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未活用だった土地を活かし、住民全員が「花咲じいさん」に – 約2000本の花桃が咲き誇る「世界中で1番きれいな2週間」

2018.11.30

Updated by SAGOJO on November 30, 2018, 18:36 pm UTC

長野県上田市武石余里(たけしより)の「余里の一里花桃」はいかにして作られたのか

長野県上田市武石余里の「余里の一里花桃」。例年4月下旬から5月上旬にかけて、約4キロメートルの余里の里を約2000本の花桃が鮮やかに彩る。

花桃が咲く2週間を「世界中で1番きれいな2週間」と呼び、エリアはわずか60軒の集落ながら、その期間中には売店や食堂の営業、シャトルバスの運行が行われる。現在ではテレビ局や新聞社が毎年のように取材に訪れ、観光バスツアーのコースにもなっているほどだ。

これらの景観やイベントは、武石余里の住民によって企画・運営されている。地域住民みんなで行う「花咲じいさんクラブ」の活動として、行われているのだ。「世界中で1番きれいな2週間」はいかにして作られたのか、「花咲じいさんクラブ」の会長 北沢賢二さんにお話を伺った。

「花咲じいさんクラブ」会長 北沢賢二さん

「花咲じいさんクラブ」に学ぶ、住民全員参加の地域おこし

はじめにアクションを起こしたのは、「花咲じいさんクラブ」先代会長と現会長である北沢さん。武石余里に住む世帯全て(当時60軒)に声をかけ、今では地域住民みんなが活動に参加している。花見イベントが開催される2週間は駐車場の整理や売店運営、食堂の営業なども、住民が行うなど、地域住民みんなが協力して観光客を招き入れる体制を築いているのだ。

住民の役割分担や協力に対してのクラブからのお礼の配分などは、先代会長の提案から現在も形を変えていない。女性は売店の運営担当でローテーションを組み4,000円/日。男性は可能なタイミングで駐車場の整備などの参加で「現物支給」。参加した当日は、つまみもありでお酒が飲み放題。住民たちはみんな、このシステムに不満なく運営に協力しているという。

また、2週間という期間も有志活動として動いていくのに適切だと北沢さんは言う。「少し大変なことがあっても、2週間だけだから」と住民の気持ちのモチベーションを保つのに良い効果を発揮しているそうだ。

クラブ活動についての伝達は会長、北沢さん手書きの「会報」。花咲じいさんクラブの会員60軒分のコピーを刷って、1軒1軒北沢さんが投函している

地域で未活用だった土地で実現した「余里の一里花桃」は、松本市の「花いっぱい運動」がヒント

「花咲じいさんクラブ」が発足したのは平成元年。長野県松本市で昭和時代から行われていた「松本市花いっぱい運動」を知り、自分たちが住む武石余里地域でも行えないかと動き始めたのがきっかけだった。活動当初、花咲じいさんクラブの手により咲かせた花はミニひまわりやチューリップ、スイセンなど。さまざまな花を数年ほど植えてみたが、これらは植え替えなどで定期的な手入れが必要で、住民たちへの負担が大きいという課題が生まれた。この課題を解決するべく出てきた花が「花桃」だった。

地域内に花桃の大木が育っている民家があり、これを増やすことが出来ないだろうかという話が上がった。早速、行動に移してみたが、はじめからうまくいったというわけではなかった。苗を増やすために花桃の種を発芽させようと試みたところ、確率は1/50くらい。苗を増やすのは簡単ではなかったのだ。2、3年の試行錯誤の末、ひたすら種を拾い、日光の当たる場所に広げて撒いておくという方法を編み出す。これにより、苗を大量生産できるようになった。

花桃を植える場所は武石余里地域で活用されていない土地。それらの土地もそれぞれ「花咲じいさんクラブ」の会員である地域住民の私有地だったため、「嫌だったら切ってしまって良いから」という声掛けをした上で、事後承諾の形で植えていった。

結果、切られた花桃はなく、全ての花桃が立派な大木へと育った。「誰々の家には植えていないということがなく、全ての住民の土地に植えたという平等性が良かったのではないか」と北沢さんは話す。

ミツバチが花粉を運んでいくことで、花桃の色が決まる。「神様のパレット」だと北沢さんは言う。色々な色が混ざっていくことで、今の桃源郷の美しい景色が広がった

宣伝活動を行うのは、観光客の受け入れ体制を整えてから

花桃が育ちはじめ、美しい景観となってきても、すぐに地域の外の人を呼ぶ活動はせず、むしろ「箝口令を敷いていた」と北沢さん。当初は、外から人を呼ぶにも駐車場の用意がなかった。そのため、受け入れ体制が整うまでは、宣伝をせず、秘密の春のお楽しみとしていたのだそう。

そして、駐車場スペースとなる土地を整え、お花見のイベント開催期間を2週間と設定し、準備が整った年に初めて宣伝活動を始めた。その年は、花桃の景色を写した写真をプリントした葉書を「花咲じいさんクラブ」会員1人につき3枚ずつ配り、「他の地域の人たちに送って、宣伝をして」とお願いした。送ってしまうと手元に残らなくなってしまうため、実際は葉書を送るのではなく、人に会った際に見せるという宣伝方法になった。これにより思いがけず、1人につき3人以上の宣伝となり、葉書の効果が十分あるイベント1年目となる。葉書を作ったのはその1年のみだったが、口コミが徐々に広がっていき、地域の新聞社やテレビ局からの取材依頼もくるようになった。

「花咲じいさんクラブ」の活動記録は全て北沢さんがノートにまとめている

課題だった初期の運営資金は「コメリ緑資金」を利用

運営費用は、活動の運営を継続していくには避けては通れない課題。活動を始めてすぐに、会員の中に「コメリ緑資金」による助成を受けてはどうかと、提案してくれた人がいた。

コメリ緑資金とは、公益財団法人コメリ緑育成財団による、花や緑にあふれるふるさとづくりを目的とした「地域住民が自ら行う植栽活動」などに対して使用できる助成金のこと。申請してみたところ、第1期で採用され、50万円が支給された。このことによりクラブの資金に経済的余裕が生まれ、活動が飛躍する大きな機会となった。

この法被も「コメリ緑資金」により制作・購入をした

今、イベント開催中に売店で販売する花桃の苗は、完売するほどの人気の商品。さらに、売店や食堂の売り上げ全体の収益で毎年10万円近くをクラブの貯金にできるようになり、活動の一つである草刈りに対してのお礼に、新しい草刈機の刃や除草剤除草剤を購入するなども可能となった。これによって、活動をはじめてからの15年ほど募っていた会費も必要なくなった。

これらは全て提案やサポートをしてくれる人たちがいてくれたからこそ、と北沢さん。「人ありき」なのだと振り返る。今後の「花咲じいさんクラブ」の課題は花桃の植え替えだ。花桃の寿命は約20年で、もうすぐ初期に植えた花桃が寿命を迎える。

今の景観を保ちつつ、花桃の植え替えを進めていきたいと話してくれた。

(執筆:野々村奈緒美)

 

参照:余里の一里花桃(上田市役所)

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SAGOJO

プロフェッショナルなスキルを持つ旅人のプラットフォームSAGOJOのライターが、現地取材をもとに現地住民が見落としている、ソトモノだからこそわかる現地の魅力・課題を掘り起こします。