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21世紀は2020年に始まったことにしよう ウイスキーと酒場の寓話(25)

2020.05.19

Updated by Toshimasa TANABE on May 19, 2020, 11:18 am JST

21世紀というのは、20年遅れで今年2020年に始まった、ということにしておきたい。それは、新型コロナウイルスによって、酒場や飲食店をはじめとした世の中すべての環境やビジネスモデルがそれ以前とは様変わりしたからである。「酒場」あるいは「飲みに行く」という言葉が、2019年までとはまったく違うものになったのが2020年である。西暦に代わる2020年起点の「アフターコロナ暦」が使われるようになってもおかしくないくらいだ。私自身、実際に飲食店の経営にかかわっているので、いろいろなことを考えているが、その一端と好きで続けている競馬の話を少し。この程度のことしか考えていない、という内容でもあるが。

飲食業では、営業自粛は徐々に終わっていくのではあろうが、これまでと同じ商売のスタイルでの継続は、もう期待できないだろう。リアル店舗の営業形態は当然変わらざるを得ないだろうし、売り上げの構成も持ち帰りやネット通販など、これまでとは違ったノウハウやスキル、営業許可などが必要になるはずだ。

ただし、持ち帰りやネット通販は誰でも思い付くものではあるが、あまり簡単に考えてはいけない。まず、飲食というのは「水商売」ともいうだけに(他にも含意はいろいろあるが)、飲み物が売れなければコスト構造的にとても厳しい業態なのだ。以前、4月に廃業した歌舞伎座御用達の弁当屋「木挽町辨松」にちょっと触れたが(23. 家で飲まざるをえない状況で)、あの絶妙なバランスと味わいを900円しない程度の価格で提供する、というのはちょっとやそっとで真似できることではない。横浜の崎陽軒のシウマイ弁当についても、まったく同じことがいえる(16. 「機会損失」よりも「廃棄」をなくせ)。

持ち帰りには容器の問題もある。安く調達しようとすれば、小さい店には数が多すぎる。たくさん買えば単価は安くなるものの、購入金額自体は膨らんでしまう。嵩張るうえにそこそこ清潔な保管場所も必要だ。最後まで使い切るかどうかもわからないし、容器が残っているうちはその形状に縛られる。こう考えていくと、あまり良くない性質の先行投資ともいえる。弁当であれば、割り箸、ウエットティッシュ、手提げのポリ袋なども用意しなければならない。

イベント的にテーマ性を持って売る場合はちょっと違った側面もあるが、持ち帰りの実際の競合相手は、コンビニやスーパーの弁当・総菜などである。これらは、いつでもそれなりのバリエーションでたっぷり用意されているし、サイズも選べる。しかも、安い。そして、買い物のついでに買えるのが最大の強みだ。売れ残りやロスを避けたいのは当然ではあるが、前日予約で受取時間が決まっている、というような提供方式では、そう簡単に太刀打ちできないのである。

例えば、同一地域の飲食店が挙って弁当を売り始めたとする。ところが「ウチの弁当はボリュームがあって美味いよ。価格も頑張った」というような同じ方向性のものばかりになりがちだ。しかし、これでは1回に一つしか買えない。ご飯は少しで良いから、いろいろな店の特徴あるおかずで部屋でビールが飲めたら嬉しいかも(平時にはできない贅沢ともいえる)、などという現実的なニーズはあまり考慮されないことが多い。

東京の某所に目の利いた品揃えの酒屋さんがある。その酒屋さんは、その地域で酒を仕入れてもらっている飲食店(天ぷら、海鮮、蕎麦など各ジャンルのこれはという数店舗)を取りまとめて「酒1本とお好きなお店の酒肴セットをデリバリー」というサービスを始めていた。これは、酒飲みの気持ちがよく分かった取り組みだと思うし、それなりの利益を確保できる価格設定も可能だ。何より、普段からのお店同士の良好な関係が垣間見える良い話ではないだろうか。

写真は、先日、経営にかかわっている店で販売したインドカレー弁当である。カレーは、右下からナスのサブジ(ドライな炒め物)、アルジラ(クミンの効いたジャガイモのカレー)、バーベキューチキン、別盛りのキーマカレー、これにご飯である。スパイス使いが異なる4種類のカレーを作るのはけっこう大変だったが、それよりもどういう構成にするか、この容器にどうアジャストするか、どういうバランスで何をどこに配置するかに苦心した。やはり、やってみないと分からないことは、いろいろあるものだ。

indian_lunch_box

ネット通販も、始めてみると簡単ではないことが分かる(以前、仕事で通販サイトの運営を請け負っていたことがある)。お店のマークが入ったキレイなパッケージで宅配便で送られてくる、などという当たり前のことが、そもそも大変なのだ。パッケージは新規に作らなければならないし、送料もかかる。持ち帰りであればクライアントの顔は大体見えているが、ネット通販になると見知らぬ不特定多数を相手にしなければならない。アマゾンや楽天と競合することになるわけで、誰もがそのレベルのクオリティを求めてくる。何を売るかにもよるが、安い商品を少数ずつ売っていては、手間ばかりかかってほとんど利益が出なかったりもする。

