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小さなdoの積み重ねが地域・行政・企業をつなぐ。塩尻市のスーパー公務員・山田 崇氏が推進する超ユニークな地方創生アプローチ−日本を変える創生する未来「人」その12

2020.05.04

Updated by 創生する未来 on May 4, 2020, 09:16 am JST

かつて一度でも長野県塩尻市を訪れたことがある方ならば、現在の同市の大きな変化に戸惑いを覚えるだろう。いまや塩尻市は、地方創生のロールモデルとして、全国の自治体だけでなく、民間企業にもその名が知れ渡る存在になったからだ。その成功には「元ナンパ師の公務員」を自称する名物スーパー公務員の存在があった。塩尻市役所企画政策部地方創生推進課の山田崇(やまだ たかし)氏だ。今回の創生する未来「人」その12では、これまで同氏が進めてきた非常にユニークな地方創生の取り組みと今後の展開について紹介したい。

元ナンパ師のユニークな発想が地方行政の在り方を変えていく

昨年、山田崇氏は『日本一おかしな公務員』(日本経済新聞出版)という書籍を上梓し、大きな話題を呼んだ。地方行政や地域創生に関わる人ならば、すでに目を通したことがあるかもしれない。

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もともと同氏は、雑誌『TURNS』の表紙を飾ったり、「地域に飛び出す公務員アウォード」大賞などを受賞している有名人だが、全国区で一躍有名になったのは「TEDxSaku」(TEDの精神を共有する佐久地域のコミュニティ)に登場して3万以上もの「いいね」が付いた頃からだろう。

そのときの動画をご覧いただければ、彼のユニークなキャラクターが垣間見られる。学生時代のナンパ経験が生かされているのか、その軽妙な語り口に惹きつけられる。公務員だと聞くと、どうしても真面目で堅いという印象を持ってしまうが(彼が不真面目ということではない)、同氏のプレゼンを見ているとそのイメージがどんどんと崩れていくようだ。

プレゼンタイトルの「ひとりじゃ円陣組めない」とは、ナンパする仲間とナンパ前に円陣を組んで士気を高めていた、というエピソードから始まるが、これは現在の町おこしの仕事にもつながっている。

▲「TEDxSaku」の動画「ひとりじゃ円陣組めない」。仲間とナンパする前にチームで士気を高めるため円陣を組んだ。今の仕事もチームでやることが大切。

山田氏がナンパを始めたのは大学生になった頃。高校時代に仲の良かった友人らと、週末の渋谷や新宿で「このくらいの白いペンギンを探しているんですけど」と見知らぬ子に声をかけた。しかしナンパが成功する確率は極めて低く、ほとんど失敗に終わった。そこで、ナンパの成功率を高めるために、戦略を練るようになったという。同氏は「考えるべきこと」と「考えても仕方のないこと」を明確に区別し、後者をバッサリと捨てた、と振り返る。

「まず仮説を立て、目の前の1人の相手に丁寧に向き合い、その反応を見ながらジャズの即興演奏(インプロヴィゼーション)のように接しました。たとえ相手に断られても心を折らずに何度でも出会いを求め、諦めずに継続する力も養いました。合コンができた暁には、チーム全体の利益を最大化するように振る舞いました」。

この学生時代のナンパ経験が、現在の仕事の成功にもつながっているのだ。「元ナンパ師」という刺激的な肩書きが独り歩きしている面もあるかもしれないが、常に新しい第一歩を踏み出し続けていることと、自身の行動を後で理論的かつ合理的に考察して意味付けしていることが、同氏の特徴的な強みである。

偶発性を意図的にデザインする! 予想しない出来事を起こす「計画的偶発性理論」とは?

TEDxSakuのプレゼンでも触れられた、同氏ならではの洞察も紹介しよう。

それは、スタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱した「計画的偶発性理論」をナンパに応用したことだ。計画的偶発性理論とは、「個人の8割のキャリアは、予想していない偶発性の連続によって形成される」というキャリア論で、その偶発性は「好奇心」「持続性」「柔軟性」「楽観性」「冒険心」の行動特性を持つ人に起こりやすいというもの。山田氏は、この偶発性を起こすことが、ナンパ成功につながると考えた。心理学やキャリア形成の理論をナンパに当てはめたのである。

「初めて出会う女性への好奇心、何度もナンパを続ける持続性、相手を見ながら対応する柔軟性、無視されてもめげない楽観性、まずトライからという冒険心が、成功へのアプローチにつながりました」。

