WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

楽しく仕事をしている場所に「人」も「仕事」も集まる。求人サイトで人と場所を結ぶ株式会社シゴトヒト代表・ナカムラケンタ氏の仕事と哲学
日本を変える創生する未来「人」その13

2020.05.27

Updated by 創生する未来 on May 27, 2020, 12:08 pm JST

移住者や関係人口を増やすことは地方創生の最も重要な課題の一つだが、「隣人として移住して来てくれるなら誰でも良い」と言い切れる地域住民はなかなかいないだろう。一方、田舎暮らしを夢見て地方移住にトライした人が、「うまく馴染めなかった」と数年で都会に戻ってしまうことも少なくない。

移住者の意欲や志が、受け入れ地域(住民)とうまく噛み合わないことはよくある。どちらが良い悪いという話ではないが、このギャップを埋め合わせることの難しさについては、地方創生に関わる人ならば共感できるだろう。

このギャップを埋め合わすためのヒントが、もしかしたら「求人」にあるのかもしれない。他社とは一線を画す方法で求人サイト「日本仕事百貨」を運営する、株式会社シゴトヒト代表・ナカムラケンタ氏に話を聞いた。

「生き方」で仕事が選べる求人サイト「日本仕事百貨」とは

株式会社シゴトヒトが運営する「日本仕事百貨」は、月間アクセス数が150万ページビューに達する求人サイトだ。「生きるように働く人の求人サイト」がコンセプトで、同タイトルのナカムラ氏の著作も出版されている(『生きるように働く』ミシマ社)。

サイトを訪れると、求人のトップページからして他の求人サイトと異なる点がいくつもあることに気付かされる。

まず、都市の求人も地方の求人も順不同に並んでいる。求人数で比べると、都市とそれ以外がほぼ半々くらい。求人内容も、離島のマーケティングや豆腐屋後継者の募集、革製品の企画、住宅設計にシェフなど広範囲にわたっている。様々な職種・求人が目に飛び込んでくるような作りになっている。

▲日本仕事百貨HPの求人トップページ。求人記事が都市・地方を問わず順不同に並ぶ

掲載される求人は、仕事の内容や働き方で並び替えることもできるが、「生き方」という切り口で並び替えられるのが特徴だ。「生き方で選ぶ」のタグには、「まずやってみる」「自分ごと」「はじめからさいごまで」と、なんとなく表示される内容が想像できるものもあれば、「冒険」「ブルーオアシス」「快楽サステナブル」と興味をそそられるものまでいろいろある(詳細はサイトを参照されたい)。

一方で、一般的な求人サイトでは必ずある「勤務地」でのソートはできない。

▲求人は「生き方で選ぶ」「仕事で選ぶ」「働き方で選ぶ」からソートできる

求人記事の特徴は、まず記事タイトルに表れる。一般的な求人サイトなら、会社名や仕事内容が冒頭には並ぶだろうし、「未経験者歓迎」「完全週休二日」「キャリアUP」といった採用条件や雇用形態などもタイトルに含まれるだろう。ところが、日本仕事百貨の記事タイトルにはそうした定型句は一切見られない。

求人記事の内容はどうか。大手の求人サイトなら、仕事内容や勤務時間、雇用形態、福利厚生などの募集要項が羅列され、社員のインタビューや企業ロゴ、オフィス風景などの画像が数枚、といった作りが一般的だろう。

日本仕事百貨では、募集要項などの前に、そこに就職したらどんな生活が待っているのか、共に働く人たちはどんな人なのか、といった想像力がかき立てられる文章で始まる。それも4000-5000字のボリュームである。

ナカムラ氏がこのような求人サイトをつくるに至ったのはなぜか。まず、その経緯を聞いた。

「自分のやりたいことをやるなら自分でやった方が面白い」ナカムラケンタ氏が求人サイトを作るまで

ナカムラ氏は、明治大学で建築デザインを学び、同大大学院に進学した。卒業後は不動産分野に就職した。

「デザイン以外のことも学びたいと思って、不動産の会社に就職しました。その会社は開発もするし、投資家から集めたお金を不動産で運用するような会社でもあったので、希望通りの経験をさせてもらえました。大学で学んだことも活かせて、とても良い経験だったと思う」

