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今回紹介する書籍:『はじめての物理数学』永野 裕之(SBクリエイティブ、2017)
朝起きてから寝るまで、我々は何種類もの「数」を見ます。
私自身、朝起きるとネットやニュースで降水確率、予想気温のように気象にかかわる数、為替、海外の株式市場の指数など、いろいろな種類の数をチェックします。しばらく前なら、コロナウイルスの感染者数や増加傾向を表す指数を毎日のように確認していました。
自分を取り巻く環境を知るために、私たちはいろいろな「数」を確認します。そして数を手がかりにして、行動を決めます。現代を生きる私たちにとって「数」は、世界を知るための「目」としての役割を持っています。
現代人が日常的に見るこの種の数は、たいてい計算によって導き出されています。「測っている」と思っている数も、その多くは「計算された数」です。
例えば、多くの家庭で使われている簡易体温計には、短い時間で計測したセンサーの値から計算で予測をした数が表示されます。スマホの電池残量なども、バッテリーの電流低下や使用量の記録などを元にして計算された数です。
身の回りに溢れる数の背後には、必ずといって良いほど「計算式」が隠れています。数を作るための計算式がどのように作られているのかというと、これもまた「計算」で作られます。
方程式を作る方程式があるのです。そのために使われるのが「微積分」です。
例えば、一定時間に一定量増える「数量」があるとします。このような「時間と数量の関係」を、近代人は1次関数を使って表現します。
時間をt、数をxとします。1単位時間あたり2増えるとすると、係数が2になるので「x = 2t」という、tからxを導き出す方程式になります。
この「時間につれて増える量」に、さらに別の量(y)が影響を受けるとします。時間tに比例して増えるxに連れて、yという別の量が増えるというわけです。増え方が増えるわけなので、yのグラフを描くと一次関数のように直線にはならず、右肩上がりの曲線になります。
このような増え方をする数を導き出す式は「積分」を使うと作ることができます。日本の高校数学では、いきなり「積分は微分の逆」と習います。積分をするには、微分して「2t」になるような式を求めれば良いので、tの乗数(1)に1を足し、その数の逆数を係数にかける、という「記号操作」をすれば良いことになります。yは時間tの二乗に比例して変化する量、ということになります。積分定数がないとか、いろいろ細かいことはこの際脇に置いておきましょう。
「積分は微分の逆」という考え方はとても便利です。ある現象の原因となる「変化する量」を求める式があったとして、それを積分すると、「結果」を予測することができます。逆に、現象を式にして、それを微分すると、変化の「原因」となっている式を導き出すことができます。
微積分を使うと、数学的に「ものごとの仕組み」を解き明かすことができるのです。
ニュートンは惑星の運行を計算することで、地球上で物体が落ちるのと同じ仕組みで動いていることを数学的に解き明かしました。マルサスは、人口がその当時のペースで増えて行くことで人口爆発が起こることを数学的に予測し、食料不足に警鐘を鳴らしました。微積分を応用することで、様々な現象について、より深く考えられるようになるのです。
いろいろな物事の数量化が進み、さらに微積分を使ってさまざまな計算モデルが作られるようになると、ありとあらゆる現象が数学的に解析されるようになりました。そしてますます、世界の有様が数学的に抽象化した状態で理解されるようになって行きます。そうして近代科学が勃興するのです。
冒頭に掲載した「はじめての物理数学」という本の内容を一言で表現すると、「高校数学の学び直し」の書籍です。数学と物理学を扱った書籍ですが、中学の数学に毛が生えたような内容からはじまり、微分や積分、微分方程式のさわりまでカバーしています。
ちょっと変わっているのは、数学を解説するとき、物理学、いわゆる「ニュートン力学」を題材にしていることろです。具体的な「活用」に触れながら、数学の公式を解説しているのです。読んでいると、「この数学の考え方を使うと物理のこんな問題が解けるのか」ということがよく分かるようになっています。
書籍のかなり早い段階で「微分をすることは原因を突き止めることである」という本質が明かされます。加速度運動をする物体の位置データを関数化して微分すると、加速の関数が得られます。加速の関数を微分すると、加速度の関数が得られます。微分をすることで、データから原因を数学的に取り出すことができるのです。