▲スタンフォード大学のクルンボルツ氏が提唱した「計画的偶発性理論」。そこで示唆された5つの行動特性(スキル)は、ナンパ成功の共通要因にもなるものだった。

計画的偶発性理論のベースは、偶発性を意識的にデザインして、予想しない出来事を起こすこと。「とりあえず自らが何か行動すると、予想しない化学反応が起こります。これが物事を動かす大切なトリガーとなり、知らないことを知る、すなわち無知の知である自分に気づかされるのです」と山田氏は語る。

これは第8回の記事で、ソトコト編集長の指出氏が提唱している「関係案内所」に近い発想かもしれない。

「とりあえず何か行動する」ことこそが大事なのだ。山田氏は「現在の日本社会が直面する問題は、PDCA(plan do check action)サイクルを闇雲に回しても解決できないものが多くなってきています。少子高齢化、過疎化、生産人口の減少といった社会問題は、これだ! という明確な正解がないため、計画が立てらないからです。だから「p(計画)」を飛ばして、小さな「do」から始める必要があるのです」と説明する。

小さなdoにより試行錯誤した結果をフィードバックして、改良を繰り返しながら高速サイクルを回していく。これは、ソフトウエアのアジャイル開発であったり、スタートアップが導入している「MVP」(minimum viable product:実用最小限の製品)の手法とも共通ものがある。

空き家プロジェクト「nanoda」が引き起こした市民との化学反応

山田氏は、塩尻市役所で地方創生推進の仕事に携わり、次々とユニークな施策を練り、それらを成功させてきた。しかし、地方創生の仕事は、前述のように「明確な正解がない適応課題」だ。正解が決まっている一般的な「技術課題」とは違う。正解のない適応課題を解決するには、状況に合わせて臨機応変な創意工夫が必要になる。

この適応課題を解決する糸口になったのが、2012年4月から山田氏が始めた「nanoda」という空き家拠点プロジェクトだった。これは、文字どおり「○○なのだ」とタイトルを付ければ、この空き家を拠点になのだと名乗る何かをやれる市民参加型の緩いプロジェクトである。

▲大門商店街の空き店舗を拠点に始めたプロジェクト「nanoda」は、何をやっても良いという市民参加型の緩いプロジェクトであり、適応課題を解決するシードになった。

プロジェクトが始まった当時、塩尻市の中心街である大門商店街は、130店のうち約30店が空き屋という危機的な状況に瀕しており、いわゆるシャッター商店街になりつつあった。昔のように商店街を復活させるために、まず山田氏は「自腹で」一軒の店舗を借りて、商店街の将来を考え始めた。

自腹ということからも想像できるように、このプロジェクトは公務員としての仕事ではなく、あくまで山田氏のプライベートな時間を割いて始められたものだ。自腹で空き家を借りることで、有志の仲間と自由につながりを持ちながら、数多くのプロジェクトに関わってきたのだ。

「最初は空き家のシャッターを毎朝開けるだけでしたが、nanodaの活動を続けていくと、やがて地域の賛同も得られ、プライベートな活動が公務員としての業務に繋がっていきました。一時的ですが、ビジネスホテルも含めて、nanodaで最大6件の空き家を借りるほどになりました」。

nanodaで最初にトライしたイベントは、商店街の空き家をキレイにする「お掃除なのだ」だった。そこで分かった意外な点は「一般的にいわれている空き家問題では出てこない大家さんそれぞれの事情」だった。「お掃除なのだ」である大家が抱える課題を聞くと「塩尻のような地方都市は固定資産税が安く、借り手をすぐに探す気にならない。空き家の状況に呆然としてしまい、対処方法も分からずに放置していた」という実像が浮かび上がったという。

目の前の一人を大切にしないと多くの人は助けられない。「N=1」の発想とは

こうした個別の事情は、当事者とひざ詰めで接する機会がなければ見えてこない。そんな中で、山田氏がいうところの「N=1」の発想も生まれた。この考え方はナンパの姿勢と同じで「目の前の1人を大切にしないと、多くの人は助けられない」というものだ。当然かもしれないが、地方行政でも当事者の声を丁寧に聞かなければ、その場所の課題は解決できない。

多くの学びと発見があったnanodaのプロジェクトは、2020年3月現在、累計で約470回を数えるイベントになった。これまでに行われたユニークなイベントをいくつか挙げてみよう。

例えば、肉屋とパン屋のコラボ「三河屋のカツサンドなのだ」、複数店でカレーを食べ歩く「ぐるぐるカレーなのだ」、ミニFM局に住民を招く「100mしか届かないFM放送局なのだ」、塩尻特産ワインを試飲する「ワインなのだ」といったものがある。いずれも地元住民と交流し、予想外の化学反応を起こしたイベントになった。

