写真:ZeeNaipinit / shutterstock
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スーパーコンピュータでも導き出せない計算も、アリのアルゴリズムなら答えに近づく
アリの社会を理解する上で重要な要素がある。それは、膨大な量のトライアンドエラーを繰り返すことにより到達した最適化された社会であるということである。
応用数学や情報工学、そして近年の理論経済学でもよく取り上げられる問題に「巡回セールスマン問題」というのがある。簡単に解説すると、ランダムに置いた地点を辿る最短ルートを検索する時に、30地点を超える段階で現今の人間が開発しているコンピュータの計算能力では現実的な解が得られず、P≠NP予想(未解決問題)とも言われる大きな課題となっている。具体的に考えてみよう。
30地点を全部通る組み合わせは、30!/2*30で4.42 x 10の30乗となる。この膨大な桁数の組み合わせを全て比較し、最短のルートを導き出すには世界最速のスーパーコンピュータ「京」の計算能力を持ってしても250億年ほどもかかってしまい、現実的に正解にたどり着くことはできない。
そこで数学者たちは「近似アルゴリズム」という、正解ではないがそれに限りなく近い解を提供する数式を考えて、代用しようとしている。この近似アルゴリズムに応用されているのが、「アリ・コロニー最適化アルゴリズム (ant colony optimization)」である。
アリは食料や巣に適した場所を探索する際に、初めはランダムに動き、目標物に到達して巣に戻ってくるときは、道しるべフェロモンという化学物質を濃いめに分泌しながら戻ってくる。このフェロモンは揮発性で、時間の経過とともに薄くなる。アリはこのやり方により最短距離で目的地まで到達し、多くの働きアリを誘導し、効率よく食料を調達したり、見回りを完了したりする。
数学者たちはこの行動に着目し、アルゴリズムを構築した。その結果、非常に効率よくルートを導き出すことに成功した。このアルゴリズムは現在、物流のトラックによる搬送ルート検索システムや人工衛星のスイングバイの軌道計算など、幅広い分野で実装されている。
圧倒的な数のトライアンドエラーが可能
人間のDXに直接役に立っているアリの研究であるが、なぜアリたちはスーパーコンピュータでもなかなか正解にたどり着けないような問題に、近似ではあるが解答を導き出すことができたのだろうか?
その答えが、膨大な量のトライアンドエラーの繰り返しにある。通常、人間が何らかの数理モデルを解析するためにシミュレーションを回す際に、その試行回数は万単位であることがほとんどである。しかし、アリたちが実際に食料を探しながら、ルート検索をして日々試行錯誤する回数は、地球上に出現してからたゆまなく続いていると考えられ、その試行回数は1億1千万年 x 365日 x 1個体の食料平均探査回数(1日10回程度) x 地球上に生息したアリの数(1京個体 x コロニー数(推定不能) x 5000万世代)という、まさに天文学的な数の上に成り立っているのだ。このようなとんでもない数のトライアンドエラーによって実装されている仕組みこそ、尊いと僕は思っている。
※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の抜粋です(この記事の全文を読む)。
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