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石と生きてきた町・神奈川県真鶴に新たな石材のプロダクトを。石材組合青年部と現代アート作家が起こす地域の胎動

2020.03.20

Updated by SAGOJO on March 20, 2020, 12:14 pm JST Sponsored by 真鶴町

東京都心部から鉄道で1時間半の場所に、従来の都市開発とは一線を画す進化を遂げつつある町がある。神奈川県真鶴町。多くの日本人が原風景として想起するような懐かしい景観が残り、豊かな海や森の恵みを享受するこの小さな町には、革新的な地域づくりと価値観が息づいている。

そんな真鶴町の最新の取り組みとして、2020年2月16〜29日の2週間にわたり、地場の銘石である「本小松石」を活用した新しい商品を生み出すためのプロジェクトが実施された。これは真鶴町が、移住を検討している人を対象とした試住体験事業を発展的に活用したもの。新たな試住体験者を開拓するために、働く場所を選択できるフリーランスを招き入れ、地域活性化につながる滞在制作事業を展開した。

今回のプロジェクトでは、町の公募に応募した東京の現代アート作家と地元石材組合青年部らが滞在交流し、本小松石の新たな活用方法を模索。調査、会議、試作を重ねるオープンイノベーションの中で、作家が地元の職人たちの想いを汲み上げ「石材×アーティストのクリエイティビティ」のいくつかの形を提示した。そして、これまでにない切り口で地元産品を磨き輝かせるきっかけを受け取った同青年部が、実用化に向け開発に着手。「新しい何か」が生み出される空気に溢れた“リーンな”町で、2020年代の「まちづくり」の可能性が垣間見えた。

ハードよりソフト。リーンスタートアップの考えが浸透し始めている石材業と漁業の町

真鶴町は神奈川県西部に位置する人口7195人(2020年2月1日現在)、面積7.05㎢の町。同県内で唯一、過疎地域に該当している。その一方で、これまでにも独創的で先進的なさまざまな試みに取り組んできた町でもある。

その代表例が1994年に施行された「美の条例」だ。これは、具体的な規制ではなく69の「美の基準」によって真鶴らしい生活風景を保全・活用するというもの。建築的な数値基準ではなく、行政文書とは思えない文学的な表現で真鶴が大切にしてきた風景や暮らしの作法を定義・提案している。その試みは、全国紙の社説に「小さな町の大きな挑戦」と取り上げられ、今も継続されている。

町のいたるところで現代アート作品の展示が行われる芸術祭「真鶴まちなーれ」や、ミュージシャン、デザイナー、プログラマーなど多様なジャンルのクリエイターが全国から集う「クリエイターズキャンプ真鶴」などアート・創作系のイベントも充実。2014年からはハッカソン「スタートアップウィークエンド」が開催されているほか、3Dプリンターなどデジタルと連動した工作機械(デジタル・ファブリケーション)や、飲食店等のインキュベーション機能を有するレンタルキッチン等が備わった創作拠点「真鶴テックラボ」の開設、さらにサテライトオフィスの誘致活動など、イノベーティブな町としてIT関係者やクリエイターを中心に注目を集めている。

地場産の海産物や野菜が並ぶ毎月開催の朝市「真鶴なぶら市」も活気にあふれ、業種の垣根を超え、人が交流する場になっている。「ハードではなくソフト」を意識したコンテンツによる、行政主導ではない「民」による地域づくりの数々が、「提案より実現を」という町の気質を醸成している(真鶴町のこれまでの取り組みについては別稿を参考)。

▲陽光が降り注ぐ坂道の町。独自の「美の基準」による条例によって景観が保たれている

町の基幹産業は、漁業と石材業だ。真鶴半島の沖は、黒潮が流れ込む急深の湾に多様な魚が生息し、美味しい海産物が年間を通して豊富に水揚げされることで知られている。また、半島先端には地元民が「お林」と畏敬の念を込めて呼ぶ「魚つき保安林」がある。この森は、雨水を溜め込むことで豊かな養分を含んだ水を海に供給し、クロマツやクスノキの巨木が海に影を落とすことで、魚が棲みやすい環境を作り出すとも言われている。これも半島周辺の好漁場の一つの要素となっている。

歴史ある銘石が迎えた曲がり角。危機感を持つ若手が立ち上がる

一方の石材業では、真鶴町内でのみ採掘される日本三大銘石の一つ「本小松石」が全国的な知名度を得ている。石材はコンクリートよりはるかに長持ちするが、本小松石は特に耐久性、耐火性に優れる。磨くことで滑らかな石肌となり、独特の色味を見せるこの輝石安山岩は、粘り気が強く欠けにくい石として古くから重宝されてきた。

源頼朝によって真鶴港から鎌倉に船で輸送され、寺や城の石垣・礎石に用いられたほか、徳川家康にも愛され江戸城の石垣やまちづくりの基盤に使われた。江戸・明治時代以降も建築物、石碑、庭石として広く用いられ、お台場の築造や羽田空港の埋め立てにも使用されている。墓石としても前述の源頼朝、芥川龍之介、福沢諭吉など各界の偉人の墓に多く使われており、一般的には「墓石の最高級品」というイメージが強い。経年で表情が変わるため、わびさびを表現する「生きている石」とも呼ばれるという。