ベクトルを導入し、三角関数の微分を使うと、遠心力は「見かけ上の力」であることを数学的に解き明かすことができます。固定した座標系から回転運動を見ると、回転する物体は中心に向けて落ち続けるように見える、という例のアレです。座標系を固定することで、直感を排除して、運動をより抽象化してシンプルに理解できるようになり、コリオリ力や惑星の運動方程式などの発見に繋がったのです。
積分の章になると、運動エネルギーや位置エネルギーへと話題が進んで行きます。次の第三章はは微分方程式の章です。これまでの知識を使って、ばね運動や、より一般的な単振動の方程式を導き出して行きます。書籍を読み進めて行くと、学校で習ったはずの物理の公式を数多く見つけることができます。
ペンとノートを手に、出てくる式を変形しながら、自分の手で物理の公式を導き出して行く。これが、この本の最も正しい使い方です。頑張れば、行き詰まる箇所は多分ほとんどないはずです。なぜなら、式を変形する過程がほとんど端折られていないからです。こういう体裁の書籍は、ほとんど見かけません。数学を独習しようとする読者に、とことん寄り添っているのです。
一般的に、ニュートンの偉業は「万有引力の発見」であるといわれています。でも、「微積分の発見」の方がよほどインパクトが大きいことが、この本を読んでみるとよく理解できます。面積を求めるための求積法として古くから発達してきた「積分」と、曲線を描くために突き詰められた「微分」が逆の関係にあるということを見い出したのがニュートンでした。微積分の発明によって、いろいろな物理現象を式にすれば、結果や原因を数学的に分析できる、という新しい解析手法が生まれたのです。
この新しい解析手法によって産み出された「科学」はたくさんあります。物理学をはじめとした一般的にいう「科学」はもちろん、経済学を含めた社会科学だって、微積分抜きには発達しえませんでした。現代のAIだってそうです。科学によって成り立っている現代社会を貫く大きな「背骨」として、微積分があります。
ニュートンの時代、物理学は数学を牽引する大きな力として働いていました。神の作ったこの世の理(ことわり)を解き明かすため、様々な数学的テクニックが磨かれたのです。人類が何百年もかかって作り上げてきた叡智の一部を、自分の手を動かしながら追体験できることが、この本の大きな魅力です。
世界を理解するために沢山の方程式が産み出されてきました。コンピュータが発達した結果、必要なデータは自動的に収集され、即座に方程式にかけられ、数として我々の目の前に現れます。科学が発達した結果、数学を知らずとも、数を見るだけで世界の有様を知り、未来を予測したり、厄災を避けたりすることができるようになったのです。数によって、儲かる投資先も、長生きできる生活習慣も知ることができる。数を見れば答えが分かる。それが現代です。
「そんな時代に、わざわざ時間をかけて数学や微積分を学ぶ意義はないんじゃないか」と、多くの人が思っているのは良く知っています。この素晴らしい本が絶版になるくらいなので、きっとそうなんだと思います。
でもやはり、今の時代に生きる上で、微積分の基本くらいは押さえておいた方が絶対に良いのです。その理由を知る最良の方法はこの本を読むことなのですが、こう言い放ってしまうと私の気持ちが皆さんに伝わらないと思うので、一言だけ。
「世界を見つめるための、より明解な解像度を手に入れるために必要」なのです。この視点は、物理や経済などの公式を覚えるだけでは決して手に入りません。
一番効果的なのは、多感な高校生の時代にこの書籍のように微積分とともに物理を学ぶことだと思います。物理の代わりに統計でも良いかも知れません。一部の進学校では、同種の学習を取り入れているところがあるという話を聞いたことがあります。高校のカリキュラムとして一般展開するには、学力差の問題があるのでしょう。
でも、高校の数学を習ったはずの大人ならば、とも思うのです。
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登録はこちら株式会社マインドインフォ 代表取締役。東進デジタルユニバーシティ講師。著書に『Pythonで学ぶはじめてのプログラミング入門教室』『みんなのPython』『TurboGears×Python』など。理系の文系の間を揺れ動くヘテロパラダイムなエンジニア。今回の連載では、生成AI時代を生き抜くために必要なリテラシーは数学、という基本的な考え方をベースにお勧めの書籍を紹介します。