しかし、サラリーマンとして仕事を続ける中で、いくつものビジネスプランを思い付いた。

「自分のアイデアをその会社のプロジェクトとしてやるには、誰かを説得しなきゃいけないし、その会社でやる必然性もなかった。自分のやりたいことをやるなら、自分でやった方が面白いかもしれない。それで3年7カ月勤めた会社を辞めて、2008年8月に日本仕事百貨をスタートさせました」

この時に思い付いたビジネスプランは、求人サイト以外にもあったという。サラリーマン時代、ナカムラ氏は友人とDIYでリノベーションをしながら一軒家をルームシェアして暮らしていた。

「当時はまだ、ルームシェアや賃貸物件をDIYでリノベーションする例はほとんどなかった。それで、DIYでリノベーションしたい人向けのECサイトを作れば、絶対に需要があるなと思いました。でも、ECだと材料を仕入れて在庫を抱えなきゃいけない。初期費用がかかるし、資本や継続性、何より自分が本当にやりたいことなのかが疑問でした。事業アイデアはいくつかありましたが、そんなふうに考えて求人サイトを始めることにしました」

こうして立ち上げた「日本仕事百貨」(創業当時の名称は東京仕事百貨)は、この夏で満12年を迎える。独立当初は一人で始め、現在は他プロジェクトの人員を含めて社員10人(うち日本仕事百貨の運営に携わるのは6人)。オフィスは、少しずつ業務拡張しながら東京・青山から虎ノ門へ移転し、今は清澄白河にある。

▲清澄白河のオフィス2階のイベントスペース

求人記事はドキュメンタリーのように、その場所での暮らし方まで伝える

ではなぜ、「求人サイト」なのか。

「一つは、僕自身が面白いと思える求人サイトがなかったこと。仕事って面白いことだと思うんですけれど、求人サイトを見てもワクワクしない。ワクワクして働かなきゃいけないわけではないけれど、もし、そういう仕事に出会えたらとても幸せだと思うんですよ。でもそれは、雇用条件だけでは分からないと思う。だったら、その仕事の本来の面白さを伝えられたら良いのではないかと思いました」

そしてもう一つ。ナカムラ氏の経歴も背景にあるという。

「建築や不動産の仕事をする中で、僕が『良い場所だなぁ』と感じるとことには、多くの場合『そこに合った人』がいるんだと思いました。そこに合った人と場所が結びつくと『良い場所』ができる。そこで働く人たちもその場所に合っているから、生きいきと働いて魅力的になる。そういう場所には人も仕事も集まってくる。その人と相性のいい場所を作るためには、求人が大事なんじゃないかと思いました」

創生する未来「人」その12でも紹介した長野県塩尻市の「スナバ」も求人を掲載していた(現在は募集終了)

こうした想いから作られた日本仕事百貨は、「今の仕事には満足しているけど定期的に読んでいます、という人が多いサイト」なのだという。求人サイトといえば、普通は就職や転職時に閲覧するものであるが、これはなぜなのだろうか。

「多分、ドキュメンタリーだからだと思います。日本仕事百貨の記事は、いろいろな人の生き方や働き方が感じられます。さらに、それは雲の上の存在ではなくて、応募すれば自分も目指すことができる。取材では毎回、一冊の本を読んだような感覚になります。書き手が感じている熱のようなものが、自分のことのように伝わる面白さがあるのかもしれません」

サイト閲覧者の8割は都心の在住者だが、求人は前述の通り地方が半分を占める。そのため、地方の求人記事の作成には特に気をつけていることがある。

「都心から地方に転職して移住すると、仕事以外の環境も大きく変化します。実際に移住してその仕事に就いたらどんな毎日が広がるのか、限られた文字数でそれを伝えることができればと思っています。職場でどんな時間が流れるのか、どんな風景が見えるのか、どんな匂いがするのか。仕事内容だけではなくて、暮らし方までイメージできるようにしています」