▲ミニFM局に住民を招くユニークな試み。100mしか電波が届かないので、ラジオを聞くために局の周辺に聴衆が集まり、住民にも特別出演してもらったという。


▲さまざまなワインを試飲して楽しむイベント。あまり知られていないが、塩尻は130年前からブドウ栽培が始まっており、そのブドウを使った特産品のワインは有名だ。

直近では、4月15日に8周年記念企画として、はじめての「オンラインでお掃除なのだ」や、同月20日に「大門商店街でワインなのだ vol.93」がリモートで開催された。今後のオンラインイベントもフェイスブックページに掲載予定なので、興味のある方は視聴してみると良いだろう。

他の地域とインクルーシブな連携を図る「塩尻スタイル」の地方創生

多くのプロジェクトの中でも、2013年に開催された「敵に塩を送る! しおなのだ!」は特筆すべきイベントだろう。

もともと塩尻という地名は「日本海側や太平洋側の海から最も遠い内陸地にあり、行商人が売る塩がなくなる最終地点」であることに由来する。「敵に塩を送る」という諺は、今川義元との同盟関係を破棄した武田信玄が塩の供給を絶たれ困っていたところ、敵対関係にあった上杉謙信が見かねて武田側に塩を送ったというエピソードが元になっている。

そこで、塩尻が全国各地に塩を届けてくれるように呼びかけ、おむすびやソルティドッグで塩の味を比べるイベントを開催。最終的に28地域から33種の塩が集まり大成功を収めた。その後、これが「しおじり塩サミット」に発展し、90種もの塩が集まる一大イベントになった。また「しおじり塩ソムリエ協会」も立ち上がった。

「nanodaによって小さなイベント(小さなdo)を展開していくと、やがて想定外の人が新しい価値を持って参加してくれるようになります。誰かが勇気を持って何かを始めると、その周りで応援してくれる人が出てくることを肌で実感しました」。

これは、塩尻らしい地方活性化の原点となる出来事だった。しおじり塩サミットでは90種の塩が全国から集まったが、長野県産のものは一つもない。400年前から塩が届かない不利な条件を抱えた地域だからこそ、塩尻市は全国の塩づくりを応援し、その魅力を発信する必要があった。塩尻市の魅力を全国に発信し続けることが地方活性化への道。これこそ「塩尻スタイル」といえる。

これを主導する山田氏は「やはりナンパと同じで、全国に散らばる地方自治体はチームなのです。全体のパイが大きくなれば、自分の取り分も増えます。ライバルの特産品だから宣伝しないのではなく、自らがスマートにリスクを取って挑戦し、寛容性をもって広めていくことが大切です」と喝破する。

地方創生というと、当該地域だけで手一杯となり、他の自治体まで考える余裕がないのが実情だろう。しかし塩尻スタイルの地方創生は、地方同士が認め合って連携し、新たな価値観で共存共栄していく、SDGs(sustainable development goals)の「インクルーシブ(社会的包摂)」にもつながる考え方だ。将来的に地方創生を成功させるには、こういった考え方がカギとなりそうだ。

山田氏は現在、関係人口という観点から、オンライン関係人口未来会議「鳥取県×塩尻市」-地方銀行のローカルベンチャーへの挑戦-と題した、他地域の自治体と連携した取り組みも始めている。

市民・民間企業・市役所による地方創生協働リーダーシップ・プログラム「MICHIKARA」の大成功

塩尻スタイルの地方創生は、山田氏が市役所でずっと内勤していたら出てこなかった発想かもしれない。実は同氏は、市役所以外にも商工会議所や松本広域連合に計7年間ほど出向していた経験がある。松本広域連合は、長野県の19市町村44万人の圏内で消防や緊急搬送を行う組織だ。それが、市町村職員の人材育成まで含む広域施策に発展していった。

2015年に塩尻市役所に戻った同氏は、企画政策部に新設された「シティプロモーション係」に着任した。すでにその頃には年間100回以上もの講演をこなし、全国を飛び回るようになっていた。そんな折り、国が力を入れ始めた地方創生交付金制度の条件を満たす「官民連携」について検討することになったという。新たに企業の力を借りることで地方創生を推進する、というテーマが与えられたのだ。

