだけに、通うとなるとどうしても飽きる。庄やは、グランドメニューも充実してはいるけれど、地方特集と旬の月替わりメニューが毎月とても楽しみな存在なのだ。月初めには、とりあえず何回かに分けてほぼ全部を食べてみることにしている。

きびなご

またこの月替わりメニューは、毎月、月末を迎える前に終了してしまうというのも素晴らしい。ちょっと普通の人はオーダーしそうにないものもあるし(知らないものは食べない、という人は多い)、人気の品から「それ、終わっちゃいました」といわなくてはならなくなるのはよろしくない、ということだろう。全てが完売したわけではないとは思うが、月末を前に売り切ってしまうのだから大したものである。崎陽軒のとき(「機会損失」よりも「廃棄」をなくせ)にも触れたが、月替わりメニューはセントラルキッチンで作ったものを全国の店に冷凍で数量限定で配布、機会損失よりも廃棄を減らすことを重視している、ということであろう。

月替わりといえば、釜飯も月替わりである。1月は鮭と別盛りのイクラ、2月はズワイガニである。これも、季節の食材を使った内容である。写真のように、固形燃料と絶妙のサイズの釜で20分くらいで炊き上げる。固形燃料が尽きた頃に炊けるので、数分蒸らしてからおもむろに蓋を取る。

釜飯

庄やの楽しさは、メニューを知り尽くしたうえで、バイト中心で回している店とは次元の違う安定のオペレーション(厨房には板前さんがいる。キャッチコピーは「板前がいる町の酒場」である)を利用して、自分のオリジナルな食べ方を実現するところにある。そのためには、オーダーにちょっとしたコツというか順番があるのだ。例えばこういう感じだ。

まず、付け合わせにナポリタンが付いている「しょうが焼き」を注文する前に「トマトハイ」を注文しておく。トマトハイには「お好みで」ということでタバスコが付いてくる。これが、しょうが焼きに付いているナポリタンに好適なのだ。ここで調子に乗って、粉チーズを所望したりしてはいけない(パルミジャーノなどというのは、さらに問題だ)。

しょうが焼き

海苔で巻いた納豆を軽く衣を付けて揚げた「納豆磯辺揚げ」を注文する前には、「焼きとんの塩」(カシラ、ハラミあたりが好きである)を注文しておく。納豆には味が付いているので塩気は十分なのだが、納豆というものはどうしても芥子が欲しくなる。焼きとんの塩には芥子がたっぷり付いてくる。これが納豆磯辺揚げに好適なのである。焼きとんの方が時間がかかるので、必ず先に注文しておかなければならない。

焼きとん塩

ここで重要なことは、しょうが焼きだけを注文して「タバスコください」などと言ってはいけない、という点である。納豆磯辺揚げだけの注文で芥子を所望するも同様にダメである。卓上には、塩、醤油、七味だけであって、ものによってタバスコや芥子を付けてくれるわけなのだ。そこに余計な要求をしてはいけない。メニューを知り尽くしたうえで、順序を踏まえて注文することで、自分の欲求を満たすことができるのだ。

特定メニューに固有のオプションを金も払わずにわざわざ出させようとする行為は、厳に慎まねばならない。これは、庄やに限らず、どんな店で飲んだり食べたりするときにもいえることなのだ。例えば、横浜に「勝烈庵」という非常に好ましいとんかつ屋がある(本連載でも書く予定でいる)。ここでは、卓上に自家製のソースが置いてあるが、ロースかつを注文すると「ロース用の辛口ソース」を出してくれる。看板メニューはヒレかつなのだが、それをあるいはカキフライなどを注文してロース用の辛口ソースを所望する、などというのがやってはいけない行為に当たるのだ。

さすがの庄やであっても、たまにはミスもある。アジフライは、メニューに「あなたはソース派? 醤油派?」などと書いてあるのだが、たまに店側がソースを出すのを忘れることがある。そんなときは、遠慮なくソースを持ってきてもらうようにしている。

1月の地方特集には「鱈のじゃっぱ汁」があった。これにグランドメニューの「薄揚げ葱叩き」を同時に注文してみたら、これがなかなか味わい深かった。じゃっぱ汁に揚げと葱をトッピングすると、とても美味いのだ。じゃっぱ汁に入っている葱は汁物のくたっとした美味さである。ここにしゃきっとした生の葱で、ダブル長葱で味が冴えるのであった。じゃっぱ汁は、鱈の身も白子も高品質で味噌の味付けも薄味でとても美味しかった。