成約して移住してから、「全然雰囲気が違う!」と応募者が感じてしまうことをとにかく避けたい、とナカムラ氏は語る。

仕事だけでなく暮らしまで見える求人広告。そのせいか、成約率は7割を超える。応募する側も、生活スタイルまで納得して応募するから定着率も高い。

ちなみに、求人掲載費は1件あたり26万円(交通費・宿泊費など実費は別途)で、掲載期間は2週間。例えば「マイナビ転職」は20-120万円(4週間)、「doda」は25-150万円(4週間)である。これら大手求人サイトと比べて、1件の求人記事作成に労力がかかることを考えると、決して高くはない。いや、とても安い。

「価格は、1人の社員が月にどれだけ担当できるか、未来への投資にいくら必要かをまず考えて、そこから掲載できる記事数を勘案して設定しています。事業を継続していくために必要な金額です。内定が決まった場合に別途費用がかかるなどということもありません。交通費などの実費を除けばすべて同じ価格です。例えば、費用を多くかけたらトップページに掲載されたり、大きく表示したりするのは違うような気がして。求人にお金をかけることと、求職者が見たい情報かどうかは比例しないと思うんです。だからすべて掲載順なんです」

今は新型コロナウイルスの影響が出ているが、平時だとだいたい月に30件くらい依頼があるという。記事を書くのは全員、社員。なお、執筆から入稿までを1人の社員がワンストップで担当している。

「営業はしない。ネガティブなことも書く」の真意

社員のうち、日本仕事百貨の求人記事作成を担当しているのは6人。だが、営業担当者は1人もいないのだという。

「営業が悪いわけじゃないんですよ。でも、いったん営業を始めてしまうと続けないといけないし、どうせなら営業する分の時間を取材と文章を書く時間に割いた方が良いと思っています。良い仕事ができれば、結果としてまたご依頼いただける。むしろ、クライアントのみなさんが営業的な動きをしていただいています。いろいろな方々が『求人するならあそこがいいよ』とお話いただいているようです」

営業担当者を立てないと会社の成長スピードは遅くなる、という側面はある。しかし、それで良いんだ、とナカムラ氏は続ける。

「売上をどんどん上げていきたいなら、営業専門の職種を設けても良いかもしれません。でも、案件を増やすよりも、一つひとつの仕事を大切にしていきたいと思っています。まずは、目の前の人に向き合う。取材や編集に時間をかければ、自ずと採用も上手くいく。そうすれば、またご依頼いただけます。言い換えると、仕事そのものが営業になっているのかもしれません」

良い仕事がしたい、事業を大きく拡大するのが目的ではない、新しい価値を提供できるように丁寧な仕事がしたい、その方が働いていて心地良い。ナカムラ氏はこう語っている。

「少欲知足」という言葉が適切かは分からないが、ナカムラ氏の丁寧で実直な仕事ぶりに「人」も「仕事」も集まるのだろう。

また、求人記事の内容についてナカムラ氏は「僕らはネガティブなことも書いている」という。これはどういうことなのか。

「応募者に『記事と全然違った』と思われないように、とにかくリアルに書く。だから、場合によってはネガティブな内容と捉えられる部分があるかもしれない。でも、それが仕事の特徴だったりもするし、捉え方の問題だったりする。ある設計事務所は、設計だけではなくてプロジェクトのすべて、例えば不動産も資金調達も広報なども1人で担当する。それを良いと思う人は全部自分でできるから『良い』と思う。でも設計だけをやりたい人は、きっと『なんで広報までやらなきゃいけないんだ』と捉えるわけです。一つの情報が捉え方次第で、ポジティブにもネガティブにもなる」

クセのあるワンマンオーナー相手の場合でも同じだ。

「ガラス屋さんで江戸っ子社長みたいな方がいらっしゃいます。素敵な方なんだけど『社員の話は聞かねぇ』っておっしゃる。でも詳しく聞いていくと、社員とご飯も食べにいくし、社員の声も必要なことは取り入れている。それを正確に丁寧に誤解が生じないように書けば、むしろ応募者は増えることもあるし、辞める方も少ない。その会社や仕事、そして社長さんのことを良く理解して応募してくれるから」

