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店と客は「ご縁」である ウイスキーと酒場の寓話(4)

2019.10.25

Updated by Toshimasa TANABE on October 25, 2019, 12:38 pm JST

新宿の名店「ベルク」は、新宿という街にあまり縁がなかったこともあって、横浜から御殿場に引っ越した2014年、新宿・御殿場間の高速バスを使うようになって初めて経験した。ツイッターで店主を知るまで、ベルクという店の存在を知らなかったのだが、「もっと若い頃に来るべきだった」と痛感した。

絶妙な塩梅の「ホットドッグ」に感じ入ったり、修善寺のベアードビール(日本にクラフトビールを認知させた嚆矢的存在)とのコラボレーションに驚かされたりしたが、いつ行ってもけっこう込んでいるのと、新しいバスターミナル「バスタ新宿」ができたことで、バス乗り場がかなり離れてしまったので、最近はちょっと足が遠のいてしまった。

私にとってはベルクの話が典型的なのであるが、店と客というのは「ご縁」があるかどうか、ということに尽きるのだ。距離的に離れていたり、立ち回り先から外れていたりするのであれば、よほど各種の条件が整えば別だが、無理して行くことはないのである。

例えば、2年先(自分が元気かどうかさえ不明)まで予約が取れない、などという店は、この世に存在しないも同然と考えるべきだ。「ドタキャンもあるので、その日に電話したら入れるかも」などという向きもあるが、そもそも忙しいであろう店に迷惑な話だし、よしんば気に入ったとしても再訪できるのは「2年先」のはずなので、そんな話にはまったく乗れない。

いつ行っても2時間待ち、などという店も同様だ。昔の話だが、ちょっと遠い人気の鰻屋(名店とは思うが)に「土用の丑の日」前後の休日に行ったところ、案の定、店の外でたくさんの人が待っていた。良い天気だったので、当然のことながら暑い。外で待っているうちに具合が悪くなってしまい、帳場の裏の涼しいところで横になっている人がいた。鰻で精をつけるどころではない。まったくの本末転倒、というよりもむしろ滑稽でさえあった。

どんなに良い(といわれる)店であっても、人によって受け止め方や感じ方は違うものだ。店の雰囲気やポリシー、来ている客、店主の人柄、料理や飲み物、価格などに自分との相性の良し悪しがある。

中でも、その店に来ている客、客層は、その後にその店に何度も行くことになるかの分かれ道となる場合が多い。田舎の個人店などでは、たいていは「地元の常連」がいるものだが、その常連が一見の客に対してどういう態度を取るか、ということは非常に重要だ。

常連ぶらずに普通に飲み食いしていれば良いのだが、それができない人はけっこういる。「テメェ、どこのモンじゃ!?」といった顔つきで睨み付けられることもしばしばあるが、その常連だけではなく、そういう振る舞いを許している店や店主もダメなのである。これに限らず、いろいろと非常識な客はいるものだが、それを許している店はその程度の店、と考えるべきなのだ。

一方で、客の側に何か落ち度があったとして、それを指摘してくれる店は有難いと思わなければならない。単に他の客に迷惑だったり示しがつかないなどというときもあれば、その店の流儀やポリシーに反するということもあるだろうが、そのときに指摘されたことを素直に受け止められることが客の態度として重要だ。「あの店は偉そうでイカン」などと、自分の未熟さや配慮の無さを棚に上げて他の店で吹聴する、などという行為に至っては下衆以外の何物でもない。

1日、1週間、1カ月に行ける店の数は限られている。同じ店にばかり行くのもどうかと思うし、そんなにいろいろな店に行けるものでもない。なんというか「自然体」で気が付いたらけっこうな期間にわたってそれなりの頻度で通っている、という状態になるのが、店にとっても客にとっても「良いご縁」なのではないだろうか。

これは実は、かなり難しいことでもある。店がクオリティを保って続いていて、変な客が幅を利かせたりしていない。客も酒が飲める程度には体が元気で多少の金もあり、かつ遠くに引っ越したりしておらず、店から出入り禁止などを食らってもいない。こういった状況が継続しているのは、「奇跡」に近いのだ。

だからこそ、そういう店がある人は、そこを大事にすると良い。しかし、そういう店がないからといって無理して作ろうとするのは、それもまた違うのだ。あくまで自然体でそうなるのが、店にとっても客にとっても僥倖なのである。