国の重要無形民俗文化財にも指定され、毎年7月27、28の両日に開催される「貴船まつり」は、大漁を願うだけでなく、石材を搬出するための海運での安全に祈りが向けられている。このことからも、二つの産業が真鶴にとって歴史に根付いた基幹産業であることが読み取れる。

▲石材の加作業場(竹林石材店)。採掘された小松石がここで様々な形に加工される

これまでのアートを活用した地域づくりにも、この本小松石を活用したものがあった。

1964年の東京五輪に合わせて前年の63年に町内で開催された野外彫刻展「世界近代彫刻シンポジウム」には、国内外から声望の高い12人の彫刻家が参加。作家が現地に滞在して作品を制作する工程から公開した。翌年の五輪開催時には、作品が会場の国立代々木競技場周辺に並び話題を呼んだ。

日本の野外彫刻祭の先駆けとしてのこのイベントを2020年の東京五輪に合わせてよみがえらせたのが「真鶴町・石の彫刻祭」だ。前回同様、五輪前年にあたる19年に小松石を使ったアート作品の制作工程を町内で公開。今年、完成品を展示する。

もう一つは、町内の石材業者を中心に構成される神奈川県石材協同組合が主催する「真鶴小松石祭」。今年8月29、30の両日、1997年以来23年ぶりに復活する。墓石や石材で作られた花瓶などの商品を展示するほか、巨大な原石や制作過程の公開、石磨き等の仕事体験、「丁場」と呼ばれる採石場を見学できる無料バスツアーも開催予定。会場の琴ヶ浜広場駐車場には町内の飲食店などによる出店も並ぶ。祭りの準備、運営を担うのは同組合の青年部だ。

※上記の「真鶴町・石の彫刻祭」及び「真鶴本小松石祭」については、コロナウイルス問題の発生により20年の開催を中止、21年以降に延期。

▲真鶴小松石祭に向け「青年部内でまとまりが出てきた」と語る竹林智大青年部長

本小松石を含む国内の石材業を取り巻く環境は近年、難局を迎えている。石積みがコンクリート等に代用されるようになったために需要が減り、建築資材としては中国やインドから低価格の海外産石材が流入。加えて「お墓離れ」が進み、真鶴町内でも採掘・加工会社が減少した。職人も減り、青年部部長の竹林智大さんは「石材業にとって一番厳しい時代かもしれない」と語る。

こうした危機感の中、東京五輪、石の彫刻祭と大きなイベントが重なるタイミングで、さらに小松石をPRするため「石祭」を復活させようという機運が生まれた。この「石祭」と連動する形で新たなプロダクトを提示することが今回のプロジェクトの目的の一つ。

「何もしなければ衰退する一方。状況が急に良くなることはなくても、今こそ全力でやらないと、という感じです」と、竹林さんは続ける。

アーティストが地域にもたらす新しい切り口。プロダクトの種が蒔かれた実のある2週間

今回、真鶴に2週間滞在し青年部とともにプロジェクトを進めたのは、現代アート作家の鮫島弓起雄氏。東京を拠点に立体作品やインスタレーションを制作している。地域でかつて使われていた道具や機械を用い、ものに宿る魂を具現化した「八百万」シリーズなど、地域性を文脈に取り込んだ作品を多数発表しており、石材を扱った作品の制作経験もある。石材の基本的な扱い方は、大学時に在籍した彫刻科で学んでいる。多様なスキルを持った「旅人」を企業や地域とマッチングするサービス「すごい旅人求人サイト SAGOJO」を通じて、真鶴にやってきた。

▲丁場を訪れた鮫島弓起雄氏。アーティスト・イン・レジデンスの形式で地域を歩きアイディアを生み出した

鮫島氏はこの2週間で、まず小松石の現状や地域についてヒアリングし、アイディアの提案や試作品の制作を青年部とコミュニケーションを重ねながら進めていった。

青年部員の細田将吾さんは「自分たちも色々と試行錯誤はしているので、例えば石専門の芸術家で石のことを全て把握しているような人が来ていたら、大きな変化はなかったかもしれない」と打ち明ける。「石が専門ではなかった人だからこそ良かった。石ありきの発想ではなく、違うものを扱っている中でそこに石を組み合わせるというのは、自分たちにはできないこと。今までにない切り口が新鮮だった」。

▲試作品作りに取り組む鮫島氏。普段の制作に関してはビジュアルの面白さ、エンターテインメント性を大事にしているという

この2週間のまとめとして町観光協会で2月29日に行われた報告会には、青年部員と鮫島氏のほか、町の産業観光課や観光協会職員(真鶴テックラボ運営者)など計13人が参加。「石×テクノロジー」「石×漁業」「石×空間」などをコンセプトにした8案が鮫島氏から改めて提案され、「石祭」の場で発表を目指す第一弾の商品の選定や今後の展開について議論が交わされた。