求職や転職は、その人にとっても会社にとっても大きな出来事だ。日本仕事百貨の一つひとつの丁寧な仕事が「その人に合った場所(職場)」を結びつけるのだろう。

事業後継者候補をマッチングする。再建プランを考える合宿型の事業承継プロジェクト「BIZIONARY」

株式会社シゴトヒトのオフィス1階では、「ごはんや 今日」で定食やお酒を提供している(現在は新型コロナウイルス感染拡大防止のため休業中)。

▲オフィス1階の「ごはんや 今日」もリアルな出会いの場だ

またオフィスの2階と3階では、毎週水曜から日曜日にそれぞれの分野で活躍するゲストとともに会話できる「しごとバー」というイベントやワークショップを開催している(現在は、新型コロナウイルスの影響のためオンラインで開催中)。しごとバーは、これまでに600回以上開催しており、毎回30人程度が参加者する。

「実際に顔を合わせる場所も大切にしたいと思っています。日本仕事百貨に求人を出している会社の方がゲストスピーカーとして来ることもあります。求人を出している時に、しごとバーに来たお客さんの就職が決まることも結構あります。応募するのを迷っている人が参加して、そこで直接話を聞く。お互いが面接や会社説明会よりも気軽に話ができるので(その場で内定する)確率が高いのかな。いろんなご縁がつながる場所になっています」

▲「しごとバー」での出会いで就職が決まる人もいる

さらに、「BIZIONARY(ビジョナリー)」というプロジェクトも今年2月に立ち上げた。

日本仕事百貨を10年以上運営する中で、事業後継者の募集が増えてきたという。黒字経営でも後継者がおらず廃業してしまう例もある。そこでBIZIONARYでは、その企業の再建プランを考える合宿型のスクールを開催している。

「後継者を見つけるには、日本仕事百貨で募集してマッチングするだけでは難しい。経営者と後継者候補がより深く理解し合うことが大切になります。参加者の中から次の担い手候補が出てきてくれることを望んでいます。このコロナ禍で廃業する会社が一層増えると思います。もったいない会社もたくさんあると思うので、今やらないと、という気持ちです」

とはいえ、「リアルな場」でのイベントは現況では難しい。こちらも当面はオンラインでの開催を予定している。

「その人に合った場所と結びつくと『良い場所』ができる」「良い場所で働けると仕事も生活も楽しくなる」「楽しく仕事をしていたら、その人も魅力的になる」「楽しく仕事をしているところには人も仕事も集まってくる」。これらはインタビュー中にナカムラ氏が繰り返し語った言葉だ。

地方創生という文脈では、ともすれば移住者や関係人口など数値で結果を求めがちだ。しかし現実には、受け入れ先となる地方住民やそのコミュニティが移住者を愛せなければ上手くはいかないし、移住者にしてもその土地・その場所、そこでの仕事を楽しめなければ定着しない。移住人口も関係人口も、誰でも良いから増えれば良いというわけではない。ナカムラ氏のこの言葉は、地方創生に関わるあらゆる人に響くものだろう。

「地方創生を目的として私たちは仕事をしているわけではありません」とナカムラ氏は念を押すが、日本仕事百貨でつながる人と会社は「結果として」その場所を楽しく豊かなものにするだろう。「求人」というアプローチから魅力的な「良い場所」を作り出しているナカムラ氏を創生する未来「人」認定第13号とする。

(取材・文:杉田研人 企画・制作:SAGOJO 画像提供:株式会社シゴトヒト 監修:伊嶋謙二)

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

創生する未来

特集「創生する未来」は、同名の一般社団法人「創生する未来」とWirelessWireNews編集部の共同企画です。一般社団法人「創生する未来」の力を借りることで、効果的なIoTの導入事例などもより多くご紹介できるはず、と考えています。