持ち帰りとネット通販については、飲食店が個別に自分だけでやるには限界があるだろう。おそらく、得意ジャンルが異なるメンバーで協業したり、先に挙げた地域の酒屋のようなハブになれる存在がコーディネートして、メンバーにはできない役割(酒屋の軽トラックで宅配など)を果たすといったアプローチも必要になるだろう。法的な問題、許認可の問題をクリアしているか、といったことも重要だ。

その一方でリアル店舗については、単位面積当たりの席数や席の間隔などをこれまでとは異なる基準で考えなければならなくなる。なるべく席数を増やして回転良くして売り上げを積み上げる、というトラッドな飲食のビジネスモデルは崩壊したのだ。そのビジネスモデルを前提にした売り上げ見通しや借金返済計画などは、すべて見直さなければならないだろう。

とはいえ、席の間隔や仕切りなどについて、あまり面倒なあるいは杓子定規なレギュレーションを新しく設ける必要もないだろう。それぞれのお店で可能な方法で工夫すれば良いだけの話だ。例えばとんかつチェーンの「かつや」は、カウンター席を1席おきにしか座れないようにした。カウンターで並ぶことになる見知らぬ客同士のソーシャルディスタンスを維持するためだ。最近、昼飯を食べた和食のお店のカウンターも、椅子の数を半分にして、隣の席との間隔を広くしていた。また、独り客の私に4人掛けの席を勧めてくれたりもした。ただしカウンターの場合、椅子自体を少なくしてしまうと、荷物、外套、帽子などを置くところに困るので、かつや方式の方がありがたいかもしれない。

katsuya_counter

これまで、独りであればまずカウンター、カウンターに何人かいても席が空いていればカウンターに座るようにしていた。いきなり無遠慮にテーブル席に着く、などということは(これが平気な人はけっこういる)しないようにしていたが、これからは許されるようになるかもしれない。食が細くて酒も飲まない2人、あるいは大盛りなんとかを2人でシェアするといった客よりは、たくさん飲んだり食べたりするのではあるが、だからといって4人掛けのテーブル席に躊躇なく座ることはしないのである。

面白いと思ったのは、串揚げチェーンの「串カツ田中」だ。田中は、大阪スタイルの串揚げのルールである「二度漬け禁止」の卓上のソース缶を客ごとに新しくする方式に変更したのだ。ソースはその客に専用のものとなるので、二度漬けOKである。コロナが結果的に、禁断の串揚げ二度漬けを許容させてしまったのである。二度漬けOKなどというのは大阪スタイルの串揚げとはいえない、二度漬けしない食べ方こそが王道だ、何本もの串揚げが浸かったソースが良い、などと頑迷なことをいわずに、サクッと世の中の状況に合わせた「軽さ」は悪くない。串揚げも、油や衣の軽さが生命線である。二度漬けしたくなければ、しなければ良いだけでもある。

このソース缶の話は、中華料理屋などで卓上に置かれている、醤油、酢、ラー油、胡椒などにも相通じるものである。牛丼チェーンの七味や紅ショウガにもいえるだろう。共用の容器への接触による感染リスクは無視できないからだ。例えば牛めしの松屋では、定食のご飯お代わりを客に任せていたが、スタッフに声をかけてお代わりを盛ってもらう方式に変更している。ドレッシングを始めとした卓上の調味料は従来通りではあるのだが(定期的に消毒しているのかもしれない)。ちなみに、病院での医療スタッフの院内感染は、素手で操作する共用のタブレット端末を介しての感染だったという例がある。

串揚げの本場である大阪には立ち食いの串揚げ屋がある。そこでは、なるべくたくさんの人が入れるようにカウンターに向かって斜めに立って、右肩をカウンターの上にぐっと入れて、右手だけで飲んだり食べたりすることがある。なかなか味わい深いものだったが、こういった作法は、密も密、これほどの密はないという状態なので、廃れてしまうのかもしれない。以前、東京の小さな串揚げ屋で、カウンターに対して平行に立って、しかも、両手を腰に当てていたので奴凧のようになってしまって、大阪なら4人は入る、という幅を占有してまるで恥じない御仁を見たことがあるが、基本ができていない人はいるものである。大阪を経験していなくても分かりそうなことなのだが。

2人だと入れないかもしれないけれど独りならまず大丈夫、というようなカウンター中心の人気の居酒屋なども、様変わりするだろう。席の間が妙に空いてしまうのか、あるいは2人ずつ仕切りを設けたりするか、など対応はいろいろ考えられるだろう。あとは、予約を中心にして一見の客や見知らぬ客は入れない、というようなところも出てくるだろう。最近だと「県外の人はNG」などという店も散見される。また、大人数の宴会は激減するだろう。

こうなってくると、安さを武器にたくさん売る、というビジネスでは苦しくなる。それでなくてもデフレの日本は、品質は別として食が安すぎる。新しい状況における適正な価格というものが考えられ、それが共通認識になるのは良いことだと思う。淘汰されるところも当然あるだろうが、良心的なところ、まっとうな価格設定のところが生き残るのは悪くないことだ。これまでは、まっとうなところがむしろ苦しんでいた、という側面があった。

