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イスラエル コロナ マスク イメージ

スタートアップネーションはコロナを克服するか

2020.04.27

Updated by Hitoshi Arai on April 27, 2020, 14:22 pm JST

新型コロナウイルスの更なる感染拡大を阻止し、被害を最小化すべく、日夜世界中で医療関係者の懸命な努力が続いていることに、まずは深い感謝を捧げたい。まだ終わりの見えない戦いが続く中、多くのイノベーションを起こしてきたイスラエルでも様々な挑戦が続いている。そのいくつかを紹介するとともに、After Coronaのイスラエルについて展望したい。

技術による様々な挑戦

BATM 社:唾液で素早くウイルス検査

現在、新型コロナウイルスの検査は、微量の検体を高感度で検出する方法で、Polymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)、略してPCR検査が行われている。検体が検査機関に持ち込まれてから結果が出るまでの時間は、6時間から8時間ともいわれている。

BATM Advanced Technologies社は唾液から素早く診断できる検査キットを開発した。検体を研究所に持ち込んでから結果が出るまでにかかる所要時間は25分といわれている。BATAMは以前、SARSやMERSの診断キットも開発した。

空軍、マイクロソフトR&D,Magen David Adom (MDA)、Ichilov Medical Centerは、不足している人工呼吸器を大量生産する方法を考案

マニュアル操作の呼吸バルーン(respiration balloon)を利用して自動操作する方法であり、オープンソースなのでどこでも大量生産することが可能。

スタートアップネーションはコロナを克服するか

スマホアプリで感染防止対策「HaMagen」

イスラエル保険省がリリースしたスマホアプリ。保険省が把握する既存感染者の行動履歴とアプリユーザーの位置情報から、過去14日以内に行動経路に接点があるかどうかを確認できる。個人情報の面からの議論も起こったようだが、一方で可視化された情報は安心も与えている。

その他、お得意のサイバーセキュリティの分野でも、リモートワークを狙った攻撃に対処するソリューションなど、危機を商機と捉え、時流に則した多くの提案がなされている。

知恵でさまざまな制約を乗り越えてきた国

歴史を振り返ると、イスラエルは、1948年5月14日に国連決議に従って独立を宣言した。アラブ諸国はこの国連決議に反対し、翌15日にエジプトを筆頭に5カ国がイスラエルの独立阻止を目指して攻撃を仕掛けた。このようなスタートをしたイスラエルのプライオリティの筆頭は常に安全保障である。対立する国々に囲まれているイスラエルが生きてゆくためには、先ず水、食料、エネルギーを確保せねばならない。

水源となる湖が一つしかない彼らは、多大な努力の結果、逆浸透膜法を用いて海水を淡水化することで飲料水を確保した。一度利用した排水の高度なリサイクルも進んでいる。また、点滴灌漑という技術を開発し、植物の根本だけに必要最小限の水を供給することで、砂漠のような土壌でも農作物を育てることに成功した。その結果、食料の自給を成し遂げただけではなく、一部の農産物は輸出までしている。

鉱物資源の無いイスラエルではエネルギーの自給は難しく、ヨーロッパの国を通して石炭を輸入することで乗り切った。また、建国時の人口はわずかに60万人程度しかいなかったが、世界中に離散しているユダヤ人を移民(帰還民)として積極的に受け入れることで、人口を増やしている。

このように、イスラエルは建国当初から直面した多くの困難を知恵と工夫で乗り切ってきている。これは彼らのDNAのようなものである。前述のような、様々な開発が迅速に進むのも、彼らのDNAかもしれない。

ニュー・ノーマルにおけるイスラエルにとってのGoodとBad

まだ感染者数減少の兆しは見えないが、既に色々なメディアでポスト・コロナの世界についての議論が始まっている。その多くは、BC(Before Corona)とAC(After Corona)で大きく世界が変わり、これから迎えるACの世界を「ニュー・ノーマル」と理解せねばならない、という指摘だ。

BCのイスラエルでは、優秀な人材がITだけではなく、医療や農業等、様々な分野でイノベーションを起こし、世界中から投資を集めてきた。スタートアップネーションと呼ばれるように、年間1000社以上のスタートアップが生まれる。2018年はこれらのうち主な企業が世界から64億ドルの資金を調達した。

コロナ禍により世界経済が停滞の危機に直面するなかで、ACでもスタートアップネーションのダイナミズムは生き続けるだろうか? イスラエルがニュー・ノーマルの世界で活躍し続けられるかどうか、経済学者ではないので予測することはできないが、プラス/マイナスそれぞれの面で気が付いたことを指摘したい。

イスラエルにとってのGood News:
今回のコロナ禍で、我々は“予測できない世界”がかくも身近にあることを再認識させられた。1月に中国での感染のニュースが入ったときに、そのわずか3カ月後に世界がこのようになると想像できた人はいただろうか? このような“予測できない未来”、がニュー・ノーマルの基本になるかもしれない。

日本企業とイスラエル企業を比較して常に気がつくのは、様々な判断のスピードの相違である。日本企業は概ね「あらゆる判断が遅い」が、それは、第二次大戦後に平和な社会が続いたため、人々が“将来が過去の延長線上にあると信じている”ことに起因する、と考えている。過去の延長線上にある未来であれば、より良い判断のために過去のデータの分析に時間をかけることには意味がある。

一方、イスラエル人はどのような問題でもほぼ即断する。それは、彼らが常に「明日がどうなるかわからない」世界に生きてきたからだろう。彼らの特徴を表すのに Improvisation という言葉がある。常にその時々でベストの解を探し、状況が変われば柔軟に修正する、という姿勢が彼らの行動様式と言って良い。従って、After Coronaのニュー・ノーマルとは、彼らの強みが生きる世界になるということを意味するのではないだろうか。

イスラエルにとってのBad News:
スタートアップネーションの主な産業は「優れた技術・商品を開発し、それに対する海外からの投資を得る」ことである。しかし、世界中で人の動きが止まり、経済活動が減速・停滞してきた現在、投資家が選ぶ行動の第一は「現金を手元に置く=投資をしない」ことである。つまり、イスラエルに良い技術が生まれたとしても、そこに投資する投資家のお金が細ってしまう、という現実がある。事実、イスラエルのスタートアップでは、目下レイオフや廃業が続いている。失業率は28%になった。

日本では、モノを作りそれを顧客に売る、という“実業”がビジネスの中心になっている。その中には、例えば、工場、在庫、商流、顧客は存在する。サプライチェーンは分断されたものの、停滞という経済危機が去った時には回復の手がかりになる。一方で投資は、主に商品になる前の技術、まだ利益を生んでいないビジネスモデル、の将来性に対して行われる。“Intangibleな価値”に対してお金を出すので、投資資金が消えれば、そこには人と知財以外何も残らない。無論、優秀な人、優れた知財があれば再出発は可能であるが、それ自体も世界からの投資の有無に大きく依存してしまう。

果たしてスタートアップネーションは、ニューノーマルの世界でもイノベーションを生み続けることができるだろうか?

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu