日本ディープラーニング協会が発行するG検定やE資格といったディープラーニング資格保持者のコミュニティにCDLEというものがある。
日本ディープラーニング協会がなかなか見どころがあると思うのは、単に業界団体として資格を発行したりするだけでなく、資格取得者のその後の活躍までサポートするためにCDLE向けのセミナーを定期的に行なったり、ハッカソンを行なったりしているところだ。やはり資格を発行するだけでは意味がなく、資格の保持者にちゃんとディープラーニングを活用してもらわないと意味がないと考える姿勢は立派である。
その、CDLEが開催するハッカソンにメンターとしてやってきてくれないかと言われ、休日でもあったので金にもならない仕事に社員を休日出勤させるわけにもいかないと思い、僕が行くことにした。
CDLEハッカソンでは、正会員企業からメンターが派遣され、メンターがあらかじめ資格保持者のなかでハッカソンに参加してみたいという参加希望者のリストの中からチームビルディングするところから始まる。これもハッカソンとしてはかなりユニークである。
期間は約一ヶ月。そのキックオフが先日、大手町のシェアスペースで行われた。
ルールや提供されるデータの説明があり、まずはアイデアソンから始まるのだが、ここで僕は久しぶりに、「アイデアを考えられるように導く」という役割をすることになった。
最近、アイデアといえば専ら自分で考えてばっかりで、誰かに「考えてもらう」ことをしてなかったので、昔を思い出して少し新鮮だった。
アイデアといえば、最近、「AIひらめきメーカー」というツールが話題を呼んだ。
実際、アイデアを考えさせてみると結構面白い。たとえば「ラーメン」というキーワードを与えると、こんなアイデアが提案される。
これが秀逸なのは、おそらくWord2Vecあたりを使って、与えられた単語をベクトル化し、近いイメージの単語を拾ってきて、それとランダムに選択した単語を組み合わせるという古典的な手法をハイブリッドしてるところだ。
「運動音痴のための肉蕎麦」や「場が盛り上がる饂飩」「誰かに贈る袋麺」など、こちらの想像力をうまく刺激してくる。
さらに秀逸なのは、たとえば「WirelessWire」のようなおそらくWord2Vecにない固有名詞を入れると、単純に古典的な単語の組み合わせだけを出してくれるところだ。
しかも、これであっても、十分なんとなく「使えそう」な雰囲気はあるのである。
このツールは、古典的な発送法を現代風にアレンジして、発想力の低い人でも、発想力が高い人でも発想の起点として使える、という点で非常に秀逸である。
このAIひらめきメーカーについては、東京大学情報学環の暦本純一教授も、「これはこのままブレストに使えるのではないか」と興奮気味にコメントされていた。暦本先生といえば、タッチスクリーンの発明者であり数々の斬新な研究/発明を行なってきた、いわばアイデアという意味で超一流と言って良い人物なので、彼が「使える」と思ったというのは相当なレベルのツールであると言えると思う。
ただし、AIひらめきメーカーによって提出された「アイデア」はそのままでは形にならない。
いわばこれは「アイデアの断片」であり、ここで得たインスピレーションから、アイデアを実際に具体的な形に「ふくらませる」ことや、「落とし込む」ことができないといけないし、そもそもそれができるのはかなり限られた人間になってしまう。
多分これを作った人たちはその「限られた人間」なのでこれで十分なのかもしれないが、大多数の「普通の人」にとっては、ここからアイデアをアブダクトしていくのは難しいだろう。
たとえば「おまかせチャンポン」と「戦えるチャーシューメン」のどっちを採用すべきか、という段階から既に難しいのである。
だから暦本先生も、「ブレストに使える(足しになる)」と言ってるわけで、「ブレストがいらなくなる」とは言っていないのだ。
常にアイデアを考え、アイデアを実現する現場にいる人間として、以前から考えていたことは、「アイデアそれ自体にはあまり価値がない」ということだ。
たとえば「燃料のいらないクルマ」というのを、「アイデア」といえばアイデアだが、実現方法がわからなければたわごとに過ぎない。
長く商売をやっていると「こんなアイデアがあるんですけど、どうですか、買ってくれませんか」と言ってくる人や、突然ゲーム会社に企画書を送りつけてくる人がいるのだが、当然ながらそれは全く使い物にならない。だから大半のゲーム会社では「企画書は送られても開封せずに返送する」というのがルール化されている。
それは「アイデアの出発点」だったり、きっかけではあるかもしれないが、大変なのは、「どの出発点から始めるか」ということを選び取ることである。
つまり、アイデアというのは、発案することよりも、選ぶことの方が難しいのである。
「戦えるチャーシューメン」なら、何と戦うのか、誰と誰が戦うのか、どのようなチャーシューメンで、それが結局、一体全体どんな経済効果を生むのか、というところまで膨らませなければならない。
「誰かに贈れる袋麺」なら、たとえばドロップシッピングで袋のデザインだけ変えて贈れる袋麺、みたいなビジネスに落とし込むことは比較的簡単にできそうだ。しかし、それって本当にする意味があるのか?企業のノベルティで、ちょっと袋麺をオリジナルでデザインして配ろう、みたいな需要と供給があるのか?そもそもそれは本当にこれまでにないビジネスなのか、そういうことを考えなくてはアイデアは形になっていかない。
筆者が開発したWebサービス、Gakyoは、あたら得れた言葉から様々なアルゴリズムやニューラルネットを使ってひたすら自動作画するプログラムである。
面白いのは、AIによって癖があって、同じ言葉を与えられても、色々な解釈があり得るところだ。
このサービスは非常に手を抜いて作っていて、誰かのために絵を描いてくれるわけではない。
「こんな絵を描いてくれ」というリクエストは誰でもできるが、そのリクエストは、誰かによって上書きされてしまう可能性がある。
