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何をやろうとしているのかが簡単に理解できてしまう研究は本当の最先端研究ではない

Research that makes it easy to understand is not true cutting-edge research

2023.05.02

Updated by Masahiko Hara on May 2, 2023, 11:16 am JST

私が理化学研究所(理研)の研究員になったのが1985年ですから、かれこれ35年以上も前の話になるのですが、入所時から「国際フロンティア研究システム」という最先端の科学技術を展開する新しい組織の準備が始まりました。そして翌年1986年10月に発足し、年度末の1987年3月には経団連会館で、どんな最先端の研究をするのか、という発足記念講演会が開催されました。

設立時は、生体ホメオスタシス研究とフロンティア・マテリアル研究という二つの研究グループの下に研究チームが設置され、私が関係するマテリアル研究では、量子化素子、分子素子、生物素子、という三つ研究チームが発足しました。35年前に、今の量子コンピュータにつながるデバイス開発を始めたことになります。また、分子素子は、例えば2016年のノーベル化学賞「分子マシンの設計と合成」が一つの区切りとなり、生物素子はまだこれから、というところでしょうか。

その発足記念講演会では、各グループとチームのリーダーからそれぞれこんな最先端の研究を展開しますという説明があり、これは日本ですごいシステムがスタートするんだと国内外のメディアでも話題なりました。

そんな中、講演会が終わった後、私の近くにいた理研の先生がボソッと「すごく新しいことを始めようとしていることが分かった。素晴らしい試みだ。だけど、それぞれ小一時間程の説明を聞いて、やろうとしていることが分かるって、本当に新しい研究なのかなあ」と言われたのを聞きました。この一言は、私のその後の研究生活を決定付ける大きな一言となりました。

そのフロンティア研究システムの初代システム長の久保亮五先生の研究室では、非平衡熱力学分野で有名な先生でも、入りたての頃は「何を言っているのか分からない」ことばかりだったそうで、その話を聞いた時、それが新しいことをやろうとしている研究室を象徴していると感じました。

本連載のタイトルにした「ドイツの最先端科学事情」ですが、私がたまたまドイツにいるから「ドイツの」としていますが、ドイツに限らず、国内外で見聞きする新しい「違和感」を紹介したいと考えています。実際、今所属する研究グループの勉強会やこちらで遭遇する議論は「何を言っているのか分からない」ことばかりで、そういう意味では、それらをベースに、久しぶりに新しい最先端の科学事情を伝えられるのではないかと思っています。

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原 正彦(はら・まさひこ)

ドイツ・アーヘン工科大学 シニア・フェロー。1980年東京工業大学・有機材料工学科卒業、83年修士修了、88年工学博士。81年から82年まで英国・マンチェスター大学・物理学科に留学。85年4月から理化学研究所の高分子化学研究室研究員。分子素子、エキゾチックナノ材料、局所時空間機能、創発機能、揺律機能などの研究チームを主管、さらに理研-HYU連携研究センター長(韓国ソウル)、連携研究部門長を歴任。2003年4月から東京工業大学教授。現在はアーヘン工科大学シニア・フェロー、東京工業大学特別研究員、熊本大学大学院先導機構客員教授、ロンドン芸術大学客員研究員を務める。

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