別に、店主と仲が良いなどということは関係なくて、商売とはいっても不愛想な人もいるのだから、取って付けたような話などする必要はない。お互いにその場を大事に思っている、ということが伝わっているだけで良いのである。単に客の中の一人であれば良いのであって、ことさらに「大事な客」であることをアピールしたりする(そうした瞬間に大事な客ではなくなるはず)必要はないのである。特に「オレはこの店では無理を聞いてもらえる存在だ」などという態度は、客として厳に慎まねばならない。

出先の晩飯で「一見です。ご馳走様、美味しかった。またこの辺に来たら寄らせてもらいます」というのは別として、やたらと新規開拓したり、簡単に「行きつけ」といってみたり、自分で「常連」といってしまったり、「裏メニュー」(嫌な言葉だ)を出させたりした挙句、その割にはすぐに行かなくなって、別の店でまた同じようなことを繰り返す、などというのは、なかなかに貧乏くさいことだ(「貧乏くさい」のは「貧乏」より性質が悪いのだが、その件については別に論じたい)。裏メニューには、その店を本当によく使っているわけでもないのに、さもそうであるかのように見せたい、という心理が透けて見える。それを出してしまう店にも出させる客にも、いろいろと邪心を感じるのだ。

あとは、テレビに出た店やガイド本に載った店、あるいは閉店することが判明した店などに押し掛ける、などというのも困ったものだ。某地方都市の家族経営のラーメン屋が、某グルメ系ガイドブックに掲載されてしまったことで、押し寄せた客に対応できずに廃業した、という残念な話があった。その店には「閉店」ということで、それまでは行ったこともないような客までがさらに来てしまい、その中の一人が「オペレーションがなってない」などと「渋滞に巻き込まれた!」と自分もその渋滞を構成している一員であることについての自覚が皆無な人のようなコメントをしていたりもした。まったく、店はバカな客に潰される、という話の典型と思わされた。

このような人たちは、店を「消費」しているだけであって、店の継続には資していない。店側も、ガイドブックに掲載されることとその結果についての読みと対応の工夫が足りなかったとも思うが、連続テレビ小説後のニッカ余市蒸留所の体たらくぶりを見てしまうと、そんな対応を個人店に要求するのは酷なことでもあるのだ。

それと、冒頭のベルクに限らない話なのだが、SNSなどでは「この店はいつもありがたい」あるいは「この店が好きだ」というよりむしろ、「ここに来ているオレってイケてるでしょ」という方が前面に出ている投稿が多いと感じられる。これは、「虎の威」ならぬ「店の威」を借りているのであって、かなり調子(体調ではなくて)の悪いことだと思う。この手の人たちは、「そこにいるとイケてると見られるかも」という店なら見境なく行くだろうし、店に行く理由が「他人にどう見られるか」になってしまっていて、「そこが好きだ」ということがどこかに行ってしまっている。

かといって、焼き鳥(に限らないが)はここ、あるいはこの流儀以外は認めない、蕎麦は故郷のもの以外は食わない、というようなこだわり、というよりは単なる「頑迷」あるいは「世間知らず」というのもかなり拙い。

世の中で生き残っているものには、それなりに理由があるのだ。例えば蕎麦ならば、一般に田舎の蕎麦は香りはあってもキレがなかったりすることがある。それはそれの味わいと思うが、それしか知らないのは単なる田舎者だ。せっかく東京の美味い(とされている)蕎麦屋に来たのに、蕎麦は故郷のもの以外は認めないという理由でうどんしか食べない、などというのは、うどんが純粋に好きでもないだろうし、何より自分が知らない他をあるいは世間的に認められているものを知ろうとしないその姿勢が、その人のすべてを「推して知るべし」と認識させてしまう。そして、その認識は概ね外れることはない、というのが怖いところなのだ。

味覚や好みは、これまでの経験からの蓄積であるだけに、酒にしろ食べるものにしろ、この辺りは、実際にはなかなかに塩梅が難しいことではある。こだわりや好き嫌い、これは知らなかったけれどイイね、というようなことを上手にオープンに経験したり表現したりできるようになりたいものだ。そして、こういうことの価値観に共感できる店とのご縁があると、人生はもっと楽しくなるはずだ。


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書名
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出版社
平凡社
著者名
田邊俊雅、メヘラ・ハリオム
新書
232ページ
価格
820円(+税)
ISBN
4582859283
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。

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