しかし、意外にもこの、手抜きの結果作った「上書きされてしまう可能性がある」というところが、実は逆に面白い効果を生んでいる。
ある日、「こいつは天才だ」と思ったのは、誰かが「teamlab next art」というキーワードを入れていた時である。
チームラボの新作はどんなものになるのか、それをAIに描かせようというわけだ。
出てきた画像はこんな感じである。
どれもこれ、めちゃくちゃ「ありそう」という感じがするのだ。
もちろんこれも「アイデアの断片」には違いない。
完成品ではない。
しかし、ここから想像力を膨らませて、現実の形に落とし込む、というのは、なんか意外とできそうなのだ。
ただ、ここに問題がある。
「できそう」「それっぽい」では、観客の期待を上回ることも裏切ることもできない。
これを作ったらチームラボではなくなってしまう。
もっと踏み込むのであれば、たとえばAIひらめきメーカー的な仕組みとGakyoを組み合わせて、「単語または表現をランダムに追加した上で新しい提案を行う」という仕掛けが必要になるだろう。
つまり、漠然と「チームラボの次回作」だけを考えるのではなく、「火の鳥をモチーフとしたチームラボの次回作」のように新しい要素、これまでにない要素、これまでにない要素でありながら、チームラボの文脈と近しい要素(Word2Vecが得意な分野だ)を加えて、どんどん新しい画面を作っていくのである。
それはまた今までの延長で、なおかつ新しいインスピレーションを与えてくれるかもしれない。
ちなみに「火の鳥をモチーフとしたチームラボの次回作」ではこういう結果が得られた。
こっちの方がずっと新作っぽく見える。
ただ、光る鳥はチームラボがよく使うテーマであり、もっと捻りの効いたキーワードを考えるのに、AIひらめきメーカー的な発想があったほうが良さそうだ。試しにAIひらめきメーカーにチームラボについて聞いてみる
ちなみにWord2Vecの既存の学習モデル、たとえば東北大学のWikipediaエンティティモデルを使っているのならば、固有名詞を[]で囲むと固有名詞からでも連想させることができるのではないかと考え、やってみたらドンピシャだった。
バスキュールやデジハリなど、近そうな言葉が並んでいる中で、とりあえずちょっと気になった「禁断のメディアアート」という単語を使って、「チームラボの禁断のメディアアート」という言葉をGakyoに入れてみる。
思いのほか冴えない。なんというか普通すぎる。
アートの場合、新しい文脈を持ってこなければならないので既存の言葉に引っ張られると意外と良くないのかもしれない。
それだとWord2Vecで似た言葉を持ってくるのではなくて、むしろ遠い言葉を持ってくるべきだろうか。
そういう意味で僕が自分の実験用に作った、Word2Vecとバンディット問題を組み合わせたプログラムがあったのでこれを加えてみることにする。
バンディット問題とは、まあ簡単に説明すると「ノー」しか与えられない時にできるだけ前と違うことを言おうと試みるアルゴリズムである。
僕はこれをWord2Vecに応用し、ある単語を与えると、その単語ベクトルから似た単語を抽出し、次元圧縮した上で探索する、というプログラムを書いた。これはGheliaMがある話題から他の話題に遷移するときなどに使用している。
ポイントは「近しいが違うものを探索する」という点だ。
チームラボは森林をテーマとした作品が多いので、「森林」という単語を出発点として森林「ではない」別の単語を探してみる。
ちなみに「森林ではない」ことは「ラーメン」を意味しない。あくまでも、チームラボが使いそうな次なる題材を探すので、全く無関係では困る。
プログラムによって最初に提案された言葉は「樹木」であった。
森林と樹木はかなり似ているので、ちょっと面白みにかける。
そこで僕はこのプログラムに「ノー」を突きつける。すると、樹木の周りのベクトルの優先度が下がる。
こんな感じで、空間的に断られた提案に対して優先度が下がるようになっている。
これを繰り返して得られた単語は、
「林野」 森と変わらないな
「農地」 お、ちょっと面白いかもしれないぞ
「田畑」 これは面白いかもしれない
「砂漠」 砂漠いいね
というわけで、僕は砂漠にピンときたので砂漠を選んだ。
まあここは自動化できるところなので、これを再びAIひらめきメーカーに入力してみる。
「プレミアムタクラマカン」が気に入ったので、Gakyoにプレミアムタクラマカンをテーマとしたチームラボの次回作」で描かせてみる。
さあどうなるか。
うーむ。砂漠よりもプレミアムに引っ張られ過ぎたか。
まあでも、砂漠じゃないけどこういう、巨大な食卓の上を歩くみたいな体験はアリっちゃありか。なんかチームラボっぽいようでいてそうでもない気がするが。
もうちょっと砂漠に戻したいので、「失恋平原」を加えて「タクラマカン砂漠」というキーワードもサブで足してみた。
おおっ、これはこれでありそうだしいいじゃん。
というわけで、AIでチームラボの次回作を考えてみました。
わかったのは、「同じような単語の組み合わせだけでは意外性のあるものは得られない」
「言葉の自動生成と画像の自動生成を組み合わせると結構面白い」
ということです。
本当だったら、広告代理店とか、社内にでっかいサーバーを置いて、キーワードをいくつかぶち込むとこういうクリエイティブが一時間に100枚くらい提案されてそれみて提案を考える、くらいのことやったら面白いんじゃないかと思うんだけどね。
広告代理店ってそもそもアイデア考えるのが仕事だから、アイデアを考えるのを助けてくれる仕組みには積極的に投資すべきだとは思うのだが。
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登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。