品質と相応の価格、という点については、消費者側もこれまでの感覚から脱却しなければならない。少し時間はかかるだろうが、例えばラーメン600円くらいが常識的だったとして1000円くらいになる感じだろうか。ワンコインランチなどという言葉は死語になって欲しいものだ。おそらく、価格だけがベンチマークというような人は、外食と距離を置くことになるだろうし、それはそれで客にとっても店にとっても悪くないことである。

まったくの推測、かつ別の話であるが、世の中がこうなってしまうと、ウイスキーの消費量は、とくにハイボール需要を中心に減っているだろう。そうなると、たかがテレビドラマ一発で疲弊して品薄になってしまった国産ウイスキーには、原酒の熟成期間を延ばす余地が出てくるのではなかろうか。数年後に素晴らしい原酒が登場することを期待したいものである。

スポーツやイベントの世界もすっかり変わってしまった。人が主役のスポーツは、軒並み中止あるいは延期になっている。高校野球の甲子園は、春も夏も中止になった。スポーツは野球に限らないし、展示会、音楽祭、ライブ、地域のお祭りやイベントなども同様である。

そんな中、競馬だけは無観客で淡々と進行しているのが、私が競馬好きということもあるが、今回、とても印象的だ。海外では虎に感染した例はあるようだが、馬には今のところ感染したという話は聞かないのが何よりだ。JRA(日本中央競馬会)の職員には感染者もいたが、騎手や厩舎関係者にはいまだに感染者はいない。

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今現在は、東京、京都、新潟の三つの競馬場で開催中だが、土曜に京都で騎乗して新幹線で移動して日曜は東京で騎乗という土日に騎手が移動しなければならないような騎乗スケジュールは控えているという。また、関西は栗東、関東は美浦にあるトレーニングセンターに移動するのも控えているようだ。

5月17日(日)のヴィクトリアマイルをアーモンドアイで勝ったルメール騎手は、勝利ジョッキ―・インタビューで流暢な日本語を話していたが「コロナのために自分は美浦に行って調教に乗るわけにはいかなかったけれど、(美浦の厩舎所属の)三浦騎手がとても良い調教をしてくれた。本当に三浦騎手には感謝している」と語っていた(同レースで三浦騎手は、12番人気の馬で健闘し惜しくも4着だった)。

競馬がこのような事態でもそれなりに回っているのは、競馬場や場外馬券売り場(WINS)に人を集めるだけではなく、ネット投票の仕組みを早くから重視してシステム構築を進めてきた結果でもある。土日開催が普通なので、平日はシステムのメンテナンスに充てられる、という事情もあるだろうが、大規模なシステム障害はこれまで私が知る限りでは皆無である。例えば、FX(外国為替証拠金取引)では、すべての建て玉が一瞬で消えてしまって、一つも元に戻らなかった、という経験がある。

無観客には、観客の歓声などに馬が驚いて興奮してしまい実力を出し切れない、ということがないという良さもあるようだ。ただし、観客や歓声で気合が入る馬もいるらしいので、これは一長一短だろう。それでも、3月末に行われた高松宮記念の馬券売り上げは、競馬場もWINSも閉まっているのに昨年を上回ったという。

いよいよ5月31日(日)は、「東京優駿」(日本ダービー)だが、現段階では、この日まで無観客での開催が予定されている。その後は、夏の北海道(函館、札幌)などでの開催となるが、札幌(知人が住んでいる)はちょっと難しいような気もするが、JRAの判断を待ちたい。

そういうわけで、1か所にたくさんの人を集めてはいけない、という方向に世の中のレギュレーションが変わってしまったのである。東京オリンピック、大阪万博、横浜にカジノ誘致などは、常識的には当初想定の内容では全てが終わっているのではなかろうか。ビジネスにおける「集客」というマジックワードを見直すべき時なのだ。

ともあれ、飲食店は無くならないだろうし、これからは「ディスタンシング」である。他の迂闊な客など関知できないくらい席は離れているのだ。カウンターの隣で辺り憚らず延々と大きな声で電話をかけ続けているような輩を我慢する必要もなくなる。収容客数が減るので、価格は多少上がるかもしれないが、きちんと対策をしていてまず安心であろうというお店で、独りで静かに迂闊者を気にせずに飲めるのは嬉しいことなのである。そんなふうに気持ちを切り替えよう。

この連載で書いてきたことは、すべてが20世紀の古き良き時代の寓話になってしまったわけだが、もう少し懐かしい話を書いておいても良いかなと考えている。ちなみに私の場合、打ち合わせは全部オンラインになったので、東京への出張がなくなった。移動時間も交通費もかからないので、かえって楽なのではあるが、東京や横浜のお店に行きづらくなってしまったのがとても残念である。何といっても「県をまたいだ移動」は、県境に何の意味があるのかよく分からないが(東京都町田市と神奈川県横浜市などの県境はまるで無意味だと思うが)避けるべきことらしいので。


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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。