薄揚げ葱叩き

寒い時期になると鍋を出してくれるのも庄やの楽しみのひとつだ。鍋は、数種類あるのだが、どれも1人前から出してくれる。これは、独り飲みが圧倒的に多い身としてはとてもありがたい。鍋は、出汁や具材によって何種類かあるものの、昆布のみで味が付いていないのは「鱈ちり湯豆腐鍋」だけなので、いつもこれである。カセットコンロの火加減を調整しつつ、春菊や水菜などはちょっとよけておいて最後に投入したりして、豆腐と鱈の切り身と野菜をポン酢と薬味(青葱と紅葉おろし)で食べる。

鱈、豆腐、野菜を食べ終わったら、締めにはうどんを入れる。うどん以外だと、ラーメンか雑炊の選択となるが、この後を考えるとうどんが好ましい。白出汁醤油を付けてくれるので、これと卓上の醤油、塩、ちょっと残しておいた燗酒(これもポイントのひとつ)で味を決める。

先に「この後」と書いたが、これはうどんだけでは面白くないので、じゃっぱ汁でも使った薄揚げ葱叩きを追加注文して「きざみうどん」にするのだ。鍋の昆布出汁と薄揚げに掛かっている鰹節で出汁が良い塩梅になる。卓上の七味を大量に振り掛けて食べると幸せだ。

きざみうどん

グランドメニューにある「天ぷら盛り合わせ」を追加して鍋焼きうどんのようにしても良いかもしれないが、メニューに「生卵1個」はないし、締めに雑炊を選ぶと卵が付いてくるのではあるが、それをうどんなのに無理にお願いするのもしてはいけない類のことである。人生には、多少の制約が必要なのだ。

いずれにしても、こういう食べ方、こういう晩飯は独りならではだし、鍋物の回(鍋料理には「お里」が知れる怖さがある)でも書いたが、相手や周りに気を遣わずに自分が全部食べる、という安心感(焼肉の方がより強く感じるが)もある。鍋は2人前からという店は多いものだが、量的には楽勝で腹に収まるとは思うのではあるが、他のものも食べたいわけで、鍋を1人前から出してくれる庄やは本当にありがたい存在なのである。

グランドメニューには「細巻き3種」というものがある。ネギトロ、ごぼう、きゅうり、かんぴょうの4種類の細巻きから3つ選ぶのだ。これは、競馬の三連複4頭ボックスと同じであって、何か1種類外す、と考えると組み合わせは4通りとすぐに分かる。私はいつも、ネギトロを外すことにしている。ネギトロが一番原価が高いのだそうだが、寿司屋でさえ、ネギトロはわざわざ食べたいとは思わないのだ。ネギトロ2つにしてくれないか、などというモノの分かっていない客もけっこういるらしい。

捨てがたいのが「ご飯セット」である。小ぶりの茶碗にご飯、海苔のみそ汁、ぬか漬けのセットである。これにメインのおかずとして、焼き魚(鮭の西京漬けが美味い)、煮魚、しょうが焼き、アジフライ、刺身(マグロの刺身が安定の美味さ。本日のお勧め5点盛りもいつも外さない)など、全メニューの中から好きなものを組み合わせて定食にするのである(写真はキンキの煮付けとご飯セット)。

煮魚とご飯セット

以前、ハイキング帰りらしきオバサマ3人連れが、入ってくるなり「このお店、お食事はできるのかしら!?」という驚愕の質問を発したのに遭遇したことがある。「居酒屋」という業態についての理解が皆無なご様子で、お飲み物やお通しなどというスタッフの説明など「聞く耳持たぬ」という状況だった。水かお茶とおしぼりがタダで出てきて、食堂的なメニューから選ぶ、ということ以外にはまったく思いが至らないのであった。完全に推測ではあるが、これは「ずっと専業主婦だったうえに、夫が外食に連れて行かなかったが故に、世間を知らずでここまできてしまった」という悲惨な結末なのだろうと思われた。ご飯セットと何かを組み合わせての「お食事」に至っては、まったくの想定範囲外であろう。

最後に庄やの特筆すべき点をもうひとつ。それは外国人でも十分に楽しめる、ということである。まず、メニューが完全にバイリンガルで、英語が併記してある。さらに、宗教上の理由で豚や牛の肉を食べない、あるいベジタリアンなどであっても、幅広いメニューの中には必ず食べられるものがある。酒についても、ワインや洋酒などいろいろある。

以前、冷酒で甘えびの唐揚げなどを食べていたとき、隣に座った外国人のオーダーが素晴らしかった。

・マグロとアボカド
・生ガキ4個
・横綱餃子(美味しかったがグランドメニューから落ちた)
・ソース焼きそば
・瓶ビール

ソース焼きそば

左利きだったけれど、箸の使い方もキレイだったし、ありきたりな注文ばかりの日本人よりも、はるかに庄やで食べるべきものを知っている、と感じ入ったものである。


※カレーの連載が本になりました! 好評発売中!

書名
インドカレーは自分でつくれ: インド人シェフ直伝のシンプルスパイス使い
出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
Amazonで購入する

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。