▲2週間の区切りとなる29日の報告会で試作品を確認する青年部員たち

提案のうちの一つは、「石×遊び」がテーマの「石の音を楽しむオブジェ」。本小松石を積み重ねたオブジェに球を落とし、各層にあけた穴を通って落ちていく際にカランコロンと響く乾いた音を楽しむ機能で、子供たちに本小松石をより身近に感じてもらう狙いだ。「地域情報センターなど地域の拠点に巨大なものを置けば本小松石の意識づけになる」「積み上げる石に隙間を作り、落ちる過程がのぞき込めるようにしたら良いのでは」「モニュメント級の巨大なものを設置すれば観光客にもアピールできる」などの意見が寄せられた。

▲球が転がり落ちる際の音を楽しむオブジェ。試作品はこの形だが、様々な積み上げ方、大きさ、石の形状を想定できる

報告会では、その他の案についても実現化の時期やディティール、ターゲット層などについて議論が交わされた。真鶴テックラボの3Dプリンターを活用した案や派生案も俎上に上がった。一部の案については、クラウドファウンディングを活用し資金を集めると同時に、全国への周知を広めることも協議。商品実現化、PR、販売の仕組みの構築については一連のディレクションができる専業・専門的な人材が必要では、との提言も出た。また、プロジェクトが一過性のものにならないように、という認識を共有した。今後は、青年部が各プロダクトのディティールを固め意思決定した上で、町長など行政の首脳陣に報告をするという流れになる。

「墓石のイメージからの脱却」と、それとは正反対の職人としての矜持

青年部や地元は「本小松石といえばお墓」というイメージからの脱却を図ろうとしており、現にその意図に沿ったプロダクトも生み出された。

一方で、2週間の検討を重ねる中で「イメージからの脱却」だけではない職人たちの矜持も見えてきた。期間中に開かれたある食事会では、気づけば墓石の話で場が盛り上がり、多くの青年部員が墓石へのこだわりを持ち合わせていることがわかる一幕も。

鮫島氏はこの熱量を汲み取り、石と共に生き、墓石に愛着がある地域だからこその商品も提案した。石板や墓石として「古来より人の想いを記録してきた媒体」である石の機能に現代のテクノロジーを掛け合わせ、「弔う」という行為に新しい意味を付加した終活に関わるアイディアも提示した。

今回のプロジェクトは、地域の看板である石材業界の若手層が次の一手を自発的に考えるきっかけを生み出した。地元の人間の熱意に外部からの新しい視点が加わり良いコミュニケーションを重ねたことで、町の歴史や営みに即した上で斬新、といった商品や構想が生まれた。

竹林さんは「今までこういった形の動きはなかった。青年部の士気も高まっており、良いきっかけになった」と話す。同青年部の脇山直也さんは「食事をしながらざっくばらんに話している時に、皆が石屋の目線でアイディアに食いついていて、会議でも『ここはこうしたらいいんじゃないか』と盛り上がった。どういう結果になるかはまだわからないが、この取り組みへの期待感は高い」と2週間を振り返った。

▲有意義な2週間に対し各方面から「時間が足りない」と声が上がった。結果的に「最低限の要素、時間、コストで試作を作りフィードバック」というリーンを体現する形になった

このプロジェクトや「石祭」に対して、話を聞きつけた一部の移住者やアーティストからは「地元の人がやっているなら自分たちも何か関わりたい」という声が出ているという。こうした動きに細田さんは「同じ町に住んでいても、知り合う機会は多くない。自分たちで何かを作って広めるだけではなく、そう言ってくれる人たちとの交流の場を作ることも、活動の中に入れていかなければいけないと気付かされた」と話す。

脇山さんも、クリエイターやIT関係者によるこれまでの外部からの取り組みについては「『何かがんばっているなぁ』とどこか他人事だった」とした上で、「今回自分が(外部からの刺激に)関わってみて、その面白さがわかった。石祭にしても今回のプロジェクトにしても、青年部だけでは人手が足りない。他業種の方や行政に手伝ってもらえればうれしいし、逆の立場の時は自分たちが手伝う。そうすることで横のつながりができていくのでは」と期待を込める。

地域づくり事業に長年携わってきた卜部直也・町政策課戦略推進係長は「地域の活力を持続するためには、当事者たちが立ち上がって中心にならないといけない。行政に求められるのはそのための環境作り」と説明する。「昔から住んでいる人、新たに移住してきた人、外部から真鶴に関わろうとしている人と、『真鶴』であることにこだわる多様なプレイヤーがいることが、この町のポテンシャルだと思います」。

何か一つインパクトのある案を打ち出せば人が集まる時代は過ぎ、価値観やライフスタイルの多様化によって正解が一つではなくなった現代。上意下達、一方通行の地域づくりではなく、「チーム」を巻き込み当初段階からコミュニケーションしながらプロセスを進める「リーンスタートアップ」の考え方が根付いている町で、地元の伝統産業の担い手たちの意識に起き始めた変化は、地域の活性化を一つ上の次元に引き上げるために必要な“鍵”なのかもしれない。

(執筆&写真:清水泰斗  編集:杉田研人 企画・制作:SAGOJO)

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