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みんながメディアになる時代に重要なのは、自分の貴重な時間を奪うメディアから自分を遠ざける方法を確立すること

みんながメディアになる時代に重要なのは、自分の貴重な時間を奪うメディアから自分を遠ざける方法の確立

keep yourself away from the media that robs your time

2022.01.24

Updated by Shigeru Takeda on January 24, 2022, 11:55 am JST

我々の日常生活は、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の五感からの刺激で成立しているように見えるが、ヒトにとって最も大切な感覚は、自分の身体の内部から湧き上がる体性感覚である。

体性感覚は、温度や痛覚などを感じる皮膚感覚、関節などの深部感覚とその部位の位置情報などを含む。内臓感覚(例えば心臓の鼓動など。脳科学分野ではこれを別のものとしているようだが)も、体性感覚に入れ込んでも支障はないだろう。五感と体性感覚は相互に作用し合い、その反応が感情として表出していると考えれば良い。

メディアは、例えばこの調査結果にも表れているように生産財ではなく消費財と思われがちだが、映画を観て「感動」したり、暗いニュースを見て「落ち込んだり」、スポーツ観戦で「元気になる」ということからも、むしろ五感を通じて体性感覚を直接あるいは間接的に刺激することで感情を生産するための道具こそがメディア、といって良いだろう。ビジネス書だろうが小説だろうが、全ては感情の生産財なのだ。

ソーシャルメディアも同様に、感情を生産するための道具の一つということになる訳だが、ソーシャルメディアの財務諸表上の最大の特徴は、コンテンツ生産コストを事実上ゼロとみなせるという点にある。一般的な、あるいは古典的なメディアの場合、製造原価の中には相当量の編集原価(編集費、原稿料など)が含まれているので、広告収入などが少ない場合は下手をすると赤字になる場合すらある。しかしソーシャルメディアは、全く原稿料を支払っていないにも関わらず、ユーザーが嬉々として無償で魅力的(?)なコンテンツを投稿してくれるので、粗利率が劇的に向上する。

伝統的なメディアは、編集というフィルターで情報を精査し、エッセンスを絞り込み、その量を激減させている。これと比較すると、ユーザインタフェース(UI)以外には編集価値を持たないソーシャルメディア(注1)は、ゼロコストで垂れ流される情報に刺激される形で感情が爆発しやすい構造を内包している。乗客の大半がスマホに目を落としている電車の中は、その静寂とは裏腹に必要以上に感情が爆発している状態、と考えられる。

食べ過ぎがカラダに良くないことは体性感覚が教えてくれるが、感情の過剰生産を自覚するのはなかなか難しい。しかし、他人のボヤキやつぶやきに反応していちいち感情を発露させているのは、どう考えても時間の無駄である。その分、沈思黙考すべき時間が減っているはずだ。

「みんながメディアになる時代」に重要なリテラシーは、「自分をメディア化する方法」ではなく、下らないものから自分を遠ざけるための技法や態度、ということになる。

無論、遠ざけるべきメディアは、伝統的なものの中にも数多く存在する(実は大半のメディアは遠ざけるべき対象だ)。何を基準に遠ざけるべきかは、「自分の好き嫌いを基準に自分で考えろ」が答えにならざるを得ない。

ただ、一つだけ共通認識としても良いかなと考えられるのは、「時間(の使い方)に関する(ユーザーの)裁量権が大きいメディアは良心的」ということだろうか。そのメディアの(時間の)使い方がユーザーに任されているメディアは、感情の過剰な爆発を避ける(コントロールする)ことができる。

例えば一冊の書籍は、30分程度の斜め読みも、同じものを1年かけて熟読することも許容する。再読すれば、必ず新しい発見がある。時間に対するボラティリティー(volatility)が大きいのが書籍の最大の魅力だ。

だから本を読め、と言いたいわけでもない。結局は「使い方次第」なので、メディアを作る側が想定している使い方を一旦ご破算にして、自分なりの使い方・遠ざけ方を工夫しようとする態度が重要なのだ。因みに私の新聞の読み方はかなり変わっている(=作り手が想定していない読み方)はずだが、それをここで披露したところであまり意味はない。自分なりの読み方を自分で開発するプロセス自体が貴重なのである。

注1)
入力インタフェースがアフォードしている「情報のデザイン」に鈍感だと痛い目に会うことになる。例えばTwitterは、(標準では)入力可能な文字数を全角で140文字(半角280文字)を上限としている。短い文章しか入力できないので、勢いメッセージがプロパガンダになりやすいので炎上しやすくなる。これを理解せずに無駄な議論の応酬に時間を費やす人たちは、「馬鹿」と認定して良いだろう。しかし、小さな入力枠が5つだけ用意され、全体で31文字しか入力できないインタフェースが存在したとしたら、それは「短歌を作れ」というメッセージに他ならない。そんなソーシャルメディアが存在したとしたら、随分と違った世界観を実現するはずである。何れにしても「入力インタフェースが編集価値」とは、そういう意味である。

「本当のDX」を考えるウェブメディア『Modern Times』創刊「本当のDX」を考えるウェブメディア『Modern Times

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竹田 茂 (たけだ・しげる)

新潟県上越市出身。日経BP社にてBizTech(現在のnikkeibp.net)の立ち上げを皮切りに同社の様々なインターネット事業の企画・開発を統括/プロデュース後、2004年にスタイル株式会社を設立。主にB2B分野にフォーカスしたWebメディアを創刊・運営。早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997-2003年)。著書に『会社をつくれば自由になれる』(インプレス、2018年)など。