塩尻市は、2007年にすでに地域ブランド戦略を立てており、山田氏も「企業がお金を払っても塩尻市に来てみたいと感じてもらえるように、地域をブランド化することが重要」と考えていた。そこで、企業変革屋を名乗るチェンジウェーブの佐々木裕子氏の協力も得て、首都圏のビジネスパーソンを塩尻市に呼び込む地方創生協働リーダーシップ・プログラム「MICHIKARA」(ミチカラ)を立ち上げた。

2016年にグッドデザイン賞を受賞した本プログラムは、人材育成と地域課題の両方を組み合わせた画期的といえるプログラムだ。そのネーミングには、市民・企業・市役所という「三つの力」、新しい価値を生み出す「未知から」、新しい未来を創る「道から」という意味が込められている。

民間企業が送り込む次世代リーダーと市役所職員の混成チームが、塩尻市から与えられた複数の地域課題のうち一つを選び、リモート会議やフィールドワークを通じて1カ月間にわたって、当事者意識を持ちながら徹底的に討論する。最後に2泊3日の合宿を行い、市長を前にプレゼンを行って解決策が認められれば、それが政策として直ちに取り込まれるという。

▲地方創生協働リーダーシップ・プログラム「MICHIKARA」(ミチカラ)。人材育成と地域課題の両方を解決する画期的な取り組み。写真は、市長の前で行ったプレゼン。

この取り組みは、企業側の人材育成に絶大な効果があると評判を呼び、5期目までに「塩尻型新規木材需要創造戦略」「子育て女性の復職・両立支援」「観光インバウンド交流人口増加策」といった合計42テーマが課題として用意された。詳細については公式Webを参照してほしい。

民間企業からはこれまでに、リクルート、ソフトバンク、JT、オリエンタルランド、ANA、武田薬品工業などといった大企業の社員109名が参加し、異なる人材交流のネットワークで互いに切磋琢磨し刺激し合ってきた。塩尻市にとっても民間企業にとってもWin-Winとなる施策なのである。

「ただし、研修後には塩尻との関係性が切れてしまうという問題も見えてきた。現在、オンラインサロンのようなプラットフォームを作り、塩尻に興味を持った人たちが継続的に情報交換ができる仕組みにしたり、副業のような形で短期の仕事に関われる余地を作ろうとしています。ぜひ、みなさんにも飛び込んできていただければと思います」(5月14日に開催されるオンラインイベントはこちら)。

オープンイノベーションを実現! シビックイノベーション拠点「スナバ」の役割

このMICHIKARAは、行政改革の一環として「市政に民間活力を導入する」という文脈上で誕生したプログラムだった。これが想像以上に大成功し、むしろ民間企業の方から「ぜひ塩尻の地域課題を解かせて欲しい」と求めてくるほどになったという。

そこで次のステージとして、民間企業だけではなく、大学や市民の力を借りて、オープンイノベーションを実現するシビックイノベーション拠点「スナバ」が作られた。これは、すでにある「塩尻インキュベーションプラザ」と塩尻情報プラザに隣接した一角に新設され、2018年にオープンした。

ここで新規事業を生み出して育てていくために、フリーランスや小規模事業者が利用できるコワーキングスペースと、企業家の成長を加速させるアクセラレーター、さまざまな人が協働(共創)してプロトタイプを磨く実証実験の場としてのリビングラボの機能を持たせた。いわば「砂場のように誰でも参加して創作でき、失敗しても、またリメイクできる」、そんな場所を目指しているそうだ。

▲オープンイノベーションを実現するシビックイノベーション拠点「スナバ」。コワーキングスペース・アクセラレーター・リビングラボ(実証実験の場)の機能を持つ。

「話は戻りますが、N=1から始まるイノベーションが本当に大事です。そのために現状に疑問を持ちながら、現場・現物・現実についての固定観念を捨てていく必要があると考えています。nanodaもMICHIKARAもスナバも、行動量を増やしていく段階から変化する瞬間が来るまでは、とにかくdoの事実を積み上げていかなければなりません。そして全国の自治体の中で、塩尻市が地域課題を自ら解決する基盤づくりに初めて成功すれば、その他の自治体にも応用してもらえると思います」

学生時代のナンパで鍛えた行動的スキルを、地方創生という難しい適用課題に対して適用し、試行を繰り返し、地域・行政・企業を縦横無尽につなぐことで、新しい地方創生の在り方を発信し続けるスーパー公務員の山田崇氏。同氏を創生する未来「人」認定第12号とする。

(インタビュー&執筆:井上猛雄 編集:杉田研人 監修:伊嶋謙二 企画・制作:SAGOJO)

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